EP.71
法案可決から光の速さで法整備が行われ、貴族女性の婚姻年齢が正式に法にて制定されました。
これにより、女性の所謂行き遅れと言われる年齢も大幅に引き上げられ、現在20歳である私もめでたく行き遅れから脱脚された訳です。
えっ?その為に法案を通したのか?ですか?
まさかそんな訳ありませんわ。
私はお父様から正式に次期アルムヘイム公爵と認められてからカインと婚姻する気でいましたから、元からあと10年くらいは待つつもりでいましたよ。
お祖母様のお陰でかなり前倒し出来ただけです。
さて、渦中となる貴族女性の反応はまさに様々。
まだ婚約者のいない令嬢は胸を撫で下ろし、すでに居る令嬢は婚姻が引き伸ばされた事を嘆いたり、はたまた密かにほくそ笑んだり……。
この辺は、婚約者がいてもその相手次第で反応が違いますね。
法が適用されるにあたり、この法を通した経緯をオーランド医師とスケットル婦人の解説付きで書面におこし全ての貴族家に配りました。
それを読んだ女性達が何を思うのか、それは同じ女性である私には手に取るように分かります。
きっと彼女達の胸には熱い焔が灯る事でしょう。
それは自分達を賢い淑女とはこうあるべき、という言葉で虐げてきたこの男性社会への。
それは幼い体と心に無理強いを求められ、女性として搾取されてきた人生への。
それは何も知らず何も分からないままに体と心を病んできた自分への。
沸き起こるような怒りです。
知らなかったから仕方無かった。
確かにそれはそうです。
若年妊娠の危険性を今まで誰も教えてくれなかったのですから。
社交界デビューさえ終われば一人前とみなされ、家の為に次々に婚姻が決まり、皆が遅くとも10代のうちに第一子を産む。
それが女性に求められる役割で、その役割を果たす事こそが淑女の美徳だったのですから。
ですが私は知っています。
15歳や16歳はまだ親の保護下で自由を謳歌して良い年齢なのだと。
それこそ、思春期や反抗期、たまに厨二病を拗らせたって良いんです。
学校でしっかり学び、友達とふざけ合い、部活で汗を流し、お洒落をして、まだ責任など負わず、青春を謳歌すれば良いのです。
それをそんな年から婚家に閉じ込め、跡継ぎを産むのが女性の責任であり存在価値であるだなどと、誰が許容出来るでしょうか。
彼女達には知る権利があった。
自分達がどれほど虐げられ不当な扱いを受けてきたのかを。
貞淑さを、美しさを求められ、その上若い体で子を産め、ですって?
殿方の浅ましさには呆れを通り越して怒りを禁じ得ません。
確かに、それでも平民の女性から見れば貴族女性は恵まれた憧れの存在でしょう。
美しいドレスに豪華な宝石。
お金に困らない生活。
学ぼうと思えば家庭教師に豪奢な学院があり、婚家にも困らない。
平民女性とて若いうちに結婚をして子を産みます。
何が違うのかと思うでしょう。
ですからもちろん、この婚姻年齢を18歳に制定する法はいずれ全国民に適用するつもりです。
何故なら、その内平民でも18歳までは無料の学校に通えるようにするつもりですから。
その年までは学生として結婚や子作りに煩わされずに過ごして欲しいからです。
もちろん、18歳以下でも特例で結婚申請は出来るようにしますよ。
若い出会いが燃え上がるのを邪魔する法にするつもりはありません。
とはいえ、平民女性のように自由に恋愛を楽しみ、自分の選んだ相手と婚姻する自由は貴族女性にはありません。
領地や領民を守るべき貴族にはある程度の不自由は致し方ないでしょう。
それは責務というものです。
この法が制定され、貴族女性の婚姻は18歳以上からが美徳と変わるでしょうから、それまでに良く学び、貴族として生まれた責務を女性にも理解して頂きたいと思いますわ。
でもどうでしょう。
このアルムヘイム公爵家令嬢である私が20歳を過ぎ、元は平民であった獣人のカインと婚姻するのです。
それも嫁ぐのでは無く、婿として自分が貰い受ける形で。
しかも恋愛結婚ですよ?
ふふっ、割と何でも有りですね?
それに気付いた貴族女性達はどうするでしょう。
黙って家の望む婚姻を受け入れるでしょうか?
気に入らない相手でも自分を殺して嫁ぐとでも?
