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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.69


お母様に連れてこられたのは、お母様のコレクションの収められた部屋。

芸術に目がないお母様が特に気に入った物をセンス良く展示しているその部屋に、お父様が足を踏み入れるのはどうやらこれが初めての事のようだった。


そこにある素晴らしい芸術品の数々にお父様は息を呑み、特に壁に掛けられている絵画に目を奪われた様子で、感心したようにしげしげと眺めている。


「君の芸術を見る目は本当に超一流だな。

どれも素晴らしいが、特にここに掛けられている絵は特別だ。

風景画と人物画があるが、これはどちらも同じ画家が描いているのか?

タッチが似ているような気がするのだが」


アルムヘイム公爵家当主として、ある程度の芸術を見る目も養ってきているお父様に、お母様が穏やかに微笑んだ。


「ええ、仰る通りですわ。

そこにある絵はどれも同じ画家が描いた物です」


お母様の言葉に、お父様同様その絵画を夢中で眺めていたお祖母様が不思議そうに首を傾げた。


「おかしいですね。これほどの素晴らしい腕を持つ画家だというのに、私は他では見た事がありませんよ」


お母様ほどでは無いにしろ、芸術に対して造詣の深いお祖母様がそう言うと、お母様はニコニコと笑って答えた。


「その画家は私が長年パトロンとして出資をしてきているのですが、今のところ、この部屋以外で彼の作品を目にする事は出来ませんの」


お母様の返答に、お父様とお祖母様が驚愕して目を見開いた。

その顔は流石に親子、と言いたくなるほどにそっくりだった。


「では、この画家はこれほどの腕がありながら、一切表舞台には出ていない、という事なのか?」


「これほどの素晴らしい作品が日の目を見ないなどと、なんて事でしょう。

パトロンは貴女1人ですか?

