EP.80
「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムの爵位を大公とし、アルムヘイム大公の所有する領土を大公国として認める」
皇帝であるレイの表明に帝国中どころか、近隣諸国にまで激震が走った。
我がアルムヘイム家が帝国より独立し、一国として認められたからだ。
これにより、アルムヘイム大公国は皇帝より承認された正真正銘の新たな国となった。
君主はこの私、エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム。
新たに大公という爵位を賜り、アルムヘイム家を独立国家とした。
そしてこれこそが、我がアルムヘイム家が長年望んできた事だった。
帝国の武力を一手に担ってきたアルムヘイム家は大きくなり過ぎたのです。
元々が皇族である事もよく無い状況でした。
皇家が君主として何の濁りも無く立っていた頃ならいざ知れず、強欲な貴族の傀儡となる皇帝が何代も続いた時代には、皇家に成り変わり我がアルムヘイム家が帝国の君主となるべき、と声を上げる人間は少なくありませんでした。
帝位の簒奪など無駄に国を混乱させるだけ。
犠牲の出ない革命など無いのです。
我がアルムヘイム家の代々の当主達はそれを良しとは思いませんでした。
公爵とはいえ最高位の爵位。
その立場から何とか国を支えようと孤軍奮闘してきた訳です。
そしてそれと同時に、帝国に余計な混乱を起こす芽とならぬよう、我が家は帝国より独立して大公国となるべきという考えが家門の総意となりました。
ですが、一国として樹立するにはもちろん帝国の皇帝の承認が必要になります。
ここ何代か続いた腑抜けた皇帝達がそれを許したでしょうか?
答えは否です。
ですからアルムヘイム家は余計な口を閉ざし、淡々と国の防衛に努めてきました。
もちろん、裏では大公国を樹立させる算段を進めながら。
お父様の代であと一歩のところに来ていた大公国樹立を、私の代でやっと実らせる事が出来ました。
ちゃっかり者のレイにアレもこれもと領地を強請られてしまいましたが、まぁ、それも計算のうちです。
大公国として纏めるには離れ過ぎている土地は大人しく国に返還しておきました。
領民達はそのままその土地に住むも、大公国に移動するのも自由です。
領主は私から国に変われど、今まで通り不便の無い暮らしが出来るよう、レイとは話が済んでいますから。
レイは帝位について早々に、中央政治内部の粛正と共に軍事部への予算を大幅に増やし、それまでの貴族子息達によるお飾りの軍を廃し、強固な軍整備を進めましたから、今や帝国軍は我がアルムヘイム家の武力に頼らずとも、国の防衛は叶う状態です。
とはいえ、もちろんまだ我がアルムヘイム家の方が武では勝りますが。
歴戦のノウハウを持つ精鋭揃いの我が軍は、数こそ帝国軍に劣りますが、実力では負けてはいません。
もし帝国に危機が訪れようとも、その後ろにはアルムヘイムの軍事力が控えているのです。
帝国からアルムヘイム家が独立しようと、他国への牽制力に何ら影響は無い、という事ですね。
私達アルムヘイム家はこれにて帝国の貴族という立場から脱し、一国を担う家門となりました。
帝国の赤髪の魔女も大公国の魔女となる訳ですが、その辺は帝国と共有するという事で手打ちとなりました。
赤髪の魔女の住居は変わらず、帝国の土地に置いておき、赤髪の魔女は帝国もしくは大公国から出ない、という盟約まで為されたのです。
………とまぁ、表向きは、そうですが。
あの赤髪の魔女がそれに大人しく従うかどうかはまた別の話。
彼女ほど自由を尊ぶ人間はいませんからね。
さて、何だか全てがサッパリと片付きました。
帝国の事はもうこれで良いでしょう。
私としては、それより気掛かりなのはやはり、隣国であるアインデル王国の事です。
アインデル王国を興した建国王と大聖女は私と縁の深い存在。
あの2人の想いを継ぐ事こそ、今世の私の宿願と言えるでしょう。
私にとってはアインデル王国こそ、魂の故郷と言って過言の無い場所なのです。
アインデル王国は帝国と違い、王家にのみ一夫多妻が認められています。
番に似た存在と出会わなかった王達は、その空虚を埋めるかのように積極的に夫人達を迎え、それは現国王も例外ではありません。
現国王には正妃以外に6人の夫人、そして王位継承権のある子供が17人。
以前ダリウス様に聞いた時よりも増えていますが、まぁ致し方ないのでしょう。
