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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.73


我が家の領独自の生産品カカオのお陰で、チョコレートをこの世界に誕生させる事に成功した私は、早速邸でティーパーティを開き、新しい物好きな貴族のご夫人やご令嬢方を沢山招き、そこでチョコレートやショコラをこれでもかと振る舞った。


分かりきっていた事ですが、皆がチョコレートの味に夢中になり、これはどこで買えるのかしら?毎日食したいのですがどうすれば宜しいのかしら?と質問責めに合う。

もちろん、カカオ工場は順調に拡大している最中、店舗も貴族街に建設中。

その事を伝えると彼女達はもう待ちきれないといった様子で店舗のオープン日を知りたがった。


本当に偉大だわ、チョコレート………。

甘いものには国境どころか異世界さえ関係無いのね。

改めて恐れ入りますわ……。


まずは貴族の間で広め、そのうち平民にも手が出しやすい安価なチョコレートの生産もするつもりで、すでにエブァ街にいくつか店舗用の土地を確保してあります。

まぁ、希少性がどうのこうのとうるさい貴族達にはより高価なチョコレートを提供し、チョコレート専門店の名をショコラート、とかなんとか言っておけば納得するでしょう。

コスパを求める平民よりよっぽど扱いやすいですわ。


ああそれにしても、この調子でこの世界でも再現したい懐かしの味が沢山あるわ。

餡子にお餅にお煎餅………。

小豆にお米に似た植物、どっかに自生していないかしら?

もし無いとしたら、赤髪の魔女の魔法で再現可能なものかしら?

農業に関しては私さっぱりなのだけど、その辺はカインに聞けばいいわよね?

あの人本当に何でも知っているから。


この世界に転生して、食にここまで目覚めたのは初めてだわ。

それどころでは無かったし、郷に入っては郷に従え、と申しますでしょう?

お肉にスープにパン、味気ないスコーンに甘ったるいクリーム、クッキーやビスケット、バタークリームのケーキ。

どれも美味しく頂いていましたし、十分満たされていると思っていましたのに………。


なんて事でしょう、色々な事が片付いて、ふとあの魅惑の果実と出会った瞬間、蘇るあの禁断の飽食の日々………。

そうです、私、何と言っても、あの美食大国日本から転生したのですもの……。


一度堰を切ったように溢れ出してしまっては、もう止まらないわ、あの美食への渇望が……。

ううっ……コンビニスイーツが食べたい……。


何度も生まれ変わり色々な時代を生きた私ですが、やはり脳裏に浮かぶのは今の前の前世での食文化ですわね。

特にお菓子、スイーツ、間食系。

思い出してしまった今、もうそれらを無かった事には出来ません。


大事な宿願のある身ですが、人生は長いですから……。

ほんの少し、自分の好きな事に時間を割いても罪にはなりませんよね?

必ず菓子パンも再現してみせるわっ!


優雅にティーカップを持ち上げ、満足気にお茶を口に運ぶ私に、か細い少女の声が聞こえてきた。


「あっ、あのっ、エブァリーナ様……本日はお招き頂き、あっ、ありがとう、ございます………」


気弱そうなその声に振り向くと、私はニッコリと微笑んだ。


「まぁ、エーリカ殿下、同じ邸に住んでいるのです。

招いたのでは無く、ただお茶にお誘いしただけですよ」


ふふっと笑うと目の前の少女、エーリカ・ヴィー・フロメシア殿下はもじもじと両手を揉み合わせた。


ふむ、エーリカ殿下は13歳になったばかりとはいえ、帝妹殿下であらせられるのに少々居住まいが稚拙でいらっしゃるわね……。

その時、エーリカ殿下を見つめる私の目の奥がキラーンッと光った事に気付いたシルヴィが、慌てたようにエーリカ殿下の隣から私に話しかけてきた。


「エブァリーナお姉様、エーリカ様はお姉様と仲良くなりたいと思っていらっしゃるのですよ。

人見知りでいらっしゃるのに、このような大勢の方が集まるお茶会に勇気を出してご参加下さったのですわ」


だから、ねっ?ねっ?と私を伺うシルヴィから、多少の事は目を瞑れという必死のアピールを感じ、私は仕方ないわねと軽く肩を上げた。


「エーリカ殿下、私と親しくしたいと思って下さった事、嬉しく思いますわ。

いかがかしら?お茶のお味は?」


うふふと微笑みかけるとエーリカ殿下は真っ赤な顔でチラッと私を伺うように見つめた。


「はい、どれも美味しゅうございます。

……あの、私、チョコレートが凄く気に入りました。

その………先日ジルヴィス様から頂いて、その……このような美味しいお菓子を作り出したエブァリーナ様に感服致しました」


思い切ったようにパッと顔を上げ、わたしをキラキラした目で見つめるエーリカ殿下は不思議とレイによく似た美しい顔をしている。

腹違いであるのに2人がよく似ていると思うのは、前皇帝陛下の面影のせいかしら。

前皇帝陛下もお顔立ちはお美しい方でしたからね。


それにしても………これは………。

今はまだ発展途上の少女ではあるけれど、時が立ちエーリカ殿下が立派な淑女におなり遊ばした時には、ジルヴィス……あなた……絶対に彼女から逃げられないんじゃなくて?


