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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.53


陛下は真っ青な顔で、自分に傅くカインを見下ろすと、その顔から滝のような汗を流し、焦ったような早口でカインに向かって話しかけた。


「カイン卿、もう良い、面を上げよ」


陛下にそう声をかけられたカインは黙ってスッと顔を上げた。

しかしまだ片膝をつき床に傅いたままのカインに、陛下は再び口を開いた。


「よい、立ちなさい」


明らかに動揺して焦っている陛下に言われるがまま、カインはその場でスッと立ち上がった。

その時、マイルズが近衛騎士達に厳格な声で命じた。


「騎士達よ、剣聖に最上級の敬礼っ!」


マイルズの声かけに一斉に騎士達が剣を顔の前に掲げ、カインに向かって敬意を示した。

騎士道にとって何よりも優先すべきは主人への忠誠ですけど、この場合は剣士の最上位に位置する剣聖へ、同じく剣を持つ者として敬意を表したという事でしょう。

ちなみにソードマスターは仕えていない相手には、たとえそれが皇帝でも、膝を折って傅かなくても許されています。

ソードマスターでさえそうなのですから、剣聖なら尚更、主人でも無い者に膝を折る必要などありません。

先程、陛下が慌ててカインを立たせたのはそういった理由があったからゆえ。

剣聖本人が主人とも認めていないのに、その身分だけで傅かせるのは無作法な行為だと侮蔑されても仕方ありませんからね。

皇帝であれそれは皆と変わりません。


つまり、今カインが膝を折る相手は主人である私のみ、という事になります。

もちろん私は、カインに傅いて欲しいなどとは思っていませんけど。


「カ、カイン卿……此度の討伐、誠によくやってくれた。

それでだ、その、先程はどうも勘違いをしていたようで、あいすまなかったな。

貴殿が倒したのは、古代魔竜、邪竜ラグナロクに相違ないだろうか?」


ここにきて何を勘違いしたと苦しい言い訳をするつもりかしら?

ラグナロクの首まで帝城に持ち帰っているカインに対して。


「はっ、相違ございません」


胸に手を当て頭を下げるカインに、陛下はわざとらしい咳をしながら、ボソボソと言い訳がましく喋り始めた。


「いや、私はてっきり、普通のドラゴンを討伐してきたのだとばかり思っておった。

皆が大した功績では無いと言うものでな、その、そう、勘違いしておっただけなのだ……」


随分苦しい言い訳を持ち出してきた陛下を皆が白けた目で見守る中、陛下は一際大きな咳をして全てを誤魔化しながら、カインに向かって手を差し出した。


「ここにいる若者は見事、帝国の仇敵であった古代魔竜、邪竜ラグナロクを打ち倒したっ!

よって、皇帝の権限にてカイン・クライン卿に領土と侯爵位を与えるっ!」


陛下の言葉にその場がシーンと静まり返る中、ニヤリと笑うお父様の拍手の音だけが響いた。


「陛下、ご英断、お見事にございます」


皆が陛下を認めやすいようにお父様がそう言うと、その場にいた貴族達からやっとワァッ!という歓声が上がり、降るような拍手が巻き起こった。


英断も何も、最初からラグナロクを倒した者には侯爵位が与えられる決まり事でしたのに、くだらない甘言を聞き入れて話をややこしくしたのは陛下の方なのですが。

お父様がせっかく皆がやり易い方へ話を纏めたのですから、野暮は言いませんけどね。


まぁ皆、流石に陛下に対してそんなツッコミ出来ませんから、今の陛下の不格好な手のひら返しにどう反応すれば良いか分かっていませんでしたから、お父様の誘導は渡りに船だったのでしょう。

こんなでもアルムヘイム家の当主ですからね、この場を自分の好きに収めるくらいお手のものです。

そのような教育を幼いうちから散々叩き込まれてきたのですから。

家では朴念仁すぎてお母様を傷つけた過去のあるような人ですが、こういった場では抜かりはありません。

今回のことも事前にマイルズから報告を受け、帝国と王家の決まり事を反故にしようとする陛下をやり込めるために用意してあったのでしょう。


叙勲式の前にカインの剣聖への覚醒の事を陛下の耳に入れておかなかったのは、陛下を今この状況に貶める為。

特に可もなく不可もなかった陛下を早期引退させる為の布石でしょう。

お父様はレイが成人したら直ぐに帝位につけるように準備を始めた、という事です。

それについては異論は無いので、私も全力でご助力致しますわ。


……それにしてもお父様ったら。

私とカインの事を反対していたのじゃないのかしら?

