EP.51
獣人の身体能力をフルに発揮してもの凄い速さで私の方に駆け寄ってきたカインは、私と魔竜の間に身を滑り込ませ、私を守るようにその背の後ろに庇った。
「イブ、なぜ君が魔竜の前にいるんだっ!
君は馬車で休んでいるはずじゃなかったのかっ!」
困惑した顔で強い口調でそう言うカインに、私は握った片手を顎に当て、クスンと潤んだ瞳でカインを見上げた。
「私はカインの役に立ちたかっただけなのじゃ〜〜。
そのように声を荒げられては傷つくではないか……」
ウルウルと私に見上げられ、カインはウッと言葉に詰まると、小さな咳払いをして自分を落ち着かせていた。
「わ、分かった、ごめん」
小さく頭を下げるカインをニコニコ見ていると、視界の端に顎を外して驚愕している魔竜の顔が映る。
その魔竜にカインの背中越しに真っ黒で禍々しい圧を放つと、魔竜はピーンと背伸びしてカタカタ小さく震えている。
「とにかく、ここは危ない。
君は離れていてくれ」
ガチャッと音を立て、魔竜に向かって剣を構えるカインから、言われた通りに離れながら、私は魔竜にしか見えない角度からその顔を下から睨み上げ、余計な事は言うなよ?という圧を放っておく。
魔竜はカタカタ震えながら汗を吹き出し、微かにコクコクと頷いた。
「貴様が古代魔竜、邪竜ラグナロクか?」
目の前の巨大なドラゴンに対し、カインは怯む事なくそう言うと、下からラグナロクに声を掛ける。
そのカインに大きな鼻息を噴き出しながら、邪竜ラグナロクは地を這うような声で答えた。
「いかにも、我こそが邪竜ラグナロクである。
獣の分際で我の前に立ちはだかった事、後悔させてやろう」
ラグナロクはそう言うと巨大な尻尾を素早く振り上げ、バシーンッ!とカインに向かって振り下ろした。
それを身体能力だけで避け切って、カインは改めて剣を持ち構えた。
「貴様に滅ぼされた街や村がどれほどあるか………。
貴様はここで必ず倒すっ!」
カインがそう宣言すると、ラグナロクはグァッハッハッハッ!と大地を揺るがす笑い声を上げ、遥か頭上からカインを見下ろした。
「獣の分際で我を倒すとのたまうとは、命知らずの犬っころめ。
良かろう、通常であれば貴様のような者を我自ら相手になどせんが、今回は特別にこの手で捻り潰してくれようぞ。
我にも諸事情というものがあるのでな」
カインの遥か後方から睨みを利かす私をチラッと見て、ラグナロクはブルリと震え上がりながらカインを威圧的に見下ろすという器用な芸当を披露して見せた。
そのラグナロクに、諸事情とは?と小首を傾げながらも、カインには一分の隙もない。
………ほぅ、カインめ。
この討伐の為にロベルトとイグナーツに師事して鍛え上げてもらっていたが、また格段に腕を上げておるな。
カインから漏れ出る覇気に私は満足気に頷いた。
ロベルトとイグナーツはこの帝国でも10数人しかいないソードマスターの称号を持つ凄腕の剣士。
そんな人材をどうやってアルムヘイム家の前女主人が見つけてきたかは謎だが、ソードマスターが皇帝に仕える事自体は珍しい事では無い。
国のトップである皇帝に仕えてこそのソードマスターではあるが、今のあの皇帝に仕えようというソードマスターは1人もおらん。
ゆえに2人は身分を隠し、侍従と執事としてレイに仕えている。
レイにソードマスターが2人も仕えているなどと知れば、あの憶病者の皇帝がレイに対して何をしでかすか分からぬからじゃ。
まぁ、それで向こうが何かをしてきたところで、ソードマスター2人に対して何をどうこう出来るとも思えんが。
レイの望んだ事が、出来るだけ静かな環境で勉学に勤しみたい、というものだったゆえ、それを邪魔して騒がしくなるような事をロベルトとイグナーツも望んではおらなんだ。
もちろん、レイが即位し皇帝となれば2人も堂々とソードマスターである事を公表出来るゆえ、そうなればレイの治めるこの帝国で存分にその腕を振るわせる事だろう。
その2人に指南を乞うたカイン自身も、既にソードマスターとなる素質は十分にある。
ロベルトから聞いた話ではカインの力は現役のソードマスターである2人でも防ぎ切るのが難しいほどだとか。
ソードマスター2人を相手にして互角に渡り合えるなら、私の睨んだ通りカインはその上を目指す事が出来るだろう。
そうなれば誰がエブァリーナとカインの婚姻に文句を言えるものか。
皇帝であれアルムヘイム公爵であれ、もう誰にも何も言わせん。
