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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.70


「貴族の女性の婚姻年齢を法で定めるのですか?」


私の提出した法案に議会に出席している貴族達が不思議そうに首を傾げている。


「わざわざ法で定めなくとも、慣例で決まっていますから必要無いのでは?」


このようなくだらない法案を何故わざわざ?と言いたげな貴族達に私は立ち上がり微笑んだ。


「ええ、慣例では、16歳になる歳の社交界デビュー、つまりその年の春には成人とみなされ婚姻可能となりますが、私はそれをしっかり法で定めるべきと提案致します」


ニコニコと笑う私に皆が面倒くさそうな溜息をつく。


「ですから、何故わざわざそのような法を?」


ハッと鼻で笑う貴族に私は表情を変える事なく穏やかに答えた。


「一つには、女性の権利を守る為です。

私が理事になり、学院での学業は例え女生徒であれ必須となりました。

貴族の子女であれば必ずあの学院に通う決まりですから、つまり三年間は学業に費やして頂く事になります。

しかし、その三年のうちに婚姻をしてしまえば、中には学院に通う事が困難な女生徒も出てくるでしょう。

我が学院では、学びは生徒達の当然の権利と考えています。

その弊害になりえる古い因習を取り払い、新しく法で定めてその学びを守りたいと、私は思っています」


私の説明を聞いているうちに貴族達はザワザワと騒めきだし、1人の貴族があり得ないといった顔で口を開いた。


「失礼、アルムヘイム公女様。

貴女の仰っている通りになるとつまり、その法で定める婚姻可能な年齢が18歳くらいになってしまいますが……?」


思っていたより察しの良いその反応に、私は満足げに笑った。


「ええ、仰る通りですわ。

学院には基本、16歳から18歳まで在学出来ますから、婚姻はせめて18歳の年から可能、と定めるのは如何でしょう?」


私の答えに一気に貴族達の表情が険しくなる。


「何を仰っているのか、ご自分で分かってらっしゃいますか?

18歳だなどと馬鹿馬鹿しい………。

それではあっという間に行き遅れてしまうでは無いですか。

良いですか?女性の婚姻は早ければ早いほど良いのです。

16歳になればいち早く嫁ぐべき。

それが女性の為になるのです」


1人の貴族の発言に他の貴族も納得するようにうんうんと頷いている。

それに私は不思議そうに首を傾げた。


「若いうちに嫁ぐ事の何がそんなに良いのですか?

それがどうして女性の為になると?」


私の質問に貴族達はそれを鼻で笑い、わざとらしく肩を上げたりしてこちらを小馬鹿にしている事が伝わってくる。


「良いですかな?アルムヘイム公女様。

女性の幸せは婚家に嫁ぎ、子を産む事です。

そして夫の為に家を守る。

それが貴族女性の美徳、幸せそのものなのですよ。

そして子を産むなら若いうちが1番良いのです。

早ければ早いほど、それだけ多く子を産めますからな」


ハハハッと一斉に笑う貴族達の顔には、女性への軽視がありありと浮かんでいて、私は微笑みを絶やさずに瞳の奥をギラリと光らせた。

皇帝の席から議会を見守っていたレイが無表情なその顔に冷や汗を浮かべている。


「まぁ、グイド伯爵は随分と先進的な方でしたのね。

実は女性の身で伯爵になられていただなんて、私は知りませんでした」


ニッコリ笑う私にその貴族はハァ?と怪訝な顔でこちらを見た。


「私が女の身でとは一体どういう意味ですかな?

私は見ての通り男ですぞ?」


その答えに私はますます不思議げに首を傾げた。


「あら、おかしいですわね?

だって伯爵は先程、女性の幸せについて話され断定までしたではないですか。

女性の幸せを理解し決めつける事が出来るのは同じ女性だけ。

ですから私は伯爵は実は女性なのだとばかり……。

違いましたのね?」


私の言葉に何人かが吹き出し、その伯爵に睨まれバツが悪そうにあらぬ方向に顔を背けた。


「そんな事っ!女でなくとも分かりますっ!

女の幸せは嫁ぎ、若いうちに子を産む、これが全てですっ!」


顔を真っ赤にして声を荒げる伯爵に、私はスッと微笑みを消し、アルムヘイム家直伝の威圧感を放ちながらギラリと睨んだ。


「では先程から貴方は自分の勝手な価値観や思い込みのみで発言なさっている、という事ですか?

