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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.66


「さて、説明してもらいましょうか?レイ」


戴冠式も終わり盛大な祝賀パーティが繰り広げられたその翌日。

帝宮のレイの執務室に集まった私達は、腕を組み威圧的にレイを取り囲んだ。


「随分と欲を出したのね?

我が家との縁は、シルヴィとの婚姻だけで十分だったのじゃないかしら?」


執務机の椅子に座っているレイは私達に迫られ、ハハハッと乾いた笑い声を上げ目をキョロキョロと泳がせた。


「イブお姉様もジルヴィスお兄様も、カインも、良い年して本当に分かってないのね」


その時、呆れたようなシルヴィの声に私達は驚いてソファーの方を振り返った。


「あのねぇ、ムグムグ、エーリカ様はぁ、ハムっ、ムグムグ……」


クッキーを頬張りながら喋るシルヴィを摂氏0度の眼差しで見つめると、シルヴィはヒィッと小さな悲鳴を上げ、慌てて紅茶を飲み干すと改めて口を開いた。


「あのですね、エーリカ様はパーティなどで何度かお見かけしたジルヴィスお兄様の事を密かに恋慕っていたの。

ジルヴィスお兄様はあの皇后様の茶番劇の時、年上の男に急に求婚されてエーリカ様に怖い思いをさせたって思っているけど、実はその逆で、エーリカ様はあの時、ずっと恋慕っていたジルヴィスお兄様が自分を助けに来てくれた、って思ったのね。

つまりあの時ジルヴィスお兄様は、姫のピンチに颯爽と現れた白馬の王子様だった、って訳」


人差し指をビシッとジルヴィスに向けるシルヴィに、再び冷たい視線を向けると、その指をへにゃっと折ってなかった事にするべく自分の膝の上でピシッと両手を揃えた。


まったく………皇帝の婚約者ともあろう者が、先程からものを食べながら喋ったり、人を指差したりと………。

シルヴィには我が家でもっと厳しい皇后教育が必要なようね………。


私の目の奥が冷たくギラリと光った事に気付いたシルヴィは、ガタガタとソファーが揺れるほど震え出した。


「シルヴィの言う通り、そんな訳だから、僕は兄としてエーリカの恋を応援するよ。

ジル兄様がエーリカと婚姻してくれれば、エーリカを政略的な政治の駒にしなくて済むし」


ナイスアイデアでしょ?とばかりに胸を張るレイに、ジルヴィスは深い深い溜息をつき、腰に手を当て、片手で額を押さえた。


「あのね、エーリカ殿下が僕に恋をしていると言っても、それは幼い幻想に過ぎない。

もう少し大人になったら夢から覚め、こんな年上の男なんて嫌になるよ。

そうなったらお可哀想だと思わないのかい?2人とも。

君達のやった事は、エーリカ殿下の将来に対してあまりに無責任過ぎる」


ジルヴィスがはぁー、やれやれといった呆れた声でそう言うと、レイはムッとしてシルヴィはキョトンとしていた。


「ねぇ、ジルヴィスお兄様は年齢の事ばかり気にしているけど、でも実際、エーリカ様がこの帝国内で輿入れするに相応しいのはアルムヘイム家くらいじゃない?

それがダメならもう他国の王家に輿入れするしかないわ。

それこそ、さっきレイが言ってたみたいに、政治的な駒、外交の手段としてね。

私はそっちの方がよっぽど可哀想だと思うけど。

年齢云々なんて、それに比べたら瑣末な話だわ」


的を得たシルヴィの言葉に、ジルヴィスがウッと言葉に詰まった瞬間、レイが今だっ!とばかりに口を開いた。


「そう、本当は僕は皇帝として、そのような利用価値のある皇妹を然るべき切り札として手元に置いておくべきなんだ。

でもエーリカは実の両親にくだらない茶番の為、髪まで切り落とされ利用されかけた。

僕はそんなエーリカをもう誰にも利用されたくないんだよ。

例え幼い幻想のような恋心でも、少しでも好意を抱く相手に嫁がせたい」


切々と語るレイのその言葉には嘘偽りが無い事は明らか。

それはジルヴィスにも伝わり、ますますジルヴィスは何も言えなくなる。

その様子を見定めたレイが、勝利を確信した顔でニヤリと笑った。


「それにね、お芝居とはいえジル兄様はもう既にエーリカに求婚しているんだよ?

