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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.60


「意外に大人しくしていますね、あの方」


相変わらず物言いの厳しいお祖母様に、私は微かに微笑んで答えた。


「皇后様はもう、愚かな行いはなさらないと思いますよ」


私の落ち着き払った様子に、お祖母様は片眉を上げた。


「したくとももう出来ないでしょう。

あの離宮にはアルムヘイムから監視をつけてありますから。

それにしても、あの皇后には呆れ果てるばかりです。

よりにもよってエーリカ殿下を皇子に見立てるなど。

常軌を逸していますよ」


厳しい顔をますます険しくさせるお祖母様に、私は困ったように眉を下げた。


いつものお祖母様の抜き打ちの訪問の話し相手に指名された私は、お祖母様と向かい合いお茶を飲みながら穏やかな午後を過ごしていた。


……表面上は、ですがね。

お祖母様の話し相手が本当に穏やかに務まる筈がありませんもの。


アルムヘイム家の前女主人であるお祖母様は、現女主人であるお母様とは違い、若い頃から勉学に励み、国の情勢を常に意識しているような賢明な方でした。

アルムヘイム家に嫁いだ後も当主であったお祖父様と対等に会話が出来るような利発な方で、アルムヘイム家の女主人として見事に社交界に根を張り、幅広い交友関係を活用して、武以外の面でアルムヘイム家を盛り立ててきた傑物です。


お母様がアルムヘイム家の女主人としてやって来れているのも、お祖母様の顔あっての事。

引退したとはいえ、今だにその影響力は衰えていない、という事です。


「私はね、陛下に再三ご忠言申し上げたのですよ?皇后様の教育について。

ですがいつもはぐらかされるばかりで、まともに取り合って頂けませんでした。

こうなる事は目に見えていたというのに、あの時私の話を聞いていてくれたらと、本当に残念でなりません」


お祖母様にしてみれば、それ見たことか、といったところなのでしょう。

呆れ果ててはいますが、どこか諦めも混じったその様子に、私はお祖母様も当時大変苦労なさったのだと、同じく苦労した私には理解出来ました。


「陛下は本人も分かっていらっしゃる通り、平凡な人間ですから。

確かに皇帝という器ではありませんでしたが、長子は長子。

その運命からは逃れられません。

ですから少しでも賢明に物事を進めるべきだったのです。

それを、不用意に人前で、自分には皇太子も皇帝も荷が重すぎる、私より適した人間が居るはずだ、などと口にしてみたり。

それを耳にした者がどのような心得違いを起こすかなど、想像もしていなかったのですよ?

お陰で兄弟達が争い合い、自分の婚約者が巻き込まれてやっと自分の不用意さを理解し、自分が皇帝を継ぐと宣言なさったのですから。

かと思えばもうあんな悲しい想いはしたくないと、伴侶を選ぶ事を拒否して逃げ回り。

そうかと思えばいきなり幼い令嬢を娶ってみたり。

本当にあんな皇帝は話になりません」


お祖母様に言わせれば、陛下のあの涙ながらの告白も間抜けな結果にしか思えなくなってきます。

何だったんでしょうね、あの時間は、と虚しくもなります。


「あの皇后も本当に不出来で仕方ありませんでしたね。

まだ幼いとはいえ、13歳にもなって物事の判断もろくに出来ず、お友達と離れたくないと泣き喚いて、不憫に思った陛下が許可を出すとすぐに同じ年頃の令嬢達を集めティーパーティーだ何だと連日帝宮でくだらない集まりを催して。

