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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.61


さて、お祖母様がどんな手を使ったかまでは分かりませんが、私はアッサリと学院の理事長の席に収まりました。

早速学院の入学に試験制度を導入し、在校生の能力テストも実地しました。

そこから成績順にクラスを再編成して、学びの足りない生徒には補習を必須にしたところ、まぁ学院は上へ下への大騒ぎ。

悲しい事に学力の足りない生徒の方が大多数だったもので、教師陣は連日フル稼働で補習を行っています。


とはいえ、教師陣から不満の声は上がりませんでしたけど。

元々、帝国一の学院である事から、優秀な人間ばかりを集めた場所ですから、教師陣はあらゆる分野の一流ばかり。

ですが学ぶ方がそれに見合わず、勉学に対してやる気のある生徒などほんの一握り。

超一流の講義を受けているというのに真面目に授業を聞く生徒も居ないのでは、教える方もやりがいが無いというもの。


そこへ補習という形で強制的に学ばせる機会が降って湧いたのですから、皆様それはそれはやりがいを感じて下さっています。

ちなみに補習の後のテストでも点が取れないとなると留年です。


この留年制度を取り入れた事で生徒達の目の色が一気に変わりましたね。

なにせここに通えるのは貴族の子息や令嬢のみ。

貴族など見栄とプライドの塊ですから、テストに受からず留年などすれば社交界でどんな笑い者になるか想像しただけで地獄でしょう。


新しい制度に変わり学院を自ら去っていった生徒達もいますが、大方の生徒が残り、今までの怠慢の報いを受けながらも学院の在学生という椅子に齧り付いているのは、社交界の笑い者になりたくない一心と、理事長がこの私、エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムだからです。


我がアルムヘイム家は次代の皇帝を預かっていますからね(あら、こう言うと何だか拉致監禁しているみたいね)レイが帝位すればその後ろ盾は我が家です。

つまり、私の改革について来れない生徒は、次に来る国レベルでの改革でも振り落とされる、という訳ですね。

家の名誉がかかっているのですから、それはもう皆必死です。

男女関係無く、参考書片手に学院の至るところで生徒達がブツブツ呟きながらゾンビのように彷徨っている様は、こう、胸がキュンと疼きますわ。

これぞ正しい学生の姿、ですもの。


さて、理事長就任早々、学院の改革を推し進めてみましたが、意外にスムーズにいくものですね。

これならもっと学生達に改革という名の負荷を与えても大丈夫そうですわ。

前世の私達世代の受験戦争に比べれば、こんなのまだ生ぬるい方です。

もっともっとビシバシやって、学生の正しい本分というものを教えて差し上げますわ。


「オーホッホッホッホッホッ!」


理事長室の椅子にふんぞり返り、高らかな笑い声を上げる私をカインが楽しげに見ていた。


「あら?あなた随分ご機嫌ね?」


私の冗談笑いもスルーなカインに首を傾げると、カインはハハッと笑った。


「いや、学院が前世でよく知る懐かしい空気になっていくのが楽しくて。

せっかく帝国を代表する学校だというのに、学力は随分低かっただろ?

これならイブがエブァ街に作った学校の方がよほど偏差値が高かったな、って在学中いつも思っていたんだ」


カインの答えに私はふふっと笑った。


「偏差値だなんて随分懐かしいわね。

でも確かに、ここの貴族生徒よりエブァ街の平民生徒の方がよっぽど学力は上ね。

その賢い平民が貴族達に搾取されるなんて納得いかないわよね。

ここの生徒達には生まれ変わって頂かなければならないわ。

そうすれば、己の不出来さをカバーする為に人から搾取する必要も無くなるもの。

そして優秀な人間を使う側もまた優秀で無ければならないと学ぶべきよ。

この国に貴族制度があり、その生まれで優劣が決まるというなら、貴族に生まれた者にはそれに見合った責務を与えてあげましょう。

民主主義とは違うけど、ノブレス・オブリージュだって正しく行えば貴族とそうで無い者との不公平さを埋める事が出来るはずよ」


私の言葉にカインは何度も頷き、フサフサの尻尾をブンブン振っている。


ああっ!今日も私の婚約者が可愛いっ!


ふふふっと見つめ合い私達が微笑みあっていると、コンコンと理事長室の扉が外から叩かれた。


あら?誰かしら?

そう思いながら、私は扉に向かって声をかける。


「どうぞ、お入りになって」


私からの返事を待って、扉からガチャリと開かれ、そこからニシャ・アルガナ先生が部屋に入ってきた。

アルガナ先生はカインの顔を見るなり嫌そうに顔を歪め、ポケットから取り出したハンカチで自分の鼻を覆う。


「あら、アルガナ先生、いかが致しましたか?」


私からそう話しかけると、アルガナ先生は眉間に皺を寄せ、眼鏡の奥の目を不愉快そうに細める。


「いえ、失礼、あまりに獣臭かったもので」


そのアルガナ先生の返答に私はスッと微笑みを消し、微かに口角だけを上げた。


「私は貴方に、理事長室に何のご用かという意味で言ったのですが?」


誰もその奇行についてなど聞いていないわ。

ハンカチで鼻を覆うくらい、どんな理由であれ好きにすればよろしくてよ?


