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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.63


「ニシャ?そりゃ、私にデロデロにメロメロだったわよ?」


語彙力というものを常に持ち歩かないらしいアメリアさんに、私はニッコリ微笑み瞳の奥を光らせた。


「ちょっ、なによっ!私だって聖女やってる時はちゃんとお上品に話してるわよっ!

いいじゃない、アンタ相手の時くらいっ!」


私の冷たい眼光にアメリアさんは慌てて言い訳を並べ、ハァーッと深いため息をついた。


「いや、本当に勘弁してよ。

聖女演じるのも大変なのよ。

話し方から仕草まで徹底的に注意されて、常に誰かに監視されてるし。

ちょっとでも聖女っぽくない言動しようものなら睡眠時間さえ削られて説教よ……。

たまには息抜きくらいさせなさいよ」


本当にまいっている様子のアメリアさんに、私はそういう事なら、と話し方についてはとやかく言わない事を約束した。


「で?なんだっけ?ニシャの事を聞きたいのよね?

ってかびっくりよ、あのニシャが私のせいで闇堕ちとかって。

ホント、美しいって罪よね……。

1人の男性の運命さえ変えてしまうんだもの……」


困ったように頬に手を当て悩ましげな溜息をつきながら、アメリアさんは口元をニヤリと上げた。


「なぁんてね、まぁ私くらいの良い女ならそれくらい当たり前だけど、残念ながらニシャは違うわよ?」


さして残念そうでもなく肩を軽く上げるアメリアさんに、私は首を傾げた。


「ですが、お二人は恋人同士だったでしょ?

まぁ、アルガナ先生には伴侶がおりましたから、不道徳な関係だったとはいえ、愛し合ってらっしゃったのではないですか?」


私の不思議げな顔がよほど面白かったのか、アメリアさんは声を出して笑った。


「アッハッハッハッハッ!やだアンタ、遊びの関係って分かんないの?

まぁ私にとっては皆んなお遊びだったけど、ニシャに関してはあちらもお遊びよ」


アメリアさんの返答に私は目を丸くして、大口を開けて笑うアメリアさんを穴が開くほど見つめてしまった。


「お二人はご婚姻の約束まで交わしていたのではないのですか?」


遊びで婚姻の約束までするなど、一体どうして?

訳が分からない私に、アメリアさんはハッと鼻で笑った。


「ああ、アレね、あれは本気で言ってたと思うわよ。

でも皇太子を落としていた私がわざわざ伯爵家を選ぶ訳ないじゃない」


馬鹿馬鹿しいといった様子のアメリアさんに、私はますます意味が分からなくなってしまった。

その私にアメリアさんは呆れたように溜息をつく。


「あのねぇ、ニシャの目的は私をアーサーから引き離す事。

アンタとアーサーをくっ付けるのに私が邪魔だったのよ。

だから私を口説いて恋人同士ごっこに婚姻の申し込みまでしてきたの。

私を娶って二度とアーサーに近付かないように監視する為だったんじゃない?

その為に本当に奥さんまで離縁しちゃって実家に帰したらしいから、大したもんよね。

まぁ、ニシャの暴発に巻き込まれなくて済んで、元奥さんは命拾いした訳だから私に感謝して欲しいくらいだわ」


ペラペラと喋るアメリアさんの話に、だんだんと私の中でパズルが出来上がっていく。

つまり、カインとジルヴィスの予想は当たっていた、という事になる。


「ニシャ、一度だけ大神殿に私に会いに来たのよ?

聖夫に加わりに来たのかと思って意外だったけど、やっぱり違ったわ。

私にアーサーを聖夫から外すように言いに来ただけだった。

私からしたらどっちでも良いからアーサーに決めさせたんだけど、アーサーが絶対に嫌だって言うからニシャには丁重にお断りしてお帰り願ったわ。

アーサー、本当は皇太子とか皇帝とか重荷に感じていたんだって、ここに来て自分でも初めて気付いたみたいでね、もう絶対に元には戻りたくないって、そりゃ凄い抵抗してたわよ?」


アメリアさんの話に私は意外そうに片眉を上げた。


「あら、あの方、自分の身分に絶対的な自信があったんじゃなかったのですか?

取り上げられる時はあんなに意気消沈して生気の無い抜け殻みたいになっていたじゃないですか」


私の言葉にアメリアさんはアハハッと快活に笑ってヒラヒラと手を振った。


「自分の身分に絶対的な自信があった訳じゃ無いわよ。

それが当たり前の事で、むしろそれしか与えられていなかっただけ。

そりゃ、皇太子なんて身分を与えられておいてそんな事言ったら贅沢過ぎるって袋叩きに遭いそうだけど、アーサーは自分の身分を自覚する機会さえ無く、ただ生まれた時から皇太子だっただけ。

それを深く考える事も無く成長しちゃったのね。

そうじゃ無い自分になってやっと、自分には何があるのか考えられるようになったんじゃない?

