EP.67
帝宮の庭園を一緒に歩きながら、シルヴィがチラチラとこちらを伺っている気配を感じた。
前を歩くカインとジルヴィス、レイもそれに気付いていて密かに顔を見合わせクスッと笑っている。
「ね、ねぇ、イブお姉様……私ってレイの皇后失格?」
言いにくそうにモジモジするシルヴィに、私はクスリと笑った。
「いいえ、そんな事はないわ。
シルヴィの考え方や物の見方はとても尊いものよ。
この帝宮の中でそんな考えが出来る人間はそんなにいないわ。
そんな貴重な人間が側にいる事は、必ずレイの役に立つでしょうね」
私の穏やかな声にシルヴィはホッとしたように笑った。
「私ね、自分が帝都の貴族や帝宮の人間と違う事は分かっているの。
ずっと田舎の領地で過ごしていたでしょ?
あそこでは幸せの価値観がこちらとは全く違うの。
皆んな毎日沢山働くのよ。
朝から晩まで作物を育てたり家畜の世話をしたり。
生活に必要なものは何でも自分達で作っちゃう。
高価な宝石やドレスは無理だけど、日々の糧は自分達で揃えちゃうの。
貴族って、宝石やドレスをどれだけ所持出来るかをとても大事にするけど、でも、本当の本当にお腹がすいた時、宝石やドレスじゃお腹は満たされないじゃない?
だからもし帝都にある全ての物が無くなってしまったら、ここの人達はその日食べる物にさえ困ると思うの。
田舎の人達は、食べる物に困ったりしない。
だって全部自分達で作っちゃうんだもん。
それに、帝都の人達より皆んなよっぽど心が豊かで自由だった。
豊かさって何だろう?って考えると、私は田舎の人達、帝都の人達、どちらの生活も経験しているから、分からなくなるの」
少し肩を落とすシルヴィを優しく見守っていると、シルヴィは顔を上げて前を歩くレイの背中を見つめた。
「レイは、この帝国の皇帝だから、どちらの生活も支えなきゃいけないんだよね?
幸せの価値観も豊かさも全く違う色々な人の願いを聞かなきゃいけない。
それって凄く大変な事だし、私だって本当はあまり細かい事まで言いたくないんだけど……」
言い淀むシルヴィの肩を抱いて、私はニッコリ笑ってシルヴィの顔を覗き込んだ。
「だけど、公共事業の下で働く人達の生活を、シルヴィは小さな事柄だとも瑣末な事だとも思えなかった。
既得権益を貪る貴族達は許せないけど、彼らの生活も守りたかったのよね?」
シルヴィは私の目を見つめて、申し訳なさそうに頷いた。
「………そんなことを言って、レイを困らせたい訳じゃ無かったんだけど。
帝宮の中で話し合うだけで全てを決めて欲しくなかったの」
そう言うシルヴィに私は安心させるように頷いた。
「ええ、それで良いのよ。
この帝宮内に末端の彼らの生活にまで気を配れる人間などほぼ居ないわ。
だからこそ、皇后となる貴女がその役割を担ってくれる事がどれほどレイの救いになるか。
貴女の言うとおり、確かにこの帝都の人達の方が田舎の領地の人達より貧しいのかもしれない。
ここではお金が無ければその日食べる物にも困るもの。
田舎のように丹精込めて育てた野菜や家畜は無いものね。
でもそれもね、貴女が育ったその田舎が、アルムヘイム家の領地だった事もあるのよ。
その領地を治める領主次第で、人々の暮らしは随分と変わってしまうわ。
どうしても貴族の在りように人々は生活さえ左右されてしまう。
だからこそ、この帝都での改革が必要なの。
貴族の意識を変えなければ、貴女の言う犠牲になる末端の人間は救えないわ。
それをレイはこれからやろうとしているの。
そこに貴女という存在は必要不可欠よ。
だから自分を信じて、貴女は貴女らしくレイの側にいれば良いわ」
私の言葉に徐々に笑顔を取り戻しながら、それでもシルヴィは不安そうに眉を寄せた。
「でも私、皇后としてまだまだ足りないものだらけなんだもん。
このまま皇后になるのはやっぱり不安だわ」
そう言ってレイの背中を見つめるシルヴィに、私はふふっと笑った。
「貴女達の婚姻についてもね、実は時期が変わるかもしれないの。
