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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.59


皇帝からの正式な発表がやっと成され、レイは正真正銘、この国の皇太子と認められた。

成人した後に速やかに立太子式が行われ、それと時をおかずして陛下には生前退位して頂く事も密かに決定した。


「色々と、手を煩わせてすまなかったな……アルムヘイム公爵」


内密に帝宮に呼び出された私達の前で、非公式ながらも陛下は深々と頭を下げた。


「まったくですな」


容赦の無いお父様の返しに、疲れ切った表情をしていた陛下が、自虐的ながらも笑みを溢した。


「……レックスよ、お前の母の事……本当にすまなかったと思う。

私と皇后を許せとは言わぬ……ただ、この事は……」


「言いません、絶対に口にしたりしませんよ。

次期皇太子として、既に知っている人間にもキツく口止めをしておきましたから」


ギロリと横目で睨まれて、私はフイッとレイから顔を逸らした。


……別に私も、あの場で皇后様の罪を本当に暴くつもりはありませんでしたよ?

レイが止めに入ると分かっていましたし。

ただ、レイ達子供へのあのなさりよう、それにレイの母君への暴言に我慢が出来なくなっただけです。

かの伯爵令嬢だけが唯一、皇后様の本物の味方であったというのに。

その事にさえまだ気付けないままでいるなんて、許せなかっただけです。


ですのにレイったら、あの後鬼の形相で私を叱りつけて、酷いですわ。


ぷぅっと頬を膨らませる私に、カインが苦笑しながらぽんぽんと頭を撫でる。



「……本当に、お前にはすまない事をした………。

アーサーにも、エーリカにも、私達は親としてあまりに不出来であった……。

ただ、私は、私だけは皇后を見捨てる事は出来ぬのだ。

あの人は、可哀想な人だからな……」


その陛下の呟きに、私はピクリと片眉を上げた。


「皇后様が可哀想な方、とは?一体どういった意味でございますか?」


私の疑問に陛下は哀しげにまつ毛を揺らし、ポツポツと話し始めた。


「……皇后は私と一回り以上も離れておる。

私が皇太子だった頃、身の丈に合わぬ次期皇帝という重圧に耐えかねてその立場から逃げようとした事で、兄弟達の要らぬ争いを招いてしまった……。

その折に、当時の私の婚約者も巻き添えに……。

その事で私は伴侶を得る事にすっかり臆病になってしまった。

新しい婚約者をという声から逃げ続けていた時、皇后の生家である侯爵家の当主にこう囁かれたのだ。

『我が侯爵家は落ち目であるゆえ、誰も政治的な意図など無いと侮るでしょう、それにまだ幼い我が娘なら、まかり間違っても皇太子の子など宿さぬと、誰も相手にもしない。

我が家の娘を娶りませ、それが1番安全な方法です』とな。

周りからの声にすっかり疲れ切っていた私は、侯爵に言われるがまま、まだ幼い皇后を娶ってしまった。

当時私は27歳、皇后はまだ13であった。

成人前の子供を娶るなど、いよいよあの皇太子は駄目だと散々囁かれたが、あの時侯爵が言ったように、幼い皇后は周りから侮られ、問題視する者も無く平和が続いた。

そして皇后が18になった時、本人の強い希望で皇后はアーサーを懐妊したのだ。

その頃には私は私利私欲に溺れる貴族達の良い傀儡であったからな、何が何でも私を皇帝にするつもりだったのだろう、既に後継ぎがいる事は皇帝になるのにちょうど良かった。

もう誰も、皇后を軽んじる者はおらず、皇家の後継ぎを産んだ御母堂と持て囃し始め、皇后もそれが自分の存在意義の全てと思うようになっていったのだ………」


陛下はそこで一旦言葉を区切ると天井を見上げ、疲れたように溜息をついた後、また話し始めた。


「………だが、いくら頑張ってもアーサーの次の子をなかなか授からなかった。

若く健康である皇后であれば、懐妊するのに何の問題も無かっただろう。

原因は私にあると、私は思い悩んだ。

皇子を1人しか産まない皇后と影で口さがなく囁かれ、皇后の機嫌も日に日に悪くなっていき、毎日役立たずと責められ続け、私ももう限界だったのだ。

皇子1人では国の未来が不安だと家臣達にも責められ、私はレックスの母親である、当時皇后の侍女であった伯爵令嬢に我が子を産んでくれと頼んだ。

………何故、まだ未婚でうら若い彼女を選んでしまったのか………。

私はここでまた性懲りも無くまた間違いを犯してしまった……。

だが私は、彼女の博学さと聡明さに敬意を抱いていたのだ。

女性であるにも関わらず、勉学に優れ知的で思慮深く、男であれば間違いなく国の中枢を担うに足る、いや、彼女が皇帝であればこの国は何の憂いもないのでは無いかと思えるほどに。