王太子であるロイアス殿下はダリウス様同様正妃の子供で、同時に国王の第一子。
その王太子たる資格には誰も口を出せない状況ですが、問題はそのロイアス殿下の子であるアレクシス王子についてです。
ロイアス殿下とユリア妃の子であるアレクシス王子について、口さがない一部の貴族達は〝平民の卑しい子〟と陰で揶揄し、その継承権に疑問を呈しているのだとか。
現在、継承権第一位であるロイアス殿下の子供であるアレクシス王子は、当然継承権第二位であるにも関わらず、そのような事を口にする者がいるという嘆かわしい現状であるのです。
ダリウス様並びに心ある若き忠臣達の危惧した通りの結果に、今ロイアス殿下は何を思っているのでしょうね。
確かに王国は賢王を多く輩出してきた国です。
現国王とて、夫人や子供の多さはさておいても、君主としては大変有能で、大聖女の加護のお陰で実り豊かな小国を狙う近隣諸国相手に、外交と内政と軍事力、この3つの絶妙な舵取りを見事に御して国を守り切っているのです。
ロイアス殿下とて、その父王に習い大変優秀な外交手腕を発揮している事は、もちろん既に帝国でも有名な話。
次代を担う王として何ら不足の無い人物なのです。
……ただやはり、懸念されるのはアレクシス王子の事。
既にアレクシス王子には、自分と父であるロイアス殿下を除いても、まだ16人の王位継承者がいるという事。
ダリウス様は王位はロイアス殿下とその子供に、という考えですが、他の15人はどうでしょうか?
元平民上がりの男爵令嬢であったユリア妃の子に、黙って王位を譲るでしょうかね?
「ですから、あの時………」
はしたなくもチッと舌打ちをする私を、困ったように眉を下げてカインが落ち着かせるように肩を抱いた。
「また王国の事を憂いているのかい?
王太子の妃への考えは変わらないようだな。
君の気持ちは分かるけれど、俺は少しだけそんな王太子が羨ましいと思ってしまう」
悩ましげなカインの口調に私は片眉を上げて彼を見上げた。
「羨ましいだなんて、あの異常な愛が?」
訝しげな私にカインはますます困ったように眉を下げる。
「実のところ、俺だって君を、誰にも見られない所に閉じ込めて、自分1人のものにしたいといつも願っている。
君の瞳に映るのは俺1人で十分だってね。
………いや、今は子供達がいるから、俺と子供達かな。
誰にも邪魔されないそんな場所で、家族だけで一生を過ごしたい、とそんな風に考えてしまうんだ………」
カインのペリドットの瞳が甘く揺らめいて、私はふふっと笑ってその頬を両手で包んだ。
「子供達より貴方の方がよっぽど甘えん坊ね。
可愛い私のカイン、だけど貴方は私を閉じ込めたりしないでしょう?
私は貴方にならそうされても良いと思っているのよ?
だけど貴方はそんな事しない。
それはどうして?」
甘くねだるような私の問いに、カインもうっとりとした口調で答えた。
「君の人としての尊厳を守りたいから、かな?
それに君にはやるべき事が残っている。
俺はそんな君の人生に最後まで付き合いたいんだ。
最後のその時まで君といられる事、それが俺の真の願いだよ。
つまり、俺は君からどんな事があろうと離れない。
離してやらないし、離れる事を許さない。
王太子についてあまりとやかく言える立場じゃ無いって事だな」
甘く揺れるカインの瞳に吸い込まれそうになりながら、私はその唇にそっと口付けた。
「それなら私もね……貴方の事を離す気なんて無いのだもの」
クスクス笑う私の鼻に自分の鼻を擦り合わせながら、カインがはぁ〜っと深い溜息をついた。
「こんなところをエスティに見られたたら、また、良い年してみっともない、やめてって言われるんだろうな………」
カインの情けない声に、私も軽く頭を抱えたくなった。
「………あの子ったら、いつまで思春期と反抗期を拗らせるつもりかしら……。
良い加減、親も一個人であり、愛し合う事は個人の自由だと理解くらいしても良い年なのに………。
そもそも、親の仲の良い事の何がそんなに不満なのかしら」
私まではぁっと溜息をつくと、カインは頭痛がするのかこめかみを指で押さえている。
「しかも恐ろしい事に、あの子ももうすぐ婚姻可能な年齢になるんだよな……。
……あの子の事を一体誰に任せれば良いのか……」
そう、私達の第一子であるエスティこと、エスティリアももうすぐ18歳。
法的に婚姻可能な年齢になるのですが………。
問題が一つ……いえ、二つ三つほど………。
エスティは今だに思春期と反抗期を拗らせていて、親の言う事に反抗してばかり。