この古代魔竜討伐で必ずカインは化けるはずだ。
その為、私は自分の手でラグナロクを滅さずに、カインのレベルアップの為のサンドバッグとして残しておいたのじゃ。
さて、このドラゴンの王。
邪神ラグナロクとやらはその役目を担う事が出来るのかの。
期待外れであった時は私がさっさと滅してやろう。
時間が勿体無いからの。
そんな事を考えながら、遠目からジーっとラグナロクを薄目で見つめていると、ラグナロクは焦ったように天に向かって咆哮を上げ、早速ドラゴンフレアをカインに向かって吐き出した。
巨大な炎の塊がカインに向かって一直線に襲いかかる。
あの巨体から放出された炎ゆえ広範囲に被害を及ぼすであろうその炎の塊から、カインは一歩も引く事なくスゥッと深く息を吸い込むと、逆に炎に向かって走り出し、地を蹴って空高く飛び上がった。
手に持った剣を空に向かって掲げ、それを炎の塊に向かって真っ直ぐに振り下ろす。
「氷華、真空斬りっ!」
カインの剣が氷を纏い巨大な炎を真っ二つに切り裂くと、ラグナロクの放ったドラゴンフレアが蒸発して霧に変わりあっという間に霧散していった。
「なっ!我のドラゴンフレアが一度ならずと二度までもっ!」
カインが来る前に私に放ったドラゴンフレアと今の分で、間を置かずして2発を放ったラグナロクは、流石に肩で息をしながら苦し気に荒い息を吐いている。
ふむ、ドラゴンフレアを斬ったあの技は、もう既に近い力が宿っていたな。
しかし、まだちいと足りぬ。
あれ程の忌まわしき力を取り込んだドラゴンであれば、魔族同様聖魔法で倒すしか無いのだが、カインならば違う力で倒す事が可能であろう。
覚醒すれば、の話だが。
手を出したくてウズウズする手を押さえ、私はカインの戦いを見守る事に集中する。
ドラゴンフレアを一刀両断したカインの方も、力を使い過ぎたのか肩で息をしていた。
「獣人よ、やはり貴様はここで我が倒さねばならぬようだ。
貴様から良からぬ力を感じる……。
この世にまたあの存在を誕生させる訳にはいかぬのでなっ!」
バサッと羽を動かし、ラグナロクはあっという間に宙に舞い上がった。
長い年月で石像のような見た目になっているその羽でまだ飛べる事に関心していると、ラグナロクは体を垂直に伸ばし、そのまま真っ直ぐにカインに向かって加速した。
「黒星爆竜突きっ!」
ラグナロクの巨体が重力を利用して加速する事により、そのスピードと力は増幅されカインに向かってのし掛かる。
「リフレクトシールドッ!」
咄嗟に魔法防壁を展開したカインだが、その防壁でラグナロクの攻撃を防ぎきれず、その巨体によって地面に叩き潰されてしまった。
「ガハッ!」
カインが口から血を吐き声を上げる。
身体強化をしていなければそれでは済まなかっただろう。
「これで即死せぬとは、頑丈な奴よ。
しかしそうでなければ今ので楽に死ねたというのに」
地面に激しく亀裂が走り、ラグナロクが突進した場所が激しく凹んでいる。
その中心でボロボロになったカインが倒れたまま、ピクリとも動かない。
私はそれを見て自分の腕に爪を立て、フーフーと息を吐きながらただ耐える。
カインを信じておるから、ここで激昂する訳にはいかぬ。
倒れたカインを見下ろしながらニヤニヤと笑う憎き魔竜の胸を貫き、心臓を引き摺り出してやりたい衝動を必死に耐えた。
その時、カインの体がピクリと動き、フラフラとしながらも身を起こし、地面に剣を突き刺しそれを力を込めて握ると立ち上がった。
額から流れる血で片目を閉じながら、傷だらけのカインはそれでも自分の足でしっかりと地を踏み立ち、再びラグナロクに向かって剣を構える。
そのカインにラグナロクは意外そうに片目をピクリと動かした。
「ほぅ、生きてはいるがもう立ち上がれぬだろうと思っておったが。
まだ痛めつけ足らぬか。
次こそは死なせてやろうぞっ!犬っころがっ!」
そう言ってラグナロクは咆哮を上げ、地面に更に亀裂が走った。
ビリビリと空気を震わせるその咆哮にもカインは怯まず、剣を強く握り倒れる事も無かった。
そしてカインは落ち着いた様子で静かに口を開いた。
「我が名はカイン・クライン。
誇り高き黒豹一族の獣人。
お前を倒し、俺は必ずイブと婚姻する」
ゆらりとカインの体から静かに銀色の覇気が溢れ出て、それを見たラグナロクが焦ったように口を大きく開いた。
「まだそのような力が残っていたかっ!
