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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.49


超特級魔獣討伐の為、険しい山岳を進む私の隣で、ご機嫌な様子で話しかけてきた男性に、私は柔らかく微笑み返した。


「いや〜〜、本当にうちの坊ちゃんの婚約者にあんな素敵な令嬢がなってくださるだなんて、纏めて下さってありがとうございます、エブァリーナ様」


ニコニコと人懐こい笑顔を私に向けるその人物、ロベルトは、レイの侍従の1人だった。


「いやまったく、うちの賢い気難しやの坊ちゃんには、あれくらい豪胆で快活な令嬢じゃなきゃ無理ってもんですよ。

なんせうちの坊ちゃんは一つの課題に対して次々にあらゆる可能性を見出しちゃ、あーじゃ無いこーじゃ無いと結局決めきらないんですから。

それをこれからはシルヴィアお嬢様が決めてくださるんでしょ?

いや、本当に助かります」


彼もまたレイの高すぎる頭脳による特性に悩んでいたようで、その全てを解決し得るシルヴィアという存在に救われた1人、という事なのでしょう。


「いいえ、こちらこそ。

今回の討伐隊に加わってくれた事に感謝致しますわ。

でも、本当にレイから離れて良かったのかしら?ロベルト」


私の心配をよそに、ロベルトはハッハッハッと豪快に笑った。


「いやいや、帝宮の離宮にいた時ならこんなに坊ちゃんの側を離れようという気にはなれませんでしたが、今のアルムヘイム家の邸にいるなら全く心配ありませんよ。

あのアルムヘイム家の強固な守りを掻い潜り、坊ちゃんをどうこう出来る奴がいれば、そりゃ私共でも敵わない相手でしょうね。

なぁ、イグナーツ?」


ロベルトに話を振られたイグナーツ、レイ付きの執事はフッと笑って頷いた。


「そうですね、そんな相手がいれば、の話ですが」


この2人ともう1人の侍従、そしてメイド2人。

この5人で赤ん坊の頃からレイを守ってきてくれたのです。

私もジルヴィスも子供の頃から顔見知りではあるのですが……。


「やはり今回も彼には会えませんでしたね」


残念そうな私の言葉にイグナーツが申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ない、シャダフは帝宮に潜入して今だ目を光らせている最中でして」


そのイグナーツに私は軽くフルフルと頭を振った。


「いいえ、彼のお陰で帝宮内で起こっている情報を一早く手に入れられているのですから、いつも感謝していますわ」


そう、レイ付きの侍従であるシャダフが帝宮に潜り込み、重要な情報をこちらに流してくれるからこそ、今まで私達は常に先回りして事を進めてこられたのですから。

彼はかつての教会の腐敗した者達を炙り出す時も随分と活躍してくれました。

枢機卿達に、カハルに票を入れれば今までの罪から逃れられると囁いた正体不明の人物こそ、シャダフだったりします。

大変に優秀な間者なんですよ。


「いいえ、私もサイドレンの一族に簡単に会えるとは思っていませんわ」


ニッコリ笑うとイグナーツが片眉を上げて、楽しげに口の端で笑った。


「やはりお気付きでしたか、シャダフがサイドレンだと」


そのイグナーツに私は何も言わず、ふふっと笑い返した。


サイドレンの一族。

隠密行動に長けた謎の小集団。

サイドレンには何故か希少なスキルを持って生まれる特性があり、隠密、変装、諜報を得意とする。

どの国でも彼らを欲しがるけれど、彼らは自分が認めた主人にしか仕えない。

その一族の1人であるシャダフが赤ん坊の頃からレイについていると言う事は、レイがサイドレンから認められた証拠。

それはなかなかある事では無い。

サイドレンの能力は、皇帝となるレイには必要不可欠な力だと言って良いでしょう。

その力を手にした時から、既にレイは皇帝になる事を約束されたも同然だったのかもしれませんね。


馬上で話す私とイグナーツの間にロベルトがぐいっと割り込んできて、不思議そうに首を捻った。


「私やイグナーツ、あの双子のメイドは、エブァリーナ様のお祖母様、リネット夫人から遣わされた者ですが、シャダフはいつの間にか存在していたと言いますか、レイ坊ちゃんに仕えるようになった経緯がいまいちよく分からんのですよ」