それでは不十分ですから、私もこの画家のパトロンになりましょう」


お祖母様がそう言った瞬間、お父様が良い考えを思い付いた、と言わんばかりに手を打った。


「これほどの才能だ、いっそアルムヘイム家としてこの画家を支援しよう」


お父様の言葉にお母様が口元を両手で覆い、感動したように潤んだ目でお父様を見つめた。


「まぁ……あなた……良いのですかっ」


お母様を喜ばせられた事に気を良くしたお父様は、しっかりと頷いてお母様を見つめた。


「もちろん、私に二言は無い。

この画家にはアルムヘイム家門の領地なら好きに滞在して構わないと伝えなさい。

様々な場所で好きな風景、人物を描けば良い」


「言質を頂きましたね、ジルヴィス、貴方、どこに住みたいですか?」


その瞬間を正に狙って私がジルヴィスに声を掛けると、ジルヴィスはう〜んと首を捻って考えあぐねるように天井を見上げた。


「そうだね……まずはシルヴィの育ったあの場所がいいかな?」


そのジルヴィスの言葉に、私はふふっと笑った。


「あそこはのどかで美しい所ですものね。

さぞ貴方の筆も進むでしょう。

アルムヘイム家の所持する侯爵位と共に、あの領地は貴方に差し上げますわ」


ニッコリ笑い合う私とジルヴィスをお父様が口をあんぐり開けて見つめている。

あら?レアね。


「な、な、な、なんの話だ………2人とも………」


ワナワナと震えるお父様の隣で、怪訝な顔をしていたお祖母様は瞬時に全てを悟り、ニヤリと口角を上げた。


「なるほど、そう言う事でしたか………。

ようございましょう。

エーリカ殿下を娶るのに侯爵位であれば陛下も納得なさるでしょう。

どうせレイとは合意済みでしょうけど」


お祖母様がそう言うと、まだ口を開けたまま驚愕中のお父様は、壁の絵画とジルヴィスの顔を交互に見て、震える指でジルヴィスを指差した。


「ま、まさか………この絵は、ジルヴィス、お前が…….?」


お父様の見開かれた目を真っ直ぐに見つめ返し、ジルヴィスは真面目な顔で答えた。


「ええ、そこにある絵は全て僕が描いた物です。

父上、僕は芸術を愛しています」


ジルヴィスの真剣な顔を見て、お父様は唾を飲み込むと、またジルヴィスの描いた絵に視線を戻した。


帝都の街並みや田舎の風景、お母様や私、シルヴィの肖像画。

それらはどれも暖かく美しい、まるでジルヴィスの人柄そのもののような素晴らしい作品ばかりだった。


「…………そうか、お前が、これを………。

確かに、どれも素晴らしいな。

このような作品を生み出す画家を、その才能を、ここで潰してしまうのは実に惜しい……」


ジルヴィスの絵を眺めるお父様の目は優しく、どこか懐かしそうに細められた。


どれくらいそうしていたのだろう。

お父様の中でどんな風に気持ちを整理したのかは分からない。

だけど次に私達に向き直った時には、いつもの厳しさを取り戻し、その目でジッと私を見つめた。


「イブ、女の身で本当にアルムヘイム家を背負おうというのだな?」


お父様の問いに私は真っ直ぐにその目を見つめ返した。


「はい、そのつもりですわ」


私の答えにお父様は難しい顔で頷き、その眉間に皺を寄せた。


「帝国では女の身で貴族位を正式に継いだ者は未だ1人もいない。

お前はその最初の1人という事になる。

当然ながら周りの目は厳しいだろう。

古い格式に縛られた貴族はお前の存在そのものを否定するかもしれん。

それでもやるというのだな?」


可愛い娘にわざわざそのような茨の道を歩かせたく無いお父様の気持ちは重々理解出来ますが、それでも私は一歩も引く気は無かった。


「はい、私の気持ちは変わりません」


凛とした私の態度にやっとお父様の表情がほんの少し柔らかいものとなる。


「………分かった。では、正式にお前を後継ぎとする。

良いな、一度決めた事を覆す事は許さん。

イブ、お前が次のアルムヘイム公爵になるのだ」


お父様の言葉に私は強く頷き、真っ直ぐにお父様を見つめた。


「はい、お父様。必ずやアルムヘイム家をお父様の望む形に私がしてみせますわ」


そう言ってニヤリと笑う私にお父様は一瞬ポカンとした後、弾かれたように笑い出した。


「アハハハハハハッ!そうかっ、お前はそこまで先を見据えているのだな。

うむ、赤髪の魔女と唯一の親交を結び、剣聖の夫を持つお前なら、いや、お前にしか確かに出来ない事だ。

イブ、お前の思うように進みなさい。

お前の進む先にアルムヘイム家の未来があるだろう」


すっかり父親の顔に戻ったお父様に、私も娘らしく微笑んだ。


「何だかんだとあなたはイブに甘いから、こうなると私は信じていましたわ」


お母様がお父様の腕に触れ微笑みながらそう言うと、お祖母様が鼻で笑ってお父様を横目で見た。


「常日頃からイブが男であればとボヤいてたくせに、よくもまぁここまで渋ってくれたものです。

男だ女だと言う古い世の中はじきに終わりますよ。

アルムヘイム家当主であるなら、時代を先取るくらいして当たり前です」


自分より年長であるお祖母様に古くさいと言われたも同様のお父様は、ガックリと項垂れながらもチラッとジルヴィスを見た。


「しかし、ジルヴィス、お前は本当にこれでいいのか?」


ジルヴィスを気遣うようなお父様にジルヴィスは笑って答えた。


「ハハッ、僕もそれなりにはアルムヘイム家当主をこなせる自信はありますよ。

あくまでそれなりに、今の状態を維持しつつ、ほんの少しくらいは発展させられるかもしれません。

でも僕はそこまでです。

イブのように常識を打ち破り、古い因習を打ち壊し、アルムヘイム家を望む形に変える事までは出来ません。

そもそも、自分でそこまでやろうという気が無いのです。

僕はイブに、アレをやりたいからコレをこうしておいてほしい、と、良いように扱われるくらいが丁度性に合っている。

そっちの方が本領が発揮出来ている事も自覚していますし。

それになにより、愛する芸術からこれ以上遠ざかるのはもう耐えられないのです。

父上の許しがあれば、今にも田舎の領地に飛んでいって朝から晩まで好きな絵を描いて過ごしたいくらいですよ」


肩の荷が降りたようにヘラヘラ笑うジルヴィスに、お父様はうむと頷いた。


「そうか、お前の望みに今まで気付けずにすまなかった。

お前はお前の好きに生きなさい。

しかし、アルムヘイム家の人間としてこれからもイブをしっかり支えてやって欲しい。

これからこの国の皇后となるシルヴィの事も頼んだぞ」


お父様にとってはジルヴィスが長子である事は変わらない事実。

妹2人を頼めるのは兄であるジルヴィスだけなのでしょう。

ジルヴィスはそんなお父様に深く頷き、真面目な顔で答えた。


「もちろん、アルムヘイム家の当主にならずとも2人の事は僕がしっかり支えます」


そのジルヴィスの答えにお父様はホッとしたように頷いた。


「それで?カインはそれで良いのか?

