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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.56


無事に私の婚約者となったカインは、相変わらず私の専属騎士としていつも側にいます。

剣聖の力を確実なものにする為、今はロベルトとイグナーツの元で研鑽しながら、アルムヘイム家に持ち込まれる難易度の高い討伐戦に積極的に参加し、今以上の力を身につける為に日々努力しているところです。


私といえば、赤髪の魔女ばかりか剣聖まで従えた最強の公爵令嬢として、まだ学生ながらその発言力は中央政治内部でも無視の出来ないものとなっています。

単純に武力が高すぎて誰も何も言えなくなってきていますね。


私としては、赤髪の魔女も剣聖も従えた覚えは無いのですけど。

赤髪の魔女はそもそも私自身ですし、カインは私の婚約者ですから。

従えるも何も最初からありません。


ですが、現状この帝国一の武力を私が有している事は否定出来ませんね。

赤髪の魔女にしても剣聖にしても、帝国の一個大隊くらいでは足元にも及ばないでしょうし。

もしも私を怒らせてこの2人と戦わなくてはならなくなったら、勝てる自信のある人間がどれほどいるでしょう。


つまりこれが、陛下が欲していた実にシンプルな力です。

まぁ誰でも欲しがるでしょうけど。

ですが私は感心しませんね。

己を顧みず強い力を欲する者は残念ながらいずれ破滅するのが世の慣わしですから。

陛下に持たせるにはあまりに危険過ぎる力です。


力無き者は力に溺れる。

自らに力の無い陛下に与えては、破滅に向かいかねない危うい力です。

公爵家の令嬢として、私は今は皇帝陛下の忠実なる臣下ですから、それで納得するべきですね。

確かに、一貴族が皇帝を凌ぐ力を持っている事はなかなかに捨ておけない状況でしょう。

とはいえ私達アルムヘイム家を相手取るほどの武力は皇家にはありません。

これも、荒事を全てアルムヘイム家に押し付け、自軍の強化を怠ってきた皇家の怠慢のせい、自業自得です。

ですから陛下は力ずくで私を屈服させる事も出来ないでしょう。

帝国を守る最強の盾であるアルムヘイム家にも何も出来ないでしょうし。


これで陛下が大人しくなってくれればいいのですが。

確かに陛下は悪い人間ではありません。

ですがだからといって、赤髪の魔女と剣聖の力を手にするに相応しい人間でもないのです。


自分では無い、という事に気付いていただければ良いのですが………。

いえ、陛下は最初から、自分が皇帝の器では無い事を良く分かっていらっしゃる方です。

それでも皇家の体裁を保つ為、自分なりには努力してきたような方。

ですから、陛下が力を欲する理由は自分の為では無いのでしょう。

そう、次の世代の為、なのでしょうけど………。

それはレイの事では無いのでしょうね、きっと。


私とアルムヘイム家が次代の皇帝にと後押しするのは、レックス・ヴィー・フロメシア、彼しかいません。

生まれはどうであれ、レイは陛下と皇后様の子と正式に認められた皇子。

アーサー様が廃嫡なされた今、第二皇子であるレイが皇太子となって何が悪いのでしょう。

アルムヘイム家としては当然の推薦をしているだけです。

ですが今だに皇家からレイを皇太子にするという正式な発表はなされていません。

確かに正式に立太子するにはよほど事情が無い限り、成人であるという条件を満たしていなければなりません。

ですがその前に、成人になれば立太子させるという発表やお披露目があって然るべき。


つまり皇家、いえ、陛下にはまだ、レイを皇太子にする気が無い、という事です。

皇家で無くとも皇族の中には他にも年頃の男子はいますからね。

彼らの中から自分達の養子にして皇太子に指名するのもまぁ、一つの手でしょう。

ですが、陛下の思いはどうあれ、その皇族家の中に我がアルムヘイム家の後押しするレイを押しのけ我が子を皇家に差し出す胆力のある家があるでしょうか?