そう考えると楽しくなってきて、私はクスクスと笑った。


「エーリカ殿下のお気に召して、私も努力した甲斐があったというもの。

これからも様々な新作を出していくつもりですから、楽しみにしていて下さいな」


そう言ってエーリカ殿下に微笑むと、エーリカ殿下はまた真っ赤になって顔を伏せてしまった。

そのまま膝の上で手をもじもじと合わせるのを見て、私は小首を傾げた。


「あっ、あのっ、あのっ、エブァリーナ様……あの……わ、私の事は、どうか……エーリカとお呼び下さい」


精一杯の勇気を振り絞りそう言った様子のエーリカ殿下に、私は心から嬉しく思い笑顔で返した。


「まぁ、そうですわよね?エーリカ殿下はいずれ私の義姉となる方。

とはいえ年齢の事もありますから、私から見たら妹のようなものですけど。

どうか私の事は姉と思って、何でもお頼り下さいましね、エーリカさ」


「あーーーっ、ゴホンっ!

麗しいご夫人とご令嬢方で一体何の話をしているのかな?」


その時、私の言葉を遮るようにジルヴィスがわざとらしく大きな咳をしながら現れた。

まぁ、嫌なタイミングで現れること。

何のレーダーが発動したのかしら?


「まぁ、ジルヴィス、ご機嫌よう。

今日はご夫人やご婦人、それにご令嬢を招いた女性だけのお茶会ですのに、貴方いつから性別が変わったのかしら?」


話を途中で邪魔された私が不機嫌に笑いながら聞くと、ジルヴィスは冷や汗をかきながら引き攣った笑いを浮かべた。


「いやいや、あまりに華やかな雰囲気についフラフラと………。

美しい花に誘われる蜜蜂の気持ちが良く分かるよ。

それで?一体何の話をしていたのかな?」


私の不機嫌な様子にも怯まない、いえ、怯む訳にはいかないといった様子のジルヴィスは、明らかに私とエーリカ殿下の仲が深くなる事を邪魔しにきたようでした。


次期アルムヘイム公爵である私にエーリカ殿下を認めさせまいという、そのせせこましさがいっそ清々しいくらいだわ、ジルヴィス。


エーリカ殿下はジルヴィスの姿を見ると途端に耳まで赤くして下を向いてしまった。


「何の話をだなんて、女性の話に割り込むなんて野暮だと思うけど。

まぁ、貴方が聞きたいと言うなら、教えて差し上げますわ。

今私は、エーリカ殿下から名を呼ぶ許可を頂いたところで」


「あーーっ、いけないいけないっ!

それはいけないなぁ、エブァリーナ。

いくらエーリカ殿下が我が家にお住まいとはいえ、殿下は殿下。

その高貴なお名を軽々しく呼ぶなど、僕は関心しないなぁっ!」


また私の話を途中で遮ったジルヴィスは、大袈裟な身振り手振り付きでわざとらしい大きな溜息をついた。


「ええ、ですけどエーリカ殿下は貴方の婚約者ですから、いずれ私とは義理の」


「いやいやいやっ!今はそうでもだねっ、先の事は分からないものだよ。

やはりここは尊い皇家の姫を名で呼ぶなど、畏れ多いと僕は思うね」


またまた私の話を遮るジルヴィスについに額に青筋を浮かべる私を見て、シルヴィアが密かにヒッと小さな悲鳴を上げ、信じられないものを見る目でジルヴィスを見上げている。

きっとジルヴィスの乱心を心配しているのでしょうけど、こんなのは乱心でも何でもありません。

ただの無様な足掻きよ。

そこまでして私達の仲を邪魔して、名で呼び合う事を阻止したいようね。


いいわ、それならこちらにも考えが………。


私がニヤリと黒く笑った瞬間、それまで下を向いていたエーリカ殿下が意を決したように顔を上げ、ジッとジルヴィスを見つめた。


「あっ、あのっ、私………ジルヴィス様にもただのエーリカと呼んで頂きたいのですっ!