お父様から提示された私達の婚姻の条件は、カインが侯爵になる事。

カインの父親であるクライン男爵は元々平民ですから、カインも元は平民、それに獣人。

そんなカインがどれだけ功績を立てても、侯爵位を賜る事は無いに等しかったでしょう。

もちろん、私があらゆる手を打つつもりでいましたが、それより先にお父様がカインに、国からアルムヘイム家に一任されていた邪竜ラグナロク討伐を命じたのは、やはりそれが侯爵位を確実に賜る最短の道だったからですのね。


うふふ、あらあら。

お父様ったら、ちょっとツンデレが過ぎましてよ。

しかも渋る陛下からカインの為に侯爵位をもぎ取るだなんて、もう私達の婚姻を認めていたも同然ですわね。


まったく、父親という生き物は手がかかるわ。

そんな事しなくても、素直に私達の婚姻を認めれば良かったのに。

アルムヘイム家の持つ爵位の中には侯爵位もありますから、それをカインに譲れば良かっただけの話でしたのよ?

私だったらアルムヘイム家門の侯爵家にカインを養子に出して、私に入り婿させますけど。

まぁ、お父様は私が嫁に行く前提で考えてらっしゃるから、その辺は思いつかなかったかしら?

いくら養子に出したところで、嫡子をすげ替えるまでは相手に悪くて出来ませんものね。

侯爵位くらいから入り婿を貰えばいいという私と、私を嫁に出すなら侯爵以上で無ければいけないというお父様。

侯爵家の人間であれば良いでしょうという私と、侯爵で無ければ駄目だというお父様。

実は密かに考えに行き違いがあるのですが、まぁ良いでしょう。

結果的にはカインは自分の爵位を手に入れたのですから。

どちらでも同じ事です。

私達が無事に夫婦になれるなら。


うふふ、とご機嫌でニコニコ笑う私を横目で見て、ジルヴィスは溜息をつきながらカインを気の毒そうに眺めていた。

あら、失礼ね。

ジルヴィスにだって可愛い婚約者が出来るチャンスは巡ってきますわ。

自分からそう決めたくせに。

私もその婚約者を同じ目で見つめて差し上げようかしら。


暗い空洞のような目の奥にキラッと仄暗い光を輝かせ、無言で自分を見つめる私からジルヴィスは首が軋んでギリギリと音を立てるくらい顔を背けた。


まぁ、ジルヴィスの事は後でいいわ。

今はそれよりも………。


私がカインをジッと見つめると、カインも私を甘い瞳でジッと見つめて嬉しそうにはにかんだ。

ブンブン振ってしまいそうになっている尻尾を必死で抑えている姿がいじらしくて愛らし過ぎるわ。

もぅ、仕方のない私の可愛い人。


そのカインに微笑みながら、私はお父様に聞こえるようにボソッと呟いた。


「これで私達の事を認めてくださいますね?

