表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/100

EP.54


「と、とにかくっ!皇帝としてエブァリーナ嬢とクライン侯爵の婚姻は認められぬっ!

エブァリーナ嬢にはその身分に相応しい婚姻相手を皇家にて用意するゆえ、馬鹿な考えは捨てるのだっ!」


精一杯皇帝らしく威厳ある声でそう言われても、屈辱からくるその体の震えを止めて頂かないと説得力がありませんわよ、陛下。


そもそも何故、私が皇家が決めた相手と婚姻せねばならないのかしら?

それは一貴族に対してのあからさまな越権行為では?

何度も言いますが、家門の人間についての決定権は当主にあります。

アルムヘイム家当主であるお父様が認めているものを、何故貴方が否定出来るのかしらね?

確かに高位貴族の婚姻については陛下直々に許可を貰わねばなりませんが、それはあくまで行き過ぎた権力の独占を防ぐ為であり、私とカインはこれにはあたりません。

帝国貴族の勢力図をひっくり返すような婚姻では無いのですから。


そういった事情が無い限り、皇帝からの許可とは貴族家系図が変わる報告と共に、祝いの言葉を賜る形式的なもの。

皇帝の威厳を守る為、許可、だなんて言い方をしていますが、もともと成否を問うものではありません。


さて、行き過ぎた権力を欲しているのは、この場合一体誰なのでしょうね。


私はカインをチラリと見て、事前に打ち合わせていた通り、ここでアレを取り出すように促しました。

カインは小さく頷くと部下に目だけで合図して預けてあった銀色の箱を受け取り、陛下に向かって静かに差し出し、口を開いた。


「陛下、私とエブァリーナ様との婚姻を決める前に、どうかこちらをお納め下さい」


カインの言葉に陛下は、何を馬鹿らしいと言わんばかりに鼻で笑いながらカインの持つ銀色の箱をチラッと見た。


「何を贈ってこようと私の考えを変える事は出来ぬぞ」


陛下の横柄な物言いにも怯まず、カインはその箱を静かに開けた。

中には透明の小瓶に銀色に輝く液体が入っている。


「……なんだ、そのような物を」


「それはまさかっ!大聖女様のエリクサーッ!!」


陛下の言葉を遮り、その場に居た帝宮魔術師が素っ頓狂な声を上げた。

その声に陛下が両目を見開き、その筆頭魔術師の方を振り向く。


「陛下っ!アレは間違いなく、1000年前に失われた大聖女様が精製されたエリクサーに間違いありませんっ!

文献では死人さえ生き返らせたと伝えられている、最上級のエリクサーですよっ!

混乱の最中失われ行方が分からなくなっていたものが、一体どうして……」


エリクサーへの興味で目をギラギラさせている筆頭魔術師に陛下がアタフタしながら問いかけた。


「いや、だがアレが本物だとは限らないではないか……」


気弱な陛下の言葉に筆頭魔術師はギッと目を吊り上げた。


「あのエリクサーから感じられる膨大な魔力。

人智を越える聖魔法の気配。

間違い無く大聖女様のエリクサーでございますよ、アレは。

陛下は筆頭魔術師たる私を信じては下さらないと?」


ムッとした顔で陛下を見つめ返す筆頭魔術師に、陛下は慌てたように手を振った。


「い、いや、貴殿が大変優秀な魔術師である事はもちろん分かっておる。

う、うむ、その貴殿が言うなら、アレは真に大聖女のエリクサー………という事だな……」


陛下は再びカインの持つ箱の中の小瓶をチラッと見て、ゴクリとその喉を鳴らした。


うふふ、そうですわよね?

欲しいですわよね、コレが。

このエリクサーは国宝級の特級遺物ですもの。

数滴かけるだけで命に関わるような傷や病気さえ治すのですから。

それを皇家が所持するとなれば、貴族達を黙らせるに足る権力になりますものね。


ちなみに、先ほど筆頭魔術師は死人さえ生き返らせた、と言っていましたが、それは間違いです。

実際は助かりようの無い瀕死の人間さえ癒し回復させたというだけで。

いえ、それでも十分な奇跡ですけどね。

いくら大聖女とはいえ、いいえ、大聖女だからこそ、死人を生き返らせるような自然の理りに逆らうような事は出来ません。

失われた人の命は決して取り戻せない、それがこの世の絶対的な理りです。


その理りに背くようなものはむしろ、邪法と言われるような存在であり大聖女の力とは言えません。

それに、どんな方法であれ理りを犯し蘇ったその死人は、果たして本当に生き返ったと言えるのでしょうか?