それほど彼女は優秀な人材だった。

……彼女は国を想い、ただこの帝国の未来の為に私の願いを聞き入れ、レックスを産んでくれた………だが……」


そこで陛下は嗚咽を漏らし、口元を手で覆い顔を伏せた。

哀しげに揺れるまつ毛の端が微かに光って見える。


「そんな……彼女に……皇后は………。

皇后は幼くして私に嫁ぎ、皇帝の子を産む事しか知らぬような女だ……そしてそれは自分にしか許されない事と信じていた………。

自分の存在意義が崩れたのが許せなかったのだろう……皇后にはそれしか無かったのだから……。

全ては皇帝としても、1人の男としても不甲斐ない私のせいだ………。

レックスよ……恨むなら、私を恨んで欲しい……。

皇后には、分からぬのだよ、自分の愚かしさが……何も知らぬまま皇后になってしまった、可哀想な人なんだ………」


陛下の哀れげな声がシンと静まり返った部屋に悲しい余韻を落とす。

レイは黙ってそれを受け止めるように聞いていた。

その瞳が悲壮に揺れ、私はフッと鼻で笑って陛下に微笑んだ。


「まぁ、皇后様がお可哀想な方だとは、おかしな事を仰いますわね、陛下」


見下し切った私の声に、陛下とレイは目を見開き、カインとジルヴィスが片手で頭を押さえ、お父様は同意するように頷いた。


「陛下、畏れながら、13やそこらで婚約を結ぶ令嬢など当たり前におりますわ。

確かに婚姻自体は成人してからになりますが、その年で誰かの妻となり婚家に尽くすのだと皆覚悟を決めるのです。

確かに皇后様には嫁ぐ前に皇后としての教養を学ぶ時間は無かったかもしれません、ですが、嫁いだ後に学ぶ時間はいくらでもあったのです。

決してそれでも遅くは無かった筈ですわ。

皇后様の無知は嫁いだ年齢云々ではございません。

ただただ、ご本人の怠慢でしか無いと私は思います。

皇后とは何たるかを学ばす、皇帝とはどんなものかも理解せず、その辺の夫婦と同様の痴話喧嘩を演じ、皇子を産んだ自分を何より敬えと癇癪を起こし、これでは一貴族の夫人さえ務まりませんわ。

それを可哀想な方だと称する陛下もいかがなものかと。

真に皇后様を思うなら、お諌めするべきでした。

皇帝の伴侶として、そしてこの帝国の国母として、民の為、自分の子供達の為にもよく学ばせ、愚かな行動は控えさせるべきでした。

幼くして嫁がせた負い目があるというなら、尚更知識を与え立派な皇后となるべくお育てするべきでした。

結局陛下は、皇后様への責任を放棄したに過ぎません。

それは同様に、ご自身の子供達にも、そしてこの帝国にも言える事ですわ」


キッパリと言い切った私を目を見開きまじまじと見つめていた陛下が、ややしてまつ毛を伏せ震わせた。


「………エブァリーナ嬢……貴女の言う通りだ………。

私には全ての覚悟と責任が足りなかった……。

貴女はレックスの母によく似ている。

賢く、真に国を想い、私への忠言も臆さず口にする。

彼女は皇后の侍女であった頃から、国母としての器が足りない皇后に、知識や教養を教えようとしてくれていたのだ。

本人に気付かれぬようにさり気なく。

本来ならば私がせねばならなかった事を、一臣下として代わりに成そうとしてくれていた。

あのまま私が余計な欲を出さず、皇后と彼女をそのままにしておけば、皇后は今より賢明な女性になれていたかもしれない……。

……だが、私は……彼女との間にレックスを授かれた事を幸運に思っている。

彼女によく似た賢く理知的なレックスであれば、必ずやこの国を正しく治めてくれるだろう。

不甲斐ない皇家の歴史は私で終わりにしたい。

レックス、どうかこの帝国を頼む。

お前にしか頼めないというのに、それを邪魔する愚かな行為の数々、本当にすまなかった」


そう言ってレックスに向かって深々と頭を下げた陛下を、レックスはどこか悲しげに見つめた後、それを振り払って大きな瞳に強い光を宿した。


「皇帝陛下、お気持ちしかと受け取りました。

必ずや私がこの帝国を正しく支えてみせます」


陛下は頭を上げると、そのレイの力強い瞳を受け止め、申し訳なさそうに、だけどどこか満足そうに頷いた。

そして、少し悲しげにフッと笑った。


「父とは呼んではくれぬのだな」


自虐的に笑う陛下にレイがハッとしてバツが悪そうにすると、陛下はハハッと小さく笑い首を振った。


「いや、良いのだ、私にその資格は無い」


そう言った陛下の横顔が随分疲れ切って、実年齢よりもずっと老いたように見えた………。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ご機嫌よう、皇后殿下」


