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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.50


「凄い瘴気です、いくら一級光魔法使いの我々高位神官がいても、これではこの先にはもう……」


古代魔竜が根城にしている岩山を、魔獣や魔物を倒しながらここまで来たものの、いよいよ古代魔竜のもう目前にまで辿り着いたものの、その魔竜から放たれる濃い瘴気のせいで討伐隊は進軍出来ず足止めを余儀なくされていた。


教会から選別された一級光魔法使いである高位神官達にも太刀打ち出来ないその瘴気に、皆が困惑している。


「皆様、ご安心下さい。

今から聖女様のお力がこちらに届きます。

聖女様のお力を信じてお待ち下さい」


結界魔法で姿の見えない私の声に、皆が半信半疑な顔でザワつき始めたのを見計らって、私はあくまでアメリアさんからの力を受け取った体で両手を天高く掲げ、聖魔法を放った。


「今、聖女アメリア様からそのお力がこの地まで届きました。

皆様にどうか聖女様の祝福を。

オールブレッシング」


やはりそれっぽい事を言いながら私が放った聖魔法でみるみるその場が浄化されていく。

瘴気によって腐った植物や土が生命を取り戻し、清浄な空気に満ちていくのを皆が呆然とした顔で見つめていた。


「……凄い、これがあの聖女様の御力……」


「人間性はどうあれ、聖女の力は本物だったのだな……」


「聖女様のお力添えがあれば、本当にあの忌まわしい古代魔竜を討てるかも知れぬ」


「そうだ、今度こそ、あの魔竜を……」


土地の浄化に皆の士気まで上がった上に、アメリアさんの評判まで上げてしまいましたわ。

うふふ、私ったら良い仕事をしましたね。


更に皆を鼓舞するように、私は聖魔法を放った。


「皆様に神のご加護と聖女様の祝福を、クルセイド」


支援系魔法により皆の士気が更に上がり、それぞれの戦闘能力まで向上させたところで、私は疲れ切った顔を装い、ロベルトとイグナーツに申し訳なさそうに声を掛けた。


「私はここまでです。この場所で馬車の中で皆様をお待ちしていますわ。

魔力が回復いたしましたら、高位神官様達と後方支援に回ります」


フラフラとした足取りの私をカインが支え、メイドの待つ馬車に乗せると、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「エブァリーナ様、どうかご無理はなされず、ここでお待ち下さい。

必ず吉報を持って貴女の所に戻ります」


私はそのカインの頬を震える指で触れ、急激な魔力消耗による過労で肩で息をしながら、微かに微笑んだ。


「……ええ、貴方を信じていましてよ、カイン。

どうか無事に私の所に帰ってきてね」


私のその手をギュッと握り、カインは真剣な顔で頷いた。

その後ろでロベルトが泣きそうな顔で鼻を啜る音がする。


「エブァリーナ様、どうかご安心下さい。

カインは俺達が必ず無事に連れ帰りますよ」


「ええ、ロベルトの言う通りです。

どうかエブァリーナ様はゆっくりとお体をお休め下さい。

聖女代行人の大役、誠にご立派でしたよ」


気遣ってくれるロベルトとイグナーツに、私は儚く微笑みながら、目尻に涙を滲ませ懇願するように口を開いた。


「どうかソードマスターであるお二人が、カインをお導き下さい」


私の言葉に2人は驚いたように目を見開き、同時にフッと笑った。


「いやぁ、エブァリーナ様にはなんでもお見通しですな、まいったな、こりゃ」


「我々の力を知ってらっしゃるなら、カイン卿の心配は無用ですね。

今はご自身のお力を取り戻す事だけお考え下さい」


その2人に私は小さく頷き、カインを見つめた。


「………どうか、無事に帰ってきてね、カイン」


「もちろんだ、イブ………」


少しの間見つめ合い、カインは静かに私の乗る馬車から離れると自分の馬に跨った。


「行こうっ!ロベルト殿っ!イグナーツ殿っ!」


「おおっ!」


「参りましょうっ!」


カインの呼びかけに2人が応え、3人は古代魔竜に従える魔獣と魔物の群に飛び込んで行った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さてと、待たせてすまないね、イブちゃん2号や」