あの時、流れ次第では本当に婚約する覚悟でいたんでしょ?

ならそれが本当になっても良いじゃないか。

アルムヘイム家次期当主という似合いの相手に求婚されておいて、それを無かった事にされては、まるでエーリカの方に問題があったみたいに周りには思われちゃうよね?

良いのかなぁ?皇家の姫にそんな傷つけちゃって?

それがアルムヘイム家次期当主のやる事?」


クックックッと笑うレイの頭をジルヴィスはポンポンと叩き、はぁっと溜息をついた。


「あのね、レイも知っているだろ?

僕が本当にアルムヘイム家の次期当主なら、確かにエーリカ殿下を娶るには十分な相手だろう。

でも僕は………いずれエーリカ殿下とは釣り合わない人間になる。

それも含めて、僕ではお可哀想だと言っているんだ」


眉根を寄せ、レイを諌めるようにそう言うジルヴィスに私がボソリと呟いた。


「………侯爵位ね……」


その私の呟きにジルヴィスはギクリと体を揺らし、ギッギッギッと首を軋ませこちらを振り返った。


「……イブは何の事を言っているのかな?」


レイ同様に子供を諌めるような笑顔を浮かべるジルヴィスに、私は何を言っているの?という冷めた目で返した。


「貴方に継いでもらう貴族位よ。

貴方が子爵家辺りで楽をしたいというから、そのつもりでいたけど、こうなったら話は変わるわ。

いくらアルムヘイム家門とはいえ、子爵家に皇帝の皇妹を嫁がせるわけにはかないけれど、侯爵位なら良いでしょう。

ジルヴィス、貴方には侯爵位をあげるから、エーリカ殿下の事、責任を取りなさい」


ビシッと言い切ると、ジルヴィスは頭を抱えてヨロヨロとよろめいた。


「ほらっ、そうなるっ!絶対にそうなるって思っていたんだっ!

確かに、エーリカ殿下の窮地を知って、僕が求婚するのが1番平和的解決になるって言ったのは僕だよ?

でもまさか、そのまま話を進めるつもりでいた訳ないじゃないか。

よく考えてくれよ、エーリカ殿下はまだ12歳だぞ?

12歳から見たら僕なんかデッカいお兄さん、下手したらおじさんだ。

絶対にエーリカ殿下に拒否される自信があったから、その手を使っただけなんだよっ!

それがなんでこうなるっ⁉︎嘘だろっ⁉︎

しかも、本気でエーリカ殿下を娶るなら、イブが僕に子爵家をくれない事くらい分かってた、昨日の時点で分かってたんだっ!

僕の田舎領地暮らしはどうなるっ!

子爵家辺りでのんびり自由に生きるつもりだったのに、皇妹殿下なんて僕には無理だっ!」


さっきまで必死に保っていた大人な態度が一気に崩れ、駄々っ子のようにグダグダ文句を言い出したジルヴィスに、私は一言だけピシャリと告げた。


「お黙りなさい、こうなってはもう腹を括ってもらいますよ」


私の言葉にジルヴィスは涙を浮かべ、ウッと呻くと窓辺で外を眺めていたカインに抱きついた。


「うわ〜〜〜っ!僕は何の為に頑張ってきたんだっ!

自由なスローライフの為にっ!ただその為だけにっ!

イブの手足になって動いてきたというのにっ!

カインッ!君の妻は酷いっ!