あまりの幼さに、確かに当時あの皇后を危険視する者はいませんでしたが。

それが計算の上というなら天晴れと言いたいところですが、そうでは無いのですから、もう本当にどうしようもないわ。

そんな時間があるなら皇后として学ぶべき事が山ほどあったというのに。

成人した後は社交パーティーを毎日のように開き、尊き民の税でやりたい放題。

良い年になってきたら周りから後継ぎをせっつかれ、慌てて子作りだなんだとギャーギャー言い出し。

皇子を産んでみれば天下を取ったかのような下品な態度で帝宮を我が物顔で歩き。

皇子をまともに育てる技量もないくせに、世話係や家庭教師にどうのこうのと口出しをして。

結局、アーサー様に何も学ばせず自分のように遊び暮らさせ、このような結果に。

表面上だけの高貴さばかり優先した心根の醜さに反吐が出るわ」


淡々と表情も変えず辛辣な意見を述べると、お祖母様はお茶を一口飲んで、フッと笑って私を見た。


「ですからね、イブ、貴女はよくやりましたよ。

若輩者が差し出がましかったかと貴女が思い悩んでいるなら、そんな必要は全くありません。

一時が万事、貴女はうまくやり切りました。

私は貴女のような令嬢がもっと増えれば良いとさえ思います。

皇后は悪い意味でのこの国の貴族令嬢そのもの。

学が無く、教養もハリボテで、思慮が浅く虚楽主義者。

その子供も同じように育つのですから、これではこの国の貴族に未来など無いわ。

さて、イブ、人を作る上で欠かせない存在とは何でしょうね?」


聞くだけ聞いて素知らぬ顔でお茶を飲むお祖母様に、私は少し困ったように眉を下げた。


「それは、母親の存在だと私は思いますわ」


私の答えにお祖母様は満足したように頷いた。


「そう、その通りです。

しかしその母親が子に知恵も学びも与えられないとしたら、その子はどう育つでしょうか」


お祖母様の仰りたい事は理解出来ますが、私はそれには首を振った。


「お祖母様、貴族の家庭では母親は子育てはしません。

乳母や教育係、家庭教師にお任せして、早い内から外を意識させるトレーニングを致しますから、心配は要らないのでは?」


私の答えに、お祖母様はまぁ白々しいこと、とでも言いたげに口を開いた。


「私の前で分からないフリなど必要ありませんよ。

建前はそうでも、子の事に関して口出しをしない賢明な女性はそういるものではありません。

どこの貴族家でも、母親が乳母や教育係、果ては家庭教師にまで口出しをし、子の育ちを妨害しているのが現状です。

さて、では何故貴族女性はそんな差しで口をしてしまうのかしら?」


お祖母様の鋭い眼光に、私はやれやれと諦めのこもった溜息をついた。


「学ぶ事の厳しさに耐えられないからでしょう。

我が子に厳しくされる様に我慢出来ないのでしょうね。

それは、学びの重要さを理解していないからです」


私の答えにお祖母様はまた満足げに頷き、話を続けた。


「その通りです、この国の貴族女性達はあまりに学びから遠ざかっていますから、我が子にその大切さも伝えられないのですよ。

生まれた家、そして婚家も貴族であれば生涯何も考えずとも安泰に暮らせると考え違いをしているのです。

自分のその生活を支えているものが何なのか、それさえ知らぬまま、日々を安穏と暮らすのみ。

領土について、領民について、国から領を預かる領主でもある当主についても、何も考えず知らぬまま。

領主の妻であれば、国母とまでは言わなくとも、領民一人一人の母でなくてはいけません。

それが、領地には避暑だなんだと旅行気分で、領民の暮らしぶりにさえ心を砕かない。

そのような人間に育てられればただそのような人間がまた増えるだけ。

貴族だなんだと偉ぶっても、その実中身は愚かで愚鈍、国の事どころか自分の守るべき領民の事さえ理解しようとしないまま。

確かに、そうでは無い賢い貴族もありますが、残念ながらその比率はごく僅か。

結果、正しく賢く生きる貴族の負担が増え、貴族というだけで安穏と暮らすだけの人間は虚楽を貪り続けるのです。

これではあまりに不平等だとは思いませんか?」


ツラツラと辛辣な言葉を並べるお祖母様に、私は苦笑しながら頷いた。


「レイの治世にあの皇后のような貴族はもう必要ありません。

レイなら貴族の改革を推し進めるでしょうが、反発はとんでもないでしょうね。

何せ長い事、お飾りの皇家の笠を着て好き勝手にしてきたのですから。

自分の持つ既得権益を守る為に、レイを激しく非難する事でしょう。

ですが、レイには我がアロンテン家が後ろについていますから、過激な攻撃からは守り切る自身はあります。

私が言いたいのは、もっと先を見据えた改革です。

イブ、女性の真の教養の底上げには何が必要かしら?」


シラっとした様子でお茶を飲むお祖母様に、私は内心ため息をつきながら仕方なく答える。


「集団で等しく学ばせるのが良いでしょうね」


私の答えにお祖母様はニヤリと笑う。


「そう、その為の器はすでにこの国にありますね。

帝国学院、あそこでしっかり学ばせるのが良いでしょう」


いとも簡単にそう口にするお祖母様に、私は深い溜息をついた。


「お祖母様、あそこは形だけの器に過ぎません。

貴族の子息令嬢を集め、社交界に繋げる為の単なる器。

確かに高等な教養を用意してはいますが、あそこで学ぶ気のある令嬢などほとんどおりませんわ。