甘い甘い、甘いですわ。
そんなに女性を甘く見ていますと、痛い目に遭いますわよ。
当然、今後は女性側も相手を選り好みし始めるでしょうね。
だってそれは当然の権利ですから。
私がそれを体現するのですよ?
彼女達もすぐに気付くはずです。
自分の価値は美しいドレスや宝石に身を包み、コルセットで内蔵を締め上げる事なんかでは無いのだと。
自分の価値は自分が決めるのだと。
今まで、自分は遊んでいてもそのうち家の者が自分の望む婚姻相手を連れてきてくれる、気に入らなければ選ぶ権利はこちらにある、と思っていた殿方達は、さぁ一体これからどうするつもりでしょうね?
これからは自分も選ばれる側になるのですから。
女性達のようにしなやかに柔軟に対応出来るのでしょうか?
選ばれない自分の問題と向き合えますかね?
これから婚姻の形は大きく変わるでしょう。
もちろんこの私が変えるのですから、少しでもより良いものに変えていきたいと思っています。
そしていずれは、婚姻だけが女性の人生では無い、多種多様な選択肢を選べるような、そんな世の中になって欲しいと思いますね。
人生は一度きり、自分の思うように生きたって良いじゃありませんか。
貴族は貴族の、平民は平民の責務さえ全うすれば、その他の事は自由に生きていって欲しいと、私は思います。
だって私がそうやって生きていますからね。
私なんて他人に偉そうに出来ませんわ、本来なら。
さて、女性が目覚めれば世の中は変わります。
それは長い歴史の中でも何度も証明されてきた事。
時代の流れに乗るのが上手なのは、いつだって流行に敏感な女性の方なのですのよ?
間違った因習や鎖から解き放たれた女性ほど強いものはありませんわ。
殿方の皆様、お覚悟はよろしくて?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「白いウェディングドレスがよく似合っている。
綺麗だよ、イブ」
待てが出来ない私の可愛い夫の蕩けるような瞳に、私は甘く睨み返してその口を人差し指で塞いだ。
「いけない人、花嫁の控え室に侵入してくる花婿なんてあなたぐらいのものよ?」
メッと諌めるような私の腰をカインはグッと抱いて自分に引き寄せると、優しく頬に口づけた。
「ごめん、我慢出来なくて……。
俺の花嫁を早くこの腕の中に抱きたかったんだ……。
……本当に綺麗だよ、イブ………。
このままベッドに攫いたいくらいだ……」
耳元で甘く囁かれ、私はフルリと体を震わせた。
「本当にいけない人ね………。
毎日あの秘密の場所で愛し合っているのに。
こんな日くらい我慢出来ないの?」
下から甘く睨み付けると、カインは悩ましげな熱い溜息をついた。
「こんな日だからこそ、我慢出来そうにないな………。
君とまた夫婦になれる記念の日なんだから、朝まで愛し合っても足りないくらいだ」
冗談ではなく真面目な顔でそう言うカインに私はクスクス笑いながら、その顔を両手で優しく包んだ。
「もう、あなたったら1回目の結婚式の日にも同じような事を言っていたわよ」
私が笑いながら言うとカインは懐かしそうに目を細めた。
「あの時も、君の美しい白無垢姿に自分を抑えるのが大変だった。
やっと2人きりになれた時には我慢の限界を超えてたな」
そう言ってカインは私の顎を掴み上向かせると、顔を傾け近付けてくる。
「……もう、ダメよ……お化粧直ししなきゃいけなくなるわ……」
「あの時も君は同じ事を言っていた……」
間近で見つめ合い、自然に2人の唇が重なり………口づけが深くなっていったその時………。
「んっ、ゴホン、お二人さん。
お約束で申し訳ないんだけど、もう時間だよ」
開けっぱなしだった扉の内側をコンコンと叩きながら、気まずそうなジルヴィス。
婚約式と全く同じ展開に、私とカインはジト目でジルヴィスを見つめた。
「あのねぇ、僕だって好きで邪魔に入ってるわけじゃないんだ。
2人きりの甘い時間なら式とパーティの後でいくらでもどうぞ。
とにかく罪の無い僕をそんな目で見るのはやめてくれよ」
情けない声を出すジルヴィスまでがもはや様式美となっている事に、私とカインはハァッと同時に溜息をついた。
「貴方とエーリカ殿下の式の時に同じ事をしてあげるわね」
クスッと笑いながらジルヴィスを見ると、ジルヴィスは腕を組み扉に体を預けながら余裕の笑みを浮かべた。
「いやぁ、それはどうかな?