君からも何か言ってやってくれっ!」


ジルヴィスにユサユサと揺さぶられるままになりながら、カインはまだ外を眺めたまま、ハハハと乾いた笑い声を上げた。


「見てみろ、ジルヴィス。

空が綺麗だぞ」


カインの言葉にジルヴィスはますますカインをブンブン強く揺さぶる。


「どんだけ掛ける言葉がないんだよっ!

それにしたって酷過ぎるだろっ!」


良い年をして泣き喚くジルヴィスを宥めるようにカインはその肩をポンポンと叩き、困ったようにチラッとこちらを見てきた。


「これは既に決定事項よ」


そのカインをギロリと睨みそう伝えると、カインは口をキュッと結んでコクコクと黙って頷く。


カインでもお手上げだった事にいよいよジルヴィスは観念したのか、諦めたような溜息をついてから、それでもギッとこちらを睨んできた。


「分かった、エーリカ殿下と婚姻はする。

その代わり、今イブが議会に取り上げようとしている法案が通ってからだ。

それから、僕は白い婚姻を貫ぬくからね。

エーリカ殿下が僕と婚姻出来る年齢になって、それでも僕と婚姻するというなら婚姻はする、けど白い婚姻だから。

エーリカ殿下の気が変われば、いつでも婚姻を白紙に戻す。

それが条件だ」


ジルヴィスの強い眼力に一瞬怯みながら、私は頷いた。


「ええ、それで良いわ」


私がそう答えるのと同時に、シルヴィが笑いながら口を開いた。


「アハハーーっ、ジルヴィスお兄様、子供みたーーーい。

ねぇねぇ、それより、イブお姉様が通そうとしている法案って、なに?」


もうジルヴィスの話題に飽きたのか、シルヴィはキラキラした目を私に向ける。

それにニッコリ笑い返し、私は人差し指を唇の前で立てた。


「今はまだ言えないわ、ごめんなさいね、シルヴィ」


私の答えにプゥっと頬を膨らませるシルヴィを呆れた目で見ていたレイが、急に真剣な顔になって私を見た。


「議会と言えば、僕が揃えて欲しいとお願いしていた物は用意出来たの?イブ姉様」


既に皇帝の顔をしたレイに、私はニッコリと笑う。


「ええ、もちろん」


私の答えに満足したように頷くレイを何故かジト目で見ていたシルヴィが、不満げな声を漏らした。


「レイ、あれ本当にやるつもり?

不真面目な貴族達から既得権益を奪うってやつ」


急に不機嫌になったシルヴィに、レイは眉間に皺を寄せ、ムッとした顔をした。


「当たり前だろ。国民から集めた税を預かっているくせに、それを国民に還元せず自分達の懐にしまって自分の物にしてるような奴らだぞ?

それを粛清するのが何でそんな不満なんだよ」


レイの言葉にシルヴィはわざとらしい溜息をついた。


「本当にレイって何も分かってないのね。

あのね、貴族達が上の方でどんな悪さをしていても、その国の公共事業で家族を食べさせている下にいる人間だっているのよ?

レイがやろうとしている事は、そんな人達から仕事を奪うかもしれない事なんだよ。

貴族達は国のお金を自由に出来なくなるくらいで済むけど、末端の人々には死活問題、本当にご飯が食べられなくなるかもしれないの。

そりゃ、大事な税金でやりたい放題やってる貴族達は悪いけど、実際に働いている人達は何も悪い事してないんだよ。

それなのに生きるか死ぬかみたいな目に合わせるなんて、私は間違ってると思う」


キッとレイを睨むシルヴィに、レイは一瞬言い淀んだけれど、すぐにその目を睨み返した。


「それでも、僕は奴らを粛清する。

誰も傷付かない改革なんてないんだ。

確かにその事で苦しむ人間は出てくるだろう。

それでも、やらなきゃいけない事なんだよ。

皇帝として僕は国を守らなきゃいけない。

だけど全てを救うのは無理だ。

僕は神様じゃないんだから」


なるべく感情を押し殺し、淡々とそう言うレイにシルヴィは臆する事なくまた口を開いた。


「それがレイの役目だって分かってるよ。

でも、下で働いているだけの人達が苦しむのは違うと思うのっ!

