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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.62


「……………あら?」


その夜、自室で就寝の用意をしていた私はふと違和感を感じ、顔を上げ窓の外を見つめた。


ーーーーーーーーー次の瞬間。


「いけないっ!」


爆発的な魔力の暴走を感じ取り、私は窓枠に走り寄る。


「イブッ!」


それとほぼ同時にカインが部屋に飛び込んできて、私をその胸の中に庇った。


「異様な魔力を感じた、大丈夫か?イブ?」


辺りを警戒しながら顔を覗き込んできたカインは、私の顔色を見てハッとした。


「どうした、何かあったのかっ!」


心配そうに私の体をくまなく調べるカインに、私は首を振った。


「………いいえ、私が見誤っただけよ。

この気配はおそらく、アルガナ先生が闇に堕ちた衝撃がここまで伝わってきたものよ」


淡々とした私の言葉に、カインが唾を飲み込む。

私は両眼を閉じ、再び開いた時には赤髪の魔女の姿に変わっていた。


「急ぐぞ、カインッ!今ならまだ捕縛できるやもしれんっ!」


窓から身を乗り出し浮遊魔法で一気に飛び立つ私の後をカインも急いでついてきた。


「アルガナが一体なんで?

昼間のイブの話ではアルガナは大丈夫そうだったのに」


私の隣を飛びながらカインが早口で聞いてきた。

私はそれに歯軋りしながら答える。


「不甲斐ない、私はまんまと奴に騙されたのだよ。

恐らく奴は、既に闇に堕ちる事を決意しておった。

そうなるほどの喪失感を既に抱えておったのじゃ。

だが最後の一歩を踏み出す前に、私に対話を求めてきた。

奴の要求通りに私が影の女帝になる事は決して無い。

それは奴自身が1番理解しておった。

だからあれは、ただの挨拶だったのじゃろう。

この国に新たな魔族が生まれる事のな」


チッと舌打ちする私を、カインが目を見開いて見つめ、呆然として口を開いた。


「何故わざわざ……そんな………」


そう呟きながらもカインはふと、何か思い当たる事でもあるのか、記憶を呼び覚ますかのように考え込んでしまった。


「カイン、考えるのは後じゃ。

理由など本人に聞けば良い」


少し話している間に私達はアルガナ伯爵邸に辿り着いていた。

いや、屋敷のあった跡、と言うのが正しいじゃろう。

おそらく、アルガナが闇に堕ちた衝撃であろう、屋敷は木っ端微塵に吹き飛び、見るも無惨な瓦礫と化していた。

それに巻き込まれた使用人達の血肉が張り付いた瓦礫の中心で、アルガナが血に塗れた鋭く長い爪を月光にかざし、愉悦の表情を浮かべ笑っている。


「ニシャ・アルガナ、魔族に落ちたか」


上空から話しかける私をゆっくりとその瞳に映し、アルガナは真っ赤な口をニヤリと開けた。


「おや?これは魔族殺しの赤髪の魔女殿ではないですか。

随分お早いご到着で。

お初にお目にかかります、私はニシャ・アルガナ伯爵。

貴方の狩るべ魔族、というやつですね」


余裕の笑みを浮かべるアルガナに、私は片眉を上げる。


「ほぅ?今まで会った魔族どもより随分礼儀正しいな。

ニシャ・アルガナ伯爵よ、お主、何故闇になど堕ちた?」


自分の失態はもうどうにもならないが、それでもどうしても問わずにいられない私に、アルガナは不思議そうに首を傾げる。


「……さぁ?愛する女性を失った、とか、おそらくそのような理由でしょうか?」


とぼけた様子のアルガナに、私は尚も問いかけた。


「それは聖女、アメリアの事か?」


私の問いにアルガナは弾けたように笑い出し、楽しげに私を見上げた。


「ハァッハッハッハッ!魔女殿はよく知ってらっしゃる。

さては前から私に目をつけていましたね?

