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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.58


皇后らしからぬその態度に集まった皇族、貴族達がコソコソと囁き合い始めた。


「何を仰っているのかしら?

陛下のお子様であるレックス殿下は間違い無く、この帝国の皇子殿下であられるというのに……」


「自分の子しか皇太子と認めないなど、皇帝に対してなんて不敬な……」


「皇太子としたかったなら、何故アーサー様をあのように愚かにお育てになったのか。

学もつけず好き放題に甘やかして。

そのような暗君に我々に傅けと言うのか?」


「賢く利知的なレックス殿下の存在がどれほど我々の救いとなったか、まだご理解いただけていなかったようだ」


「やはり、侯爵家とはいえ落ち目であったあの家門から皇后を頂くなど、私は最初から反対だったのだ」


「どんな手を使ったのかは知らないが、せめて嫁がせる前に皇后とはどんなものかを理解させるべきであっただろう」


「皇家であるというのに、このような情けない失態を繰り返し、一体いつになれば目が覚めるのだ?」


小声とはいえ皇后様ご本人がいらっしゃるような場でそのような事を口にしても、誰も不敬だとは言い出さなかった。

それもそうです。

何処の世に皆の前で娘を息子と謀り、更にその娘に声を上げて怒鳴る皇后殿下がいるかしら。

帝国の恥と言われても仕方の無い状況に、皆が白い目で皇后様を見つめていた。


その皆の視線に気付いているのは陛下だけで、激昂したまま鼻息の荒い皇后様は完全に周りが見えていない様子だった。


「良いですかっ!レックスは陛下が不貞を働きよそで作った不義の子なのですっ!

それを私が産んだ事にして、皇子にしたのですよっ!

ああっ!汚らわしいっ!

そのような者がどうして皇太子になれましょうかっ!

良いですか?エーリカ、貴女は今日この時より、女である事を捨てるのですっ!

皇子としてアーサーの戻る場所を守っていれば良いのですっ!

皇女など何の役にも立ちはしないのだから、それくらいはしてもらいますよっ!」


真っ赤な顔で髪を振り乱す皇后様に、その場にいた皇族、貴族達がもう駄目だというように残念そうに首を振ってコソコソとまた囁きが飛び交った。


「不貞だなどと、皇帝に向かって何を言っているのだ。

あれはお子が1人しか居られなかった皇帝陛下の為に、忠臣で考えを持ち寄りご忠言申し上げた事だというのに。

相手も厳選し、皇帝の子を産むに相応しい方を選別したのだ。

お陰でレックス殿下という皇子に恵まれたのではないか」


「皇帝陛下のお子を畏れ多くも不義の子だなどと、何を考えてらっしゃるのかしら………。

レックス殿下は正式に皇家で受け入れられた立派は皇子であらせられるというのに」


「皇后たるものがあのような薄弱な精神では国が先細るというもの。

ここだけの話、レックス殿下をお産みになったかの方の方がよっぽど賢く気高く気丈であった」


皆の冷たい視線と冷ややかな囁きにやっと気付いた皇后様は、その顔をますます真っ赤に染め、怒りに激しく体を震わせた。


母親に激しく詰られ、当時を知る者達には公然の秘密であったとはいえ、自分は知りようもなかったレイの出自を初めて告げられたエーリカ皇女殿下は、真っ白な顔でポロポロ涙を流している。