むしろ彼らは毎日のように陛下に催促している側なのですよ。

レックス殿下を皇太子としてお披露目するように、と。

彼らはよく分かっているのです。

これ以上アルムヘイム家を怒らせるべきでは無い、と。

この帝都のみならず帝国の安全を一手に担ってきたのはアルムヘイム家なのですから。

私達が帝国の防衛から手を引けば、一体この国はどうなってしまうか、それを考えれば当然の進言だと思いますわ。


ですが陛下はその声からも耳を塞ぎ、皇太子を決定しなければならない現状からも逃げ回っている状態です。

それほどにレイを皇太子にしたく無いのでしょう。


………いえ、それは陛下の意思では無く、皇后様の考えで間違いないと思います。

あの方はアーサー様を本当に愛していらっしゃったから。

次代の皇帝となるべき男子を産んだ自分という存在が全て、というような方です。

それが己の存在異議だったのでしょう。

その立場を揺らがすレイという存在が今、自分の全てを根底から覆そうとしているのですから、それは向こうも死に物狂いで向かってくるでしょう。


ですが、甘い。

考えが甘過ぎますわ。

皇后という役割を舐め腐っていますわね。


皇后たるもの、陛下の治世をお支えし、次代に繋ぐべく我が子であれど切って捨てる非情さくらい持ち合わせて頂かなくては。

全ては国の為、皇后とは帝国民全ての母であるべきなのです。


我がアルムヘイム家であれば間違いなく、徹底的にそう教育するでしょう。

歴史上、アルムヘイム家の令嬢が皇帝の妃として迎えられたその治世は強く揺るぎないものでした。

もう何代もアルムヘイム家から皇家への輿入れはありませんが、そういった時代も確かにあったのです。


ですが、アルムヘイム家の条件が合わず、皇后を輩出出来なくなった時期がありました。

その後、国が平和になればなるほどその平和の上に胡座をかき、怠惰になってゆく皇家にアルムヘイム家から令嬢を差し出すような事は失くなっていったのです。

そうなってから、我が子可愛さにゆっくりと国を傾かせてきた皇后が続きました。

果てには皇帝の座を奪い合い、兄弟達で争い合い、長子が嫡男となる事が絶対的な決まりと定められてしまったのです。

例えその者に生まれ持った力が無くとも。


他国を攻め落とし統合し大国と成したのがこの帝国です。

その皇帝たる者が力を見定められる事もなく、ただ長子であるという理由だけで皇帝になど、最初からなれる筈も無いというのに。

それさえ理解出来ない皇后が続いた結果、男児さえ産めば皇后としての役目を全うした、その立場を保てる、という大いなる勘違いをする事になったのでしょう。


その間違った考えを正すべく、私が、アルムヘイム家の重い腰を上げさせたのですから、本来なら感謝されても良い筈なのですが。

次代の賢王となるレイの後ろ盾になり、その妃を、もう何代ぶりかも分からないですが、我がアルムヘイム家から出そうと言っているのです。


レイにしてもシルヴィにしても、今の皇家には勿体無い程の逸材。

それをアルムヘイム家の後ろ盾付きで送り出そうというのです。

こちらとしては破格の温情をかけているのですよ?


それがあの皇后様には一欠片も理解出来ていないのです。

そのような者が帝国の母足るはずがありません。

その皇后様の言いなりになっている皇帝陛下も、今の身分に足る器とは言えませんわ。


あれからレイについて何も言ってこない陛下と皇后様。

このままいけば自分達を待つ未来は自滅という道に繋がるという事をさて、どこまで分かっていらっしゃるのかしら。

己の行いを正すのは早い方が良いと、老婆心ながら私は思いますけどね。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





