EP.68
「さて、これで粗方スッキリしたね」
議会が終了した後、レイは本当にサッパリした表情で爽やかにそう言った。
「いやぁ、あの場で激昂して襲いかかってくる者がいなくて良かった良かった。
イブ、リストは出来た?」
ジルヴィスもなんて事ない口調で、私の方に手を伸ばしてくる。
私は一枚の紙をジルヴィスに手渡し、ちょっと不満げな声を出す。
「私の方で対処致しますわよ?」
その私の言葉にジルヴィスは慌てて私からその紙を奪い取り、急いで自分の懐にしまってしまった。
「い、いや大丈夫、こちらで監視をつけるから」
冷や汗を流すジルヴィスを見ていたレイがうんうんと頷きながらボソリと呟いた。
「イブ姉様は嫋やかな雰囲気で偽装しているけど、もの凄い短気で短慮なんだよな………。
イブ姉様に任せたら今日のうちにも彼らが行方不明になるのが目に見えて分かるようだよ」
そのレイをチラリと見ると、レイは震えてジルヴィスの後ろに隠れた。
あらあら、まぁなんて立派な皇帝ですこと。
「まぁまぁイブ、彼らにはうちの隠密部隊を付けるから。
何かあれば直ぐに対処出来るようにね」
レイを背中に庇いながらそう言うジルヴィスに、私は分かったわと言う代わりに両手を上げた。
仕方ないわね。
確かにレイの言う通り、私は早急に事を進める悪いところがありますから。
ここはジルヴィスに任せておくのが1番でしょう。
それにしても、エーリカ殿下のお陰でジルヴィスを侯爵位に留めておける算段になったのは本当に助かったわ。
ジルヴィスは子爵位辺りで、私の必要な時に自由に動くつもりのようでしたけど、それくらいのお抱えはアルムヘイム家ならいくらでもいますからね。
カインと共に私の片腕になれるのはジルヴィスくらいしか居ませんから。
………レイの事だから、それも計算のうちだったのかもしれません。
私がジルヴィスの望むままに子爵位を与え、ジルヴィスを手放すつもりでいる事も見抜かれていたのでしょう。
まったく、優秀な弟を持つと兄も姉もなかなか自由にはさせてもらえませんね。
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それから、ジルヴィスが付けていた隠密があのリストアップされていた貴族達の何人かが皇帝に反旗を翻す計画を立てている事を嗅ぎつけ、彼らがそれを実行に移す前にアッサリと捕縛する事に成功した。
一気に十数名の貴族達が捕まり、彼らの貴族位は剥奪され、領地と共に国に返還された。
前皇帝が不用意にばら撒いていた貴族位と領地を取り戻せて、レイはご機嫌の様子。
これで本当に必要な人間に与える為の貴族位と領地が確保出来たと満足げでした。
既得権益を奪い彼らから怒りを買い、自分を餌に謀反の計画を立てさせ、内乱陰謀罪で一気に捕縛し貴族位と領地を手に入れる。
実にレイらしいやり方ですが、もちろんそれにまんまと嵌まらない貴族達もいました。
「それはそれである意味優秀だからね、使いようはこれからいくらでもあるよ」
なんてレイは楽しそうでしたが。
どちらにしても、レイは年齢のみで侮って良い相手では無かった、という事です。
今回の事でそれは他の貴族達にも認知されたでしょうから、愚かな行いをする者がこれ以上出なければ良いのですが。
再三言いますが、我がアルムヘイム家が後ろ盾についているレイを害そうだなどと、無理な話です。
この事がもっと広く貴族達に周知されるのを願うばかりですわ。
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「イブ、これはどういう事だ?」
「……これは、と言いますと?」
難しい顔をするお父様を前にシレッとして答えると、お父様は一枚の紙を私の方に向けた。
「カインがお前の婿養子になっているが、間違いでは無いのか、と教会から手紙がきた。
一体これはどういう事かと私は聞いているのだ」
皇帝であるレイに婚姻を認められた私達は直ぐに教会に婚姻式の申し込みに行きました。
その時の書類に不備があったと教会から手紙がきたのでしょうけど、不備?この私に限ってそれはあり得ません。
「カインは私の婿養子で間違いありません」
やはりシレッと答える私に、お父様は訳が分からない様子で頭を振った。
「お前は嫁には行かないというのか?