私の眼光が鋭くなった事に気付き、アルガナ先生はコホンと咳払いした後にハンカチをポケットにしまった。

獣臭いなどただの嫌味だと分かっています。

わざわざパフォーマンスまでご苦労様だわ。


「エブァリーナ様、改めまして、理事長就任おめでとうございます」


胸に手をあて軽く頭を下げるアルガナ先生に、私はニッコリと微笑んだ。


「ありがとうございます、アルガナ先生。

若輩者ではございますが、粉骨砕身、学院をより良い学舎とする為に精進して参りますわ」


型通りの挨拶を交わした後、アルガナ先生は居住まいを正し、私に向き合った。


「以前より貴女様とお話したいと思っていたのですが、なかなかその機会に恵まれず。

立場は違えどこうして学院を支える者同士となった今、対話の機会を願いたく今日は失礼にも押し掛けてしまいました」


そう言ってまた頭を下げるアルガナ先生に、カインが淡々とした口調で話しかけた。


「それなら事前に約束を取り付けて頂きたかったですね。

理事長はお忙しい身ですから、急に来られても貴方1人に時間を割くわけにはいきませんよ」


珍しく棘を含んだカインの声に、私は意外に思いながら片眉を上げ、アルガナ先生をチラリと見ると、頭を下げたままギリッと奥歯を食いしばっている。

プライドの高いアルガナ先生にしては、カインを前にして頭を下げ続けるなどよっぽどの事かしら?


ふと興味を持った私はカインを手で制して、アルガナ先生に話しかけた。


「頭を上げてください、アルガナ先生。

確かに理事長と教師、立場は違いますが、学院の為、生徒の為に存在する理由は同じです。

先生からのお申し出、嬉しく思いますわ。

さぁ、そちらにお掛けになって下さい。」


そう言って椅子から立ち上がり、ソファー席を手で差しながら私もそこへ移動した。


向かい合ってソファーに座ると、アルガナ先生は私の後ろに立つカインをチラリと見て、また

嫌そうに顔を歪める。


「失礼、エブァリーナ様………護衛騎士殿にはご退席いただいてもよろしいでしょうか?」


アルガナ先生の申し出に私は片眉を上げ、カインは顔を険しくした。


「失礼、私はエブァリーナ様の騎士ですから、お側を離れる事はありません」


カインがそう言うと、アルガナ先生はそのカインを座ったまま睨み上げる。


………おかしいわね?

闇属性を持つアルガナ先生がこんなにも感情を露わにするなんて。

いつも微かな微笑みを浮かべたほぼ無表情な顔を貼り付けてらっしゃるのに。


アルガナ先生については気になる事があった私は、カインを再び手で制して、座ったまま見上げ口を開いた。


「カイン、ごめんなさい。

少しアルガナ先生と2人で話がしたいわ」


困ったように眉を下げる私を見て、カインは何か言いたげに小さく口を開きかけ、ぐっと押し止まると私に向かって頭を下げた。


「分かりました、では私は扉の外に待機しておりますので、何かあれば直ぐにお呼びください」


「ええ、ありがとう、カイン」


そう言って私達は見つめ合い、目だけで〝本当に大丈夫なのか?〟〝ええ、大丈夫よ〟と会話をし合った。

まだ納得のいかない顔でカインはアルガナ先生の方を威嚇するように睨みながら部屋から出て行った。

それを憎々しげに目で追っていたアルガナ先生に、私はコホンと咳払いをする。

アルガナ先生はハッとして私に向き直った。


「アルガナ先生、カインは確かに私の護衛騎士ですが、我がアルムヘイム騎士団の将軍でもあり、侯爵位を持つ立派な高位貴族でもあります。

それに私の婚約者でもありますから、伯爵位の貴方が〝殿〟と呼べるような相手ではもうありませんのよ」


ニッコリ微笑むと、アルガナ先生はギリッと奥歯を噛み締めながら頭を下げた。


「将軍閣下に失礼致しました」


血を吐くようなアルガナ先生の声色に、私はまた片眉を上げる。

あら、随分感情的なのね。

アルガナ先生はアメリアさんだけで無く、カインにも執着があるのかしら?

感情としては真逆のようだけど、執着対象の多い事に越した事はないわ。

カインには可哀想だけど、このままアルガナ先生の執着対象でいてもらった方が良さそうね。


ふむと小さく頷きながら、私はアルガナ先生に声を掛けた。


「分かってくださればそれで良いのです。

それで?私にお話しとは、何かしら?」


首を傾げる私にアルガナ先生は頭を上げて居住まいを正し、真剣な目で見つめてきた。


「今からでも遅くありません。

エブァリーナ様、どうかアーサー殿下と婚姻し、この国の皇后とお成りあそばせ」


アルガナ先生の言葉に私は微笑みを崩さず、クスリと笑った。


「おかしな事を仰いますね。

アーサー様は聖女様の聖夫様ですわよ?

