EP.52
古代魔竜、邪竜ラグナロクの首に保存魔法をかけたのち、私は首から離れた胴体の方に向かった。
「……イ、イブ……まだこちらに来てはいけない……危険だ……」
満身創痍で地に膝をつくカインに駆け寄ると、私はその肩に手を乗せ銀色の光を放った。
「リザレクト」
最上級の回復魔法をかけるとカインの体に力が戻り、傷口がみるみる内に塞がっていく。
「よくやった、カイン。それでこそ私の伴侶」
ニッと笑うとカインは立ち上がり、私の手を取った。
「これで侯爵位を賜われるだろう。
やっと君を俺のものに出来る」
その瞳が甘く揺らめいて、私はその胸に顔を埋めた。
「立場などどうでも良い……誰に認められずとも、やりようなどいくらでもある。
だが、私の事を想いここまで頑張ってくれたその気持ちは本当に嬉しいと思っている。
ありがとう、カイン」
下から見上げると、カインは目の下をほのかに染め、私の頬を優しく撫でた。
その温かさにうっとりと目を閉じかけて、私はハッとして目を見開いた。
「むっ、いかんいかん、せっかくカインが倒してくれた獲物の処理を忘れるところじゃった」
ハッとしてカインの胸から体を起こし、私はスタスタとラグナロクの胴体に近付いていった。
そしてそれに手を伸ばすと魔力を込める。
私の頭上にその胴体から抜き出した血が集まり巨大な球体になって空中に浮かんだ。
ラグナロクの胴体の方はカラカラのミイラのようになった後、風に吹かれてサラサラと消滅していく。
「うむ、やはり思っていた通り、かなりデカい欠片を取り込んでおったな」
巨大な血の球体がくるくる回って縮小していくのを見つめながら、私は満足気に頷いた。
「イブ、そろそろ俺に話してくれないか?
君が何をしようとしているのかを」
どんどん小さくなっていくラグナロクの血の塊を眺めていたカインが、私に振り向き真剣な眼差しを向けた。
それに応えて私は小さく頷き、その瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「………良いだろう。ここまで来れば、もう私とカインの道が違える事もない。
私が私に課した宿命に否応無しに巻き込まれるだろうカインには、知る権利がある」
そして私はカインに全てを話した。
長く紡がれてきた私達の全てを。
岩山に吹く激しい山風が私達の会話を轟音と共に掻き消していった。
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「そうか、だから君にはあんな数奇な運命がついて回っていたのか。
そして、前世でやっとそこから解放されたというのに、やはり君は人の為にその人生を捧げるというんだな。
………分かった、なら俺も君と共にその運命を歩もう。
俺達は今までもそうやってきたのだから」
カインのその穏やかな口調が前世の夫の姿と重なり、私は身長差ゆえその場で飛び跳ねてカインの首に抱きついた。
「ありがとう、カイン。
そう言ってくれると信じていたが、流石にそろそろ私に付き合いきれんと思われていないかほんの少し心配しておったのじゃ。
カインと共にいられるなら、私は必ずや宿願を叶えられるだろう」
カインは私の体をギュウっと抱きしめると、優しい口調で耳元で囁いた。
「俺が君に付き合いきれないなど思うはずが無い。
いつの時も、俺の方が君と共にありたいと願ってきたんだから。
愛しているよ、イブ。
2人で生きる人生を今世でも大事にする、必ず………」
優しいカインの囁きに私はうっとりと頬を染め、カインに抱き上げられた格好で顔を起こした。
