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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴
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EP.6


皆様、ご機嫌よう。

両親のすれ違いによる不仲を、まだ赤ん坊の身で解決した私、エブァリーナでございます。

何度も転生を繰り返してきた私ですが、流石に赤ん坊の身であそこまで頑張る事になったのは初めての事でしたわ。


ですがあのままだと、考えられる未来が非常に暗かったでしょう?

心を病んだお母様に罵られ蔑まれて育つか、後妻であるシャルロッテ叔母様に虐待されて育つか………。

前者ならお母様には何も言えず、ただ遠くから見つめているお父様付き。

後者なら、シャルロッテ叔母様に愛情など抱く事なく、失った前妻を想って抜け殻となっているお父様付き。


どちらにしても、ボンクラですわ、お父様。


そんな環境で育つのはごめんでしたからね。

打つ手はしっかり打たせて頂きました。

それにしてもあのまま黙って見ていたら、私にも悪役令嬢になって然るべきバックボーンが生まれたのかしらね?

悪役令嬢というキャラを有効に使えるなら、それはそれで良かったのでしょうか?


ですが私は家庭とは健全であって然るべき、と思っていますので、やはりあの2人を軌道修正した事には間違いは無かったと思います。

これでやっと私も、健全な家庭で育つ事ができ、すくすくと健やかに成長できるのですから。


さて、まずは両親の問題解決から人生をスタートさせた私ですが、ありがたい事にあれ以降大きな問題も無く時は流れ、私もやっと3歳になりました。


……うふふ、子供の一年って長いですわね。

大人になると一年なんかあっという間ですのに。

やはり、やる事に追われていないと時間はなかなか経ちませんね。

という事で、私も2歳前から文字を学び始め、この世界の勉強に着手しました。

お陰でそれまでよりは一年が長く感じずに済んで、助かっています。


3歳になった今は、丁度小学生低学年相当の勉強が終わった所ですわ、表向きは。

中身はシニアですので、大学生相当の勉強の知識はありますが、何でも順を追っていくのは大事な事です。

それに前世と今世では、学ぶ事の中身が全く違いますから。

数学は対して差は無いようですが、文学などは全く同じところが無く、楽しく学ばせて頂いております。


それと、貴族社会についての勉強もなかなか楽しいですわね。

この帝国は、皇帝を筆頭にした皇家が治める国です。

大陸の半分は帝国の領土ですから、随分大きな国になりますね。

帝国内の領土を治める領主、つまり貴族も膨大な数になります。

その膨大な貴族家を一つ一つ頭に入れていく作業は、案外良い暇潰しになってくれていますよ。


覚えた端から増えたり減ったりと、常に最新のデータを追わなければいけないのですから、退屈している時間もありません。



「まぁ、イブったら、またお勉強しているの?」


いつの間にか部屋に入ってきていたお母様が、感心するような少し呆れるような、微妙な声色で話しかけてきたので、私は読んでいた本から顔を上げ、お母様の方へ振り向いた。


「はい、お勉強、たのしいです」


ニッコリ無邪気に笑うと、お母様は片手で口元を触りながら、眉を下げて困ったような顔で私を見つめた。


お母様には私が、理解出来ない未知の生き物に見えるようですわ。

なにせ、女に学問など不要、将来どこかの有力貴族に嫁ぐのに役立つ事をしなさい、と言われて育ったお母様。

実は計算すら足し算引き算程度しか出来ませんし、文学は純文学以外は読んだ事もありません。

勿論、今私が読んでいる哲学書など、目に入ったところでどんな物なのかさえ分からない筈です。


お母様に限らず、この国の貴族令嬢の勉学はたかが知れているようですね。

貴族向けの学院もあるのですが、そこでさえ女生徒には勉学は求められていません。

ここで良い出会いに恵まれて下さい、というスタンスですから、大規模な見合い会場といったところでしょうか。

貴族のご令嬢方より、よっぽど平民の方が算術に明るく、自由に本を読み知識を増やしているのですから、本当にご令嬢方を囲う籠はよっぽどに狭い、と思ってしまいます。

そんなご令嬢の1人であるお母様には、私という存在が理解出来ないのでしょう。


対して、お父様はその真逆であったりします。

元々、このアルムヘイム公爵家には優秀な人間が生まれやすいようで、事実お父様自身も5歳から勉学を始め、15歳の頃には大学課程も修了していたそうです。

それに加えて魔法の才能に剣の才能、身体能力も常人以上であるのですから、本当に神様に様々なものを与えられた代わりに、木偶の坊でボンクラな性質を押し付けられたような、総じて残念なタイプの人間ですわね。