アルムヘイム公爵夫君の身に甘んじる覚悟はあるのだな?」


最後にカインにそう問いかけるお父様に、カインは胸に手を当て頭を下げた。


「はい、私の持つ侯爵位もアルムヘイム家に捧げ、私はアルムヘイム公爵夫君、またはアルムヘイム侯爵と名乗りたいと思います。

皇帝陛下が父の貴族位の見直しを申し出て下さり、この度父が伯爵位を賜る事になりましたので、いずれ私がその名を継ぎます。

先の事になりますが、クラインの名ではクライン伯爵を名乗りたいと思います」


まったく淀みの無いカインの声と言葉に、やはりお父様はホッとしたように頷き、満足げに私達を見渡した。


「私もいつの間にか古いものになっていたようだ。

アルムヘイム公爵として歴史を重んじるあまり、新しい風が吹いている事さえ気付けずにいた。

これからはお前たち若者の時代だ。

新しい皇帝に新しい風を吹かす貴族の若者達。

きっと私達では成し得なかった改革の光を起こしてくれるだろう。

大帝国であるフロメシア帝国は、本来なら常に世界を牽引する存在で無くてはならない。

が、しかし、国内での魔獣、魔物被害に加え魔族の脅威と常に戦ってきた長い歴史があり、それから多少解放された事で緩み切った皇帝が続き、国が腐敗した歴史が続いた。

今帝国は本来の強さを取り戻すべく早急に動き出さねばならない。

そのような状況の中で、確かに、男だ女だなど瑣末な問題であった」


お父様は改めて私達一人一人の顔をゆっくりと見つめ、確信を込めて大きく頷いた。


「お前達なら必ずやこの帝国をアルムヘイム家が求めてきた姿に変えてくれるだろう。

帝国の未来を頼んだぞ」


穏やかに微笑むお父様に私達は少し面食らいながら、カインとジルヴィスは胸に手を当て、私はカーテシーで礼を取りそれに応えた。


「アルムヘイム公爵閣下、必ずや貴方のご期待に応えてみせます」


私がそう言うとお父様は誇らしげにうむと胸を張り、お母様はハンカチで涙を押さえ、お祖母様は満足気に何度も頷いていた。



こうして、私のアルムヘイム公爵への未来が開かれたのでした。

思っていたより早いタイミングでしたが、これも私の短気の成せる技かしら?

これまでにどうするかをジルヴィスと何度も話し合ってきました。

ジルヴィスは一旦自分がアルムヘイム家を継いだ後、理由をつけて私に譲渡する案が1番確実だと言っていましたが、私がそれでは納得しなかったのです。

やはり何かを受け継ぐなら正統なやり方が結局1番人々を納得させるものですから。


もちろん、女の身で公爵の名を受け継ぐなど安易に受け入れられる事ではありません。

だからこその正統性なのです。

親から子に、正統に受け継がれたものの方が説得力もあるというもの。


さて、ここからは古い偏見と因習との闘いですね。

女は大人しく邸に篭って刺繍に編み物でしたっけ?

あら嫌だわ、私どちらも苦手なんですの。

何せ暇さえあれば赤髪の魔女の姿で魔獣や魔物、時には魔族を滅してましたから。

その辺はすっかりイブちゃん2号に任せきりなんですの、ごめん遊ばせ。


仕方ありませんから、これからは邸の外で堂々と暴れさせて頂きますわ。

目指すは全ての人の自由と平等の確立ですね。

まずは制約の多い女性から解放させて頂きましょう。

もちろん、邸に篭って刺繍に編み物が性に合っている女性だっているでしょう。

それだって決して押し付けられる事では無く、本人の自由の下にあるべきなのです。


歴史や格式はもちろん尊重すべきですが、それで不自由を押し付けられるのはやはり間違っていると私は思います。

両立はなかなかに難しい話ではありますが、やってみる価値はあるでしょう。

誰もが自由と平等を得る権利があるのですから。


さて、では再び仮面を被る事に致しましょう。

アルムヘイム公爵という、まずはその仮面を………。





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