これは光栄の至り。

そう、私は聖女アメリアを愛していた。

彼女が聖女と発覚する前から、ただの男爵令嬢、学院の一女生徒であった頃から。

彼女も私の愛を受け止め、将来婚姻する約束までしていたのです。

それなのに彼女が聖女になって、彼女が私以外に契った男が他にもいると分かり、私は……そうですね………絶望?したのかもしれません。

ああ、いけませんね。

人としての感情がどうも上手く思い出せない………。

まぁ、とにかく、そんなところです」


どうも歯切れの悪いアルガナに首を傾げていると、隣で静かにカインが剣を抜き、アルガナに向かって構えた。


「理由などもうどうでもいい。

魔族となったお前は既に駆逐対象となった。

これ以上の被害が出る前に、俺がお前を倒す」


カインの眼光が月明かりを写してギラリと光る、それを面白くなさそうに見上げていたアルガナは急にクックッと笑い出した。


「どうぞ、卑しい獣よ。

出来るものならやってみるがいい」


パチンとアルガナが指を鳴らすと、ゾロゾロと10人程度の人間が現れ、アルガナの周りを守るように囲んだ。


「………小賢しい真似をっ」


罪の無い人達を共に切り捨てる事も出来ず、カインは悔しげな声を漏らす。


「小賢しい………そう、私は小賢しい魔族なのですよ。

魔女殿、貴女が相手にしてきた魔族に、このような手を思いつく者はいましたか?

いないでしょうね、何せ、魔族ですから。

圧倒的な己の力のみで他を薙ぎ払う事の出来る魔族が、人の感情を逆手に取るなど不必要な真似はしないでしょう。

そもそも、人の感情など理解出来ない。

例えばこうして、罪の無い人間を操り肉の盾にすれば貴女が攻撃出来なくなる、など思い付きもしないのです。

そのような人の心を持ち合わせていないのですから。

ところが私は今魔族になったばかりの若輩者。

魔族としての力も弱く、貴女にかかれば一瞬で滅せられてしまうでしょう。

ですからこうして、実に人間らしい小賢しい手を使わせて頂きますよ」


クックッと笑うアルガナに、私は静かに問いかけた。


「アルガナよ、なぜ最後にエブァリーナとの対話を望んだ?」


私の問いにアルガナは月を見上げ、まるで人間のように哀しげに目を細めた。


「エブァリーナ……ですか………。

そう……あの方は私の………き………。

いや、もうそんな事はどうでも良い。

私はこうして魔族となったのですから。

人であった時の話など意味はありません」


アルガナは呟くようにそう言うと、再び私を見上げた。


「魔女殿、私は大した悪さはしませんよ。

大虐殺を起こしたり、国を破滅に追いやったりなどには興味がありませんから。

ただ少し人を堕落させ操って遊ぶくらいの可愛いものです。

出来ればもう2度と貴女には会いたくありませんね。

貴女も私などを相手にするより、先に滅するべき魔族がいるでしょう?

どうか私の事はそっとしておいてくれませんか?」


歪んだ笑いを浮かべるアルガナに、私は小さく頭を横に振った。


「ならんな。魔族は魔族。全て私が滅すると決めてある。

貴様は今ここで滅させてもらう」


アルガナを厳しい目で見つめ、奴の隙をついて操られている人間達に保護結界を張ろうとしたその瞬間、それより早くアルガナが動いた。


「残念です、魔女殿。

では私はここで失礼いたしますよ。

貴女に消されたくはありませんからね。

それではごきげんよう。ウィスパーオブデス」


アルガナがそう囁くと周りに無数の小さな黒い球体が現れ、それが奴を囲う人間達に一気に襲いかかった。


「しまったっ!」


その人間達の元に急下降する私の目の前で、アルガナが優雅に微笑み手をヒラヒラと振って霞のように消え去っていく。


「ぐあぁぁぁぁっ!」


「いだっ!いだぃぃぃぃぃぃっ!


「誰かっ!だずげてぇぇぇっ!」


アルガナの放った黒い球体が人々の肉を溶かし、骨が肉から垣間見えている。


「いかんっ!ホーリーリフィケィションッ!ホーリーヒールッ!」


咄嗟に浄化と治癒の聖魔法を放ち、アルガナの放った黒い球体を消滅させて、傷付いた人々の傷を癒した。

その場にのたうち回って苦しんでいた皆はすっかり回復して、何が起こったのか分からないという顔で目をパチクリとさせている。


「逃したか………」


姿を消したアルガナに悔しげに呟く私の肩をカインが優しく抱いて、助かった人々の方を見つめた。


「あの人達を無事に救えただけで今は良しとしよう。

アルガナの言う通り、人間の心情を理解する魔族は厄介だ。

奴も闇に呑まれ、そのうち人の心を失うだろう。

次に会った時には容赦はしない」


ギリッと奥歯を噛みしばるカインに、私は頷き、アルガナの消えた場所をジッと見つめた………。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なるほど……あの魔力の爆発はアルガナ先生が魔族に堕ちた瞬間のものか………」