クラインにはならず、アルムヘイムのままでいると?」
お父様の問いに私は表情を一切崩さずに頷いた。
「ええ、その通りですわ、お父様」
私の答えにお父様は困惑しながらも少しだけ嬉しそうな顔をした。
それを見逃さなかった私は、さてお父様はどこまでが許容範囲かしら?と密かに考えていた。
「うむ、まぁ我が家は別にそれでも構わないが、しかしジルヴィスがエーリカ殿下を娶るなら、この邸はジルヴィス夫婦に譲る事になる。
そうなればお前達には別の邸宅を……」
「頂きます、この邸は私が」
お父様の言葉を遮り私がキッパリとそう言うと、お父様は困ったように眉を下げた。
「いや、お前がこの邸を気に入っているならそうしてやりたいが、代々この邸は当主が受け継ぐ事になっているゆえ……」
「ええ、ですから、頂きますわ、当主の座も私が」
またお父様の言葉を遮り私がそう言うと、お父様はポカンとして口を開けたまま私を凝視した。
あら、レアね、こんなお父様。
「…………ジルヴィス、イブは何を言っている?」
呆然としたままのお父様に問われて、ジルヴィスは腕を組んだまま首を傾げた。
「そうですね、イブは次期公爵になると言っているように僕には聞こえましたけど」
空惚けて答えるジルヴィスに思わず笑いそうになり、私はグッとお腹に力を入れた。
隣で既にカインは下を向いて笑いを必死に堪えている。
「………そうか、私にもそう聞こえたのだが……。
確認だが、イブ、先ほどのはどういう意味だったのだ?」
察しの悪いお父様に呆れながら私は再び口を開いた。
「ジルヴィスの言った通りですわ、お父様。
私がこのアルムヘイム公爵家の次期当主になります」
真っ直ぐに見つめる私に戸惑いながら、お父様は慌てたようにジルヴィスを見た。
「お前は、知っていたのかっ?
それで良いとでも言うつもりか?
正当な次期当主はお前なのだぞ?」
困惑しきったお父様に、ジルヴィスは顔に影を差し、床を斜めに見つめた。
「………十も離れたエーリカ殿下を娶る僕のような異常者にアルムヘイム家を継ぐ資格はありませんよ………」
ジルヴィスの自虐的な乾いた笑いが部屋に響き、お父様もそれ以上はもう何も言えず、憐れむような目をジルヴィスに向けた。
シンと静まり返った部屋の中で、ややしてお父様がハッとして我を取り戻す。
「そんな事で私は納得せんぞ。
次期当主はジルヴィスだと決まっている事だ。
イブにはその権利は無い」
お父様を煙には巻けず、ジルヴィスは密かに小さな舌打ちをした。
「権利が無いとは、おかしな話ですわね、お父様。
お父様の子供である以上、私にもジルヴィスと同等の権利はある筈です」
淡々と正論を述べる私をお父様はハハッと小さく声を上げ笑った。
「いや、イブには無い。
お前は女だからな、その権利は無いんだ」
「法で決まっていますか?」
すぐさま問い返した私にお父様は自分の記憶を掘り起こすかのように腕を組み天井を見上げ、ややして緩く首を振った。
「いや、法では定められてはいない。
男子が家督を継ぐのは常識だ、わざわざ法で定めるような事では無い。
ゆえにそのような当たり前の事を定めた法は無い」
お父様の答えに私は直ぐに言い返した。
「では私がアルムヘイム次期公爵になろうと、なんら法的には問題無いのですね?
それはようございました」
シレッとした私の顔を見て、お父様は呆気にとられたのち、話にならないとばかりに溜息をついた。
「……何を言っているんだ、全く。
いいか、後継ぎはジルヴィスだ。
変更などあり得ない。
女の身でお前が次期公爵になるなど、二度とそんな馬鹿げた事は言わないでくれ」
これ以上話は無いとばかりにお父様が片手でシッシッと私を追い払おうとした瞬間、執務室の扉がバーンッと派手に音を立て開かれた。
「スペンサーッ!イブの申し出を馬鹿げた事とは何事ですかっ!」
入ってきて早々お怒りモードのお祖母様にお父様は驚いて椅子から立ち上がると、そのお祖母様を迎える為に歩み寄った。
「これは母上、急な来訪いかが致しましたか?」
似合わぬ笑顔でお祖母様を迎えるお父様を、お祖母様はギロッと睨み付ける。
「セシルに会いに来ていたのですよ。
何ですか?私がこの邸にいては何か不都合でもあるのですか?」
キツイ口調のお祖母様にお父様は笑顔を引き攣らせ、ハハハッと笑った。
「まさかそのような事ある筈がありません。
我が家はいつでも母上の来訪を歓迎していますよ」
ただし、娘が急に公爵を継ぐなど馬鹿げた事を言い出した日は除く、と顔に書いてあるお父様にお祖母様は情けないとでも言うような溜息をついた。
「廊下まで貴方の声が聞こえてきましたからね、話は聞かせて頂きましたよ。
何ですか?イブが次期当主になる事に何の問題があると言うのですか?」
魔法でも使わない限り、あの厚い扉の中の会話までは聞こえないでしょう?と言いたげなお父様はグッと言葉を飲み込んで、似合わない温和な笑顔をお祖母様に向けた。
「女の身で当主になどなれない事は、母上だってよく知ってらっしゃるでしょう?