離宮に身を移した皇后様は、まるで抜け殻のように自室の1人がけソファーに身を沈め、胡乱な目で私を見上げた。


「……エブァリーナ嬢………まだ私に何か用でも?」


その棘を含んだ声色に、まだ生気を完全に失ってはいないのね、と私は密かに安堵した。


「そうですわね、もう大した用もありませんが、ご様子を伺いに来ただけですわ」


私は微笑みながら皇后様の向かいの椅子に座り、メイドの用意してくれたお茶に手を伸ばした。


「貴女が陥れた人間を嘲笑いに来ただけでしょ」


ギラリとこちらを睨む皇后様に微笑みを返すと、皇后様は憎々しげにその顔を歪めた。


「ねぇ?聞きたいのだけど、私はそんなに悪い事をしたかしら?

皇子を産み育て、その子を皇太子にしたいと願っただけ。

皇后としての責務を果たそうとしただけなのよ?」


少し身を乗り出し哀れげにそう言う皇后様に、私は緩く頭を振った。


「残念ながら、それは皇后の責務の全てではありません。

貴女は国というものを知ろうともしなかった。

真に国民に必要な事は何なのかを、理解しようとしなかったのです」


私の返答に皇后様はハッと鼻で笑った。


「下々の暮らしぶりくらい、私だって知っているわ。

知っている?平民の食べるパンはとても硬いのよ?

だからスープに浸して柔らかくして食べるの。

パンとスープ、そしてやっぱり固いお肉を食べるんですって。

それにね、民の識字率はとても低いから本も読めないらしいわ。

だから平民向けの学校を少しでも増やすべきなのよ。

私に用意された予算を回して、私の名前の学校を建てれば、民の識字率も向上して皆私に感謝する筈だわ」


知らないでしょ?こんな話。

とでも言いたげにクスクス笑う皇后様に、私は穏やかに微笑み続けた。


「とても勉強になりましたわ、皇后様。

民の事を良く理解なさっているのですね。

ところで、皇后様は一度も城下を視察なさった事が無いはずですが、それは誰に教えてもらったのでしょう?」


「誰にって、全てシャーリーに………」


私の問いに答えようとした皇后様は、その名を口にした瞬間ハッとして、慌てて口を噤んだ。


「そう、レックス殿下の母君であり、皇后様の侍女であったシャーリー様に教えてもらったのですね」


微笑みを絶やさずそう言う私を、皇后様はまた憎々しげに睨んできた。


「……余計なお世話よ、教えてもらったなんて大層な話では無いわ。

お喋り好きなあの女が勝手にベラベラ話していただけよ」


瞳の奥に憎しみの炎を燃やす皇后様に、私は変わらず落ち着いた声で問いかけた。


「ところで、皇后様はまだ13歳という幼さで陛下に嫁いだと聞きました。

皇后となり皇家の跡継ぎを産めだなどと、理不尽だとは思いませんでしたか?」


私の問いに皇后様は目を見開き、何を言っているんだと言いたげな顔をした。


「皇家の跡継ぎはこの国に必ず必要な存在です。

産めと言われれば産むだけ。

拒否など出来ようはずがありません」


そうキッパリと言い切り、皇后様はすぐにハッとして自分の口元に震える手を伸ばした。


「ええ、そうですわね。

仰る通り、この国に皇家の跡継ぎは必ず必要な存在です。

皇帝に産めと言われれば産むだけ。

シャーリー様とて、それは同じですよ」


静かに淡々と話す私を、皇后様は揺れる瞳で戸惑うように見つめた。


「……わ、私は……シャーリーに夫を寝取られたと……そのように考える事しか出来なかった……。

何故、気付かなかったのかしら………。

伯爵令嬢である彼女に、拒否権など無かったのだと………」


パチパチとまるで憑き物を落とすかのように何度も瞬きする皇后様に、私は窓の外を眺めながらゆっくり口を開いた。


「ここは良いところですね、静かで緑に囲まれていて。

騒がしい帝宮にいては気付けなかった事も、ここでならゆっくりと考えられそうですわ」


そのまま外を眺め続ける私の耳に、皇后様の啜り泣く声が聞こえてきた。


「……うっ、く……わ、私は、陛下を、夫を、愛しているの……歳の離れた私を大事にしてくれた陛下を………。

うっ、ぐすっ、それに……シャーリーだって……皇后と侍女という関係だったけど……お友達だと思っていたわ………。

いつも明るくて、私の知らない話を沢山してくれて、楽しませてくれたシャーリー……。

わ、私は、そんな2人に裏切られた事が……ゆ、許せなくて……だから………」


涙声でポツポツと胸の内を語る皇后様。

その泣き声が落ち着くまで、私は外の風景を穏やかに眺め続けた………。




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