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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.57

玉座からエーリク殿下の肩を抱き、レイに向けて牽制するような眼差しを向ける陛下ですが、私が見逃す筈もありません。

その額から汗が一筋流れていくのを。


………なるほど、報告通り、この茶番を仕掛けたのは陛下では無く、皇后様のようね。

私達は4年も前からこの情報を、帝宮に潜んでいるレイの侍従、サイドレンのシャダフから得ていたのです。

最初に聞いた時はあまりに非現実的な、皇后様のくだらない妄言に過ぎないと思っていましたが、一応、その対策を話し合ってきました。

ジルヴィスが自分が収めるのが1番平和的な解決になるだろうと言うので、荒唐無稽な話ながらも、ではもしもの際はそれでいきましょう、なんて話していましたが、まさかその〝もしも〟が本当にくるだなんて。

開いた口が塞がらないとはまさにこの事ですわ。


本当に何を考えていらっしゃるのかしら………あの方は……。


頭を抱えて寝込んでしまいたい気持ちをグッと抑え、私が微笑を絶やさず様子を見守っていた、その時、1人の貴族が我慢できなかったのか、戸惑ったような声を上げた。


「畏れながら陛下、お聞きしたき事がございます……」


困惑しきったその声に皆が便乗するように頷いている。


「うむ、許そう、話してみよ」


陛下はまるでその声が上がるのを待っていたかのように、楽しげにその貴族を見た。

陛下から許しを得たその貴族は不思議げに首を傾げながら口を開く。


「ご無礼をお許し頂き感謝申し上げます。

畏れながら、私の記憶では、陛下には第三皇子殿下では無く、皇女様がおられたかと……。

そちらにいらっしゃるエーリク殿下はその……第一皇女殿下、エーリカ様によく似てらっしゃるようなので……」


胸に手を当て頭を下げたままそう言うその貴族の言葉に、他の者達もうんうんうんうんと激しく同意するのを眺めながら、陛下も納得するように頷いた。


「うむ、貴殿の言っている事は確かにその通りだ。

私には、第一皇子のアーサー、第二皇子のレックス、そして第一皇女のエーリカがおる」


陛下が何でも無い事のようにそう言うと、皆はますます目を丸くした。


「で、では、畏れながらお聞き致しますが、そちらにいらっしゃるエーリク殿下はもしや、エーリカ皇女殿下では……?」


先程とは違う貴族が思わず口にした疑問に、陛下は芝居がかかった悲しげな顔で大きくかぶりを振った。


「いや、ここにいるエーリクは皇子に間違いない。

そしてそれと同時に、エーリカでもあった」


まるで謎かけのような陛下の言葉に皆がポカンと口を開くと、陛下は満足したように一度頷き、再びその口を開いた。


「実はエーリカは男児として産まれたのだ。

だが既に後継ぎであるアーサーがいた為、余計な争いの種になる事を恐れた皇后が、女児と偽り、今まで皇女として育ててきた。

が、エーリカも12歳になり、これからますます体が男らしくなってゆくだろう。

そこで我々はエーリカを皇子に戻し名を改め、そして正式に私の後継者として立太子させる事にしたのだ」


陛下の発表に私達以外の貴族、そして皇族までもが目を見開き、驚愕の顔のまま固まってしまった。



……エーリカ・ヴィー・フロメシア。

この帝国唯一の皇女。


あれほど第二子に恵まれなかった陛下夫婦でしたが、皮肉にもレイの誕生の後に皇后様が懐妊され、皇女様をお産みになりました。

懐妊中は鬼の首を取ったかの如く鼻たかだかにお過ごしであった皇后様でしたが、産まれた子が皇子で無いと分かると、いつもの被害者意識にヒステリックのオンパレードで、やはり陛下を責めに責めた、という話は私でも、いえ、アルムヘイム家の私だからこそ知っています。


エーリカ皇女様がお生まれになっても皇后様は相変わらずアーサー様にべったりで、エーリカ皇女様にはあまり構わなかったそうですが、陛下は皇女様をアーサー様同様に可愛がり、望む物は何でも与え、それこそ目に入れても痛くない程の可愛がりようでした。

本来、平凡で子煩悩な方なのです、陛下は。


それが、皇后様のこの愚行にまんまと乗り、エーリカ皇女殿下にあのような虐待まがいな事まで………。

いくら家庭を大切にしたいとはいえ、これはあまりにも本末転倒じゃないかしら。


……どんな気持ちで可愛い娘の髪を切り落とす妻を見ていたのでしょうね?

