EP.65
「ところでジル兄様、エーリカとのお茶会はどうだったの?」
ふと問いかけたレイに、ジルヴィスは申し訳無さそうに眉を寄せた。
「いやぁ、エーリカ殿下には随分怖い思いをさせたからね、平身低頭謝罪してきたよ。
皇后様からあんな扱いを受けてショックを受けているところに、僕みたいな年上のよく知らない男から求婚されたんだからね。
あの時はエーリカ殿下を救う為だったとはいえ、僕は恐怖の対象でしか無かっただろう。
エーリカ殿下の方からお茶会にお招き下さって随分驚いたけど、ちゃんと理由を話して、本当に婚約などする訳では無いと話してきたから、安心いただけたと思うよ。
僕と話している間、可哀想なくらい震えていて、僕は自分が幼い女の子を虐める卑劣漢になったようで本当に居た堪れなかったよ………」
その時の様子を思い出してか、ガックリ肩を落とすジルヴィスにレイが不満げに口を尖らせた。
「………へ〜〜………ジル兄様って、意外と………ふ〜〜ん」
何かを含んだようにぶつぶつ言うレイの隣でシルヴィが不思議そうに首を傾げる。
「シルヴィ、エーリカ様とはもうすっかり仲良しなの。
だから分かるんだけど、エーリカ様が震えてたのは……むぐっ!」
まだ喋っている途中のシルヴィの口をレイが無理やり手で押さえ、何かを誤魔化すようにヘラヘラと笑う。
「まぁ良いよ、2人でちゃんと話が出来たなら。
ところでエーリカは陛下について皇家主催のパーティなんかによく出席していたからね、ジル兄様の事、よく知らないなんて思っていないと思うよ」
口を押さえられてムグムグと手足をバタつかせるシルヴィを大人しくさせようと格闘しながらレイがそう言うと、ジルヴィスは顎に手をやり目だけで天井を見上げた。
「確かに、パーティで何度かご挨拶をしたね。
いつも俯かれていてお顔を見て話した事は無かったけれど」
ジルヴィスの返答にレイはどこか呆れたように息をつき、小さな声で何事かをシルヴィの耳元で囁く。
それで何故かシルヴィは大人しくなり、レイが口から手を離しても居住まいを正しキュッと口を閉ざして、すました顔で前を見据えた。
何かを我慢するように微かにプルプル震えてはいたけど。
「ねぇ、ところで、イブ姉様とカインの婚姻を許可する僕って、仲人?みたいなものだよね?」
急に話を振られて私はキョトンとしながらコクリと頷いた。
「ええ、まぁ……そうとも言えるかも知れないわね?」
レイの真意の見えない質問につい何となくで答えると、レイはニヤリと笑って何かを企むようにその瞳を楽しげに揺らした。
「僕、癖になっちゃったらどうしよう?」
レイの言葉に何の事かと私達3人が顔を見合わせていると、シルヴィが我慢できないといったように吹き出して笑い出した。
その笑い声をやっぱり私達はキョトンとして見ているしか出来なかった。
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それからは怒涛の勢いでレイの立太子式、シルヴィとの婚約式を行い、いよいよ戴冠式の日が来た。
実質既に引退状態だった陛下が正式に生前退位を表明して、レイを皇帝に指名した。
成人したとはいえ、15歳という若さを考慮して後継人にアルムヘイム公爵、お父様が任命され、今日の戴冠式で正式に新皇帝が生まれる。
厳かな雰囲気の中、現皇帝から新皇帝に帝冠と王笏が引き継がれ、ここに代57代皇帝、レックス・ヴィー・フロメシアが誕生した。
「私は、代57代皇帝レックス・ヴィー・フロメシアである。
私はここに誓おう。
この帝国を必ずや、未来永劫繁栄を誇る盤石な国へと導くとっ!」
変声期を迎えたばかりのレイが威厳ある低い声でそう宣言すると、集まった全ての人々から一気に歓声が沸き起こった。
『フロメシア帝国、万歳っ!』
『レックス皇帝陛下、万歳っ!』
『オールハイルフロメシアッ!』
『オールハイルレックスッ!』
人々の声が高波のように会場を埋め尽くし、その中心で凛として立つレイを皆が称えた。
この帝国に確かに新しい風が吹く。
若く理知的なレイの姿に、皆がその予感を感じていた。
今まで表に全く出てこなかったレイに懐疑的な貴族達も、レイの後ろに立つお父様の威圧感に今は黙るしか無かった。
彼らがレイの帝位に否を示すにはまず、あのお父様を倒さなければいけませんからね。
彼ら程度に倒されるお父様であれば、私にとっては好機となるのですが、残念ながらそうはいきません。
向かっていけば捻り潰される事が分かっていて、お父様を倒しレイを皇帝から引き摺り落とそうとまで考える貴族は流石にいないようです。
つまり、レイの戴冠式はこのようにつつがなく、実に平和に成された、という事ですわ。
