EP.81
「アッハッハッハッハッ!
それで本当に1日劇場を貸し切って、一流の役者まで揃えてそいつ主演の舞台を上演したのかっ!
驚いたよ、あの主役の彼の大根っぷり。
台詞も碌に覚えていないし、演技なんてあったもんじゃなかった。
で?それを見たエスティの反応は?」
笑い転げるレイをチラッと横目で見ながら、私はボソッと呟いた。
「秒で蛙化していたわ」
「へっ?カエル………?」
レイが不思議そうに首を傾げ、私は誤魔化すようにコホンと咳払いをした。
「エスティは彼との付き合いを見直すそうよ。
彼の方も、自分の実力を十分に理解出来たみたいで、役者への夢はスッパリと諦めて、田舎の領地に戻るみたい」
そう言いつつ、私は首を傾げながらボソリと呟いた。
「………それにしても……前の彼といい……随分アッサリと身を引くわね。
普通、大公国の公女を射止めたなら、もう少し粘っても良いわよね………?」
私が疑問を口にすると、隣でカインがギクリと身体を揺らした。
そのカインの反応を目敏く察知して、私は白い目でカインを見つめた。
「………カイン……あなた、まさか……、彼に何かした?」
その私の問いにカインは白々しく口笛を吹きながら目を泳がせていたけれど、圧を放ちジーッと見つめる私についに観念したのか、下を向いて指をいじいじと合わせた。
「……いや、確かに、今回は俺だが………前回はジルとレイだっ!」
「なっ!カインッ!お前っ!」
「カイン兄様、それは卑怯だっ!」
アワアワと慌て出すジルヴィスとレイも纏めて圧をかけると、3人はシュンとしてソファーの上に正座した。
「やっぱり、おかしいと思ったわ……。
貴方達、エスティの事は本人に任せてちょうだい。
どんな相手であろうと、どんな結果になろうと、それは全て自分で処理するべきよ。
周りが陰で相手に圧力をかけるだなんて、そんな事を知ったら、あの子はますます私達に心を閉ざしてしまうわ」
腕を組み説教モードの私に、3人は下を向いて冷や汗を流している。
「……いや、しかしだね、イブ………」
そのまま誰も口を開けないだろうと思っていた時、ジルヴィスがおずおずと口を開いた。
「エスティはこの先も困った相手を連れてくるし、尻拭いはこちらがする事になると思うよ」
ジルヴィスの言葉に私は片眉を上げ、訝しげに目を細めた。
「………ジルヴィス……貴方……。
うちのエスティがそこまで愚かしい子だと言いたいの?」
私から放たれる怒りのオーラと、隣のカインの圧にジルヴィスは見えないオーラから自分を守るようにそれを両手で押し留め、上擦った声を出した。
「あのねぇ、エスティは無意識に君達を困らせる相手を選んでいるんだ。
もちろん、本人に悪気は無いし、エスティ自身そんな事には気付いてはいない。
本人はちゃんと、相手に純粋な好意を持っていると信じ込んでいるけれど、その根底にあるのは君達両親への思慕の念だと僕は思うけどね」
ジルヴィスの意外な言葉に私とカインからの圧が消え、ジルヴィスはやれやれと肩を上げながら私達を見渡した。
「良いかい?エスティは大変に頑張り屋な子だ。
小さな頃から利発でしっかりしていて、成長も早く、言葉も達者だったものだから、君達はすっかりエスティに油断していたようだけど、エスティだって君達を困らせて君達の話題の中心でいたいという思いが無かった訳じゃないんだよ?」
そのジルヴィスの言葉に私とカインは目を見合わせ、レイは訳が分からないといった顔で首を傾げている。
その私達の反応に、ジルヴィスはやや呆れたように溜息をついた。
「君達には、少し、いや、だいぶ問題の多い息子2人がいるのは分かっている。
カーティスとエクスラーがそれぞれ独自な特性を抱えていて、君達が2人の為に色々な創意工夫を試してきた事も、僕もエスティもちゃんと知っている。
あの子達は自分の興味がある事しかしない……いや、出来ないから、2人の為に色々な経験を与えてきたよね?