もしかしたら、神の御許にも行けず、彷徨う別の何かになってしまうかもしれません。


ですから、いくら大聖女の力の篭ったエリクサーとはいえ死人を生き返らせる事は決して無いのです。

その辺の誤解はこの瑣末なお話が終わった後にでも筆頭魔術師に訂正しておきましょう。


さて、陛下もあと一押しというところですわね。

さっきから物欲しそうにカインの持つエリクサーをチラチラと見ていますもの。

これを手に入れる事が出来れば、自分を傀儡扱いしてくる貴族達をエリクサーの力で抑える事が出来ますものね。

自分や自分の家族に何かあった時、皇家の所有するエリクサーがあれば助かるとなれば、誰も陛下に偉そうに出来なくなります。

今まで貴族のご機嫌ばかり取ってきた人生がこれ一つで一発逆転出来ると言うのなら、是が非でも手に入れたいと思うでしょう。


私はそこでわざとらしく大袈裟な声を上げた。


「まぁっ、カインっ!それは貴方が命がけで邪竜ラグナロクから奪い返した物じゃないっ!

そのような物を、本当に献上してしまって良いのですか?」


私の言葉に陛下がビクリと体を震わせ、不安そうに眉尻を下げた。

周りで聞いていた貴族達は私に賛同するようにうんうんと頷いている。

中には便利な皇帝という道具を失いたくなくて必死な形相の者もいますが、大半は私の言葉通り、命がけで得た宝をいくら皇帝陛下とはいえ、先程カインに向かって不当な扱いをし暴言まで吐いた人間に与える事は無いのではないか、という思いでカインを見つめている。


カインが剣聖だと分かった瞬間、この場にいる人間達からすれば、邪神ラグナロクを倒した英雄というだけでは無く、カインは尊敬と羨望を捧げる存在になったのですから、そのカインが得た貴重な宝を守りたいという心理が働いてもおかしな事ではありません。


陛下がその宝を捧げるに足る人望さえあれば、皆渋い顔などしなかったでしょうけどね。


雲行きが怪しくなってきた事に焦る陛下をチラッと確認してから、私がカインにだけ伝わるように微かに頷くと、カインは私に向かって首を横に振り、誠実な眼差しを陛下に向けた。


「私が騎士として邪竜ラグナロク討伐に向かえたのも、獣人に寛容なこの帝国、つまり皇帝陛下あってこそです。

討伐にて得た宝は皇帝陛下に献上するのが筋だと、私は思います」


真っ直ぐなカインの瞳に見つめられ、陛下はグッと喉を詰まらせ今にも泣きそうな顔でカインを見つめ返した。


「………クライン侯爵……そなたの忠義はしかと受け取った。

貴殿の想いに応え、その大聖女のエリクサーは皇家の所持する宝物庫で丁重に」


「なれどっ」


陛下の言葉を遮り口を開いたカインに、一気に陛下の顔色が青くなる。

やっぱりやめた、と言われてもこの状況では文句もつけられないからでしょう。


カインは深々と頭を下げ、申し訳なさそうに再び言葉を続けた。


「どうか皇帝陛下に献上する前に、我が主人にたった数滴だけでも与えて頂けないでしょうか?」


懇願するようなカインに私は口元を覆い、反対の手でタイミング良く自分の半顔を隠す仮面に触れた。


その仕草だけでその場にいた人間全てがカインの意図を察した。

事故で顔に傷を負った愛しい女性に少しだけ、そのエリクサーを使わせて欲しいというカインの切ない訴えに涙する貴婦人まで現れた。


「も、もちろん、それはまだそなたの物だから、数滴くらいなら好きにしなさい」


まさかガメつくも断りはしないだろうなという周りの圧に押され、陛下がそう答えると、カインはパァッとその顔を輝かせ、私の方に振り向くとその場に跪き、恭しくエリクサーの入った箱を差し出した。


「我が主人、そして愛する人よ。

どうかこれでその顔の傷を癒して下さい」


そう言って顔を上げると優しく笑うカインに、私は頷き震える手を伸ばし小瓶を掴むと、ゆっくりと半顔の仮面を取り外した。


「キャッ」


「ああ、神よ………」


「なんて事だ………」


そこに現れた大きな醜い傷に貴族達が顔を歪ませ目を逸らした。

痛ましそうに眉根を寄せる皆の前で、私はカインから受け取った小瓶の蓋を開け、自分の顔の傷にたった一滴だけエリクサーを垂らした。


途端に銀色の光が放たれ、私のその大きく醜い傷がみるみる間に、たった一瞬で癒され、私の半顔はまるで最初から傷などなかったかのように綺麗な肌を取り戻した。


「おおっ!まさに奇跡だっ!」


「なんて事かしら、あの酷い傷が一瞬でっ!」


「まるで夢でも見ているみたい………」


「……これが大聖女のエリクサーの力っ!」


どよめく貴族達の声を聞きながら、私はハラハラと涙を流し、カインに向かって手を伸ばした。

その手を恭しく取りながらカインは立ち上がり、綺麗になった私の頬を愛しげに優しく撫で、少し潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめてきた。