そのエーリカ皇女殿下の手をいつの間にか側に寄っていたレイがそっと握った。

ビクリと体を揺らし、エーリカ皇女殿下がレイを見ると、レイは優しく微笑みエーリカ皇女殿下の頭をそっと優しく撫でる。


「辛かっただろう、エーリカ……。

皇子だなどと偽る為に髪まで切られて……。

公然の秘密とはいえ、僕が皇后様の産んだ子では無い事を君は知らなかったのにね。

ショックだと思うけど、父親は同じ、皇帝陛下なんだ。

君と僕は間違い無く兄妹なんだよ。

不出来な兄だけれど、これから今までの分も仲良くしてくれるかい?」


陛下によく似た美しい兄妹は見つめ合い、そこに穏やかな空気が流れ、場の雰囲気が確かに変わった。

皇后様に冷遇され続けた兄妹を皆が不憫に思い、皇后らしからぬその態度にますます皇后様への反発が膨れ上がる。


皇族、貴族達の視線がますます冷たいものに変わり、陛下が冷や汗を流しながら唾を飲み込む音がシンと静まり返ったその場に妙に響いた、その時。


お父様がジルヴィスの隣に静かに立ち、陛下を下から睨み上げた。


「………陛下、もう良いでしょう。

貴方は間違えたのです。

皇帝として何を大事にすべきか、全く見えていなかった。

皇帝となられた瞬間に、平凡な幸せは手放すべきでしたね。

それは何も貴方だけでは無い。

ここに集まる皇族も、帝国の領土を預かる領主たる貴族も、皆が特には非情にもなり、国民、領民、国の為に決断し切り捨ててきたものがあるのです。

貴方にも決断する時が来ただけの事。

さぁ、ご決断を、陛下」


圧のこもった目でお父様に下から見上げられ、陛下はゴクリと唾を飲み込んだ後、哀しげにまつ毛をふせ、悲壮なため息をついた。


「………そうだな、アルムヘイム公爵よ。

貴殿の言う通り、私には皇帝たる覚悟が足りなかった。

皆の知る通り、私は平凡な男だ。

皇帝の長子として生まれたばかりに、身の丈に合わぬ責務を負い、自分では何も出来ずにここまで来た。

せめて家族は守ろうと思ってきたが、それも全て見当違いな事ばかり。

皇后がアーサーを皇太子たるべく育てなかった事も、レックスを手元に置き皇子として扱わなかった事も、エーリカを皇女だから役に立たぬと捨て置いた事も、何一つ口出ししてこなかった………。

皇后の癇癪を諌めるどころか、治るまでただ息を潜めて放置するしかなく、落ち着かせる為ならどんな愚かな願いでも受け入れてきたのだ。

不様な姿にさぞ皆を失望させてきたであろう………」


ポツポツと語る陛下に皇后様は目を見開き、不敬にも皇帝に向かって怒鳴り声を上げた。


「何を仰るのですっ!皇子を産んだ私の意向が全てに決まっているでは無いですかっ!

アーサー1人で事足りたものを、余計な欲を出し私の侍女に手を出したのはあなたでしょうっ!

癇癪だなどとっ!誰のせいで私がこうなったのかっ!まだ分かりませんかっ⁉︎

貴方は私の尊厳を踏み躙り、私の立場さえ陥れようとしたのですよっ!

なぜ私がこのような酷い目に遭わなければならないのですかっ!

私が一体、何をしたというのっ!

私がっ、私のっ、私にはっ、アーサーしかいなかったというのにっ!

返してよっ!私のアーサーを返してっ!

皇太子は私のアーサーしかいないのっ!

そしてアーサーが次期皇帝となり、私は皇太后となるのですっ!

私はこの国のもっとも高貴な女性となるべきなのですっ!」


叫びながら陛下に突進していく皇后様に近衛騎士が身構えた瞬間、その動きを陛下が片手を上げて止める。

そのまま陛下の胸に向かって何度も何度も拳を振り上げ殴る皇后様に、陛下は哀しげな顔でされるがままになっていた。


「……もう、やめなさい、皇后よ………。

私達は2人とも、国を治めるには力が足りなかったのだ。

与えられた身分だけでは治世は築けぬ。

そして親としても、私達は失格だ。

子にこれほどの負担をかけ、虐げてきたのだ。

もう、子供達から身を引いた方が良い。

アーサーは今のままが幸せなのだよ。

元々、皇太子たる器のある子では無かった。

私のように器に見合わぬ重圧をあの子に背負わすべきでは無い。

あの子にはあの子の、幸せがあるのだから」


静かに語りかける陛下を皇后様は憎々しげに見上げ、涙でぐちゃぐちゃになった顔を更に歪ませた。


「それでっ!あの女の産んだ子に帝位を譲ると言うのですかっ!

あの女っ!私を馬鹿にしてっ!

私の侍女になったのも、それを最初から狙っていたからだわっ!

なんて卑しい恐ろしい女かしらっ!

そのような女から産まれた子供など、この国に災いしかもたらしませんっ!

レックスを皇太子にする事は私が許しませんわっ!」


皇后様の悲鳴のような叫びが玉座の間に響いた瞬間に、もう我慢の限界に達した私が前に進み出て、全てをかき消すような厳しく冷淡な声で皇后様に向かい口を開いた。

カインとジルヴィスが顔を見合わせ、同時にため息をつくのが目の端に映る。


「要りませんわ、貴方の許しなど」


凛とした私の声に、人を恨み辛む醜いままの顔で皇后様が私の方に振り向く。


「………な、何ですって………?

エブァリーナ嬢……貴女、今私に何と言ったのですか?」


目を見開き私を憎々しげに睨む皇后様に、私は居住まいを正し、真っ直ぐその目を見つめて答えた。


「貴女の許しなど不要、だと申し上げました、皇后殿下」


殿下と殊更強調して言葉にした私に、お父様は小気味よさそうにニヤリと笑い、片手で頭を押さえるジルヴィスの肩を慰めるようにカインがポンポンと叩いた。


……ジルヴィスったら、そんな悲壮感たっぷりの哀しげな目で見なくてもいいじゃない。

確かに、貴方がエーリカ皇女殿下との婚約を望み、その許しを無理やりにでも勝ち取ればこの場はそれで丸く収まったわよ?

