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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.76


「それにしても、イブ姉様ほど女性に希望の光を与えた人物はいないね」


我が家の末っ子に膝の上でぴょんぴょんドカドカ跳ねられながら、レイは時折ウッと呻きつつそう言った。


「あら?希望だなんて大袈裟ね。

当たり前の事だと思うけど」


それを微笑みながら眺めつつ、私は呑気にお茶を飲む。


「いやいや、アルムヘイム公爵であるイブ姉様が30歳で出産した事は、確かに皆に希望を与えたよ。

その年で妊娠出産出来るという実例を作ったんだから」


その実例に髪の毛をグシャグシャにされながら、レイはニコニコと笑っていた。

若干引き攣り笑いですけどね。


「医学的には何の問題も無いとオーランド医師も仰っていたじゃない。

まぁ実例が無いうちは誰も信じられなかった事は仕方ありませんけど。

今だに若いうちの妊娠出産を支持する古い人間はいますものね。

彼らが口出ししている内は若者にも正しい知識が行き渡るのは難しかったでしょう。

エクスラー、その方はこの国の皇帝陛下ですよ。

あなたのおもちゃじゃありません。

キラキラの髪が気になるのは分かりましたから、もうお膝から降りなさい」


私がやっと注意すると、今まさにレイとの話題に上がっていた、私が30歳で産んだ末っ子、エクスラーは無表情のまま頷き、レイの膝から降りてターッと部屋から走り去っていった。


「相変わらず足が速いね………。

切り替えも早いけど」


エクスによってぐちゃぐちゃにされた髪を直しながら、レイは感心したようにエクスの去って行った方を見ていた。


「カーティスも4歳まで喋らなくて心配したけど、彼は更にその上をいくね。

もうすぐ6歳だというのに頑なに喋らないし、たまに喋っている独り言は異国語のようだし」


レイが口にした内容に、私はクスクスと笑った。


「異国語のよう、では無く、間違いなく異国語を喋っているのよ。

特使で来られる様々な国の人間の言語を素早く吸収して気に入った言語で喋っているの」


私の言葉にレイは片眉を上げ、残念そうに頭を振った。


「やっぱりそうか。僕もよく誰にも聞かれたく無い独り言なんかは異国語で喋っていたよ。

でもエクスの場合はそれとはまた違うみたいだね。

エクスにとってこの国の言語はお気に召さないらしい。

一応、西大陸の共通言語なんだけど」


ハァッと溜息をつくレイに、私は困ったように眉を下げた。


「貴方の場合は異国語を学び習得して、それを便利に使っていたという話でしょ?

エクスは感覚で覚えたものを無意識に使っているだけだから、少し違うわね。

言語として利用しているかどうかも怪しいわ」


私の言葉にレイは面白そうに身を乗り出した。


「本当にイブ姉様の子供達は皆個性豊かだね。

エスティは一歳半でコミニュケーションが取れるほどお喋りだったし、カーティスは4歳で喋り出したと思ったら自分の好きな事を丸暗記してひたすら喋ってる、エクスはあの通りだし。

僕も自分の好きな事や興味のある事には夢中になる性質だけど、カーティスを見ていると僕なんかまだまだだと思うし、エクスに関してはなんだかもう色々突き抜けていて、勝てる気がしないよ」