お互いの瞳の奥まで覗けるほど近くで見つめ合い、私達は自然と目を閉じそっと唇を合わせた。
合わさった互いの熱から相手を想う深い気持ちが伝わり合う。
また一つになった私達の運命。
今世もまた、死が2人を分つまで、幾久しく共にあるのだと、互いの体を強く抱きしめあった。
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古代魔竜、邪竜ラグナロク討伐成功のニュースは瞬く間に帝国中を走り抜け、帝都のみならず帝国中がその大いなる朗報に沸き立っていた。
私達が帝都に戻ると既にパレードの用意がされていて、ラグナロクの首を持ち帰った私達を帝都民達が歓迎ムード一色で迎えてくれた。
ラグナロクの首を運ぶ巨大な荷車の隣を馬で並んでゆっくりと並走するカインの凛々しく美しい姿に、集まった女性達から溜息と黄色い声援が飛んだ。
「何故わざわざラグナロクの首を保存魔法をかけてまで持ち帰るのかと思っていたけど、こういう事だったのか」
集まった人々に軽く会釈をしながら、カインは私の乗る馬車の窓の外から話しかけてきた。
「ええ、人はあまりに壮大な話は信じようとしませんから。
こうして現物を見せて、やっとそれが現実だと実感してくれるのです」
馬車の中から扇を広げ、顔を隠しながら答える私は、既に赤髪の魔女からエブァリーナの姿に戻っている。
「もうこれで、貴方の功績から目を背ける事など誰にも出来ないでしょう」
ふふっと笑うとカインは静かに頷いた。
そのカインから緊張が伝わってくる。
獣人であるカインがこの国で皆に認められ、未だ誰もなし得なかった偉業を果たすのだから、緊張しない訳が無い。
だけどそれも、これから先の未来では当たり前の事になっていけば良いと思う。
人族も獣人族も関係無く、正当に評価される当たり前の世界に。
カイン率いる古代魔竜討伐隊は帝都の中心をゆっくりと進み、その先にある帝城へと登城した。
人々からの賛辞の声を背に入城した討伐隊に対し、城の者達の態度は冷ややかだった。
それが誰の意向であるかなど分かりきったもの。
やはり、そうきましたか……と私は小さく溜息をついた。
本当に度し難い方ですわね。
周りの雑音さえ御せ切れず言いなりになるとは。
古代魔竜を討った英雄に対して、この国の国政を預かる者達がこのような態度だなんて。
一体いつになったらここは正常に機能してくれるのかしら?
レイが成長してこの国を担うのが先か、私の堪忍袋の緒が切れるのが先か………。
これでは流石の私でも自信がありませんわ。
この帝城を吹っ飛ばして新しく作り変えた方が早いのでは無いかという考えを、いつまで押さえつけておけるのでしょうか。
あらあら、でも困りましたわね。
それでは赤髪の魔女が時代に名を残すほどの破壊神となってしまいますわ。
帝国なんか乗っ取った日には、今まで以上に色々と言われてしまうでしょうね。
今でさえ、魔族殺しだとか狂眼の魔女だとか鮮血の魔女(討ち取った魔族の返り血で髪が赤くなったのではないか、という噂から名付けられた)だとか散々な言われようですのに………。
別に私は好んで荒事ばかりしている訳ではありませんのよ。
ただ、必要だから仕方なく、己の力を発揮しているだけで。
本当ならもっと好きな事にこの力を使いたいんですよ?
美味しいものを発見したり、便利な物を発明したり。
できる事なら、そういった素敵な事にこの力を使いたいと思っているのです。
でもね、そうするにはまずはこの帝国を今より安定させねばならないでしょう?