変装魔法でメイドに姿を変えていたイブちゃん2号の魔法を解き、エブァリーナの姿に戻してから、既に赤髪の魔女に姿を変えていた私はニッと笑った。


「いいえ、魔女様、お気遣い痛み入りますわ。

それで私はどうすればよろしいですか?」


エブァリーナ然として微笑むイブちゃん2号に、私は満足気に頷いた。


「私は今、聖女代行として聖魔法を使ったばかりだからね、マナポーションを飲んでもすぐには動けないくらいの魔力を使ったという設定だ。

当分はここで大人しくしておいてくれれば良い。

戦況を見て私の力が必要だと判断すれば指示を出すゆえ、高位神官達と共に後方支援に回っておくれ。

感覚共有で遠隔で魔法を使うが、治癒の呪文はあらかた覚えておるの?」


私の問いにイブちゃん2号は頷いて答えた。


「はい、光魔法の治癒の呪文は完璧に、エブァリーナ様の唱え方まで覚えております」


ふむふむ、さすが私の分身、優秀じゃな。


「では私が遠隔で魔法を使う時にそれらしく振る舞っておくれ。

まだ魔力が完璧に戻っていないという演技も忘れずにな」


私からの指示にイブちゃん2号が頷くのを確認して、私は馬車の床に転移魔法陣を展開した。

それを見たイブちゃん2号が首を傾げる。


「魔女様は何故、向こう側に魔法陣がなくても転移出来るのですか?」


私の為に魔法を学んでくれているイブちゃん2号に感動しつつ、私はピッと指を立てた。


「それは私はだいたいの目的地に遠隔で魔法陣を飛ばせるからの。

誤差の修正は転移中にしてしまうゆえ、どこでも転移出来るのじゃ」


私の返答にイブちゃん2号は納得したようにニッコリと微笑んだ。


「さすが私のマスターですわ」


エブァリーナと一文違わぬその微笑みに、私はまた満足して頷くと、転移魔法を発動させる。


「では、ちょっくら行ってくるよ」


転移寸前にそう言って手を振ると、イブちゃん2号は頭を深々と下げて見送ってくれた。


「いってらっしゃいませ、マイマスター」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なんだお前はっ!どこから現れたっ!」