国政に関われる貴族にしか既得権益は与えられないし、その人達が間違ってたら正そうとしたくなるだろうけど、それでもその人達からお金を貰って働いて暮らしていくしかない人達だっているんだよ。

悪い貴族を懲らしめる良い皇帝のつもりでも、それで明日のパンさえ買えなくなる人達がいるのっ!」


そのシルヴィにレイがカッとしたように声を荒げる。


「良い皇帝になりたいんじゃないっ!

正しく公平に、国民から集めた税を再分配したいだけだ。

私財を投げ打ってまで国民の生活向上の為に動いている貴族もいるのに、国から金を巻き上げて自分達の為だけに使い、平民の暮らしに還元出来ない貴族などにもうこれ以上国庫は開けない。

確かに、奴らが搾るだけ搾った末端の金で生きている人達もいるかもしれない。

でも、全ては救えない以上、物事はもっと広い視野で捉えるべきだ」


執務机とソファーに分かれて睨み合うレイとシルヴィに、私とカイン、ジルヴィスは肩を上げて密かに笑い合った。


「レイ、調べていて分かったのだけど、実際に現場で働く人々に払われている賃金はあまりにお粗末なものだったわ。

良かったら、今回の事に巻き込まれるであろう彼らを、事前に私の知る商会と繋げても良いかしら?

実は最近、人材派遣も始めたらしくて、働ける人間ならいくらでも紹介して欲しいって状態らしいの」


私の話にレイは一も二もなく飛びついてきた。


「イブ姉様の知っている商会は、ガルメル商会ですね?

あそこなら紹介主も女主人も共に獣人だから、人を差別しないでしょう。

ぜひお願いします。

瑣末な事にまで気を使わせてすみません」


レイが私にそう言った瞬間、シルヴィがカッとしてソファーから立ち上がった。


「瑣末って何よっ!」


そしてまた睨み合う2人をまぁまぁと手で制して、私はレイを見た。


「レイ、シルヴィの言う事にも一理あるわ。

貴方は貴方の成そうとしている事の、真の犠牲者とはどんな人々なのかを常に意識しておかなければなりません。

その上で、被害を最小限に抑える努力をして下さい」


私の言葉にレイは真剣な顔で頷いた。


「それから、シルヴィ。国を治める上で、これからレイはこれよりもっと非情な決断を下さなければいけない時が何度もくるわ。

貴女の、人に寄り添った視野はとても大事よ。

そんな貴女がそばに居れば、きっとレイもあまりに間違った判断は出来ない筈。

でもね、それでも細部にまで気を配っていては出来ない決断もある。

そんなレイの側にいるなら、貴女も共にそれを支え、その決断の先にある結果から目を逸らさず、共に背負うのですよ。

貴女が貴女の意見を口にする事はとても大事よ。

だけどその全てを聞き入れる事の出来ないレイの状況も理解してあげてね」


穏やかに微笑みながらそう言うと、シルヴィは真っ直ぐな瞳を私に向けた。


「イブお姉様、私、レイの決断の犠牲になる人達の事、私も一緒に背負うつもりよ。

でも、せめて足掻きたいの。

足掻くだけ足掻いて、レイと沢山やり合って、喧嘩してでも知恵を出し合って、それでもどうしてもその犠牲を免れないのなら、いいよって、レイに言ってあげたい。

もう、いいよ、よく頑張ったよって。

でも私達、罪悪感は忘れちゃ駄目だと思うから。

いくら重たくても、私も一緒に背負うから、やれるだけやってみようって、そう思ってるの」


シルヴィの言葉に私は目を見開き、自然と笑みが溢れた。


……ああ、この子がいれば、レイは大丈夫だわ。


安堵と共に広がる私達の笑みに、レイは照れくさそうに横を向き、シルヴィはキョトンとして首を傾げた。





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