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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.55


「いや〜〜カインがあんなに演技派だったなんて知らなかったなぁ」


ニヤニヤ笑いながらカインの肩に腕を回すジルヴィスに、カインは頬を染めてそっぽを向いた。


「からかうなよ、俺だって必死だったんだ。

とにかくイブの台本通りにやるしかなかったんだよ」


ぶっきらぼうなカインの返事にジルヴィスはますます肩をクックッと揺らした。


「お兄様、カインを揶揄うのはその辺にしておいてくださいませ。

私だって、陛下が私達の婚姻を邪魔さえしなければ、あんな茶番までは演じませんでした」


悪ノリしそうなジルヴィスに静かに釘を指すと、ジルヴィスは降参するようにゆっくりとカインの肩から腕を外し、両手を上げてヒラヒラとさせた。


「それにしても陛下も懲りないね。

もう少しうまくやれる人だと思っていたのに。

よっぽどアーサー様の事がショックだったとみえる」


鼻で笑うジルヴィスに私も同意するように小さな溜息をつき、困ったように首を振った。


「皇帝として次世代の人間を育む力さえ無かったのですから、自業自得ですわ。

確かに親の思うようには子は育ちませんが、甘やかすばかりが愛では無いでしょう?

アーサー様がご成長する過程で、彼の方が次代の皇帝たる人物には育たなかったと陛下だって気付いていた筈です。

それなのに、そんな大事な事からも目を逸らし続けたのですから。

上に立つ者に国を治める力量が無ければ、全てのしわ寄せは下の者にいきます。

そのせいで国民が気力を失えば、国が傾く。

皇帝たる者がそんな事さえ見失っていては話になりませんわ」


私の話をカインが感心したように聞いている隣で、ジルヴィスは残念そうに首を振った。


「陛下がアーサー様を甘やかしていたのは、皇后様への罪滅ぼしでもあったんだろう。

なにせあの皇后様は陛下が自分の侍女にお手付きをして、その侍女が皇子を産んだ事で今だに陛下を責めているからね。

最初は自分の子供とする事も泣き喚いて嫌がって、周りに説得されてなんとか了承したくらいだから。

そして直ぐにレイを離宮に隠し、そこから延々と陛下を責め続けている。

だからこそ陛下は、皇后様の産んだアーサー様を殊更甘やかす事で許しを得たかったんだろうね。

なんだかんだと表面上だけでも普通の幸せな家庭に戻したかった、ってとこかな?」


呆れ果てたようなジルヴィスに、私は自分の顎を掴みう〜んと考えながら口を開いた。


「確かに、同じ女性として皇后様のお気持ちも分からないでもないわ。

陛下が皇帝で無ければ、旦那様に浮気されて愛人との間に産まれた子供を自分の子として育てなければならない、という状況は大変に非常識だし、とてもでは無いけれど許容出来る事では無いわよね。

でも皇帝である以上、陛下に後継ぎが1人しかいない状況はとても危険な事ですし、側妃を勧める忠臣達の気持ちも分かります。

そして自分の意思に関係無く、白羽の矢を立てられたレイの母君のお気持ちも、哀しいくらいに理解出来ますわ。

ただ、陛下も皇后様もその立場に足る器では無かったのです。

ご自分達の立場を深く理解していれば、このようなお粗末な話にはなっていなかった筈よ。

皇后様とて、浮気だなんだ、よそに子供を作ったなどとの夫婦喧嘩レベルの話では無いと理解するべきでした。

自分の侍女だったかの伯爵令嬢が、自分から喜んで陛下の子を産んだか否かくらい、冷静に考えて察して頂きたかったわ。

彼女はただ国の為、その務めを果たしただけですのに。

産まれたばかりの我が子をろくに抱けないまま亡き者にするだなんて……。

それでいて罪の意識は一丁前にあって、レイが次期皇帝になる事を恐れている。

まるで自分こそが被害者であるかのようなあの態度には、もういい加減、我慢も限界ですわ」


喋りながらピシッと青筋を額に浮かべる私を横目で見ていたジルヴィスは、慌てるように私から目を逸らし、彼方遠くを眺めた。


「なんにせよ……イブをここまで怒らせている時点で、あの夫婦はもう既に詰みだよ」


ボソリと呟くジルヴィスに同意するように、カインもジルヴィスと同じ方向を黙って見つめている。



あのくだらない茶番劇を終え、邸に帰ってきた私達は、3人だけでカインの侯爵位授爵を祝う為、庭園でお茶をしていたのだけど。

なにやら2人が意気投合して仲良く私から目を逸らしている事にちょっとムッとしつつ、それでも全てがうまくいった事にひとまず胸を撫で下ろしていた。


私だって何も陛下や皇后様をこれ以上追い込みたい訳ではありません。

そろそろ、それが趣味なのかと勘違いされそうなので一応否定しておきますわ。


あの2人がこれ以上余計な事さえしなければ、私だってもう何もしなくても済む筈なんです。

レイが皇太子になり、同時に陛下に退位頂き帝位につけば、全てが丸く収まるのですから、もう本当に余計な事はしてもらいたくないわ。

いい加減、それが国の為国民の為と気付いて頂きたいですわね。

そろそろご自分達のことばかりで無く、皇家として国にちゃんと目を向けて頂かなければ、私だって付き合いきれません。


老後にしては早いかもしれませんが、夫婦でのどかな田舎で平和に暮らして頂ければ、もうそれで十分ですのに。

一度覚えた権力の味は、それほど人を前後不覚にさせるものかしら?