レイは皆が落ち着くのを待って、一歩前に踏み出し、凛とした声を響かせた。
「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムはいるか?」
レイからの呼びかけに私はスッと前に進み出て、その場に膝をつき傅いた。
「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム、帝国の新しき太陽にご挨拶申し上げます」
レイは私を一瞥して頷くと、直ぐにまた声を上げた。
「カイン・クラインも前に出よ」
そのレイの言葉にカインもスッと前に進み出て、私の隣に片膝をつく。
「カイン・クライン、帝国の新しき太陽にご挨拶申し上げます」
揃って頭を下げる私達を見下ろし、レイは精一杯威厳ある声を張り上げた。
「代57代皇帝レックス・ヴィー・フロメシアが、この2人の婚姻を許可する。
異議のあるものは今この場にて申し出よ」
皇帝が許可を出した婚姻に異議を唱える者などいるはずも無く、私達の婚姻は無言の承認により認められた。
「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム、並びにカイン・クライン。
両名の婚姻は承認された。
若き2人の門出に幸あらん事を」
レイが両手を上げそう言うと、その場から割れんばかりの拍手が起こり、私はカインに手を取られ立ち上がると皆に向き直りカインと共に一礼した。
ジルヴィスと目が合うと片目を瞑り、口だけ動かして『おめでとう』と言ってくれたけれど、その笑顔が何故だか儚く見えて、私は少し首を傾げた。
………ジルヴィスったら、寝不足かしら?
そんなに酷使したつもりはないんだけど。
でも、レイも立派に帝位についた事だし、ジルヴィスには長めの休息をとってもらった方が良いわね。
流石に兄を酷使し過ぎた事を反省しつつ、私とカインはまたレイの方に向き直った。
「帝位就任、心よりお喜び申し上げます、レックス陛下。
また、私どもの婚姻をこのような晴れの舞台でご許可いただき、望外の喜びでございます」
カーテシーでレイを取り頭を下げる私に合わせて、カインも胸に手を当て深く頭を下げた。
「いや、私がこの場で君達の婚姻を認めたかったのだ、気にしないでくれ。
それからもう1人、私から話したい者がいるのだが………。
ジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、前に出よ」
口角だけ上げてニヤリと笑うレイにジルヴィスは体をビクリと震わせ、嫌な予感がするとでも言うように眉を下げ、スッと前に出て私達の横に並んだ。
「ジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、帝国の新しき太陽にご挨拶申し上げます」
穏やかに頭を下げるジルヴィスにレイは片手でそれを制し、フッと笑った。
「良い、頭を上げよ、ジルヴィス卿。
実は、君からの申し出を皇家は正式に受けようと思うのだ」
表情を変えずに淡々とそう言うレイに、ジルヴィスが胸に当てていた手の指先を微かにピクリと動かす。
「……私からの、申し出、ですか……?」
ジルヴィスのこめかみから汗が一筋流れ、私とカインはもうまともには見ていられずただただ空を見据えた。
「そう、我が皇妹、エーリカへの君からの求婚を皇家は正式に受け入れようと思う」
流石に無表情を保てなかったのか、堪えきれないニヤニヤ笑いを浮かべるレイから目を伏せ、ジルヴィスはゴクリと唾を飲み込んだ。
「…………これは……まずいな………」
私達にしか聞こえないくらいのジルヴィスの小さな呟きに、私達は何か出来ないかと考えを巡らすが、あまりに急な事で対処出来そうもなかった。
「………陛下、そのように言っていただき、ありがたき幸せ……。
ですが、私とエーリカ殿下には、その、埋められない歳の差が……」
「10歳くらいの歳の差、この国では珍しい事では無い」
何とか言葉を絞り出したジルヴィスにレイが瞬殺でそれを封じる。
「ハッ……仰る通りかもしれませんが……。
ですが、私のような者に………」
そこまで言ってジルヴィスはグッと言葉に詰まった。
多分ジルヴィスは自分の生まれについて口にしようとしたのだと思うけれど、それを言ってしまっては孤児であったジルヴィスに身分を与え養子にしたお父様を侮辱する事になる。
この手も使えないとなると、もうジルヴィスには………。
「何だ?ジルヴィス卿。
私はただ、君からの我が妹への婚姻の申し込みを受ける、と言っているだけなのだが?