神聖な議会でそのような何の確証も無い話で時間を無駄にした、という事でよろしいのですね?」


私から放たれる重苦しい威圧感にその伯爵は今度は顔色を真っ青にして、腰を抜かすようにヘナヘナと自分の椅子に腰を落とした。


「で、ですが、アルムヘイム公女様。

グイド伯爵の言う事にも一理あるかと……。

女性は若いうちに子を産まねば、健康な赤ん坊を産めなくなってしまいます」


私の威圧を直に食らった訳ではない他の貴族がそう発言した事で、皆が確かにそうだよな、とコソコソと囁き合った。

先程までのこちらを小馬鹿にした勢いは削がれたが、まだまだ私の話には否定的であるらしい。


「若いうちにしか健康な赤ん坊を産めない、という根拠はおありですか?」


先程発言した貴族の方にクルッと振り向き微笑みを浮かべる私に、その貴族はホッとしたように胸を撫で下ろしてから口を開いた。


「根拠など要りませんよ、昔からそうではないですか。

私の伯母は10代の頃から出産して7人の子をもうけましたが、皆健康ですよ。

私の母も同じように5人の子を産みましたが、やはり皆健康で何の問題もありません」


ふふんと胸を逸らすその貴族に、私は頬に手を当て困ったように眉を下げた。


「……まぁ、ウィヤン伯爵、本当はお辛いのにそのように話して下さって、お強い方ですわ。

貴方の伯母様であるグイド伯爵夫人は、16歳の歳から妊娠出産されていますが、10代の頃には3人、20代の初めに1人、お腹の中でお子様を亡くされていますものね………。

貴方の母君も同じように、10代の妊娠で2人のお子様をお腹の中で亡くしておられますのに………。

そのようなお辛い経験をそんな風に明るく話されるなんて、貴方がたの一族は本当にお強いですわ……」


そう言って目尻に滲んだ涙を人差し指で拭うと、議会中がシンッと静まり返った。

この国での出産はとにかく数打ちゃ当たる方式。

流産死産の確率が高い為、女性はとにかくたくさん産む事を求められる。

多ければ多いほど、無事に健康に育つ子供が産まれる確率が高くなる、というお粗末で非人道的な出産方法が、貴族女性の美徳?

ここにいる殿方全てに、母の妻の娘の、その全ての苦しみを追体験させて差し上げようかしら?

私なりの父親教室なのですが、いかがでしょう?

気に入ってくださるかしら?