お陰でカーティスは16歳とは思えない程の独自の土魔法を完成させ、巨大で独特な形のゴーレムを使って騎士団の防衛力を格段に上げた。
カーティス曰く、その〝巨大ロボ〟は今や国防の新たな要になりつつある。
エクスラーもそうだ。
持って生まれた膨大な魔力量と魔法の才能で、まだ10歳だと言うのに新たな魔法を次々に生み出し、既に一級魔導士でさえ叶わないほどの力を手に入れた。
言語がエクスラー独自のオリジナル呪文だから、誰にも真似出来ないけどね。
確かに2人は日常生活では困り事を多々抱えているけれど、自分達の好きな事、興味の惹かれるものに対しては非凡な才能を開き、脅威の集中力を誇る、ある意味天才だよ。
そんな2人を君達両親が献身的に支えてきた事を、僕はよく知っている、もちろん、エスティもそれを見てきた………」
そこで言葉を切るジルヴィスをただ黙って見守っていると、ジルヴィスは少し悲しげに眉を下げた。
「だが、エスティは平凡な子だ。
確かに、学業は平均並みの成績を取れるように努力はしていたけれど、それだって、学生時代優秀な成績で首位を独走してきた君達からしたら当然のように思えるだろう。
だけどね、エスティにはその平均並みの成績を取る事さえ、大変な努力が必要だったんだ。
カーティスやエクスラーが特別成績が良い訳じゃない事も分かっている。
興味の無い教科なんかは目も当てられない成績だし、到底エスティの成績には叶わない。
でも、2人には特別な力がある。
それこそ、持って生まれた才能だ。
2人がそれに対して努力をしてこなかったとは言わないが、楽しんでやっている先に努力が必要だっただけで、エスティの努力とはまたちょっと違うんだよ。
天才の両親に才能溢れる兄弟。
その中でいくら努力をしても突出したものの無い自分。
エスティの孤独を理解するには、君達には与えられているものが多過ぎる。
だから、理解しろとまでは言わないけれど、エスティの拗れた反抗期がただ思春期特有の若さゆえからきているものだけでは無い、という事くらいは知っていて欲しいんだ………」
そう言って話終わったジルヴィスに、レイが自分の顎を掴み、不思議そうに頭を捻っている。
「つまり、エスティは2人にもっと甘えたかったって事?
子供の頃なんか将来が心配になるくらい甘々に溺愛されていたし、祖父母や伯父叔母、僕達だって、エスティが僕らの世代で最初に生まれた子だし、甘やかしまくっていたけど、それでも足りなかったって事?
う〜〜ん、分からないな………。
立派な両親が揃っていて、祖父母も健在。
自分は今や大公国唯一の公女。
産まれた時からあらゆるものを与えられ、当然ながら食べるのに困った経験など無く、むしろ何でも超一流の物を与えられてきて、今更何が不満なんだか」
レイの容赦の無い言葉に、私は片手で頭を支えながら、そのレイを手で制した。
「貴方は産まれた時から冷遇されてきたから、物心ついた頃には、全ては当たり前では無いと理解していたのよね。
ジルヴィスもそうよ。我が家に来る前はひもじさも経験した筈。
カインだって、種族のせいで差別されてきた………。
私も、産まれた頃には両親の事で周りに不穏な空気が流れていたわ。
まぁ、赤ん坊の頃の事だからもちろん覚えてはいないけど」
「全部分かっていたって言われても、イブ姉様なら驚かないけど?」
余計な事を言うレイを睨みつつ、私は言葉を続けた。
「つまり、苦労を知っている人間ばかりが、寄ってたかって可愛いエスティに苦労をさせまいと守ってきたのよ。
お陰であの子は傷一つ無く無事に育ったけれど、自分の生まれた環境が特別に恵まれている事には気付かないまま、至って健全な貴族令嬢として育ち、そのまま公女になってしまった、という訳ね」
私の言葉にジルヴィスが困り顔でう〜むと顎を掴む。
「まぁ、辛辣な意見だけど、概ね、そうかな?」
それはそうなんだけど、とまだ物言いたげなジルヴィスを遮り、レイがポンっと手を打ってから先に口を開く。
「そう言えば、エスティとカーティスは2歳差だからよくお茶会なんかも一緒に行っていたけど、自分の興味のある虫とかに夢中で、口を開けば思った事をそのまま口にしてしまい、大人達から煙たがられていたカーティスに比べて、行儀良く賢いエスティはご夫人方に大人気だったよね。
『ご長男様がアレでは……と思っていましたが、エスティリア様が居られれば、アルムヘイム家も安泰ですわね』とかってよく言われてたっけ?
なるほどなぁ、幼い頃は行く先々で自分が称賛されていたのに、成長と共に立場が変わってきた。
なんせカーティスの創り出した人形ゴーレム巨大ロボは、今や国防の要。
更に最近、人まで搭乗出来る機能が追加されて、帝国民の憧れの的。
カーティスを称賛する声は、幼く行儀の良い公爵令嬢をおべっか混じりに褒めるものとは比べ物にならない。
そこへきて、エクスラーの才能が開花。
それまでは言葉さえもまともに喋れない知的の遅れを疑われていたエクスが、独自の魔法を次々に生み出し、わずか10歳で既に魔導士達の羨望の的だ。
そりゃ、エスティが拗ねて腐るのも仕方ないねっ!」
アッハッハッハッハッと無遠慮に笑うレイにジルヴィスが頭を抱え、カインが黒いオーラを放つ中、私はハァッと深い溜息をついた。
「それでも、私達親はあの子達に優劣などつけた事はないわよ?