「……ああ、エブァリーナ様………。

貴女の美しい顔を取り戻せただけで、私はもう本望です。

私はこの為だけに邪竜を打ち倒したのですから。

たとえ貴女と結ばれる事は叶わなくても、私はもう十分に幸せです」


そのカインの瞳を涙で濡れた目で見つめ、私も哀しげに声を震わせた。


「カイン………貴方、私の為にあのような危険な討伐に………。

ありがとう、カイン。

ですが私は傷のある顔で一生を過ごしても良かったのです。

貴方と結ばれないなら、見た目の美しさなど何になりましょう………。

愛しい方、たとえ今世で結ばれる事は叶わなくとも、きっと来世では2人で幸せになりましょうね」


私の言葉にカインはますますその瞳を潤ませて、無理にその顔に笑顔を作った。


「貴女と来世の約束が出来るなど……私にはもう本当に、それだけで十分です………」


儚く美しい恋人同士が見つめ合う……そんなワンシーンを周りに見せつけながら、私達は愛する女性の為に命がけで邪竜を倒し奇跡のエリクサーを持ち帰った英雄と、その恋人の強い愛で美しい顔を取り戻した令嬢、そしてその2人の中を引き裂き己の欲の為にその令嬢もエリクサーさえ英雄から奪おうとする横暴で卑劣な皇帝………という図を見事に描ききったのです。


もちろん、全ては私の描いた茶番。

察しの良い皆様ならもうお分かりでしょうけど、私の傷はとっくに自分の聖魔法で治してありますから、さっき皆の前に見せたのはただのフェイク、偽の傷です。

あの時、アメリアさんに私も聖女だと納得して頂くには傷を治すしかありませんでしたからね。

それから、本物のエリクサーもそんな茶番の為に一滴だって無駄にしていません。

ここにあるエリクサーは私が作った偽物。

私の精製したハイポーションで、大聖女のエリクサーではありません。

私の魔力と聖魔法を分かりやすく大量投入してありますので、いくら帝宮の筆頭魔術師とて見破れないでしょう。


本物の大聖女のエリクサーはレイが即位した時に渡そうと思っています。

レイなら相手が貴族平民に関わらず分け隔てなくエリクサーを正しく使ってくれるでしょう。

どうせ陛下は貴族達への牽制の為に所持しておきたいだけでしょうから、私の作ったハイポーションで十分です。


ですが、いくら偽物とはいえ、この場では効果てきめん、威力は十分だったようです。

貴族達はすでに私とカインの味方。

一様に白い目で陛下を憎々しげに見つめています。


その貴族達の目に耐えられなくなった陛下が、上ずった声を上げた瞬間、私達の勝利が確定いたしました。


「あい、分かったっ、エブァリーナ嬢とクライン侯爵の婚姻を認めようっ!」


とうとう陛下が白旗を上げた瞬間、その場にいた者達からワァッという歓声が上がり、私達への拍手が巻き起こった。


「陛下っ!ありがとうございますっ!」


私とカインは手を取り合い、涙に濡れた瞳で陛下に向かって感謝を口にした。

その私達にげっそりしたように陛下は肩を落とし、歪な笑顔でうんうんと頷いている。


これで、アルムヘイム家の令嬢、赤髪の魔女、剣聖までも一気に手に入れる機会を永遠に失った陛下は、疲れ切ったようにただ空虚を見つめていた。


そんな陛下を気にもせず、幸せそうに甘く見つめ合う私達に女性達から悩ましいため息が漏れ聞こえてきた。


本当に、こういった悲恋のお涙頂戴ものは皆に人気ですわよね。

分かりやすくしてあげればあげるほど、人は同情しやすいほうの味方をして下さるのですからありがたいわ。


この場で陛下を哀れんだ目で見ているのはジルヴィスくらいなものだわ。

本当にうちの兄は物事を見定める力に長けているわね、感心するわ。


……とはいえ、私達だってただ陛下を弱いものいじめしたいわけではありませんのよ?

大人しくしていて下さっていれば何もしないものを………。

さて、これで陛下も多少は懲りてくだされば良いのですが。


………何せこの方、呆れるくらいしぶといですからね………。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