出方次第では本当にエブァリーナ流妊婦体験を決行しようと議会をぐるっと見渡すと、皆が一様に青い顔で俯いている。

この国の因習によって兄弟や子供を亡くした経験のある人間はグイド伯爵やウィヤン伯爵だけでは無い、という事なのでしょう。


「ではここで、私から権威あるお二人をご紹介させて頂きます。

婦人医学の権威、オーランド医師と、30年助産師として活躍なさっているスケットル婦人です。

お待たせ致しました、お二人とも、どうぞこちらへ」


ちょうど先程到着した2人を私の隣の空いた席に誘導し、私はぐるりと議会上を見渡した。


「オーランド医師には女性の妊娠と出産の適齢期についてお話し頂きたいと思います。

オーランド医師、どうぞよろしくお願いいたします」


私の紹介を受け、オーランド医師はその場に立ち上がると、ゆっくりと威厳ある声で話し始めた。


「私は以前から、若年妊娠の危険性を問題視し警鐘を鳴らしてきました。

10代の体はまだ未熟で、腹の中で赤ん坊を育てる器官、またそれを支える骨が成長過程である事が多いのです。

このような不完全な状態での妊娠、出産は、母体と胎児にとって非常にリスクが高い、危険な状態と言えるでしょう。

また、10代の女性はまだ体調や精神面が不安定で、とてもでは無いが妊娠、出産に耐えうるベストな状態とは言い難い。

そのことから私は、いくら早くとも18歳以降。

適齢期は24歳から36歳だと断言させていただきます」


オーランド医師の話を聞いた貴族達は衝撃を受け、再びザワザワと騒ぎ始めた。


「なっ、24歳だと………私の妻はその年にはすでに6回の出産を経験していたぞっ!」


耐えかねたように立ち上がった1人の貴族に、オーランド医師は蔑み切った目を向けた。


「して、そのうち無事に育ったのは何人ですかな?」


そう問われたその貴族はグッと言葉につまり、ボソボソと小さな声で答えた。


「………よ、4人だ………」


その返答にオーランド医師はその瞳に静かな怒りを浮かべた。


「未だ体も心も未完成な少女を娶り、何度も妊娠、出産させ、流産や死産を経験してもなお、間も置かずにまた妊娠させる。

これは女性への拷問に等しい行為だ。

良いですか?それでなくとも貴族女性というものは、見目を良くしようと若いうちから体に負荷のかかるような事を平気でするものです。

平民よりよっぽど不健康な状態での若年妊娠など、自殺行為に等しい。

それを当たり前だ、女性の務めだと言うなら、いずれこの国は神の怒りをかうでしょうっ!」


厳格なオーランド医師の厳しい言葉に貴族達は顔色を悪くして顔を俯かせた。


「オーランド医師、医療の立場、また敬虔な教会信者の立場から、大変有意義なご意見ありがとうございました」


ニッコリ私が微笑むとオーランド医師は満足したように頷いて静かに席に座った。


「では次に、30年間で実に4000人の赤ん坊を取り上げてきた助産師のスケットル婦人、よろしくお願いいたします」


私の紹介で立ち上がったスケットル婦人は、歳を感じさせない凛とした佇まいで貴族達を見つめた。


「私は主に貴族の奥方様のご出産に立ち会っている者です。

こちらにいる皆様の奥様の出産にも立ち合わせて頂きましたね。

ああ、取り上げた子も何人かいますわ。

大きくお成りあそばして、大変ようございました。

私の経験を話すように言われたのですが、残念ながら私には守秘義務がございますから、当然詳細はお話し出来ません。

私が言える事と言えば、18歳以下の女性の正常分娩率の低さ、ですかね。

貴族のご夫人だけでなく、それは平民にも言えますけど、平民よりも更に貴族のご夫人は正常な妊娠、出産が難しく、10代のうちはほとんどが上手くいきませんね」


長年の経験を物語るようにサラッと言ってのけたスケットル婦人を、貴族達が顔色の悪いままに凝視している。


「ご経験からくる大変貴重なお話をありがとうございました、スケットル婦人」


私がそう声を掛けるとスケットル婦人は静かに席についた。


「さぁ、皆様、私からの提出した法案についての裏付けは以上です。

どうかこれらをご参考にして、国の為により良い法を制定いたしましょう」


ニッコリ微笑み私がそう言うと、今まで黙っていたレイがコンコンと指で机を叩き、皆がそのレイに注目した。


「評決を取る前に、私から提案なのだが。

女性に対しての法を制定する場に、評決権を持つ女性がアルムヘイム公女1人では、とてもでは無いが女性の意見が反映されたとは言いにくい。

そこで私から、オーランド医師とスケットル婦人にもこの法案のみの特別評決権を与えたいと思う」


レイの提案にグイド伯爵とその他の歳を召した貴族が鼻で笑った。

たったの2票増えたところでこんな馬鹿げた法案通るはずが無い、とその顔に書いてある。

それをおもしろそうにチラッと眺めてから、レイは再び口を開いた。


「今この場に評決権を持つ者はこれで68人となった。

そこでもう一つ提案だが。

アルムヘイム公女を女性側の代表とし、その1票を20票と同等とする」


ニヤリとレイが笑うと同時に一気に議会上が騒めき出した。

異例の措置に、だがレイはさもそれが当たり前と言うかのように続けた。


「何を慌てる事がある。女性に関しての法案を可決しようとしているのだ。

ならば女性の票とてあって然るべき。

残念ながらこの議会に参加する権利を持つ女性はアルムヘイム公女と先程私が特別票を与えたスケットル婦人、2人のみ。

これでは女性の意見が反映されたとはとても言いにくい。

その為の救済措置に誰か否を示す者はいるか?」


ぐるっと議会場を見渡すレイに、誰も反対する者はいなかった。


「なに、アルムヘイム公女1人で20票を有したところで、こちらの方がまだ数は多い……」


ニヤリと笑いながらグイド伯爵がそう呟くのをレイはチラッと横目で見て、議会場に集まる貴族達に向き直った。


「では、アルムヘイム公女からの法案、貴族女性の婚姻可能年齢を18歳と定める法の可否を皆に問う。

この法案に賛成する者は挙手で示せ」


レイがそう呼びかけると、私の他にオーランド医師、スケットル婦人。

それからカインとジルヴィス。

そしてレイが手を挙げ………その他の貴族達は………。


「うむ、アルムヘイム公女の持つ20票を入れて64票か。

既に過半数に達した為、この法案は可決したものとする」


レイがそう言うと新しい法案を受け入れる拍手が起きるなか、法案に可を示さなかった一部の貴族達があり得ないとでも言うように目を見開き拳を震わせていた。


その貴族達をチラッと見てレイが煽るようにニヤリと笑う。


「なんだ、アルムヘイム公女に20票も持たせる必要はなかったな。

それだけ彼女の法案は理に適っていたという事だ。

これからは女性に負担を押し付けるのでは無く、その心身共に法にて保護するのがよかろう。

娘を持つ貴方なら分かるのでは無いか?グイド伯爵?」


法案に手を挙げなかったグイド伯爵は、この言葉に完全に敗北したように黙って頭を下げた………。






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