皆をそれぞれ平等に愛しているし、それは我が子だから当然の愛よ。
その才能を愛してきた訳では無いわ」
私の言葉に、ジルヴィスがいやいやと首を振った。
「それでも、カーティスとエクスが特別手のかかる子供だった事は事実だろ?」
そのジルヴィスの言葉に、カインがカッとしたように立ち上がった。
「それは仕方ないだろうっ、2人とも放っとけば大事故になりかねない子供達なんだっ!
カーティスは物事に夢中になると周りが見えなくなり、迷子になったり馬車の前に飛び出したり。
エクスも動く物が好きでよく馬車に突進するし、高い所からヒョイヒョイ飛び降りる。
兄弟で手をかけるかけないの差では無く、ただ単純に命に関わっていただけだ」
強く自分を睨みつけるカインの肩をポンポンと優しく叩いて、ジルヴィスが口を開いた。
「だけどエスティはそんな事を絶対にしない。
馬車の前に飛び出したり、無意識に親から離れて迷子になったり、高所から飛び降りて周りを驚かせたり。
そんな事はしないし、それを理解も出来ない。
家族で楽しく出掛けていた筈なのに、気付けば弟達の事ばかり必死になっている両親をただ見てきた、それがエスティの日常だったんだ。
もちろん、君達がエスティを大切に育ててきた事を僕は知っている。
だけどそれを子供に理解しろとまでは言えないよ」
ジルヴィスの言葉に私とカインは息を呑み、言葉を失った。
確かに、エスティは危なげの無い子供だった。
カーティスとエクスが特別危ない子供だっただけに、私達はそんなエスティに助けられてきたんだわ。
私達が下の子達を守る為に奔走している間、あの子は大人しくお供の者と待っていてくれた。
それがどれだけありがたかったか………。
いつの間にかそれが当たり前になっていたのかもしれない。
あの子への感謝を、私達は忘れてしまっていたのかも、しれない………。
反省しながらジルヴィスをチラッと見ると、そのジルヴィスはヒョイっと軽く肩を上げて笑った。
「型破りで破天荒で才能溢れる兄弟を持つ気持ちなら、僕にも少し分かるからね」
そう言って笑うジルヴィスに、私は困ったように微笑んだ。
「ありがとう、貴方のおかげで、私達があの子に足りなかったものが分かった気がするわ」
感謝の気持ちを伝える私を、レイが楽しげに見ている。
「でもまさか、イブ姉様の娘がそんな普通の感覚を持ち合わせているなんてね。
僕はカーティスやエクスより、エスティがイブ姉様の子供だって事が不思議で仕方ないよ」
クックックッと笑うレイにはとりあえずキツい睨みを贈っておいて、私はカインと顔を見合わせ、頷きあった。
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それから私とカインは、エスティを誘い色々な場所に出掛けた。
残念ながら私達はどちらも忙しい身で、公務や戦地にエスティを連れ回す形になってしまったけれど。
最初は嫌がっていたエスティも、私達と共に過ごす時間が増える毎にだんだんと文句を言わなくなってきた。
私と共に公都を巡り市井の人々と触れ合ったり、カインと戦地に赴いたり、おおよそ若い淑女の喜ぶような時間は過ごせなかったけれど、それでも黙って付き合ってくれた。
戦地ではカーティスの造ったゴーレムが実際に活躍する場を目にして、エスティは弟を誇りに思ってくれたようだと後にカインに聞いた。
魔導師庁に赴いた時は、エクスの不思議な魔法に夢中になったりしていた。
弟達は素直に姉を慕っているので、その2人に久しぶりに向き合い、エスティはまるで憑き物が落ちたかのように穏やかになっていった。
そうしているうちに自然に私の補佐をしてくれるようになり、公女である立場ではあり得ない雑務さえ黙って引き受けてくれるようになった。
そろそろ学院を卒業するエスティは、卒業後は急いで誰かと婚姻しなければという焦りが無くなったようで、今は、少し困った相手を紹介もしてこなくなった………。
親になって本当によく思うのは、子にとっての親の存在の大きさです。
不自由の無い生活、贅沢な暮らし。
子供が求めるものは、決してそれだけでは無いのでしょう。
そして、親の一方的な愛情が必ずしも子供に伝わっているとは限らない事。
それをやっと理解した私達は、一歩だけ、親として進む事が出来たのかもしれません。
まだまだ、親として未熟な私達ですが、今回のように周りに助けてもらいながら、また一歩、一歩づつでも、子供達の為に進んでいきたいと思います。
きっと子育てに終わりなんか無いのです。
この命続く限り、私達は子供達の親なのですから。
何があろうとも、最後のその時まで、この子達に責任のある立場である事を忘れてはいけません。
子から学ぶ事は多く、親も成長していかなければいけないのです。
それはきっと、何歳になろうと、そうなのでしょう。
私を親にしてくれた存在に感謝を忘れず、これからも子供達の母親として、精進してまいります。
とはいえもう、娘の困ったお相手にはこりごりですけどね………。