我が家には嫡男たるジルヴィスがもう既に居ますから、例えイブが女で無くとも後継ぎになる事はありませんよ」
取ってつけたようなお父様の笑顔にお祖母様は気に入らないとでも言うようにその目を鋭く吊り上げた。
「貴方………イブの功績を何だと思っているの?
幼い身で貧民街を見事に復興させ、くだらない事に金を使う貴族達に自分達の義務というものを思い出させ、貧民窟の救済を進めたのは、誰でしたか?
獣人の番への衝動を抑える薬を赤髪の魔女様に資金提供する形で共同開発し、獣人の地位向上に務め、合わせて総合的な病院も建設運用を実現したのは誰でしたか?
今まで無かった保険制度も取り入れ、皆が平等に医者にかかる事の出来る世の中に変えたのは誰でしたか?」
ツラツラと私の功績を並べ連ねるお祖母様に、お父様はウッ、ウッ、と何度も言葉を飲み込む。
お祖母様はお父様に言葉を挟ませない勢いで更に喋り続けた。
「教会の腐敗を暴き教皇を交代させる事が出来たのも、聖女様を発見出来たのも、イブのお陰でしょう?
まぁ本人はどうあれ、聖女の存在は国民に心の安寧をもたらしています。
お陰で帝国は今、かつて無いほど国民からの不満が少ない状態を保てているのですよ?
レイが皇帝になれたのも、イブがうまく立ち回ったお陰。
あの皇后を黙らせたのもイブです。
さて、これほどの人物が時期アルムヘイム公爵になれないなどという理由がどこにありますか?」
グイグイとお祖母様に迫られてお父様はグゥッと悔しげな呻き声を上げた。
「いやしかし……功績だけでは……。
功績で言えば、ジルヴィスとてそれらには関わっていますし……」
モゴモゴとお祖母様を前にして歯切れの悪いお父様。
その時ジルヴィスがスッと手を上げ口を開いた。
「確かに僕も尽力しましたが、元は全てイブが発案し実行したものです。
そこにアルムヘイム次期公爵の名が必要だと判断した時に僕の名で進めたものはありますが、実際は全てイブの功績ですよ。
僕はイブの手足になって馬車馬のように働いていただけです」
やれやれと肩を上げるジルヴィスの言葉にお父様はいやいやと首を振った。
「だが、お前の功績だってあるではないか……」
「イブのものに比べたら僕のは公爵家子息の枠を超えたものなどありません。
元々ある事業の効率化を提案したり、領地を視察したり、その程度です。
赤髪の魔女殿を動かせるイブには敵いませんよ」
チラッとこちらを見て片目を瞑るジルヴィス。
私はそれにふふっと微笑んで答えた。
ジルヴィスの功績とて、武に偏り過ぎている我が家門を公的事業と上手くバランスを取り、武以外での利益分を向上させたのですから、十分に大したものなのですけどね。
お祖母様に乗っかり何が何でも私の功績をお父様に認めさせようとしているようですが、そこを卑下する必要はないんじゃないかしら。
さて、我が家の朴念仁をどう説き伏せようかしら、と私がニヤリと笑った時。
「スペンス、お話中ごめんなさい。
私、あなたに見てもらいたい物があるの」
いつの間にか部屋に入ってきていたお母様の声に、お父様は少し驚いた顔をした後、若干苛立った声で答えた。
「セシル、すまない、後にしてくれないか?」
お父様の取り付く島のないような態度にもお母様は一歩も引かず、その微笑みは崩さないままに否を言わせない強い瞳でお父様を見つめた。
「いえ、今見てもらいたいの」
そのお母様の強固な態度に、お父様は目を見開きゴクリと唾を飲み込んだ。