アハハハッと笑うレイに、私はあらあらと首を傾げた。

レイは高いIQの為人と分かり合えない部分が多いのだけど、うちの子達、特に下の男子2人がお気に入りで、度々こうして遊びに来ては興味深げに観察している。

うちの子達のIQがレイのように高い訳では無いのでしょうけど、多分個性が強すぎて目が離せないのね。

興味関心のあるものには夢中になりやすいレイらしいわ。

まぁうちの子達、特にカーティスとエクスは本当に他人の目を気にしないタイプだから。

お陰でなかなか常識が身に付かないのよね……。

エクスなんかこの前、2メートルある木から飛び降りていたし。

上手に着地して怪我もなかったから良いんですけど。

普通なら〜〜しない、が通用しないのよね。

……親が親ですから、仕方の無い事かもしれませんけど。



「ところでイブ姉様、王国の王太子の話はもう聞きましたか?」


ふとレイが話し出した事に私は片眉を上げた。


「いいえ、アインデル王国の王太子がどうかしたの?」


私が興味を持った事にレイはニヤリと笑って話し出した。


「王太子は最近婚約者を迎えたらしいのですが、それが平民とさほど変わらない男爵令嬢だったとかで、王国ではちょっとした騒ぎになってるんだよ」


レイの話に私は内心冷や汗をかいた。

……国王に続き王太子まで、あの特殊な本能に振り回されているだなんて。


私の微小な感情の揺らぎに目敏く気付いたレイは、小首を傾げながら口角を上げる。


「これって、王国の王家に引き継がれるあの現象だよね?」


レイの言葉に私は目を見開き、諦めたように溜息をついた。


「そうだったわね、貴方はアインデル王国研究の権威と言えるほどの人間だったわね。

ええ、間違いなく、王国の王家に引き継がれる、番への衝動に似た不可思議な現象のせいでしょう」


私の答えにレイは目を輝かせて早口で捲し立てる。


「やっぱり、だよね、最初この話を聞いた時、そうだと思ったんだ。

でないと一国の王太子が男爵令嬢と婚約なんてあり得ない。

アインデル王国の王家に引き継がれる番への衝動に似た行動は、僕ら建国王崇拝者には有名な話だ。

元々帝国には大昔、確かに獣人の皇后がいた。

当時は獣人は神に近い存在として扱われていたから、何とかその力を引き込もうと当時の皇家が無理やり輿入れさせたんだけど、獣人は同族としか子を成せないと知らなかったんだ。

それを覆せるのは番だけ。

結局、皇族の末席の人間が運良く彼女の番だったから希望通り獣人の血を皇家に取り込む事が出来た。

そして後に王国を興した建国王も元を正せば帝国の皇家の出身。

ゆえにその建国王の子孫達にも獣人のような番への執着現象が現れたのじゃないか、と言われているけど、ここで最大の謎なのは………」


そこで言葉を切り、期待するようにチラッとこちらを見るレイに、私は溜息混じりに応えた。


「建国王には子供はいないわ。

王妃となった大聖女様との間に子を成せなかったからよ。

結局甥である当時の皇帝から養子を貰い、その子が第二代アインデル国王となった」


私の答えにレイは満足げに何度も頷き、また興奮気味に話し出す。


「そう、だから確かに王国の王家に獣人の血を継いだ血脈は流れている。

2代目国王が養子だったとしても、彼も結局帝国の皇家の血が流れているのだから。

でも不思議な事に、元となる帝国の皇家にはそんな現象は起きていない。

なら何故、王国の王家にだけ?

僕はこれは建国王の呪いだと思っている」


ニヤリと笑うレイに私は呆れながらも、一応聞き返してみた。


「呪い、とは?」


私から反応を引き出した事にレイは満足げにますますニヤニヤ笑いながら口を開いた。


「建国王の妻である大聖女様は30代の若さで亡くなった。

建国王は哀しみにくれ、自分の養子である息子に呪いをかけたんだ。

自分の子孫となる者達も、自分のように愛するたった1人だけしか愛せなくなるように。

建国王はもともとダンジョン攻略の覇者と言われていて、珍しい魔道具を有していたらしいから、多分その中にそんな呪いをかける魔道具があったのさ。

自分の大聖女様への一途な想いをどんな形でも残しておきたかった、たぶんそんなところだと思うよ」


ふふんとしてやったり顔で胸を逸らすレイに、私は溜息混じりに答えた。


「建国王は大聖女様の寿命が長く無い事を知ってらっしゃたのよ。

お二人は悔いの無いよう、その短い時を大事に共に生きたという話だから、建国王は大聖女様の死に対して納得していた、という見解があるわ。

私もそれに1票入れるつもりよ」


その私の言葉にレイはちょっと拗ねたように口を尖らせた。


「確かにその話はしっかり史実として残っているけど、それは国王としての表の顔だと僕は思うね。

真実の彼は、愛する大聖女様を失った哀しみから一生逃れられなかった筈だ。

その想いが王家に呪いをかけたのさ」


ふふんとまたしても胸を逸らすレイに、私はハテ?と首を傾げ、独り言のように呟いた。


「………呪いではなく、祝福だったのじゃないかしら?