詳しくはまだ本当に話せないんだけど、上手くいけば貴女にもう少し時間をあげられるかもしれないわ。
皇后になる為に見ておかなければいけない事は沢山あるから、レイと一緒にそれらを見て回れるように、私が頑張ってみるわね。
だから少しだけ、私に期待して待っていてくれないかしら?」
私の言葉にシルヴィはパァッと顔を輝かせ、何度もコクコクと頷いた。
「イブお姉様がそう言うって事は、絶対って事だよね。
ああ、良かった、正直まだ皇后になるには自信が無かったの。
レイが同い年であんなに頑張ってるのに、そんな事言えなくて……。
時間をつくってくれるなら本当に嬉しい」
ニコニコ笑うシルヴィに私も微笑み返しながら、チラッとレイの様子を見てみるとホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
意見が合わずよく反発し合っているけれど、レイもシルヴィもお互いの事を思い合っての事なのよね。
両陛下となる2人はそれくらいが丁度良いと思うわ。
そうやって少しづつ足並みを揃え、この国を背負っていってほしい。
焦る必要は無い、2人はまだ若いのだから。
たまには間違えたっていいわ。
その為に私達がいるのだから。
今日の話し合いを見ていただけでも、この国は良い方向に向かうのだと実感出来たわ。
真剣に国を、国民を想って言い合ってくれた2人には感謝しかない。
本当なら2人とも、もっとゆっくりと歩ませてあげたかった。
皇帝と皇后に足る知識と見聞をしっかり養う時間を与えてあげたかったのに………。
そうしてあげられなかった苦しい現状がただただ心苦しいばかりだわ。
だから2人には少しでも、これから色々なものを見て触れられる機会を用意してあげたい。
そして今よりもっと自信をつけさせてあげたいわ。
それがこの帝国という重責をまだ若い2人に背負わせてしまった、私達大人の務めだと、再び深く胸に刻んで、私は花の咲き誇る庭園を皆とゆっくりと歩いた………。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………皇帝陛下、今何と仰いましたか?」
諸侯貴族の集まる中央議会で、レイの先程の発言に対して多くの貴族が目を見開き、身を乗り出した。
「君達の権益について、大幅に見直そうと思っている」
表情を変えず再び同じ事を口にしながら、レイは少しだけ不機嫌そうな空気を醸し出した。
皇帝に対して二度も同じ事を口にさせた貴族達への非難を態度に表したようだけれど、彼らにそれを察する余裕は無さそうだった。
「なっ………何を仰いますのやら……。
我々の権益は先祖代々、受け継がれてきた正当なもの。
それを一体、何の権利が………」
そこまで言った貴族はハッとして慌てて口を閉じた。
「皇帝としての権利で言っているが、何か問題でも?」
ニヤリと笑うレイに、その貴族はバツが悪そうに顔を伏せた。
口には出せずとも、まだ若いレイを侮る人間はいくらでもいる。
前皇帝のように傀儡にするにはアルムヘイム家が邪魔だが、あんな若造どうとでもなる、というのが彼らの本音だったのだろう。
まさか自分達の既得権益にまで口出ししてくるとは思っていなかったようで、皆が険しい顔でレイを睨んでいた。
………畏れ多くも皇帝を睨み付けるなど、彼らの考え違いも末期の状態のようですね。
彼らのような貴族達の傀儡となる皇帝が続いた、これが弊害なのでしょう。
「さて、先程、先祖代々と言っていたが、そうでも無い利権も多いようだ。
長くて2、3代前、多いのが前皇帝時代に得た権益だな。
歴史も浅く、得た経緯も不明瞭なものばかり。
そもそも既得権益と呼べるものでは無い。
内容も国の公共事業関連を謳ってはいるが、実際にどう稼働しているのかさえ分からないものばかり。
そこに国庫から金を流し続ける訳にはいかないと私は思うのだが?」
彼らの睨みなど全く意に介さない様子のレイに、貴族達は歯軋りしてブルブルと体を震わせている。
「し、しかしっ!我々の権益は国に認められた権利。