貴様だけは絶対に覚醒させんぞっ!
ヘル・フレアブレスッ!」
ついにラグナロクから3発目のドラゴンフレアが放たれ、地獄の業火の如き炎がカインを襲った。
だがカインはそれをかわし飛び上がると、剣に先程よりも強力な氷を発現させ、ドラゴンフレアに対して大きく振りかざした。
「氷華、真空斬りっ!」
カインの剣技でまたしてもドラゴンフレアを蒸発され、ラグナロクは絶望をその顔に浮かべる。
「くっ、しかし、貴様とてもう体力の限界っ!
そのような体でそんな大業を使えば、あとはもうっ!!」
言いながらカインが先程までいた空中を見て、ラグナロクは驚愕に口を開いた。
「なっ!いないっ!どこにっ⁉︎」
「俺ならここだ」
ラグナロクの言葉にカインの声が答え、ラグナロクはその声がする方をふり仰ぎ、自分の頭上より高く飛んでいるカインの全身から放たれる銀のオーラに言葉を失った。
「……電撃………」
カインが天高く掲げる剣にバチバチと銀の雷が集まり、それが大剣に変わってゆく。
その様を絶望的に見つめ、ラグナロクは口をパカっと開いた。
だが、その奥でドラゴンフレアの火がプスプスと燻るだけだった。
力を使い過ぎていたのはラグナロクの方だったようだ。
カインはその瞳に銀色の光を揺らめかせ、大剣を力強く握ると、それをラグナロクの巨大な首目掛けて斜めに振り下ろした。
「雷神滅斬っ!」
カインの気合いと共に振り下ろされた雷の大剣が、ズシャッと音を立てラグナロクの首と胴を真っ二つに引き裂いた。
ドサッと土埃を上げ地面に落ちたラグナロクの首が、ゴロゴロと私の方に転がってくる。
その額を人差し指で突き止めると、ラグナロクが今だ信じられないとでも言うように呟いた。
「まさか………剣聖が覚醒するだなどと………」
そのラグナロクの首に、私はクックッと笑ってゆっくりと口を開いた。
「首だけになってもまだ喋れるか。
……さてはお主、随分デカい欠片を飲み込んだな?」
私の言葉に今にも事切れそうなラグナロクは、呆然として独り言のように呟く。
「我はあの時……主が討たれたあの場所で、破裂した1番大きな欠片を飲んだのだ。
いつかかの方が復活なされるその時に、主のその力ごと我を吸収して頂く為に……」
ラグナロクの目に浮かぶ涙を眺めながら、私はその額に手をかざし、銀色の光で包んだ。
「やはりあやつに仕えていた眷属であったか。
お主はここで死ぬ。そしてあやつも既に消滅しておる。
欠片持ちは全て私が滅するから、あやつの復活など、お主のただの妄想に過ぎん」
私の冷酷な声に、ラグナロクはブルブルと怒りで頭を震わせた。
「おのれぇ……忌まわしき大聖女よ……我が主を裏切り……あのような………。
いや、待て、貴様………。
だがなぜ、貴様からあの大聖女の力が………いや、やはりそれだけでは無い………。
き、貴様、まさか……その力は大聖女と……あんこくのお………」
そこまで言って意識を手放していくラグナロクに、私はコソリと小声で囁いた。
「………大聖女など最初からいなかった。
あやつを滅ぼしたのは、神の力よ」
そう言ってクックッと笑う私を絶望に見開いた目に写し、ラグナロクは完全に事切れた。
やはり古代魔竜はあやつの眷属であったか。
あの大戦の折に姑息な手で戦地を混乱させたドラゴンがいたという話は、本当であったのだな。
そのドラゴンがあやつの欠片を呑み邪竜となったのがこのラグナロクであったのだろう。
言葉を話せるのもあの時代に人の側にいた為。
私はラグナロクから奪った箱を眺め、これがあれば救えたであろう命を想った。
過ぎた事はもうどうにも出来ない。
だが、これから起こるであろう最悪の事態は、この時代を生きる私達が食い止めねばならない。
それが過去から私達に託された、大いなる願いなのだから………。