本当に愚かな方達。


エーリカ殿下は間違い無く皇女様です。

皇子などではありません。

ここにいる皇族貴族達の中で、この陛下のくだらない嘘を信じている者などいないでしょう。

しかし、皇帝自ら皇子だと断言している事を真正面から否定も出来ません。

それに陛下はエリーカ殿下の父親ですから。

その父親がエーリカ殿下は本当は男の子だったと言っているのです。

まさか、この場でエーリカ殿下を裸にして調べる訳にもいきませんから。

両親の言う事を黙って聞いているしかありませんわよね。


何故、陛下と皇后様がこのような猿芝居まで持ち出したか、については、更にくだらない理由があります。

そうこれは、ただの時間稼ぎ。


現在エーリカ殿下は12歳。

成人まであと3年。

立太子する為の条件は成人である事。

つまり、陛下と皇后様にはあと3年の猶予が生まれるという事です。

その3年を使って、アーサー様を王太子に戻そうとまだ足掻くおつもりなのでしょう。

本当に浅はかで愚かなお二人です。

あのアーサー様を王太子に戻し、未来の皇帝に据えるというなら、我がアルムヘイム家が全力で今ある皇家を握り潰すと、再三それとなく伝えてきたつもりなのですが………。


何故こうも理解しないのでしょうね。


………いえむしろ、理解しないのは皇后様お一人なのでしょう。

いくら陛下とてそれくらいはもう十分に理解出来ているはず。

それでも皇后様のこの愚行を止める事は出来なかった。


本当にこの夫婦は何年経っても何も変わりませんね。

レイの母君に犯した罪、そしてレイを離宮に閉じ込め続けた罪。

それらを全く顧みず、また新たな罪を重ねるなど。


もう、私の堪忍袋は限界ですわ。

皇后様、あの方はこの帝国の国母にあらず。

誰があの方を帝国の母と慕うでしょうか。

そのような愚鈍な国民などいる筈もありません。


例え自分の腹を痛めて生んだ子で無くとも、産まれたばかりの赤子から自分勝手な理由で母親を奪っておいて、その赤子を父親が抱く事さえ許さず、人も寄りつかないような離宮に閉じ込めるような女性が、国母のような顔をして玉座に座って居るなど、もう許す訳にはいきませんわ。


更に今度は我が娘の髪を無理やり切り落とし、皇子と偽り時間稼ぎの駒にするなど、言語道断。

到底許される事ではありません。


私の目の端が怒りでジリっと燻った瞬間、ジルヴィスが先手を打つように陛下の前に進み出て、その場に片膝をつき傅いた。


「帝国の太陽、皇帝陛下にお願いしたき事がございます」


凛と響くジルヴィスの声に、さっきまで騒ついていたその場が一気に静まり返った。

アルムヘイム家の次期当主がこのタイミングで何を皇帝に申し出るつもりなのか、皆が息を呑んで見守っている。


「うむ、ジルヴィス卿よ、よい、申してみよ」


これで完全にアルムヘイム家を敵に回した事を悟っていた陛下は、そのアルムヘイム家の次期当主から自分への願い事に素早く飛び付いた。

これで少しでもアルムヘイム家のご機嫌を取れるなら、それが陛下と皇后様が救かる為の細い蜘蛛の糸になるかもしれないからです。


「はっ、お許し頂き誠にありがとうございます。

陛下にお願いしたき事とは、この私めの婚約についてです」


淡々と語るジルヴィスに、陛下はカッと目を見開き、話を遮る勢いで急ぎ口を開いた。


「なんとっ!アルムヘイム家次期当主であるジルヴィス卿がとうとう婚約の話を口にしたのかっ!

良いだろう、皇帝としてジルヴィス卿の婚約を許す。

して、その幸せな令嬢は一体どこの家門の者か?」


目の前に突如転がってきた幸運に、陛下は慎重さを欠き、早計に事を進めようとしてきた。

ジルヴィスの婚約したい相手をいち早く知り、その家門を皇家で取り立て、良い関係を築けば、アルムヘイム家を懐柔する糸口になるかもしれないという希望が陛下から慎重な思考力を奪ったようです。


………冷静に考えれば、この場面での空気を読まないジルヴィスの行動に疑問を持てた筈なのですが。

それほどエーリカ殿下の件は、陛下も愚かな行いを押し通そうとしている自覚がおありなのでしょう。

この事で1番恐れていたアルムヘイム家からの、次期当主の婚約の許しを乞う願い出に一も二もなく飛びつく程に………。


ジルヴィスは下げていた頭を上げ、罠にかかった陛下をいつもの微笑を浮かべた顔で見つめ、なんて事の無い口調で願いを口にした。


「私が婚約者にと乞うのは、そちらにいらっしゃるエーリカ・ヴィー・フロメシア様です」


ジルヴィスがサラッとそう口にした瞬間、その場が凍り付いたように、皆が体を強張らせた。

陛下もジルヴィスに愛想笑いを浮かべたままの表情で固まってしまっている。


シンっと静まり返る中、ジルヴィスが不思議そうに首を傾げ、軽い口調で口を開いた。


「いかが致しましたか、陛下?

先程、私の婚約について許可して頂けましたよね?