まぁ、何にしたってそんなに才能溢れるお父様とて、このアルムヘイム公爵家では当然の事として受け止められてきたのです。


そんな訳で、私の早熟さもさして怪しまれたり大騒ぎされる事もなく、当然の事として受け止められているので、やり過ぎないように調整は必要ですが、それ程困った事態にならない事はありがたいですね。


何せ中身がシニアなもので、いつまでも赤ちゃんごっこというのはちょっと………。

健全どころが、気が狂ってしまう恐れがありますから。


元々学ぶ事は大好きな性質なので、それを日々の活力に、新しい人生を謳歌させて頂いています。

好きに学べる環境というのは、なんてありがたいんでしょうね。

こればかりは本当に、この生まれに感謝しなくてはいけませんね。


「エブァリーナ、お勉強も良いのですが………。

もっとこう、女の子らしい遊びはどうかしら?

例えば、お庭でお花摘みとか、おままごととか………」


ビッシリと文字で埋め尽くされた哲学書を、少し嫌そうに眺めながらお母様がそう言ったので、私は内心深い溜息をついた。


お花摘みにおままごと………。

どちらも、女の子を持った母親が望みそうな遊びですわね。

でも私、中身は立派な大人ですから。

小さな子に付き合って相手をするならまだしも、私主体でおままごとは、ちょっと……厳しいわ………。


でもお母様が自分から私に何かを求めてくるのは珍しいし。

お母様の体調の為にも、お庭に出る事はいい事よね。

う〜ん、でもそうすると、通常の3歳児の真似事をしなくてはいけなくなる訳で………。


色々と思案する中、私は一つの妙案を思いついた。


そうだわ………それなら、いっそっ!


私はガバッと顔を上げると、無邪気な笑顔でお母様を見つめた。


「お母様、私、お兄様も一緒がいいわ」


純真無垢な私の笑顔にお母様は一瞬ウッと息を呑み固まってしまった。


お兄様というのは、お父様が孤児院から養子に貰ってきた男の子の事。

ゆくゆくはこのアルムヘイム公爵家の跡取りになる訳なのだけど、お母様との交流は今まで一度も無かった。


お母様としては、やはり後継ぎになる男児を産めなかった事は、今だに深い心の傷となっている。

お父様の愛人の子云々の誤解はとっくに解けているけど、それでも積極的に仲良くしようという気にはなれないみたいですわ。


ですが私としては、せっかく縁あって家族になった者同士。

いくら養子とはいえ、まだ幼い彼の母親役をお母様にはする義務があると思うのです。

いつまでも目を背けていて良い問題ではありませんから、お母様の方からしっかり歩み寄らなければ。

それが養子を迎えた大人の務めだと思いますよ、お母様?


キラキラわくわくとした私の眼差しに、お母様は冷や汗を流しながら、結局は根負けして小さく頷いた。


「そ、そうね………あの子も一緒に遊びましょう」


無理をしている事はその声色で丸分かりですが、そこはあえてスルーして、私は椅子からピョンと飛び降りてお母様に抱きついた。


「わ〜い、お母様、ありがとうっ!」


無邪気な私の反応に、お母様は少し微笑んで、優しく私の頭を撫でてくれた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ねぇ、エブァリーナ、本当に良いの?」