でも、この皇后がそれを許すと思う?

皇后様はもはや、我が子を何が何でも皇太子に返り咲かせ帝位を手にさせる、という妄執に取り憑かれた化け物。

そんな人相手に今更、縁戚になる事で手打ちに致しましょうだなどと、もう通用はしないわ。


そもそもまともな親なら、長男の為に下の娘を息子と偽ろうだなどと考え付きもしないもの。

そこに思い至った時点で、既に皇后様は手遅れなほど病んでらっしゃるの。

まぁ、見て分かる事でしょうけど。


不様な皇后様とは対照的に、背を伸ばし凛とした佇まいの私に、皇族、貴族達がハッとしたように目を瞬かせ、ザワザワと騒めき出した。


「……そうだ、皇后様は殿下ではないか」


「ええ、陛下では無いのだわ。

皇帝陛下が皇后様の仰る事を全て受け止められるから、うっかりしていましたわ」


「皇后殿下に皇帝の後継ぎを決定する権利など無い。

皇后とはいえ、皇帝陛下の忠臣の1人では無いか」


「なぜこうも陛下に対して不敬な態度をお取りになれるのかしら」


「まさか、そこまで不勉強であったりはしないだろうな?」


「そんな、それくらいは教養では無く常識ですわよ」


ザワザワこそこそと囁き合う声に、皇后様は顔を真っ赤にして震える指で私を指差した。


「エブァリーナ嬢、皇后に対してのその不敬な態度っ!

必ず償っていただきますわよ」


ぶるぶると震えながらも私を見下し鼻で笑う皇后様に、私は何も臆さずに真っ直ぐに返す。


「元より不敬罪は覚悟の上でございます。

この後は私の処遇はいかようにもなさいませ。

ですが、もう皇后様のなさり様には黙ってはおれません。

子は親が好きに出来る道具では無いのです。

アーサー様にしろ、レックス殿下とエーリカ殿下にしろ、貴女はまるで心の無い人形のように扱ってきましたわね。

これ以上はもう私が許しません。

そんなにお人形遊びがなさりたいなら、蟄居した後お好きなだけなされば良いわ」


淡々と言い返した私に皇后様は馬鹿者を見る目で私を見下ろす。


「蟄居?この私が蟄居ですって?

何を言っているのか分かっているのかしら?

私はこの国の皇后ですよ?

皇帝陛下の伴侶たる私を一体どんな理由で………」


そこまで言って皇后様はハッとして私の顔を目を見開いて見つめ、ガマ油のような汗をダラダラと流し始めた。


思い出しましたか?貴女が相手にしているのは誰であるかと。

貴女に呼び出されたあの日、あれだけもう余計な事はするなと釘を刺しておきましたのに、それさえお忘れでしたか?

随分なトリ頭ですこと。


まぁ良いでしょう。

忘れていたなら思い出させるのみです。

私がレイの母君の死の真相を知る人間の1人であるという事を。


「本来なら、蟄居では足りない、もっと公正に罪を償っていただきたいくらいなのですが……。

理由、とお聞きになりましたか?皇后殿下。

もちろん、お教え致しますわ、貴女が蟄居するべきその理由を……」


「エブァリーナ嬢っ!」


私が皇后様の罪を皆の前で暴こうとした瞬間、レイが似つかわしく無い大声を上げそれを遮り、静かに私の前に立ち真っ直ぐに皇后様を見据えた。


……ええ、そうですわね。

貴方ならきっとそうすると思いましたわ、レイ。


レイは一呼吸すると、皇后様に向かって静かに口を開く。


「皇后様、私が若輩者なばかりにご心配をおかけして、本当に申し訳ありません。

ただ、私は私なりにこの国を想い、この国を守れるような立派な皇帝を目指すつもりでいます。

どうか私を長い目で見守っては頂けませんか?」


まるで私から皇后様を庇って立つようなそのレイの姿に、陛下がウッと嗚咽を漏らし、その瞳から涙を流した。


「………今まですまなかった……レックスよ。

もう私も皇后もそなたの邪魔などせぬ………」


嗚咽混じりにそう言うと、陛下は持っていた王笏でガンッと床を打ち鳴らし、顔を上げ威厳ある声を張り上げた。


「第56代皇帝、ルディウス・ヴィー・フロメシアがここに宣言する。

レックス・ヴィー・フロメシアを正式に第一継承者とし、成人した後に皇太子として立太子させる。

これは皇帝からの勅命である。

何人たりともこれを違える事は許さぬっ!」


陛下の言葉にその場にいた全ての人間が居住まいを正し、皇帝への礼を一斉に取った。


……ただ1人、自分の言う事なら何でも聞いてきた夫に裏切られた、とまだそのような次元でこれを捉え、その場にヘナヘナと蹲った皇后様を除いて。





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