イブの法案のお陰で僕とエーリカ殿下の婚姻もだいぶん先に伸びたからね。
エーリカ殿下が18歳の頃には僕は28だよ?
流石に無理があるとその頃にはエーリカ殿下だって気付くさ。
それまでに他に良い男が現れるかもしれないし。
とにかく僕とエーリカ殿下の婚姻は望みが薄いと思っていてくれて構わないよ」
そのジルヴィスの余裕の笑みに、私は内心、それはどうかしら……と呟いた。
ジルヴィスはエーリカ殿下の想いを幼い勘違いだと思い込んでいるけれど、それが本物にはならないとは誰にも言えない。
もし時が経ってもエーリカ殿下の気持ちが褪せなかったら、それはもうジルヴィスは婚約者としても男としても、そのエーリカ殿下の気持ちに真摯に向き合わなければいけなくなる。
その時になってその余裕の笑みをまだ浮かべていられるかしら?
あら、何だか凄く楽しみになってきたわ。
カインを見上げると私と同じような顔でニヤニヤしているので、きっとそうなった時のジルヴィスの焦った顔を思い浮かべ、その時が楽しみで仕方ない、と、私と同じ事を考えているのでしょう。
私達の愛するジルヴィスにもぜひ幸せになって欲しいものね。
決して、今の余裕の顔にイラッとしたから意地悪で言っているんじゃないのよ?
ただ、女の子の恋心を甘く見ない方が良いわよ?と忠告しているだけで。
とはいえ、心の中だけでの忠告だけど。
2人してジルヴィスをニヤニヤ見る私達を、ジルヴィスは気味悪そうにして顔を顰めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いよいよ私達の婚姻式が始まった。
私達は長く祭壇まで伸びる赤い絨毯を厳かに歩き、教皇であるカハルの前で共に一礼をする。
そしてカハルがまず、カインに語りかけた。
「汝カイン・クラインは、エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
カハルの言葉に、カインが力強く頷いた。
「はい、エブァリーナと神に誓います」
カインの返答に、カハルは一度頷き、今度は私に向き直った。
「汝エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムは、カイン・クラインを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか」
私は優雅に微笑み答えた。
「はい、私もカインと神に誓いますわ」
私の返答にカハルはまた頷いて、隣にいた司教に手を差し出した。
そして婚姻宣誓書を私達の前に差し出す。
「では、ここにその誓いを記して下さい」
本来なら男性であるカインが先に署名するのですけど、カインは私の婿養子になり姓がアルムヘイムになるので、この場合はアルムヘイムである私から署名します。
私が先に署名をすると、参列者から騒めきが聞こえてきた。
本来なら王家にも嫁ぐだけの家格のある私が侯爵家に嫁入りするのだと思って見ていた参列者から、様々な感情が沸き起こるのが背中を向けていても伝わってきた。
次に私の署名の下にカインが同じように署名した。
それを確認してから、カハルが両手を上げ厳かな声を張った。
「皆さん、二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこの二人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。
万物の造り主であるクリケイティア神よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。
今日婚姻の誓いをかわした二人の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。
二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。
喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。
また多くの友に恵まれ、婚姻がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。
この2人の歩む道に幸あらん事を」
その瞬間、教会の鐘が厳かに鳴り、皆が拍手で私達を祝福してくれた。
参列者に共に頭を下げながら、カインが私の耳元で残念そうに呟く。
「指輪の交換も誓いのキスも無いのは少し淋しいな」
そのカインにクスリと笑いながら私も小さな声で囁いた。
「前世も神前式だったから誓いのキスは無かったでしょ?」
その私にカインは拗ねたように口を尖らせた。
「だから少し憧れてたんだ、まさか無いなんて思っていなかった」
私より乙女な事を言うカインに笑いを堪えるのに必死になりながら、私はそっとカインの手を握った。
「指輪の交換も誓いのキスも、後で2人きりで楽しみましょう」
私の言葉にカインの獣耳がピクピクと嬉しそうに動く。
パタパタとこちらも嬉しそうに左右に動く尻尾を、私達は繋いだ手を後ろに回して密かに押さえながら、顔を見合わせ微笑みあった。