お母様とメイド達と庭に出て直ぐ、ジルヴィス、養子に迎えられてきた私のお兄様が小声で聞いてきた。


実は私とジルヴィスはお父様によって引き合わされ、とっくに顔見知りな上に、2人でよく遊ぶ仲。

ジルヴィスは絵を描くのが好きで、よく図書室で勉強をしている私の隣で小説などをモチーフにした想像画を描いている。

ジルヴィスの絵の腕前はかなりのもので、私は彼は将来、歴史に残る画家になれるのでは?と思っているほど。

現実では、彼はアルムヘイム公爵家を継ぐ為だけに養子にされた子供なので、そんなに自由に自分の好きな道を歩く事は出来ないけれど。


後継ぎ教育はとっくに始まっているし、ジルヴィスは私よりよっぽど忙しい身だけれど、空き時間が出来ると私の自室か図書室に来て、気晴らしのように絵を描いている。


後継ぎなど、望む者がなれば良いと私は思うけれど、帝国一の貴族家であるアルムヘイム家ではそうもいかないのもまた現実。

ジルヴィスのように幼くして優秀で、人並外れた魔力量を持つ人間じゃないと務まらない。


まぁ、魔力量なら正直、私の方があるのですが。

ですが私は女児ですから、最初から後継ぎとしての資格は無いようです。

なりたいとも今のところ思いませんが、ジルヴィスの才能を潰してしまうくらいなら、私にアルムヘイム公爵家を寄越して下さっても良いのですけどね。

性別云々など、なんとでもして差し上げますのに。

例えば、皇帝陛下を脅して許可させたりとか、やりようは如何様にでもあります。

今のところはまだ、必要ありませんけどね。


オドオドとした様子でお母様の背中をチラチラと見ているジルヴィスに、私はニッコリ笑って答えた。


「大丈夫よ、ジルヴィスお兄様。

お母様と仲良くなるチャンスだと思って、私を信じて」


庭、というか庭園ですけど、とにかく目的地についた私達は、メイドが用意してくれていたティーテーブルに座り、お茶をしながら時を過ごした。


お母様とジルヴィスは意識し合ってチラチラと

お互いを盗み見るばかりで、会話をする様子は無い。

こんな時は大人であるお母様に頑張って頂きたいのだけど、お母様は私から見ても精神年齢が幼い、というか……。

大人としての立ち振る舞いも出来ないような方だから。

ここはまた、私が人肌脱ぐしかありませんね。


「お母様、ジルヴィスお兄様は絵がとっても上手なんですよ。

ねぇジルヴィスお兄様、良かったらお母様を描いて差し上げたら?」


無邪気な私の提案にジルヴィスは目を白黒させていたけれど、お母様は興味を持ったようで、少しこちらに身を乗り出してきた。


「まぁ、ジルヴィス、絵が描けるの?

人物画も?私を描いてくれるの?」


興味津々な様子のお母様に、ジルヴィスは断る事も出来ず、いつも持っているスケッチブックをおずおずと取り出した。


「あ、あの……上手では無いのですが……」


恐る恐ると言った感じでそう言うジルヴィスに、お母様はニッコリと微笑んだ。


「まぁ、そんな事は気にしないで良いのよ」


優しく微笑むお母様に、ジルヴィスはちょっと頬を染めながら、スケッチブックを開いてそこにペンを走らせ始めた。


あっという間に穏やかに微笑むお母様の肖像画を描き上げ、その繊細なタッチと精巧な技巧に、お母様は息を呑んでその絵をジルヴィスから受け取った。


「………まぁ……ジルヴィス……貴方………」


言葉がうまく出ないお母様にジルヴィスはビクリと体を震わせ、慌てた様子でお母様に頭を下げる。


「も、申し訳ありませんっ!僕のような拙い絵で、公爵夫人の肖像画など……」


そう言って恐縮しきって身を縮ませるジルヴィスに、今度はお母様が慌てたように首を振りながら、その肩に優しく手を置いた。


「そんな、違うわ、ジルヴィス。

貴方の絵はとても素晴らしいわ。

私、芸術がとても好きなの、特に絵が好きなのよ。

色々な画家の絵を見てきたけれど、貴方の才能は本物よ。

ああ……ジルヴィス…貴方が公爵家の後継ぎで無ければ、私がパトロンになって好きな絵を好きなだけ描かせてあげたいくらいだわ……」


お母様の感動したようなキラキラした目を見上げ、ジルヴィスはホッとしたように体の力を抜いた。


そう、実はお母様は芸術に明るい方なのです。

侯爵令嬢であったような方ですから、常に一級の芸術に触れ、本物を見抜く才能をお持ちなの。

お母様がジルヴィスの絵を見れば、必ず気にいると思っていたから、会わせてしまいさえすれば必ず心をお開きになると自信があったのです。


私の思惑通り、お母様はジルヴィスの絵の才能にも本人にも夢中になって、その後の午後のお茶はとても楽しく有意義な時間を過ごせました。


「ジルヴィス、養子とはいえ縁があって家族になったのですから、私の事はお母様とお呼びなさい」


そうニッコリお母様に微笑まれ、ジルヴィスは頬を染めながら嬉しそうに頷いた。


「それから、貴方の絵の事だけど、きっと後継ぎ教育には不要と判断されてしまうと思うの。

だから私が貴方に絵を描く為だけの部屋……いえ、庭園の端に小屋を作ってあげるわ。

道具も常に揃えておくから、時間がある時はそこで好きなだけ絵を描きなさい。

お父様には秘密でね」


人差し指を口元に当て、悪戯っぽく笑うお母様に、ジルヴィスは目尻に涙を滲ませて、心の底から嬉しそうに笑った。


「はい、ありがとうございます、お母様っ!」


お母様はジルヴィスの頭を優しく撫でながら、穏やかに微笑んでいた……。



これで私の家族が全て整いました。

穏やかで優しいお母様に、不器用だけど愛情深いお父様。

それに心根が良く、才能の溢れるお兄様。


ふふ、上々でございますわね。


これで憂いは無くなりました。

……そろそろ、私は自分の為に動き出す準備をせねばなりませんね。

そう、神様との大切な約束があるのですから………。





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