皇帝と皇后がそれでは困るのですけどね。


きっとあの2人は今の自分達で何が悪いのか、本当の意味では理解出来ていないのでしょう。

長く平和が続いてきたこの帝国内で、力の無い皇帝が続いた弊害が見えていないのです。

確かに、魔族は随分と減り、なりを潜めていますし、魔獣や魔物の脅威からは我がアルムヘイム家が守ってくれるのですから、それを平和と呼べばそうなのでしょう。


ですが、それで腑抜けた皇家を己の欲望の為に内から操り、私利私欲を貪る貴族達に食い物にされているのは弱い立場の人間達なのです。

ですが、彼らはこの国の大事な国民。

一人一人が国を支える尊き柱。

その柱に亀裂が走れば、国は内から脆く崩れていってしまいます。

その事に気づけぬ皇帝と皇后になど、この国を任せてはおけませんわ。


ですから、この国はレイとシルヴィが頂きます。

あの2人ならきっと、いえ必ず、この国を内から建て直し、国民の真の幸福を取り戻してくれる筈ですから。

その為の助力を私も、そして2人の周りに居る人間なら誰も惜しんだりはしませんから。

全勢力をもって2人を盛り立ててみせますわ。

陛下に皇后様、それに2人を傀儡にしてこの国を内から腐らせている貴族様方、お覚悟なさって下さいましね。


優雅にお茶を飲みながら穏やかに微笑む私に、カインとジルヴィスが身を寄せ合ってガタガタ震えていますけど、気になさならないで下さいね。

この2人、本当に仲良しなんですの。

殿方同士で抱き合って震えるだなんて、ちょっと妬けてしまいますわ。


ふふ、可愛い2人でしょ?



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「とても綺麗だ………イブ……」


控え室で私のドレス姿に息を呑んで、カインは蕩けるような溜息混じりに、そう口にした。


今日は私とカインの婚約式を行う晴れの日。

私達は揃いのドレスとタキシードを着て、教会の私の為に用意された控え室で顔を合わせた。


婚姻式とは違い、婚約式に身に纏うドレスとタキシードの色は自由なので、私の髪色と同じ銀色の生地に、カインの瞳の色と同じペリドットを散りばめ、私の髪はカインの髪色と同じ最高級のジェットという宝石で飾り、カインのタキシードのカフスボタンには私の瞳の色と同じタンザナイトを。

とにかく2人を連想させるカラーでこれでもかと飾り立てた訳です。

もちろん、全て私がオートクチュールで揃えましたわ。


もう本当にここまでくれば執念ですわよね。

私の独占欲もここに極まれり、といった感じです。

私達の並んだ姿を見るお父様とジルヴィスの反応が今から楽しみで仕方ないわ。



「カインもとても素敵よ」


私の趣味全開のタキシードを着せられたカインは、少しはにかみながら私の頬にそっと触れた。


「イブ……君とまた2人でいられるなんて、本当に俺は幸せ者だと思う。

生まれ変わってもまたこうして俺と一緒にいてくれてありがとう。

必ず君を幸せにするよ」


そう言って甘くその瞳を煌めかせるカインの手にそっと触れて、私もその瞳を真っ直ぐに見つめ幸せの中で微笑んだ。


「私達は何度生まれ変わっても一緒よ。

私が必ず貴方を見つけ出して離しませんから」


ふふっと笑うとカインも声を出して笑った。


「それはこっちのセリフだ、イブ。

君が何度生まれ変わっても俺は君を離さない。

愛してる、君だけを永遠に……」


カインの瞳の奥が獲物を狙う獣のようにチリッと燃え上がり、グイッと腰を抱き寄せられ、あっという間にその胸の中に私を囲うと、顎を掴み上向かせて、カインは静かに顔を傾けそっと私の唇に自分の唇を重ねた。

その唇の暖かさにぼぅっとしながら、私は瞳を閉じて甘い口づけを受け入れた。



「んっ、ゴホン、お二人さん。

残念ながら、もう時間だ」


開けっぱなしだった扉の内側をコンコンと叩き、気まずそうなジルヴィスの声に私達はハッとして顔を離した。


2人で同時にジルヴィスの立つ扉をジトッと見つめると、ジルヴィスはきまりが悪そうに明後日の方向を見つめながら、小さな溜息をついた。


「悪かったって、仕方ないだろ?