それが揺らぐという事は我々の責任では無く、国の責任となりますぞっ!」
呆れ果てる彼らの主張にも、レイは動じずに淡々と口を開いた。
「確かに、実態の無い権益に国庫から金を流しているこの現状は国の責任でもある。
だから今、それを見直し正しく修正すると言っているのだ。
国からの金の運用方法に間違いが無い者には何も問題の無い話だが、何故そうも反発しているのかな?」
無表情なレイと相対的な様子の貴族達に、私達は心底呆れ返るばかりだった。
「うむ、ではこうしよう。
私の調べた限りの無用な既得権益を改める。
それではどうだ?」
レイの言葉に貴族達はパッと顔を上げ、窺うようにお互いを盗み見る。
帝位に就いたばかりの若い皇帝が調べた限りのもの………そこに自分が含まれるのか否か………あの者の方が自分より派手に目立つ動きをしている、自分など大した事ないので免れるだろう……など、様々な思惑が一瞬で飛び交い、今までとは違うまた異様な空気が議会場に流れた。
「して、陛下が調べた限り、とは?」
恐る恐るといった様子の貴族に、レイはなんて事ないように答える。
「私も皇帝になったばかりだ、そう詳しくは調べられる時間など無い。
明らかに金の流れがおかしいものをリスト化するのが精一杯だった」
レイの言葉に顔を青くする者、ホッと胸を撫で下ろす者、皆の反応は悲喜交々でしたが、さて、このレイが精一杯やった事は貴方がたの価値観と一致するかしら?
「悪いがジルヴィス卿、私が渡したものを読み上げてくれないか?」
レイにそう言われて立ち上がったジルヴィスがバサっと分厚い紙の束を机に置いた瞬間、貴族達が体を強張らせ、真っ青な顔のまま凍り付いてしまった………。
「陛下?全てを読み上げますか?」
ニッコリと温和な笑顔を浮かべるジルヴィスに、レイも微かに笑って頷いた。
「うむ、頼む」
レイの答えを待って、ジルヴィスが1番上の紙から順に手を伸ばし、次々に読み上げていった。
「では、陛下の命により不祥私が読み上げさせて頂きます。
まず、帝国民幸福度向上事業。
こちらに関わっている貴族家は17家門。
主に国民向けの娯楽施設の建設、運用に着手、とありますが、実情は貴族街に劇場を建設したのみですね。
元からあった劇場と合わせると、貴族街だけで5つの劇場があるという状況です。
必要な公費だったのかは真に不明な事業です」
「うむ、撤廃だな」
ジルヴィスが読み上げた内容に躊躇なく否を下したレイに、何人もの貴族達が椅子から立ち上がった。
「何をっ!そのような横暴なっ!」
声を上げた貴族達をレイがギラリと睨み付ける。
「この事業に関わった者達によると、どうやら帝国民は貴族街にしか居ないらしい。
そのようなもの知らぬ人間に国庫は二度と開かぬ。
よく覚えておくが良い」
アルムヘイム家仕込みのレイの眼力に、貴族達は小さな悲鳴を上げてヘナヘナと椅子に座った。
10歳の頃から我が家で教育を受けてきた者を、若輩者の何も知らない、何も出来ない皇帝と侮って頂いては困ります。
お父様仕込みの威圧感のお味はいかがでしたか?
お気に召したのではないでしょうか?
「では次に、帝国民衛生管理事業。
こちらに関わっている貴族家は9家門。
実情としては、貴族街にサロンやサウナが何軒か建てられたのみですね。
こちらはいかが致しますか?」
「うむ、撤廃だ」
貴族達の様子など目にも入らない様子のジルヴィスが淡々と書類を読み上げていき、それにレイが次々と否を下していく………その書類に関わる人間達には地獄のような時間が流れて行った………。
それを自分の席から眺めながら、よくもこれだけ無駄な事に尊い税を使ってこれたものだと、私は呆れ返りながら打ちひしがれていく貴族達の様子を油断せずに観察していた。
皇帝に対して良からぬ考えを浮かべた者を頭の中でリストアップしながら、彼らをどう捻り潰して差し上げようかしら、と1人ほくそ笑む。
その私に気付いたジルヴィスが一瞬、読み上げるスピードが早くなった事に、私はやれやれと肩を上げた。
あれでジルヴィスもまだまだね。