もう〝殿下〟ではありませんし、私が今さらアーサー様と婚姻したところで皇后にはなれません。

それに、皇太子には正式にレックス殿下が皇帝陛下より選ばれました。

もう直ぐ成人になられるレックス殿下が皇太子になり、次期皇帝となります。

そしてその妃として、我がアルムヘイム家のシルヴィアが嫁ぎますから、皇后にはシルヴィアがなります。

私がこの国の皇后となる事は、決してありませんわ」


ハッキリと否定すると、アルガナ先生は悔しそうにその顔を歪めた。


「しかし、私はエブァリーナ様、貴女様こそがこの国の為政者として君臨するべきだと思います。

貴女は他の人間とは違う。

生まれながらに王として立つよう定められたようなお方。

貴女以外の誰にもこの国は治められません」


アルガナ先生の話に私は訳が分からず首を傾げる。


「失礼、アルガナ先生、仰っている意味が分かりませんわ。

一万歩譲って私がこの国の皇后になるとしても、国を治めるのは皇帝です。

皇后の身で国を治めるなど無理な話ですわ」


私の疑問をアルガナ先生は小さく鼻で笑って、歪な笑いをその顔に浮かべた。


「無能な皇帝など、影でいかようにも操れましょう、貴女様ほどの方なら。

だからこそ、アーサー様がちょうど良かったというのに。

なぜ手放しておしまいになったのですか?

確かにあの愚鈍さは貴女には我慢ならなかったでしょうが、しかしそこは貴女様が国を手中に治めるまでの辛抱と耐えて頂きたかった。

………まぁ、良いでしょう。

確かにあの低脳なアーサーにはあまりにも貴女は勿体なさすぎる。

では、レックス殿下とシルヴィア様を傀儡になさいませ。

2人は貴女の言う事なら従順に聞くでしょう。

貴女が治めてこそのこの帝国の未来なのです」


あまりに盲目的な危ういその瞳の光に、私は知らずに唾を飲み込んだ。


この方の執着の対象は、アメリアさんやカインだけでは無いわ………私もなのね。


………いえ、国かしら?

この方なりの理想の国。

その為に必要な私は、駒?


愛情はアメリアさん。

険悪はカイン。

野望が、私?


闇属性持ちとはいえ、これほど執着があり感情が振れるのであれば、アルガナ先生は魔族になど堕ちそうも無いわね。


私はホッと息を吐きながら、アルガナ先生を見つめた。


「アルガナ先生、皇帝が、皇家が、誰かの傀儡であってはならないのです。

私達はそのような間違った歴史を正す為、頑張ってきたのですよ。

その姿が貴方にどう映ったのかは分かりません。

ですが私は一度たりとも、この国を我が物にしようだなどと考えた事はありません。

それにレックス殿下もシルヴィアも、いくら私が言った事であろうと、自分達の考えと違えば断固拒否するでしょう。

とても誰かの傀儡になるような2人ではありませんわ。

これからの皇家は変わります。

それに伴い、国も変わるでしょう。

もちろん私も、若き皇帝と皇后を支える一柱となる所存でございます。

どうかアルガナ先生も、彼らを見守り支えて頂ければ幸いですわ。

優秀なアルガナ先生なら、きっとあの2人の良い師となれるでしょう」


穏やかに微笑む私に、アルガナ先生の表情も徐々に解れてゆき、やっと()()()()微笑をたたえた先生に戻ってくれた。


「そうですね………エブァリーナ様の仰る通りです。

いけませんね、私こそ皇家の変革について行けていませんでした。

長くお飾りの皇帝が続き、不正腐敗した貴族達を見てきた弊害ですね。

誰か力ある者が皇帝を裏から操り、国を正しく導いてくれないかと願ってきましたが、その考えこそが既に間違っていたのです。

真に正しい皇帝が生まれるのであれば、そんな影の存在など必要なかった………。

ああ本当にいけませんね、時代に乗り遅れていたのは、私の方でした。

危うく過ちを犯すところでしたよ。

エブァリーナ様、諌めてくださってありがとうございました」


まるで憑き物が落ちたかのようなアルガナ先生のサッパリした表情に、私はホッとして微笑んだ。


「いいえ、国を想うアルガナ先生のお気持ちは痛いほど分かりますわ。

どうかこれからも、魔法学の権威であるアルガナ先生のお力をお貸し下さいね」


そう言うと、私はアルガナ先生に向かって片手を差し出した。

アルガナ先生はそれに応え、その手を握ってくれる。

固く握手を交わし、私達は理解し合った………。







………………………つもりでいた。

私だけ、一方的に。



この時、過ちを犯したのは私の方だったのです………。




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