あれから4年が経ち、レイも14歳になりました。

立太子出来る年齢になるまでもう少し。

陛下と皇后様がいくら沈黙を守ろうと、他の皇族と諸侯貴族達は既にレイの立太子を認め、アルムヘイム家に続きレイの後ろ盾になる事を表明しています。

もうレイの立太子は揺るぎないもの、誰もがそう思っていた時、かの2人が動きました。


皇族並びに諸侯貴族へ、陛下から皇太子についての重大な発表があると招集がかかったのです。


それは良いのですが、今だにレイは我が家で預かったまま。

正式に帝宮に呼び戻されてもいません。



「………これは、あの人達、本気でアレをやらかすつもりみたいだね」


眉を下げて困ったようにそう言うジルヴィスは、何かを覚悟したように大きな溜息をついた。


「本当に………愚かな人達……」


空を見据えたままの私の瞳の奥がギラリと光り、カインが慌てたようにジルヴィスに話しかけた。


「と、いう事は、君は本当にあの計画を実行するのか?」


その場を誤魔化そうと咄嗟に口にした内容が、やはりそこに繋がってしまい、カインは自分の失態に片手で頭を押さえている。

それを見てジルヴィスがハハッと声をあげて笑った。


「僕はこれで平和主義者なんだよ。

余計な諍いは無いに越した事はない。

それに政治的な犠牲になるのはむしろ相手の方の方だ。

もちろん大事に扱わせてもらうし、傷をつけるつもりもないけど、数年は我慢してもらう事になるしね」


眉を下げて申し訳なさそうにそう言うジルヴィスに、胸が何かにギュッと掴まれたような感覚を感じた。


「ねぇ、ジル……本当に良いの?」


私の問いにジルヴィスは両肩を上げてまた笑った。


「もちろん、これで良いんだ。

僕達は憎しみ合いたい訳じゃない。

正しく軌道修正したいだけ。

平和的解決方法があるなら、それが1番だと思わないかい?」


優しく微笑むジルヴィスに、それでもまだ何か言いたげに私が口ごもっていると、ジルヴィスは揶揄うように片目を瞑った。


「それに早く何とかしないと、君達がいつまでも婚姻出来ないしね」


ジルヴィスの言葉に私とカインは顔を見合わせ、同時に溜息をついた。


そう、私とカインは婚約はしたけれど、あれから4年……まだ婚姻出来ないまま。

皇帝からの許可を得る為、再三アルムヘイム家から催促しているけれど、皇家はこれまただんまりを貫いてくれています。


「その事は良いのよ。私達の婚姻は急ぐつもりは無いの。

私の方の準備が整ってから、カインと婚姻するつもりだから」


私がそう言うと、ジルヴィスは片眉を上げて楽しげな声を出した。


「やれやれ、やっとその時が来るのかな?」


弾んだようにそう言うジルヴィスに、私は片目を閉じて口元に人差し指を立てる。


「ええ、でもまだ秘密よ」


クスッと笑うと、ジルヴィスは胸に手を当て戯けたようにお辞儀をする。


「もちろん、秘密は守るよ、その時までね」


私達3人はまるで共犯者のようにクスクス笑い合い、顔を見合わせた。


「私達の輝かしい未来の為にも、今回でもう本当にあの方達に付き合うのはお終いにいたしましょう」


ニッコリ微笑み小首を傾げると、カインは真面目な顔で、ジルヴィスは微笑みを浮かべたまま、同時に頷いた。


「もう少しで新しい時代が来る。

その時代を先頭になって切り開いてくれるレイとシルヴィア様の為に、俺達の出来うる限りの力を尽くそう」


真っ直ぐな瞳のカインに、私とジルヴィスも同じように真っ直ぐに見つめ返し、私達は誰からともなく片手を出し合ってそれを重ねていった。


「さて、それではまた、優雅に踊りましょうか」


私がニヤリと笑うと、カインとジルヴィスも笑って、私達は強く見つめ合った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「本日は私の招集に皆よく応えてくれた、礼を言う」


玉座から私達を見下ろしご機嫌な様子の陛下に、皇族や貴族達がやっと後継者を決めたのだと安堵の息をつく中、私達アルムヘイム家の面々だけは微笑みの下に鋭い緊張感を保ったままだった。


レイは陛下と皇后様の側にも呼ばれず、私達と共にいる。

今日、本当にレイを後継として皆に紹介するつもりなら、事前に呼び寄せるはずなのに、それも無い。

それが意味するところは、たった一つ。


陛下はゆっくりと玉座を立つと、集まった皆に向けて両手を広げた。


「今日に至るまで私が皇太子を決めなかったのには訳がある。

今だ幼い息子の成長を待ち、皆に披露目したいと思っていたからだ。

エーリク、こちらに来なさい」


玉座の後ろから現れたのはまだあどけない見た目をした、少女のような少年。

陛下とレイによく似た、金髪碧眼の大人しそうなその少年は、集まった人々を前に恐ろしそうに身を縮こませた。


その少年の肩を優しく抱き、自分の側に引き寄せると、陛下はまた腕を広げ、高らかに声を張った。


「私はここにいる第三皇子、エーリクを皇太子にする事に決めた」


陛下の言葉に皆が目を見開き、信じられないものを見るようにエーリクと呼ばれる皇子殿下を見た。

一斉に皆の注目を集めた皇子殿下は、ますます身を縮こませ、泣きそうな顔でオドオドと床を見つめている。


「………本当にやっちゃったね……」


ジルヴィスが呆れをとうに通り越したような言いようの無い声で呟き、私は怒りを微笑みの下に必死に隠した。


「ええ………もうあの方達に何の遠慮も要りませんわ………」


私の低い呟きに隣でレイが体を強張らせている。


「イブ姉様をここまで怒らせるなんて………実の父とはいえ、僕もう駄目だ、あの人……」


カタカタと震え出したレイの肩を安心させるようにカインがポンポンと叩き、そのまま肩を抱いてやっている。


血が繋がっているからこそ、レイは一層情けなさを感じているのでしょう。

ですが、レイの家族は私達だと胸を張って言える自信があります。

レイが陛下の事で負い目を感じる必要など、一欠片も無いのです。


その想いを込め、レイの方を振り返り、私も安心させるように優しくニッコリ微笑みかけたのですが、何故か涙目で更にカタカタ震え出してしまいました。

シルヴィまで共鳴するようにカタカタ震え出し、私は困って首を傾げるしかありませんでした。


おかしいわね、何故かしら?





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