2人の養子となった王子は15歳になるまで大聖女様に育てられた。

大聖女様は実の子のように彼を愛し、大事に育てていたそうよ。

自分の余命が僅かになった時、大聖女様はそんな息子に祝福を残したんじゃないかしら?

多分、愛するたった1人の女性と出会い、幸せな結婚生活を送れますように……とか、そういった感じの。

ただ大聖女様の祝福は普通では無く、強大な力を持つ。

大聖女ともなれば、人の理からは外れてしまうほどの力があった筈よ。

しかも余命幾許もなく、力のコントロールも出来ない状態だった。

そのせいで、思わぬところでその祝福が今だに影響し続けている、としたら?

それはまるで獣人の番への本能のように、愛するただ1人の女性を求め、異常なまでに渇望するような、長い年月の中で本来の祝福とは変貌してしまい、呪いのような形になってしまった、というのはどうかしら?」


私の仮説を聞いていたレイがだんだんと瞳をキラキラと輝かせだし、ガタンッとその場に立ち上がった。


「凄いよっ!イブ姉様っ!

王国の王家の異常な体質は、建国王視点のアプローチばかりだったのに、そうかっ!大聖女様の力だったのかもしれないっ!

元は母が息子を想って授けた祝福が、そんな形になって今だに受け継がれている。

これは新たなアプローチだっ!

流石イブ姉様っ!天才だよっ!」


まるで子供の頃に戻ったかのように無邪気に笑うレイに私はふふっと目を細め、内心大きな溜息をついた。

自分で思い付いておいて何ですが、多分これが正解なような気がします。

あの方、自分の力の強大さにいまいち理解が追いついていなかったようですから。

………まぁ、人とは違う感覚で生きていたのですから、仕方ない事ですけどね。


まだキラキラした顔で興奮しきりのレイに向かってゴホンと咳払いをしてから、私は空気を変える為に淡々とした口調で問いかけた。


「それで?本題はなんなのかしら?」


私からの問いにレイはハッとしたように我に返り、ストンとソファーに座り直すと、やっと本題を切り出した。


「まぁ、それはさておき、問題は男爵令嬢を婚約者に迎えた王太子なんだよ。

彼は幼い頃から優秀で、兄弟の中でも一際賢く泰然自若とした器を持つ人格者である事から、次期国王は確実だった筈なんだけど、今回の一件でそれがどうも雲行きが怪しくなってきたらしいんだ。