そもそも、在学中に婚姻が決まり令嬢方は卒業すらしないのですから」


せっかく学べる場があるというのに残念ですわ〜という風を装ってやれやれと頭を振る私を、お祖母様は面白そうに眺めながら、ふふっと笑った。


「あら、学年首位を保ったままそこをしっかり卒業して、殿方を押し退け卒業生代表にまでなった令嬢を私は知っていますよ」


微笑みを崩さずこちらをジッと見つめるお祖母様に、私は少し引き攣った笑いを返した。


「私はアルムヘイム家の人間ですから、それくらいは当たり前の事ですわ。

ジルヴィスもそうだったように、私も学年首位を保ったまでです。

我が家は男女に関係無く、学ぶ事が義務ですから」


ねっ?と誤魔化すように首を傾げる私に、お祖母様は目を細め口角を上げて私に狙いを定めるように笑う。


「そう、我がアルムヘイム家だけでは無く、全ての貴族の令嬢達に学ぶ事を義務付ければ良いのです。

良いですか、今までの、女性はものを知らず従順に家の中にこもっていれば良いという常識を、貴女が打ち壊して見せなさい。

女性であれど一定の学を身に付け、せめて3年くらいは学舎に身を置き、それから嫁ぐなり世に出るなりするのが良いでしょう。

違いますか?イブ」


威圧的なお祖母様の言葉に、私は気取られないように密かに冷や汗を流した。


「まぁ、それでは皆様の婚期が遅れてしまいますわ。

社交界デビューした後は少しでも早く嫁ぐのが美徳とされていますのよ。

皆様のその概念を根底から崩すのはいかがなものかと……」


苦し紛れの私の反論に、お祖母様がしてやったりと笑った瞬間、私は内心しまったと舌打ちをした。


「あら、目の前の令嬢は、学院を首位独走して卒業したばかりか、20歳になってもまだ嫁に行っていないではないですか。

中央議会に出席まで許されている令嬢などこの帝国初ですよ。

こんな素晴らしいモデルケースがあるというのに、その本人がそのような古臭い事を口にするなどナンセンスではありませんか?

イブ、貴女が女性の地位向上改革を推し進めなさい。

学もなく愚かなまま嫁ぎ、碌でも無い人間を育てる女性達はもうたくさん、私はうんざりしているのです。

良いですね、イブ、貴女を学院の理事長として推薦します。

あの学院で賢い母を育てるべく改革なさい。

そうだわいっそ、婚姻だけが女性の全てでは無いと、常識ごと塗り替えなさいな。

貴族として生まれたなら男も女も関係無く、その身分にあった責任を負う権利があります。

時間はかかっても若者の意識改革を進めれば、必ずレイの治世の役に立つわ」


ニコニコとご機嫌に超先進的な内容を事もなげに私に押し付けてくるお祖母様に、私は頭を抱えたくなった。

どうしたものかと微笑みながら思案する私に、お祖母様は切り札のようにある事を口にした。


「貴女がこの私の願いを受け入れてくれるなら、私が貴女の計画の力添えをしてもいいのよ?」


そのお祖母様の言葉に、私はあら、と片眉を上げた。

お祖母様が私の後押しをしてくれると言うなら、計画は思っていたより前倒し出来そうね……。

ふむ、どちらにしても女性の地位向上は視野に入れていた事ですし、学院の理事長など面倒事は出来れば避けたかったのですが………。

そういう事なら話は別ね。


私はお祖母様にニッコリと笑い返し、優雅に答えてみせた。


「お祖母様の理想の学院に生まれ変われるように、私、全力を尽くしますわっ!」


優等生満点な答えにお祖母様は機嫌を良くして満足げに頷き、静かに立ち上がった。


「大変よろしい、精進なさい、イブ。

では私はこれで帰ります」


結局お祖母様は自分の要望を私に押し付けるだけ押し付けて、用がなくなるとさっさと自分の邸に帰ろうとしている。

本当に無駄が嫌いで合理性の塊のような方だわ。

私なんか無駄な話をしながらお茶を楽しむのが大好きですけど。

同じシニア(まぁ、私の方は〝元〟ですけど)でも全くタイプが違うのよね。


言うだけ言ってサッサッと帰ろうとしていたお祖母様が、入り口の扉の前でピタリと止まり、顔だけ横を向いてボソリと呟いた。


「本当に頼みますよ、イブ。

………あのような愚かしい悲劇はもうたくさんです」


言葉尻が珍しく揺れたお祖母様に、私は片眉を上げた。

それはきっと、愚かな皇后様の行いの犠牲になった、かの伯爵令嬢、レイの母君であるシャーリー様の事を言っているのでしょう。


「ええ、尽力致しますわ、お祖母様」


優雅に微笑むとお祖母様はどこかホッとしたように頷き、黙って部屋から出ていってしまった。



………さて、また私に難題が降りかかってきましたが、そこは私チートですから。

女性の地位向上や学力の向上などは前世でよく知っているジャンルになります。

やり方も方法も分かっていますし、まぁ、理事長とやらも何とかなるでしょう。


女性達の意識改革に時間はかかるでしょうが、そこはお祖母様も理解していましたから、問題ないでしょう。

今はそれより、この改革の進め方いかんで私の目論みにお祖母様が賛同してくれるかどうかが決まる事の方が重要です。


お祖母様がこちらにつけば、随分事はスムーズに運ぶ事になるでしょう。


時間をかけてじっくりと思っていましたが、これなら案外アッサリ事を成せるかもしれません。

まぁ、それさえも私には通過点に過ぎませんけどね。




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