私とエーリカ皇女殿下の婚約に、何か問題でも?」


ふふっと笑うジルヴィスを陛下が顔を赤くして見下ろしている。


ええ、無いですわよね?問題など。

本来なら。


むしろ皇家の方から、エーリカ皇女殿下を次期アルムヘイム家当主であるジルヴィスに、と匂わせてきた事が何度もあるくらいですもの。

年齢差を理由に、お戯れをと冗談で済ませてきましたが、陛下も皇后様も実は本気で言っていた事は知っていましてよ?


私をアーサー様の妃にした上で、エーリカ皇女殿下を未来のアルムヘイム公爵ジルヴィスに嫁がせれば、皇家とアルムヘイム家は昔のように強固で揺るぎない絆で結ばれる。

それが陛下の望んだ理想の形。


そしてそれが今、少し形を変えて成されようとしているのです。

レイを次期皇帝にと認めれば、アルムヘイム家の令嬢であるシルヴィが妃として嫁ぎますし、その上でジルヴィスがエーリカ皇女殿下を娶れば、多少の違いはあれど、それは陛下が夢見てきた強固な皇家の再建となるのです。

強き皇家を取り戻せる、千載一遇のチャンス。


さぁ、どういたしますか?陛下。

そのジルヴィスの申し出を受け入れ、更にレイを王太子として認めれば、かつては確かにあった筈の皇家の威光と力が取り戻せますわよ?

それとも、愚かな妻を恐れ続け、そのチャンスをみすみす逃し、まだその猿芝居をお続けになりますか?


陛下は唾を飲み込み、ニコニコと笑うジルヴィスと、下を向いて怒りに震えている皇后様を交互にキョロキョロと見つめ、どうしたらいいのかと狼狽え始めた。


その時、少女らしい可憐な声をエーリカ皇女殿下が上げた。


「ジルヴィス卿の申し出をお受けいたしますっ!」


そう言うが早いか、エーリカ皇女殿下は玉座から階段を走り降り、慌てて立ち上がったジルヴィスの胸の中に飛び込んだ。

まだ幼い華奢なその体をしっかりと受け止めたジルヴィスに感謝するようにエーリカ皇女殿下は涙に濡れた顔を上げ、その瞳に強い意志を宿し、キッと陛下と皇后様を振り返った。


「お父様もお母様もおかしいわっ!

アーサーお兄様は聖夫様におなりになったのよっ!

もう俗世にはお帰りにならない。

愛する聖女様と仲睦まじくお暮らしだと、神殿の方から報告を受けているじゃないっ!

それがアーサーお兄様の幸せなのよっ!

どうしてそれを邪魔なさるような事ばかり考えつくのですかっ⁉︎」


まだ幼い娘に正論をぶつけられた陛下はしょんぼりと肩を落とし、顔を上げた皇后様はその顔を怒りで歪めエーリカ皇女殿下を睨み付けている。

エーリカ皇女殿下は涙で顔を濡らしながらも、真っ直ぐな瞳を陛下と皇后様から逸さなかった。


「レックスお兄様の事も、なぜ私達から遠ざけていたのですか?

お体が弱いレックスお兄様の為とはいえ、アーサーお兄様と私に合わせて下さるくらい出来たのではないですか?

私は何度もお会いしたいとお願い致しましたのに、お父様とお母様はまるでレックスお兄様などいないかのような態度で……ずっと納得出来ませんでした。

それに、お体が良くなったレックスお兄様が皇太子になる事の何がいけないのです?

私を皇子だなどと偽ってまで、アーサーお兄様に拘るのは何故ですか?

私にはそこまでしてアーサーお兄様を皇太子に戻す価値があるとは思えませんっ!」


何も知らないからこその幼い指摘が何よりも胸に刺さったのか、陛下は数歩後退り、呆然と空を見据えたまま動かなくなってしまった。

それとは対照的に、激昂した皇后様が椅子から立ち上がり、怒りを露わにエーリカ皇女殿下を怒鳴りつける。


「お黙りなさいっ!何も知らないくせにっ!

レックスなど、私の息子などでは無いわっ!

私の息子はっ!この国の皇子はっ、アーサーだけよっ!

私の愛する可愛いアーサーだけが皇太子なのよっ!

何の役にも立たない娘のくせにっ!

皇子のフリもまともに出来ないなんてっ!

この出来損ないっ!」


皇后様に鬼のような形相で責め立てられ、エーリカ皇女殿下はその小さな肩を恐怖で震わせた。

その幼い肩を優しくジルヴィスが抱き、安心させるように微笑みかける。


今、エーリカ皇女殿下にとって、唯一の味方は実の両親では無くジルヴィスだけだという状況は、まだ幼い子供であるエーリカ皇女殿下にとって過酷過ぎました。


我が子をそんな状況に追い込んでまで、不出来な息子に固執する皇后様に、今、ハッキリと、私もアルムヘイム家も見切りをつけると判断を下します。


わざわざ口にしなくとも、それはお父様もジルヴィスも私も、誰1人反論の余地の無い決定事項に間違いありませんでした。





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