あの人今、服のデザインに興味を持ってて、なんか一生懸命勉強してるわよ?

こんなに何かを学ぶのは初めてだって毎日イキイキしてるの。

だからニシャの話なんか恐怖でしか無かったでしょうね。

皇太子になんか戻っちゃったら、せっかく自分自身で見つけたやりたい事を取り上げられちゃうもの」


なんとなくですが、アメリアさんのアーサー様について語る雰囲気が優しいものに感じて、私は自然に口元を綻ばせた。

その私の表情に気付いたアメリアさんは持っていたクッキーをポロリと床に落としてしまう。


「アンタ、そんな顔も出来んのね?」


まじまじと物珍しい目で見つめられ、私は少し気恥ずかしさを感じゴホンとわざとらしい咳払いをした。


「んっ、ゴホン、では、アルガナ先生は本当にアメリアさんを失った事で魔族に堕ちたのでは無く、私がアーサー様と婚姻し、影でアーサー様を操る女帝になる道が完全に閉ざされた為、全ての執着を失くした、という事ですね?」


私の言葉をうんうん頷きながら聞いていたアメリアさんは、やれやれといった感じで溜息をつく。


「本当に変わってるわよね〜〜。

ニシャは本当なら自分がアンタに選ばれたいと思っていた筈よ。

でも現実的な人だったから、公爵家で皇家に嫁ぐくらいの身分のアンタが伯爵家の自分とどうこうなる筈無いって誰よりも分かってたのよ。

むしろ、自分とどうこうなるそんなアンタは見たくなかったのかも。

アンタには公爵令嬢として皇后になってもらい、ゆくゆくはこの国のトップに立ってもらいたかったんでしょ。

でもそんなアンタが選んだのは獣人のカイン。

魔竜討伐の功績で侯爵になったとはいえ、ニシャには地獄の苦しみだったんじゃない?

その時点で既に人間辞める事は決めてたみたいに私は思うけど」


アメリアさんの意外な観察眼に目を見開いて驚愕する私に、アメリアさんはムッとした顔で口を開いた。


「あのね、私だって関係あった男の事くらいそれなりに理解してるわよ。

特にニシャみたいに私に全く興味ないくせに、好きな女の為に訳分かんない努力してる男とか、ちょっと哀れで可愛いくらい思うのよ。

私に振り向かないとこはかなり腹立たしかったけど、そのくせ私を喜ばせようと一生懸命だったし。

それも全部アンタの為の努力だったけどね。

まぁかなり明後日な方向の愛情だったけど、そんな男がいた事くらい、アンタも覚えていてあげなさいよ?」


男女の機微については遥かに私より知識が上なアメリアさんに、事この分野については逆に師匠と呼ばせて頂こうかしら、とそんな風に考えてしまった。


残念ながら、私は前世も今世もカイン1人しか知りません。

様々な人間を相手にしてきたアメリアさんには、そういった面での人の機微がよく見えるようです。

だからこそ、なんだかんだと言って聖夫様達をアメリアさんなりに大事に出来ているのだと思う。

たまにアメリアさんを巡って聖夫同士の争いが起こるらしいけれど、それさえもアメリアさんの一言二言で収まるのは、皆の事をよく理解しているからなのだろう。


私にはない殿方への包容力に関心しながら是非見習いたいと思いつつ、私は真剣な顔でアメリアさんを見つめた。


「お話、とても勉強になりましたわ。

ですが、アルガナ先生はもう駆逐すべき対象の魔族です。

次にお会いした時は、私は彼を消滅させねばなりません」


私の真剣な表情を小馬鹿にするように、アメリアさんは軽く肩を上げた。


「そぉんなの、当たり前じゃない。

魔族なんてさっさっとやっつけちゃってよ。

私が言ってるのは、魔族になる前のニシャの事よ。

人間だった頃のニシャが、だいぶひん曲がってたとはいえ、アンタという女に自分なりの愛情を抱いて行動していた事くらい、知って欲しかっただけ。

アーサーと婚姻しろだの、皇后になって影から帝国を掌握しろだの、アンタにとっては迷惑極まりない愛情だったかもしれないけど、ニシャにとってアンタはそんな風にしか愛せない相手で、不器用すぎる愛情でしか自分の気持ちを表せなかったんだから、ちょっとはそんな男がいた事を覚えていてやってよ」


軽く言ってのけるアメリアさんは、きっと殿方の色々な愛の形を受け止めてきたのでしょう。

私には到底その高みには昇る事は出来そうにありませんが、だからこそ、アメリアさんの言葉は私の胸に深く刺さったのです。


「ええ、アルガナ先生の事は、教師である姿しかほとんど知りませんが、ちゃんと覚えておきますわ。

私の知るアルガナ先生は、学院で教鞭をとるあのお姿のみです。

それで良ければ、忘れませんわ、アルガナ先生の事」


真っ直ぐにアメリアさんを見つめると、アメリアさんはニッと笑って瞳を優しく細めた。


「それで十分よ」


そこに深い包容力のようなものを感じて、私は改めてアメリアさんに感服したのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