今だ魔獣や魔物、魔族の脅威に晒されているというのに、国も守らず新たな食材を探している訳にはいきませんからね。
そういった事はレイがしっかり帝国を正常な治世に導いてから、ゆっくり楽しむつもりです。
ですから、今すぐこの帝城を吹っ飛ばすなんて事を私にさせないでいただきたいのですわ。
本当にその辺分かってらっしゃるのかしら、この城の人間達は。
まぁ、分からないなら分からせるまでですけどね。
馬車の中でクスクス笑う私に気付いたカインが、ビクリと体を震わせ、また何事かが始まるのかと遠くを眺めながら小さな溜息をついた事は私達だけの秘密ですわ。
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「此度の魔竜討伐、大義であった」
謁見の間に通されたカインを貴族席に座るお父様の後ろから見守りながら、私は隣に立つジルヴィスを横目で見て、目だけでこちらの状況を問いかけた。
その私に応えるように、ジルヴィスは残念そうに目を伏せて小さく首を振った。
あらあら、やっぱりですのね。
本当にご愁傷様、陛下。
貴族連中に媚を売って私に喧嘩を売るなど、ご自身と皇家の為にはよっぽど逆の方が利になりますのに、残念ですわ。
扇の下で黒く笑う私を横目に見て、ジルヴィスが困ったように眉を下げ、やれやれといった感じで密かに溜息をついている。
陛下の判断さえ間違わなければ、私の兄がこんな気苦労をする事もありませんでしたのに。
玉座からカインを見下ろし、形だけは皇帝然とした陛下が威厳ある声で続けてカインに声をかけた。
「騎士カイン・クラインよ、此度のそなたの功績に、帝国の領土と伯爵位を与える」
陛下のその言葉にお父様がチッと舌打ちをして、椅子から静かに立ち上がった。
「畏れながら、陛下。古代魔竜、邪神ラグナロクを打ち倒した者には侯爵位を与えるというのが決まりです。
これは何代も前の皇帝から提示されてきた条件。
それを陛下、貴方の代で本当に覆すおつもりですかな?」
もうこの話は散々した筈だが?というお父様の圧に陛下が怯んだ瞬間、謁見の間の中心を挟んで反対側に座っていた1人の貴族が、その口の端をピクピクとさせながら、ガタンッとその場に立ち上がった。
「アルムヘイム公爵、陛下のお決めになった事に口出しするなど無礼であるぞっ!
いくらアルムヘイム公爵とはいえ、お控えくださいっ!」
そう声を荒げたのはダウンズ侯爵その人でした。
元々は由緒正しき伯爵家で、何代か前に討伐戦で数々の戦歴を上げ侯爵位を賜った家門。
歴代当主は戦で武を挙げる事を家門の誇りとしてきたような方々でしたが、当代当主の考えは少し違うようで、戦地に自ら赴く事はせず、自らの戦場を主に帝宮に置き、陛下に色々と進言しては自分の家門の利になるように動かす事に躍起になっているような稀有な人物です。
こうなってはいくら歴戦の英雄であったダウンズ侯爵家であれ、ただの暗愚な貴族家の一つ。
今回の事もおそらく、ダウンズ侯爵が中心になり妨害工作をしてきたのでしょう。
彼は随分と、獣人であるカインが自分と同じ貴族位を賜るのが気に入らない様子ですわね。
陛下にアレコレ進言という脅しをかけて、爵位の変更をさせる事に成功したようです。
「ダウンズ侯爵、貴様こそ口を慎め。
私は皇家とこの国が、魔竜討伐に成功した者へ与える爵位を違える事の過誤について陛下に申しているのだ。
陛下の誤りを正す事が忠臣である我らの務めではないか。
控えろ、ダウンズ」
お父様の目がカッと見開き、その威圧感にダウンズ侯爵だけで無く、今回の事を謀った陛下や他の貴族まで怯えを顔を張り付かせ怯むように冷や汗を流している。
「だ、だが、獣人如きが私と同じ侯爵位など………とてもでは無いが許容出来ぬ………」
お父様の威圧に一瞬でカラカラに乾いた喉からダウンズ侯爵がなんとか声を絞り出すと、お父様は更に目をカッと見開き、威厳のある低い声でダウンズ侯爵を怒鳴りつけた。
「それを決めるのは貴様では無いっ!
貴様が許容できる出来ないなど、この場では何の関係も無いのだっ!