岩山のような巨体をビクリと震わせ、私に向かって怒鳴る魔竜に、私は耳を塞ぎながら不機嫌に眉を顰める。


「やかましいトカゲじゃな、少しは静かにせんか」


ムッとして言い返すと、魔竜は一瞬ポカンとした後、額に青筋を浮かべた。


「1000年を生きるこの我を、トカゲじゃとっ!」


古代魔竜の雄叫びに山まで震え、雪崩のように石や砂がザラザラと崩れ落ちてくる。


「やかましいと言っておるのが分からんか。

所詮は低脳なトカゲの類じゃな」


はぁっと溜息をついてやると、古代魔竜は怒りで声も出ないのか青筋を立て、私を睨みつけてきた。


「貴様は何者だ……どうやってここまで来たか聞いておる。

良いか?それだけ答えればお前にはもう用はない。

踏み殺してやるから、早く答えぬか」


地の底を揺らすような魔竜の低くドスの効いた声に、私はクッと皮肉気な笑みを漏らした。


「やはりトカゲ並みの脳みそしか持ち合わせておらんようだな。

答えれば殺すと言われて答える者がおる訳がなかろう」


クックックッと楽し気に笑う私を、魔竜は血管が切れるのではないかという様子でギリギリと睨み付けている。


「………もう良い、命知らずの愚かな人の子よ。

本来なら貴様など我が直接手を下す価値も無いが………」


そう言って魔竜は片方の前足をゆっくりと持ち上げ、それをバシーンッと私に向かって振り下ろした。

私のいた場所の地面にヒビ割れが起こるほどの衝撃に砂埃が舞う。


「蟻を潰したところで我には暇潰しにもならんがな」


クックックッと楽し気に笑う魔竜だったが、ややしてピクリと片目を動かし、私を踏み潰したはずの前足が己の意思とは関係無くグググッと持ち上がる事に目を見開いた。


魔竜の前足を片手で受け、それをグッと持ち上げながら、私は魔竜に向かってニヤリと笑った。


「ほぅ、どうした?これがどうかしたか?」


傷一つ無い私に、魔竜は衝撃を受けたような顔で冷や汗を流している。


「……なっ、馬鹿なっ……き、貴様は一体、何者だっ!」


馬鹿の一つ覚えのようなその問いに、私はハッと笑った。


「このような僻地にいては知りもせんか。

私は赤髪の魔女、貴様達、魔の者を滅する存在じゃ」


ゴゴゴッとオーラを放ち、私は魔竜の前足の一部を掴むとそこに魔力を込め、軽々と魔竜を持ち上がらせた。


「なっ、そんなっ、馬鹿なっ!きっ、貴様があのっ、魔族殺しの赤髪かっ!」


やっとその声に微かな怯えが混じった瞬間、私は持ち上げたその巨体をバシーンッと地面に叩きつけた。


「ガッ!きっ、貴様っ!」


憎々し気にコチラを睨み付けてくる魔竜の体を再び持ち上げ、またバシーンッと地面に叩きつける、それを2度3度続けてやると、魔竜はカッと口から軽く血を吐いた。


「なっ、我が、地面に叩きつけられた程度でこのようなダメージなど……」


苦し気な息をつく魔竜に、私はクッと笑った。


「そこの地面を土魔法で強化してあるからの。

分厚い鉄の板に叩きつけられているのと同様の衝撃はあろう。

更に貴様の中に魔力を張り巡らし、その硬い表皮を人間並みに弱体化してやっているからな、内臓にまでダメージが届いておるという事じゃ」


ナーハッハッハッと笑いながら更にバシーンッバシーンッと地面に叩き付けてやると、魔竜はカッ、ガハッと声を上げ口から血の泡を流し始めた。


「き、貴様……ふざけた真似を……ちょこざいな………」


苦し気だがまだ悪態をつく元気のある魔竜を、手加減の調整とは難しいものだと思いながら、最後に思い切りバシーンッと地面に叩きつけ、パッと手を離した。


「グハァッ!」


叫び声を上げながら口からボタボタと血を流し、それでも魔竜はフラフラと立ち上がって私の真正面に立った。


「き、さま……一体、何がしたいのだ……」


その目の奥に私への恐怖を押し隠し、毅然にも立ち塞がる魔竜に対して、私はフッと鼻で笑って返した。


「なに、ちょいとお前さんが隠している物に興味があるだけじゃ。

そいつを頂けば、()()お前さんには用が無い」


私の返答に魔竜はビクリとその体を揺らし、明らかに狼狽えながら、何故か声を顰めた。


「………何故それを貴様が知っている。

あれは我の物だ、貴様如きには渡さん」


ギリギリと奥歯を鳴らす魔竜に、私は再びハンッと鼻で笑った。


「何が我の物じゃ。奪っただけであろう。

お主が持っていてもただの宝の持ち腐れになるだけじゃて、大人しく私に渡すんじゃな」


私の言葉に魔竜は顔を憤怒に染め、パカッと口を開くとその奥に炎の塊をメラメラと燃やした。


「ほぅ?ドラゴンフレアでも吐くつもりか?

良いぞ、やってみるがよい」


私がそう言った瞬間に魔竜の口からとてつもなく巨大な炎の塊が私に向かって放たれた。

そのドラゴンフレアに私は片手を広げ、受け止めるように小さく呟く。


「イノセントカオス」


銀と黒の光が渦を巻くように混ざり合い、私を覆ってドラゴンフレアに激突した。

瞬間、私の力がドラゴンフレアを凌駕し、空中で大きな爆発音を轟かせ掻き消えた。


「ば、馬鹿な………その力はあの忌まわしき大聖女の………いや、それだけでは無い。

その力は、我が主を滅した、あの………」


口の端からプスプスと煙を漏らし、魔竜はついにガタガタとその巨体を恐怖に震わせる。


「なぜ貴様がその力を………まさか、貴様はっ!」


恐怖と驚愕で震える魔竜に、私は静かに手を差し出し、ニヤリと笑った。


「気が済んだか?なら早く寄越すんじゃな」


私の黒い圧に魔竜は慌てて自分の腹の下の土を掘り、そこから銀色に光る箱を取り出すと慎重に口に咥えてブンっと私の方に放った。

それをキャッチすると、その箱をガチャリと開け中を確認して私は頷く。


「うむ、良かろう」


満足気に笑う私に安堵したように、魔竜は自分のいる岩山の崖下を顎でフイっと指し示す。


「気が済んだならもう行け」


強い口調ではあるが、その声には明らかに私への恐怖が滲んでいた。


「ふむ、確かにもう私はお主には用は無いが………」


顎を掴み思案する私の背後から、遠くに人の気配を感じ、私はニッと笑うと後ろを振り返った。


「イブッ!なぜ君がこんな所にっ!」


魔竜と相対するかのような私の状態に、遠くからカインが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。

そのカインに悟られないよう、私は魔竜に小さく囁く。


「私はもうお主に用は無い、が、あの者と闘い勝てばその命、助けてやろう」


ギッギッギッと首を回し、下から真っ暗な洞窟の底のような目で見上げてやると、魔竜はすくみ上がりガタガタと震え出した。


「う、うむ。あの獣人の雄を殺せば我には絶対に手を出さぬのだな?」


カタカタと震える口で魔竜はそう言うと、命乞いをするように憐れな目で私を見つめる。


「ああ、そうじゃ。約束しよう」


クックックッと不気味に笑う私に震え上がる魔竜の振動で、地面がカタカタと揺れていた。




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