うんうん首を捻るロベルトに、イグナーツが真面目な顔で前を見つめたまま静かに口を開いた。


「その事だが、実は私は一度だけ、奴がいつの間にかレックス殿下のお側に侍り出した頃に聞いた事がある。

お前はどこから来たのだと。

シャダフはただ一言、レックス殿下の母君に頼まれた、と言っていた」


静かなイグナーツの口調に、私もロベルトも黙り込んでしまった。


レイはシャダフを自分に付けたのはお祖母様だと勘違いしていたけれど、本当はレイのお母上だったのかもしれない。

サイドレンの一族は自分で主人を決める。

もしかしたら、シャダフが主人と慕っていたのはレイのお母上だったのかしら、ね。


そんな事を思いながら馬を進めていると、先頭辺りからカインが私の所に駆けてきた。


「エブァリーナ様、お疲れではありませんか?」


私を気遣うように眉に皺を寄せるカインに、私はニッコリと笑って答えた。


「いいえ、馬には慣れていますから。

馬車よりは疲れていませんわ」


私の返答に隣でロベルトが笑い声を上げた。

その彼の方を見て、カインは頭を下げる。


「ロベルト殿、この度はご同行頂きありがとうございます」


カインがそう言うと、ロベルトはカインに向かってヒラヒラと手を振った。


「いやいや、エブァリーナ様の護衛の任をいただけるなど、こちらこそ礼を言いたいくらだ」


ヘラヘラ笑うロベルトに今一度一礼してから、カインは今度はイグナーツの方に顔を向ける。


「イグナーツ殿も、ありがとうございます」


カインが頭を下げると、イグナーツは優しくそのカインに笑いかけた。


「いえ、我々は主人であるレックス殿下に命じられ、エブァリーナ様の護衛についてきただけですから。

貴方はお気になさらず」


そのイグナーツにカインがもう一度頭を下げていると、ロベルトが呆れたような声で言った。


「しかし、アルムヘイム公爵様もお人が悪い。

古代魔竜の討伐をカイン殿に命じるとは」


そのロベルトの言葉にイグナーツがかけていた眼鏡をクイっと指で押し上げながら、やれやれと首を振った。


「これは公爵様からカイン卿に与えらたチャンスだ。

古代魔竜討伐に成功すれば、国はカイン卿に侯爵位を与えるしかなくなる。

エブァリーナ様と婚約したければ、今回の事を成し遂げてみせよ、と公爵様は仰りたいのだ」


神妙な顔付きのイグナーツに、ロベルトはまだ呆れ顔で両手を後頭部の後ろで組んだ。


「いや、俺はな、あっいや、私は……」


畏ろうとするロベルトに私はニッコリ笑い、気にしないでと軽く頭を振る。

その私の反応にロベルトはバツが悪そうに鼻の頭をかきながら、話を続けた。


「いや、俺はね、エブァリーナ様の事を昔からよく知ってるんで、どうしても婚約の為に試練を与えられるってのが歯がゆいわけよ。

カインだってそうだ、ジルヴィス様に連れられ、うちの坊ちゃんに会いに来た時、カインはまだ14歳だったか。

そんな頃から知ってると、ついなぁ。

もっと普通に結ばれる事は出来んのかねぇ」


まるで優しい心配性の親戚のようなロベルトに、お祖母様が彼をレイに付けた気持ちが理解出来た。

ロベルトのような見知った人間全てを思いやれる人間が、赤ん坊の頃に母親を亡くしたレイには必要だったのだと思う。


そんなロベルトの話に、イグナーツは反対に眉間に皺を寄せた。


「何を言うのかと思えば。

エブァリーナ様は公爵家、しかもあのアルムヘイム家のご令嬢だ。

シルヴィア様同様、皇家に嫁ぐのが1番自然であるようなお方。

そのエブァリーナ様がお選びになったのは、子爵令息であるカイン卿。

お二人の身分差はあまりにも大きい。

その問題を解決する為のチャンスをカイン卿に与えるという事は、私はもう、アルムヘイム公爵はお二人の仲を認めているも同然だと思うがな」


眼鏡をクイクイと上げて、下らない事を言うなとでも言いたげなイグナーツに、ロベルトは溜息をついた。


「しかし、そのチャンスが古代魔竜の討伐なんてなぁ。

厳しすぎやしないか、と俺は思うね。

今までアルムヘイム家当主でさえ、退ける事は出来ても討伐は出来なかったような相手だってのに」


ロベルトは真剣にカインの身を心配して、それを命じたお父様に憤りを感じてくれているようだった。

そのロベルトにカインは少し嬉しそうに顔を緩ませ、照れたようにはにかんだ。


「ロベルト殿、ご心配いただきかたじけない。

だが俺は、イグナーツ殿の言うようにこれはアルムヘイム公爵閣下が与えてくれた最大のチャンスだと思っている。

古代魔竜の脅威度から、国は例えそれがどんな人間でも、討伐に成功した者には侯爵位を与えると公言しているのだから。