その夜、私からアメリアさんとの話の内容を聞いたカインは、切なげにその瞳を揺らし私の頬を撫でた。


「……そうか、やっぱりアルガナは君を……。

だけどそれを君が気に病む事はない。

全て彼の一方的な感情で、闇に堕ちたのも彼の心の弱さだ。

魔族になった以上、俺達は必ず奴を討たなければいけないのだから、イブはもうこれ以上、アルガナについて知る必要は無いよ」


優しいカインの声に私はゆっくりと頭を振ってその瞳を見つめた。


「もちろん、もうアルガナ先生については人間であった頃の記憶を留めておくのみにするわ。

アルガナ先生の執着が私であった以上、どうする事も出来なかったのだから。

遅かれ早かれ、アルガナ先生は魔族になっていたのよ」


私の言葉に今度はカインが頭を振って、哀しげに顔を曇らせた。


「いや、彼にはまだ魔族に堕ちない可能性だって残っていた。

アルガナはイブを自分の理想に当てはめ、自分の為だけに皇后にしようとしていた。

君の気持ちなど無視してね。

かつての俺がそうだったから、よく分かるんだ。

身分や人種を理由に君を諦め、せめて君にはこの世の誰よりも幸せでいて欲しいと一方的な理想を押し付けた。

君に目を醒させてもらっていなかったら、俺もアルガナと一緒だった。

あの時の俺も、そしてアルガナも、せめて君の君自身の幸せが何なのか、そこに思い至っていれば、あるがままの君をちゃんと見れていれば、愚かな間違いを犯さずに済んでいたのに………。

アルガナが魔族に成り果てたのは、そんな彼の心の弱さだよ。

イブには関係ない」


哀しげにまつ毛を揺らすカインの頬を撫で、私は少し悔しげに言った。


「私、そういった男性の心の機微に本当に疎いのだと、アメリアさんと話して思い知ったわ」


はぁと溜息をつく私にカインは困ったように眉を下げた。


「それは仕方ないよ。君の前世は殆どが閉じ込められた場所で生涯を過ごしてきたのだから。

限られた人間としか接触を許されず、人を深く知る機会も無かった。

一つ前の前世では普通の生活を送れたけど、やっぱり箱入りで男女の事には少しズレていたからね。

男からの好意に全く気付かないものだから、俺がどれだけ苦労したか……。

君に好意を寄せる男どもを追い払うのはなかなかに骨が折れたよ」


前世での苦労を思い出して深い溜息をついているカインに私は目を丸くした。


「まぁ、あなたそんな事してたの?」


私の言葉にカインはますます溜息をついて、遠くを見つめながら疲れ切った声を出した。


「君は競争率が高かった事さえ、自分で自覚してなかったな………。

今も、君を深く愛する男は俺以外にもいるんだけどね………」


そのカインの言葉に私は驚いた。

自分では全くそんな事に気付いていなかったから。


「だけど、人としてでは無く女性として好意を寄せられても無駄だわ。

私にはあなたがいるんだもの。

あなた以外の男性の愛情は要らないわ」


キッパリと口にしてから私はハッとして自分の口を片手で押さえた。


「私のこういうところ、もしかして狭量かしら………?

好意を寄せられているのに傲慢……よね?」


アメリア師匠には遠く及ばない自分の不甲斐なさにシュンと頭を垂れると、カインはそんな私の頭をポンポンと撫でてくれた。


「いや、全然、君はそれで良い。

好意を寄せられたからといって、それに応えるつもりもないのに曖昧な気遣いや優しさは、むしろ毒になる事がある。

それに自分の気持ちは偽れないだろ?

無理して応える必要も無いし、必要以上に気を使う事もない。

君は君らしくしていれば良いんだ」


カインの優しい声に顔を上げると、見つめ合ったその瞳の奥が仄かに暗く光った。


「……それに……君が俺以外の男の気持ちを受け入れようなんて、そんな事になれば俺はそいつに何をするか分からない……。

無駄な血は流れない方がいいだろ?

だから君には是非、くだらない包容力は身に付けないでいて欲しいな」


静かなその声に宿る燃えるような嫉妬心を感じて、私がもし逆の立場でもそうなるわね、と妙に納得した。


「私達、お互い以外の異性には狭量なくらいが丁度良いみたいね」


クスッと笑ってカインの首に腕を回すと、カインが私の腰をグイッと引き寄せ獣のように唇を奪ってきた。


深い口づけに身を委ねながら、私はアメリア師匠のようには一生なれそうにないわ、とその件からは潔く身を引く事に決めた。




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