まぁ王太子の方も抜け目なく手は打っているようで、その男爵令嬢は既に侯爵家の養女となっているから一応は家格に問題は無いよ。

更に今王国の市井ではある芝居が人気らしい。

王子に見初められた下位貴族の令嬢のシンデレラストーリーだって。

その令嬢の役は貴族だったり平民だったり、その時々で変わるらしいけど、つまりは本来なら結ばれない筈の身分差を乗り越えた純愛ストーリー。

あまりに市井で人気が出たので、今では貴族街にある劇場でも公演している程の大人気作だよ。

僕が許可を出したから近々こっちでも上演されるからさ、イブ姉様も観てみてよ。

面白いよね、平民の中での流行劇が貴族にまで受け入れられるなんて。

よっぽどの宣伝力のあるプロの仕事だよ。

大衆劇にそこまでのプロデューサーがつくなんて、あまり聞いた事ないから僕も興味を持っちゃってね」


あまりにわざとらしいレイの話を聞きながら、私は顎を手で掴み、考えるように口を開いた。


「まず間違い無く皇太子がどちらも手を打ったのでしょうけど、観劇の方は良いとして、よく男爵令嬢を養子にする侯爵家があったわね」


私の言葉にレイはジトっと私を薄目で見た。


「僕は男爵令嬢を養子にした公爵家を知っているけど?」


………まぁ、そんな事もありましたね。


私はコホンと咳払いをしながら軽くレイを睨んだ。

レイはやれやれといった様子で肩を上げる。


「彼女を養子に迎えたのはシュタイン侯爵家だよ。

過去に何人も家門の令嬢を王族に嫁がせている名門だ。

シュタイン侯爵家には王太子と同じ年の令嬢がいて、彼女は王太子の婚約者候補でもあったんだけどね、彼女は何故か伯爵家との婚約が決まり、代わりに件の男爵令嬢が養子に入り王太子と婚約したという訳さ」


私を試すようにニヤニヤ笑うレイを見つめながら、私は片眉を上げた。


「………なるほど?もしかしてさっき言っていた観劇には、2人の仲を邪魔する令嬢役が出てくるんじゃなくて?」


私の問いにレイはピッと指を立て私を指した。


「ご明察、流石イブ姉様。

2人の仲を徹底的に邪魔して下位貴族の令嬢をいじめ抜く高位貴族の令嬢。

所謂悪役令嬢というやつだね。

しっかり出てくるよ、そこがその観劇の面白いところでもあるらしい」


そこでレイは一旦言葉を切り、組んだ足の上で更に手を組んだ。


「で、実際にそのシュタイン侯爵令嬢も、男爵令嬢に対して数々の嫌がらせを行なっていたという話だ。

それを王太子が断罪したらしいけど、不思議な事に実際に罪には問われていないらしい。

伯爵家の婚約者のところに、早めの花嫁修行という名の体のいい厄介払いに出されたくらいだ。

だが観劇の中ではしっかり断罪され、国外追放になったり、極刑になったり、身分を剥奪され娼館送りになったりと散々な目に合う。

高慢ちきで残虐な高位貴族の女性が最後には転落するさまが民衆に受けたようで、その悪役令嬢は必ず芝居に出てくるようになったらしいよ。

上演を重ねる度にその最期はより残酷なものになっていくらしいから、この国で上演される頃にはどんな酷いものになっているやら。

あまりに酷ければそこには口出しするつもりだから、まぁ安心して」


レイの言葉に私は頷き、その顔をジッと見つめた。


「ええ、是非そうしてちょうだい。

それにしても、貴族達への牽制のためにそこまでするなんて………。

誰かが王太子を止めるべきだったわ」


私が溜息混じりにそう言うと、レイはヒョイと肩を上げた。


「だが効果は抜群だったみたいだね。

王太子の婚約について口を挟もうものなら、あのシュタイン侯爵家でさえそんな目に遭う、という事を貴族達に周知させられた。

既に侯爵令嬢となった王太子の婚約者に、表向きはもう誰も何も言えなくなった。

シュタイン侯爵令嬢はその為の生贄にされたようなものだね。

とはいえ、婚約した伯爵家の子息は穏やかな好人物で、今回の事で王太子相手に苦言まで呈した心の真っ直ぐな青年らしいよ。

だからこそ、シュタイン侯爵令嬢の婚家にと王太子が選んだんだろうね。

彼女に対してそれくらいの慈悲はあったらしい」


レイの話を頭の痛い思いで聞きながら、私はチラッとレイを見た。


「それにしても随分詳しいのね」


私の問いにレイはギクっと体を揺らし、目を泳がせながら冷や汗をかいている。


「ま、ま〜ね、王国の友人が教えてくれたんだよ。

ちょっと年下だけど、いい子達だよ」


そのレイを細目で見ながら、私は口元だけゆっくりと微笑ませた。


「そのご友人を連れてらっしゃい。

私も是非、ご挨拶したいわ」


私からの圧にレイは縮こまりながら何度もコクコク頷いた。




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