もうこれ以上の邪魔はしないでくださいまし。

カインが剣聖に目覚めたから良かったものの、いくら適正はあってもあの戦いで目覚めなければ、そのまま命を落としていてもおかしくなかったのですよ。

これ以上カインを危険に晒す事は、いくらお父様でも私が許しませんわ」


低くドスの効いた私の本気の声に、お父様は前を見つめたまま小さく微かに頷いた。


「う、うむ……お前達の事は、認めよう」


冷や汗を流すお父様をまだ牽制するオーラを放ちつつ、私は横目でジルヴィスをチラッと見た。

ジルヴィスは片方の手の指で丸い丸を作っている。

その懐から覗く水晶に、私は満足げに頷いた。

ジルヴィスが密かに懐に忍ばせているのは、赤髪の魔女こと私が最近発明した記録水晶です。

前世でいうところのビデオカメラですね。

それで今の私とお父様のやり取りをバッチリ記録しておいてもらった、という訳ですわ。

お父様が言い逃れなど出来ないよう、念には念を入れさせてもらいました。

あとは帰ったらこれをお母様に見せておけば万事解決です。

そうすればお父様は、絶対に先程のセリフを撤回出来ないでしょう。


これで私とカインの婚姻は99パーセント確実になりましたね。

ちなみにあと1パーセントは何かと言うと、皇帝からの承認です。

貴族の婚姻、特に高位貴族であれば陛下からの直々の承認が必要になります。

私は陛下がどうしても皇家に迎えたかった最大の駒ですから、いくら自ら侯爵位を授けたカインだとしてもおめおめ渡す気にはなれないでしょう。

皇家に私を迎える手はまだいかようにでもあると、陛下はいつものしぶとさを発揮するでしょうね。

つまり、陛下が私達の婚姻を認める事は無いに等しいのです。


エブァリーナとしては認められなくても、赤髪の魔女の方でカインと婚姻するのなら自由。

そうしても良いのですが、それでは少し癪ですものね。

私はエブァリーナとしても赤髪の魔女としてもカインと夫婦になりたいのです。

私の全てをカインに捧げてこそ、本物の夫婦になれるのですから。

陛下の思惑になど付き合うつもりはサラサラございませんわ。


私は気品溢れる佇まいで優雅にカインの方に歩き出しました。

ここまでお父様がお膳立てしてくれたのですから、後は私達若夫婦(今のところは未定)が表舞台に立つ番です。

静かにカインに向かって歩き出す私を皆が何事かと見つめていました。


「カイン卿、侯爵位授爵おめでとうございます。

魔竜討伐お見事でございました。

剣聖におなり遊ばされた事も合わせてお喜び申し上げますわ」


カインの目の前に立ってニッコリと微笑むと、カインは胸に手を当て私に向かって深く頭を下げた。


「エブァリーナ様、もったいなきお言葉ありがとうございます。

貴女様の護衛騎士として恥じぬ働きができた事に胸を撫で下ろしております。

これからも貴女様のお側に侍り、より一層の努力を重ねていきたい所存です」


カインの言葉にその場にいた皆がどよめき、陛下は苦虫を噛み潰したような顔で歯軋りをした。

まぁ、そうなりますわよね。

せっかく剣聖を手に入れるチャンスだったのに、お父様に意図的に情報を隠され、知らずに剣聖相手に不当な扱いをしてしまった上に、その剣聖は自分がなんとしてでも手に入れるつもりだった私に忠誠を誓ったのですから。


ですが、そこはしぶとい陛下の事です。

直ぐにこう考え直す筈です。

私さえ手に入れれば、赤髪の魔女ばかりか剣聖までをも手に入れられる、と。


ねぇ、そうですわよね?

先程まで真っ青な顔をしていたくせに、今にも涎を垂らさんばかりな顔でギラギラ目を光らせ私を見ている陛下?


そうはいかないと何度言えば分かるのかしら。


「陛下、申し上げたい事がございます」


私は陛下が何かを言う前に、先んじて口を開いた。


「うむ、申してみよ、エブァリーナ嬢」


私に恩でも売るつもりで気安く私の言葉に答えた陛下に、私はカーテシーで礼を取り、落ち着いた声で口を開いた。


「ありがとうございます、陛下。

実は私とこちらにいるクライン侯爵は幼い頃より将来を誓い合った中なのです。

カインの身分や種族の違いにより2人だけの誓いを立て、他の誰にも打ち明ける事は出来ませんでしたが、獣人への理解が深まり差別の無い世の中になった今、私達を隔てるものはこの身分のみでした。

そして、その憂いさえ今日この時に晴れたのです。

お父様は私の婚姻相手に侯爵家以上を望みました。

つまり、クライン侯爵となったカインとの婚姻なら、お父様はお許し下さるという事です。

どうか陛下、私とクライン侯爵の婚姻をお認め下さい」


切々と語る私の話に貴婦人がたから悩ましい溜息が溢れ、殿方からは愛する女性の為剣聖にまでなったカインへの賞賛の眼差しが送られた。

公爵令嬢とはいえ、顔に傷のある傷ものの私の婚姻に横槍を入れてくる貴族もいない。

皆が私達の純愛を受け入れる雰囲気の中、陛下の怒声が響き渡った。


「ならぬっ!」


その剣幕にも私は一つも怯む事なく、片眉を微かに上げただけ。

陛下は真っ赤な顔でお父様の方に首を動かし、助けを求めるような弱気な声で問いかける。


「アルムヘイム公爵よ、よもや本気でこの獣人に娘をくれてやるつもりではあるまい?

いくら侯爵家以上とはいえ、誰でも良いわけでは無いのだろう?」


今の、獣人を認めようという時代の流れを無視した陛下の言葉にその場が騒ついている事さえ気付けない様子の陛下に、お父様はゆっくりと椅子から立ち上がり、静かに頷いた。


「いかにも、侯爵家以上であれば誰でも良い、という訳にはいきません」


お父様からの返答にホッと胸を撫で下ろす陛下を尻目に、お父様は言葉を続けた。


「いくら侯爵家以上であれど、我が娘の認めぬ男に嫁がせる気はありませんな。

エブァリーナには自分自身が選び認めた相手と婚姻させます」


そのお父様の言葉に陛下がカッと顔を赤くして一瞬で言い淀んだ。


そう、私は私の認めた男性と婚姻するのですよ、陛下。

つまり、貴方の愛し子であったアーサー様は、私には選ばれなかったのです。

お父様の言葉に含まれたその意味に気付いた貴族達から小さな笑い声が漏れる中、陛下はブルブルとその体を震わせていました。


まるで弱い者いじめをしているようで居心地が悪くなりますので、せめて体の震えくらいは抑えていただきたいですわ、皇帝陛下。





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