更に親の仲睦まじい姿を見ると、オェッと言わなければ我慢出来ない体質らしく………。
ええ、そうです。
見事に色々と拗らせた厨二病患者なんです……。
厳しい淑女教育や学業などは何とかこなしたものの、どこかにお嫁にやるなどまだまだ考えられない状況……。
もちろん、それも含めて本人が決めれば良いのですが………。
以前エスティが婚約者に望んだ若者は、見かけだけのギャンブル狂で、私は我が娘の人の見る目の無さに開いた口が塞がりませんでした。
少しお付き合いなどはあったようですが、その彼は何故か急にエスティの前から姿を消したのだとか。
まさかエスティの父親は剣聖で、母親は公爵だと知らずに近づいた、なんて事は無いと思いたいのですが………。
一家ごと田舎の領地に引っ込んでしまった今では確認のしようがありませんからね。
「王国の事も心配だけど、我が家の姫についても考えなければいけないな………」
困り顔のカインに私も同じように眉を下げて頷いた。
「そうね、今はあの子から目を離すべきじゃないわね……」
何より優先すべきは家族の事。
特に子供の事となると、勝手にやきもきするのが親というもの。
あの子も自分で婚姻相手くらい探してくるのでしょうけど、ついお節介を焼きたくなってしまうのが親の悪い所ですね。
………とはいえ、本当にあの子に任せっぱなしにしていたら、次はどんな相手を連れてくるか分かりませんから………。
ええ、それも含めてあの子の自由なのですが………。
何故かしら?良い年をして舞台役者になる夢を追いかけている親の脛齧り………みたいな相手を連れてくるのが易々と浮かぶのは………。
ふふっ、私ったら………。
あまりにあの子を信用出来なさすぎだわ。
こういうところがあの子に伝わってしまっているのかしら。
駄目ね、ちゃんと反省しないと………。
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「そんな男っ!駄目に決まっているだろうっ!」
カインの怒号を隣で聞きながら、私はズキズキと痛む頭を片手で押さえていた。
「何でよっ!彼が子爵家だからっ⁉︎
自分達は身分差を乗り越えて結ばれたくせにっ!
私は駄目だと言うのっ!」
目に涙を溜め憎々しげにカインを睨むエスティに、私が静かに口を開いた。
「いいえ、問題は彼の身分では無いわ。
彼が27歳で、舞台役者を目指している事でも無いの。
問題は彼が、今現在も今までも、その夢の為に何の努力もしていない、って事よ。
役者養成所を3日でやめ、その後は親の金でフラフラと生活し、夢だと言う役者になる為の努力を一欠片もしていない、それが問題なの」
私の言葉に今度は私を睨みながら、エスティは噛み付くように口を開いた。
「彼は天才肌なのっ!努力なんかしなくても誰をも魅了する演技が出来る人なのっ!
彼の才能を理解出来ないお母様にもうこれ以上、彼について何も言われたくないっ!」
ああ………我が子ながら………もう………。
私は頭を抱えたくなるのを必死に耐え、エスティを真っ直ぐに見つめた。
「分かったわ、貴女と彼の事を認めます」
私の言葉にカインは衝撃を受けたように目を見開き、エスティは勝ち誇ったように顎を上げて笑った。
「その代わり、貴女には大公国、公女としての身分を返上してもらうわ。
公籍から抜け、彼の元に身一つで嫁ぎなさい」
この私の言葉にエスティは顔色を青くして、鬼でも見るかのように私を見つめた。
「………それ、本気で仰っているの、お母様………。
私の事が可愛くないのねっ!
だから平気でそんな事を言えるんだわっ!」
涙をいっぱいに溜めた瞳を真っ直ぐに見つめ、私はまた静かに口を開く。
「いいえ、貴女が可愛いからこそ、その彼と婚姻出来るように計らっているのです。
現状、その彼には公籍に入る資格がありませんから、本気で彼と婚姻したいなら貴女が公籍を抜けるしかありません。
彼を本気で愛しているというなら、公籍など捨てて身一つで彼の元に行けば良いでしょう?」
私の言葉にエスティはついにその瞳からポロポロと涙を流し、ボソボソと喋り始めた。
「………そんな事したら、彼に捨てられちゃう……。
私、彼に約束したの。
大公家の力で彼の為だけの劇場を建てて、そこで彼が主役の舞台を毎日上演してあげるって………」
このエスティの発言に、いよいよ私とカインは頭を抱えてしまった。
………ああ、ここまでだっただなんて………。
ポロポロ涙を流し続けるエスティを前に、私とカインは途方に暮れ、ただただ宙を眺め続けた………。