殿下などと呼称は必要ありません。

私達、婚約者なのですから、どうか私の事はエーリカとお呼び下さいっ!」


潤んだ瞳の美しい少女に縋るように見つめられ、ジルヴィスはうっと言葉に詰まった。

エーリカ殿下のそのいじらしいお姿にジルヴィスが怯んだ瞬間を狙って、私はスゥッと息を吸い込むとニッコリ笑った。


「私はエーリカと呼ばせて頂くわね。

だって私達、将来は義理とはいえ姉妹になる仲ですもの。

妹がもう1人出来たみたいで本当に嬉しいわ。

これから末長くよろしくね、エーリカ」


うふふと笑う私にエーリカが嬉しそうに微笑み、ブンブンと可愛らしく頭を縦に振る。

その様子を微笑みを浮かべたまま見つめながら、私は一瞬ジルヴィスに冷たい視線を送った。


「ジルヴィス、貴方もエーリカの気持ちを無碍にするのは良くないわ。

いずれ夫婦になるのだから、殿下だなどと遠慮せず、エーリカとお呼びなさいよ」


ゴゴゴゴゴゴッと音が鳴りそうな私の笑顔の圧に、ジルヴィスは冷や汗を掻きながらハハハッと乾いた笑い声を漏らした。


「いやぁ、僕はだから、殿下に対してそのような不敬な行為は………」


そう言うジルヴィスと不安そうに涙を浮かべるエーリカの目がバチッと合い、ジルヴィスはそのエーリカのいじらしさに乾いた喉にゴクリと唾を飲み込む。


無言で見つめ合いながらジリジリとジルヴィスが押されている様を、私とシルヴィはニヤニヤしながら眺めていた。


ややしてジルヴィスが諦めたようにガクリと肩を落とした。


「………そうですね、では、エーリカ様とお呼びしても良いでしょうか?」


「……あの、出来れば、様なども要りませんから、ただ、エーリカと………」


譲歩したジルヴィスを秒で更に追い込むエーリカ。

ジルヴィスはついに白旗を上げるように両手を肩まで上げた。


「分かりました、エーリカ、これで宜しいでしょうか?」


ジルヴィスに名のみで呼ばれたエーリカは、瞬間ポッと赤くなる、そして熱を冷ますように両手で自分の頬を触った。


「……は、はい、あの………ありがとうございます、ジルヴィス様……」


恋する乙女が完全勝利した瞬間を、私とシルヴィはニヤニヤしながら眺め、顔を合わせて笑い合った。


なかなかどうして、エーリカはうまくジルヴィスを尻に敷いているようね。

ジルヴィスはうだうだ言っているけれど、私にはお似合いの2人に見えるわ。


俄然、エーリカが18歳になる5年後が楽しみになってきた私は、ワクワクした目で2人を見つめ、ジルヴィスに裏切り者……とでも言いたげな恨みがましい目で見つめ返されてしまいました。


あら?一体、何の事かしら?





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「ジルヴィスが嘆いていたよ、イブに裏切られたって」


クックッと肩を揺らすカインに、私はチョコレートを口に放り込み、ペロリと舌で唇を舐めながら首を傾げた。


「何の事か分からんのぅ?」


フンっとしらばっくれる私に、カインは更に肩を揺らして笑っている。


ここは赤髪の魔女の秘密の家。

そこで私はカインと共に、日夜色々な物の研究開発に勤しんでいる最中じゃった。

そんな訳で、ジルヴィスについての瑣末な事に頭を割いている時間など無いのじゃ。


「それより、カイン、これではどうだ?」


「ん〜〜、まだ餅米とは言えないな。

少し粘り気のある米ってとこかな?」


カインからの指摘に私はやれやれと肩を上げた。


「なかなかに骨が折れる。

カインからイメージを伝達してもらっても、いまいちうまくいかんな。

やはり米と違って餅米はそのものに触れる機会が無かったからの〜〜。

もう出来上がった餅の状態しか知らぬゆえ」


とほほ〜と肩を落とす私の頭をカインがポンポンと撫でた。


「まぁ、仕方ない、それが普通だと思うよ。

でも段々と良くなってきているから、もうひと息だよ、イブ」


完全なる私の食への暴走に、それでもカインは気長に付き合ってくれている。


チョコレートの再現に成功してから、私はすっかり食への情熱に駆り立てられてしまった。

やはり餡子は欠かせんと領土中を探し回り、小豆に似た植物を探し当てた。

元々大豆は存在していたゆえ、探せば小豆も見つかるだろうというカインの勘が見事に的中したのだ。


そうなればもう、あとは餅米を再現しない訳にはいかないでは無いかっ!

残念ながらこの世界に米は無いゆえ、一から魔法で作り出さねばならないのだが、これがなかなか難航していた。

米は割と簡単に再現出来たのじゃが……餅米と言われても元を知らぬゆえ、どうにもこうにも上手くいかん。


う〜ん、う〜ん、と頭を捻り、試行錯誤を続けて早数週間……。

さて、今度こそ………。


頭にイメージしたものを手のひらに移すように包んで、そっとその手を開いてみると……。


「やったな、イブ、成功だ」


私の手の中にある数十粒の小さな穀物を覗き込み、カインがニッコリと笑った。


「や、や、やったぞっ、カインッ!

これでやっと大福が食べられるっ!

きな粉餅もっ!おはぎもっ!

夢みたいじゃ〜〜〜っ!」


感涙する私を優しく見つめ、カインも嬉しそうに笑った。


「俺も嬉しいよ、これでイブの機嫌を損ねた時の武器が増えた」


ふふっと笑うカインはそう、女が機嫌が悪い時にはどうすれば良いのか分からなくて、とりあえず甘い物を買って来て機嫌を伺う系の不器用旦那じゃ。


全く、笑止千万よ。

甘いものだけで女の機嫌が治る訳がなかろう。


塩っぱいものの気分の時だってあるのじゃっ!

覚えておくが良いっ!





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