君たちを呼んでくるように僕は頼まれただけなんだよ」


情けないジルヴィスの声に私達は顔を見合わせて同時に笑い合い、またお互いを見つめ合う。


「では、行きましょうか、私の婚約者殿」


カインが戯けたように胸に手を当て腰を曲げる。

それに私は笑いながら手を差し出し答えた。


「ええ、クライン侯爵、参りましょう。

エスコートしてくださるわよね?」


カインは私の差し出した手を恭しく取ると、フッと笑ってまた私を見つめた。


「ええ、もちろん、アルムヘイム公爵令嬢」


カインに手を取られ私達は教会の大聖堂に向かった。


重厚な扉が開くと、私達の婚約式を祝う為に集まった皆の顔が一斉にこちらに向く。

その中央をカインと2人でゆっくりと歩き、私達は祭壇へと向かった。


祭壇には教皇であるカハルが立ち、私達を待ってくれている。

本来教皇自ら式を行う事は殆ど無いけれど、皇家とそれに次ぐアルムヘイム家だけは例外。

それに私とカハルは既に見知った仲なので、今日の晴れの日をぜひ自分が見守りたいとカハルから申し出てくれた。


祭壇の前に着いた私達が厳かにその場に立つと、カハルが穏やかに微笑み、ゆっくりとその口を開いた。


「これより、カイン・クラインとエブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムの婚約宣誓式を行う。

カイン・クライン。

エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイムと婚約を交わし、時が満ちた後、伴侶として迎えると誓うなら、この宣誓書にサインを」


カインは、少し緊張したように宣誓書にサインをした。


「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム。

カイン・クラインと婚約を交わし、時が満ちた後、伴侶として嫁ぐと誓うなら、この宣誓書にサインを」


もちろん私も迷う事なくカインの署名の下にサインをすると、2人で参列者の方へ向き直った。


「博愛の神クリケィティアの御元にて、ここにこの2人の婚約が成立しました」


カハルが両手を広げ、そう宣言すると、大聖堂は拍手に包まれた。

私は皆の祝福を受けながら、静かに大聖堂の中を見渡した。


哀しい行き違いで夫婦関係が危ぶまれていたお父様とお母様。

今では押しも押されぬおしどり夫婦として、社交界でも理想の夫婦と認められるほどになりました。


ジルヴィスは今でも大好きな絵を描き続けています。

早く息抜き程度では無く、好きなだけ描かせてあげたい。


カインの父君であるクライン子爵はエブァ街の名誉市長として、今でもエブァ街を守り続けてくれています。


ビリーとマーニーは新しい婚約者達と順調に絆を深め、近々2人も婚約宣誓式を行う予定。


ここには来れませんが、アメリアさんも元気にやっています。

やはりカインについて恨み言のような手紙を送ってきましたが、その翌日には赤髪の魔女として大神殿を訪れ、しっかり魔力コントロールの鍛錬で邪念を払って差し上げたら、最後にはお祝いの言葉までいただけました。

聖女様から祝福頂けるなんて、本当に私達は幸せ者ですわ。


それから、レイとシルヴィ。

まだ幼いこの2人が、いつかこの帝国の皇帝陛下と皇后陛下として立つのです。

その重すぎる重責を少しでも軽く出来るよう、私もこれから今より更に高みに登らねばならないでしょう。


でもそれも、隣にこうしてカインが居てくれれば、苦だとは思いません。

決して楽な道では無いでしょうけれど、私達2人ならきっとやり遂げられる筈ですから。


私が隣に立つカインを見上げると、カインも私を見つめていて、私達はそのまま静かに見つめ合った。


皆に2人を祝福される人生はこれで2度目。

きっとこの先も、もう私達は離れる事はないでしょう。

久遠の時をずっと2人で歩き続けていくのです。

私が貴方を見つけたのが先か、貴方が私を見つけたのが先か。

それはもう、今となっては分からない事ですけど、私達の出会いは神の因果律をも超えて、私達を結び付けました。


きっとそれは〝奇跡〟と言っても良い出会い。


そしてその〝奇跡〟はこれからもずっと、続くのです。



「カイン、愛しているわ」


私への想いで揺れるカインの瞳を真っ直ぐに見つめて囁くと、カインはその綺麗な顔を子供のように綻ばせて、私の背に合わせて屈むと耳元で甘く囁いた。


「俺の方が、もっとずっと、愛してる、イブ……」


胸の奥まで甘く満たすその声に、私は頬を染め幸せの中でクラクラとした目眩を感じた。


この人をまた手に入れられたこの人生を全うしましょう。

1日1日が宝物のようなこの人生を………。





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