まさかそちらから申し込んでおいて、何か問題が?」
すかさず追い討ちをかけるレイに、我が家の教育がよく生きているわ……などと感心している場合ではありません。
これではジルヴィスは本当に………。
「よもや、アルムヘイム公爵家の次期公爵が、嘘や冗談でこの皇家の姫に求婚などするまいな?
私にとって大恩ある、アルムヘイム家の次期当主である君が乞うたから、私は可愛い妹を嫁がせる気になったのだ。
なのに君は、大勢の前でエーリカに求婚しておいて、まさかそれを反故にするつもりじゃないだろうな?」
……………………詰んだわ。
完全に、詰んだわ、ジルヴィス……。
私ももう、何も出来そうに無いわ。
チラッと横目でこちらに助けを求めてくるジルヴィスに、私は残念そうに微かに頭を横に振った。
ジルヴィスは和かな微笑みを崩す事なく、玉座にいるレイを見上げ、一切の動揺を捨て去った声で答えた。
「陛下、私の想いに嘘偽りなどあろう筈がございません。
エーリカ殿下との婚約をお許し頂き、恐悦至極にございます。
このジルヴィス・ヴィー・アルムヘイム、必ずや皇妹殿下を幸せに致しますので、どうかご安心下さいませ」
真剣なジルヴィスの眼差しにレイは満足げに頷き、ジルヴィスに向かってニコニコと笑った。
「うむ、ジルヴィス卿、我が妹をよろしく頼む」
「ハッ、イエスユアマジェスティ、皇帝陛下のお心のままに」
胸に手を当て頭を下げるジルヴィスの潔さに、私とカインは涙を堪えるのが精一杯でした。
………ああ、こうも綺麗にジルヴィスが嵌められる姿を見る日が来ようとは………。
レイ貴方、追い詰め方がジルヴィスそっくりでしたわよ………。
弟分であるレイの成長を喜ぶべきが、兄であるジルヴィスに同情すべきか………。
どちらにしても、ジルヴィスの善意を逆手に取った非常に狡猾なレイのやり口に、二、三小言くらいは言っても許されるでしょう、とレイを見上げると、レイはその私の視線に気付きギクリと小さく体を揺らした。
それを誤魔化すようにレイは大袈裟に両手を広げ、皆に向かって声を張り上げた。
「我が婚約者、アルムヘイム家のシルヴィアと、アルムヘイム家次期当主ジルヴィス卿と我が妹エーリカ。
この二つの婚姻により、私の治世はより盤石なものとなるだろう。
フロメシア帝国よ、永遠なれ」
レイのよく通る声が玉座の間に響き、集まった人々がワァッと歓声を上げた。
『フロメシア帝国、万歳っ!』
『レックス皇帝陛下、万歳っ!』
『オールハイルフロメシアッ!』
『オールハイルレックスッ!』
口々に新しい皇帝を讃える声が響き、誰もがレイに注目して、頭を下げたまま冷や汗を流しているジルヴィスには気付かなかった………。
全く、とんでもない皇帝が誕生したものだわ。
それにしても、レイ、何故?
貴方の後ろ盾は元々我がアルムヘイム家だし、自分とシルヴィとの婚姻で十分だったはず。
それは、ジルヴィスとエーリカ殿下の婚姻まで加われば確かに両家の繋がりはより盤石になるでしょうけど、流石にそこまでは余計だわ。
あの時のジルヴィスのエーリカ殿下への求婚は、エーリカ殿下を助ける為だったと皆が理解しているのに、わざわざそれを実現しようとするだなんて………。
レイの意図が分からず、私とカインとジルヴィスは顔を見合わせ困ったように眉を下げた。