もう一度言うぞ、ダウンズ。
控えよっ!次は無いっ!」
他を凌駕するが如きお父様の覇気にダウンズ侯爵は後ろによろめきヘナヘナと力無く椅子にペタンと尻もちをついた。
そのダウンズ侯爵の様子に陛下がどうすれば良いのか分からない様子でオロオロとしている。
陛下にすれば、アルムヘイム家からの後ろ盾も得られず、他の有力貴族に縋り付きたかったのでしょうけど、彼らとアルムヘイム家では家の格も当主の格も違いすぎますから。
ダウンズ侯爵と他の貴族に後押しされ、お父様からの忠告を無視して強気でこの場で発言したんでしょうけど、その頼みのダウンズ侯爵がお父様の一喝であのような様ですからね。
これでは無駄にアルムヘイム家との確執が深まっただけ。
なにせカインは我がアルムヘイム家の騎士で、更に娘である私の護衛騎士ですから。
そんな人間を獣人というだけで不当に扱い、あまつさえ歴代皇帝が公言していた約束事まで反故にしたのです。
これでは自分の無能ぶりを露わにしただけですわね。
それにしても、ここまで愚かな方では無かった筈なのですが、よっぽどアーサー様の事で皇后様に責められたのでしょうね。
アーサー様の事でアルムヘイム家に八つ当たり的な感情を抱いていた皇后様に、アルムヘイム家の力を削ぎたいと願う貴族達が味方面して近付き、陛下に対して余計な事を吹き込ませでもしたのでしょう。
陛下としても、次代皇帝であるレイの後ろ盾になっている我が家の力はそのままレイの力でもありますから、そのあまりに強大な力を少しでも削いでしまいたいという考えもあっての今日の失態です。
唯一攻められそうな箇所が、カインが獣人であるという点だった為、このような事になったのでしょうけど。
いつまでもマイノリティを認められずにいれば、失墜するのは自分達の方だと、いつになれば理解するのでしょうね。
さて、そろそろ私の出番かしら?
クスリと口元だけで笑い、私が口を開こうとした瞬間、お父様が先に再び口を開いた。
「マイルズ、前に出ろ」
そのお父様の呼びかけに1人の剣士が前に進み出て、その場を守っていた近衛騎士達が彼に向かって騎士の敬意を示す為長剣を顔の前で立てた。
「閣下、お呼びでしょうか?」
隆々とした肉体に顔に古傷のある剣士マイルズは、お父様の前まで進み出て頭を下げた。
「うむ、貴殿からの報告を陛下に」
短いお父様の言葉にマイルズはまた軽く頭を下げ、陛下に向き直った。
「畏れながら、陛下にご報告いたします。
この度の古代魔竜、邪神ラグナロク討伐にて、ソードマスターである私マイルズ、他2名。
確かに剣聖の力を感知いたしました」
マイルズの報告により、一気にその場に衝撃が走り、皆が息を呑む音が聞こえてくる。
陛下も動揺を隠せない様子で目を見開いていた。
「そ、それは真か?ソードマスター、マイルズよ………。
そなたの他にもソードマスターが2人も同行しており、更にそのソードマスターが皆、剣聖の力を感じた、というのだな………?」
ブルブルと震えながら陛下は込み上げる笑いを必死で抑えているようだった。
「はい、我々ソードマスターが剣聖の力を間違えるはずがございません。
間違い無く、剣聖がこの地に誕生したのです」
真っ直ぐなマイルズの瞳に陛下は喜びを隠せない様子で頷き、震える唇を再び動かした。
「で、その者は、今どこに?」
長い歴史の中で剣聖を手に入れられた皇帝は1人もいない。
愚鈍な王と影で揶揄される自分が、歴代皇帝がなし得なかった偉業を成すかもしれないその希望に、陛下はすがるようにマイルズに問いかけた。
「はっ」
マイルズはその陛下に対して胸に手を当て頭を下げると、ハッキリとした口調で答える。
「今、陛下の目の前に傅くその方こそ、魔竜討伐にて剣聖の力を発現成されたお方です」
マイルズの言葉に陛下は目を見開き、顔を青くして、軋む首をゆっくりとカインの方に向ける。
その表情が絶望に染まる様を、その場にいた誰もがただ見守るしかなかった………。