これから先、俺がどれだけ功績を上げようと賜われる爵位は伯爵位が限界だと思う。

あのアルムヘイム公爵様がもし後押しして下さったとしても、そこまでだ。

俺が獣人である限り、それは変わらないだろう。

だからこそ、公爵閣下は俺にこの大役を与えて下さったのだと思う。

俺はその公爵閣下の想いに応えたい。

必ず古代魔竜を倒し、国から侯爵位を賜る。

そしてエブァリーナ様との婚姻を公爵閣下に認めて頂く」


静かにだけれど強い決意の篭もったカインの言葉に、ロベルトとイグナーツは満足げに頷いた。

カインの決意が揺るぎないものと知り、2人も安心してくれたのだと思う。


「まっ、エブァリーナ様までこの討伐隊に同行する事になるとは、流石の公爵様も思ってもみなかったでしょうけどね」


カッカッカッと小気味良く笑うロベルトに、私もニッコリと笑った。


「私は大神殿から出られない聖女様の代行人ですから。

古代魔竜討伐などという危険な任務であれば、同行して当然ですわ」


ふふっと知らぬ顔で笑う私の隣で、正直者のカインが冷や汗を流している。


そうなのです、私、この度、畏れ多くも聖女様から〝聖女代行人〟というありがたいお役目を頂きました。

お体が弱く、険しく厳しい道のりになる討伐に自らは参加出来ない聖女様が、光魔法の使い手の中から最も自分と相性が良く、尚且つ魔力の強い者をお選びになり、〝聖女代行人〟として認めたのです。

その〝聖女代行人〟に選ばれたのが、この私、という訳です。


この度の聖女様の聖魔法のお力は今までの聖女様の中でも歴代トップですから、遠く離れた大神殿からでもその御力を振るう事が可能なのです。

ですがその御力を受け取り、戦地に届ける中継役がどうしても必要な為、〝聖女代行人〟という新たなお役目が生まれたという訳ですわ。


………うふふ、白々しい?はい、解散。でございますか?

まぁ、悲しいわ。

そんな事を言われては、悲しみの果てにバシリスク辺りを手当たり次第ぶっ飛ばしながら涙に暮れなければいけませんね………。


えっ?やっぱりよく考えたら、良いアイデアに思えてきた、ですか?

まぁ、ご理解頂き望外の喜びですわ。


とはいえ、皆様のご指摘通り、これは全て私が前線で聖魔法を使う為の全て方便です。

アメリアさんのお力では討伐に連れて来ても何の役にも立ちませんからね。

ですが彼女はセルフプロデュースにかけては天下一品の才の持ち主です。

赤髪の魔女の指導の元、わりと真面目に鍛錬を重ね、今ではまるで奇跡を起こすがの如く聖魔法を発動する術を身につけられました。

大神殿で彼女が巨大な聖魔法を使うフリをして、戦地で私がそれを受け取り聖魔法を自軍に与えるフリをすれば、私は何の気兼ねもなく自分の聖魔法を発揮出来るという訳です。


回りくどい方法かもしれませんが、こうでもしないと私が人の見ている前で聖魔法を使う方法がありませんからね。

多少の不便は致し方のない事です。


ちなみに、アルムヘイム家の令嬢である私が〝聖女代行人〟に選ばれた事はトップシークレットですので、その事は限られた一部の人間しか知りません。

今も姿を認識できなくする結界内の中にいます。

許可された一部の人間しか結界内には入れません。

それゆえ、レイがロベルトとイグナーツを私の警護にあたらせてくれているのです。

2人は一流の侍従と執事ですから、私の事を決して他には漏らさないでしょうし、私とは昔からの顔馴染みですからね。

これほど適任の人選もないでしょう。

流石レイは物事を良く考えています。


「エブァリーナ様が聖女代行人としてこの討伐に同行する事が決まった時の、あの公爵様の顔………。

俺は公爵様があんなに表情豊かだったとは思わなかったね」


クックックッとまだ笑っているロベルトをイグナーツが冷やかな表情で見つめている。

昔からこの2人は正反対の反応をするのだけど、不思議と息はピッタリなのよね。

阿吽の呼吸とでも言うのかしら?とても自然にお互いの背中を預け合うのですから、人って分からないものだわ。


「何にしても、この古代魔竜討伐はお父様が決められた事ですから。

どんな人選であれ、討伐の為には文句も言えないでしょう。

今回は聖女様のお力をお使い頂くのです。

今までの討伐のように、最後の決め手が無いという状態とは違いますわ。

必ず古代魔竜を倒し、カインと私の事をお父様に認めさせてみせます」


黒い笑顔で笑う私を見て、ロベルトやイグナーツだけでなく、カインまでカタカタと震え上がっている。


あらあら、殿方はいけませんね。

大敵を前にもう武者震いですか?

血気盛んでいらっしゃること。




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