一歩遅れてアルムヘイム騎士団を連れ、現場に着いたジルヴィスに事の顛末を説明すると、ジルヴィスは難しい顔で考え込んでいた。


「………それで、魔族に堕ちたのは聖女アメリアに裏切られたから、とそう言っていたんだな?」


ジルヴィスの問いに私はうむと頷いた。


「既に他に聖夫がいた事がそーとー堪えたようじゃな」


今だ赤髪の魔女の姿のままの私に、ジルヴィスは普通に対応してくる。


「……なるほど、おかしい話では無いね。

聖女の博愛精神を勘違いして、彼女を一方的に愛した男が運悪く闇属性を持っていて、勝手に聖女に絶望して魔力を暴走させ、魔族に堕ちた。

うん、これでいこう」


微妙に話が変わっている事に私が首を傾げていると、カインもそのジルヴィスに同意するように頷いた。


「たぶん、それがアルガナが元々用意していた筋書きだ。

魔族に堕ちてもそれだけは覚えていようと頭に叩き込んでいたんだろう。

流石に曖昧な言い方になっていたが、まぁ概ねはそれで良いと思う」


カインの言葉に私は流石に口を開いた。


「……なんじゃ?その言い方ではアルガナが魔族に堕ちた理由が他にあったように聞こえるが」


私の問いにカインもジルヴィスも真面目な顔で声を潜める。


「アルガナ先生は最後にイブとの対話を望んだ。

多分、その時話した事が彼の全てだ。

彼は本気でイブにこの帝国を影で操る女帝になって欲しかったんだよ」


困ったように眉を下げるジルヴィスに続いてカインも口を開く。


「アルガナにとってイブは特別な女性だったんだ。

あの時、アルガナはイブの事を、あの方は私の希望だと言おうとしたんだと思う」


カインの言葉に、私はアルガナに何故エブァリーナとの対話を望んだのかと聞いた時の、アルガナの答えた言葉を思い出した。


『エブァリーナ……ですか………。

そう……あの方は私の………き………。

いや、もうそんな事はどうでも良い。

私はこうして魔族となったのですから。

人であった時の話など意味はありません』


それは確かに、カインの言う通りの言葉が続いていてもおかしくないものだった。


「つまり、アルガナの執着対象はエブァリーナだったという事か………」


顎を掴み眉間に皺を寄せる私に、ジルヴィスが緩く頭を振った。


「しかも、イブにこの国を牛耳って欲しかったっぽいね。

そんな事は絶対にあり得ない話だから、つまりアルガナ先生は遅かれ早かれ魔族に堕ちる運命だった、という事だ」


ジルヴィスの話に私はますます眉間に皺を寄せた。


「しかし、随分変わった執着じゃな。

そんな事が現実になりようもない事くらい、あのアルガナであれば理解出来たであろう」


私の言葉にカインが、言いにくそうに口を開く。


「………たぶん、最初はただ、イブに異性として好意を抱いただけだと思う。

ただイブは公爵家の人間だし、王太子の婚約者候補で、皇家がどうしても手に入れようとしていた令嬢だった。

だから、そんなイブがやがてこの国の皇后になるなら、自分の気持ちは叶わなくとも、その治世の元で暮らせるなら充分だと、そんな風に思うようになったんじゃないかな……。

それがいつしか執着になって妄執になっていった。

でも本当は、どんな形であれ、愛する人を感じられるような、そんな生活を夢見ていただけ……そんな気がする………」


気恥ずかしそうなカインの肩にジルヴィスがニヤニヤしながら腕を回し、揶揄うように顔を覗きこんだ。


「随分と情感に溢れた考察だね。

まるでそんな気持ちを自分も抱いていたみたいじゃないか」


意地の悪いジルヴィスの笑いにカインは真っ赤になってそっぽを向く。


「なるほどの。確かカインもアーサーに嫁ぐようにエブァリーナに勧めておったが、そういった感情であったのか、ふむ。

大きなお世話じゃな」


キッパリと言い切る私の言葉にカインはグサっと何かが刺さったように胸を押さえてよろけた。


「まっ、何であれここはアルガナ先生の用意していたシナリオをありがたく頂戴しておこう。

どちらにしても本心はもう分からない。

それなら聖女に邪な想いを抱いた哀れな男が魔族に堕ちた、という話の方が民衆にも分かりやすくて良い、と僕は思うね」


ジルヴィスの言う事に一応は頷きながら、だが私はまだ納得がいかなかった。

真実はもう知る由もないが、それでもどうも胸がムカムカとする。


ふむ、久しく顔を見ていない私の一番弟子にでも会いに行ってみるか。


私は教会の方を見上げ、その奥に荘厳に佇む大神殿をジッと見つめた。


今頃私の弟子はクシャミくらいしているかもしれんな。





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