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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴
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EP.4


「………これを、本気で……君の両親は、何を考えて、こんな事を………」


ぶるぶると怒りで震えるお父様は、ついに持っていた手紙をグシャッと握りつぶしてしまいました。


「……父と母は、昔からシャルロッテを特別可愛がっていましたから……。

公爵家から私を名指しで婚約者に望まれた時も、何度もシャルロッテの間違いじゃないのかと問い合わせていました……」


悲しげに顔に影を落とすお母様に、お父様は苦しげに頭を何度も振り、お母様の両手を自分の両手で優しく包んだ。


「間違いなどではない、私が君を望んだのだ。

君の家でもシャルロッテ嬢でも無く、君個人に婚約を申し込んだ。

ああっ!私は本当に何て愚かだったのだっ!

それさえキチンと伝える事さえ出来ていなかったっ!」


ギュッとお母様の手を握るお父様を、お母様が涙を滲ませながら嬉しそうに見つめた。


「……そうだったのですね……嬉しい……公爵様……」


「ああ、セシル、どうかスペンスと呼んで欲しい。

私達は夫婦なのだから」


お父様の願いにお母様は恥ずかしげにコクンと頷いた。


スペンスというのは、お父様の名前、スペンサーの愛称。

私がエブァリーナなのにイブとお父様に呼ばれているのと同じですね。

それにしても、愛称で呼んでもらうとか、そんな事は婚約期間中に済ませておいて欲しかったですわ、お父様。

それが無理ならせめて新婚の間に、とか。

結婚して8年目の夫婦にしては、随分と情けないですこと。


「君も、私が君の家に申し込んだのだと思っていたのか?」


お父様が顔を覗き込むと、お母様は申し訳無さそうに頷いた。


「……はい。だから、私でも、妹のシャルロッテでも、どちらでもいいのかと……。

ですが両親がいくら問い合わせても、アルムヘイム家からの返事は、私との婚約を望む、というものでしたから、そのうち両親も諦めて、私で話を進め始めました。

……ちょうどその頃くらいかしら……シャルロッテが、公爵家に嫁ぐにはお姉様は痩せ過ぎていて貧相過ぎる、と甘い物を昼夜関係なく勧めるようになってきたのは。

私は元々、そんなに華奢な体型でも無かったし、何故シャルロッテがそんな事を言い出したのかその時は本当に分かりませんでした。

でも、私はシャルロッテのように社交的でも無いし、公爵家について何も知らなかったので、そんなものなのねと思って、シャルロッテに勧められるがまま甘い物や脂濃い食事を……。

気が付いた時には必要以上に醜く肥え太ってしまっていて、美しい貴方に嫁ぐには、私ではもう合わないと思っていたのに、貴方は何も言わずにそのまま婚姻してしまって……。

ですから私、シャルロッテにアドバイスを貰いながら痩せる努力を……」


お母様の告白にお父様を目を丸くして、あり得ないとでもいうように微かに頭を振った。


「何を言うんだ、セシルッ!

君が醜く肥え太っていたなんて事、そんな事は一度も無かったっ!

君はいつでも可愛らしく、私はそんな君をまともに見つめる事さえ出来なかったというのに……。

確かにあの頃君は多少ふくよかではあったが、私はてっきり君が食べる事がただ単純に好きなのだと思っていた。

だが我が家に嫁いでからは食事をまともに摂る事も無くなったので、口に合わないのかと何度もシェフを変えたのだが……」


そのお父様の言葉に、今度はお母様が目を丸くして声を上げた。


「まぁっ!罪の無いシェフをクビになさったのですかっ!」


「い、いや、うちには合わないだけで、皆腕の良い者ばかりだったから、紹介状付きで他家に行ってもらっただけだ」


お母様に険しい顔で詰め寄られて、お父様は慌てて首を何度も横に振る。

その返事にお母様はホッとしたように胸を撫で下ろした。


「そうですか、良かった………。

私のせいで酷い目に合わせてしまったのかと……」


安心して微かに微笑むお母様を、お父様はポゥッと熱の篭った目で見つめていた。

使用人にまで心を砕くお母様の優しさに惚れ直しでもしたのでしょうけど、惚けるのもそこまでです。

さぁ、もっと核心に迫って下さいませね、お父様。


キャッキャッと無邪気に足でお父様のお尻を蹴ると、お父様はハッとしたように顔を上げて、お母様に話しかけた。


「……では、君の生家では私が君個人では無く、君の家に対して求婚したのだと誤解したままなのだな?

だから子を産めない体になった君に、私と離縁して、代わりにシャルロッテ嬢と私を婚姻させようと、君にこんな酷い手紙を………。

そして、シャルロッテ嬢だが、彼女は私に君に他に想う相手がいると嘘を吹き込み、そんな相手と無理やり引き離してしまったという罪悪感を植え付けた。

更に君には、健康を害するような体重の増減をさせ、その体に無理を押し付けた。

君がシャルロッテ嬢から言われた減量方法は、一体どんなものだったのだ?」


お父様からの質問に、お母様は一瞬息を呑み、言いにくそうに渋々と口を開く。


「……食事を摂らず、睡眠も最小限で我慢する事です………。

………それから、社交界の淑女達は皆やっている事だと言われ、血を抜いていました………」


おずおずとそう言うお母様に、お父様は真っ青を通り越して真っ白な顔色で、まるで金魚のように口をパクパクと声も無く動かしている。


「……なっ、血?血を、抜いていた、だと?

君が邸に招いていた、あの医者かっ?

医療に携わるような人間が、必要も無い人間の血を抜いていたというのか………?」


金魚のようなお父様から掠れた声が絞り出され、お母様は恥いるようにギュッと自分の膝の上で服を握って微かに頷いた。


「…………申し訳ありません。

シャルロッテに紹介された医者でしたから、信用し切っていて……。

美しさの為に血を抜くなど、最初は戸惑っていたのですが……肌が今より白くなりますよ、と言われて……」


今にも消え入りそうなお母様の様子に、複雑な顔で天蓋を見上げていたお父様は、ガバッとお母様の肩を掴み、ゴクリと喉を鳴らす。


「そ、それで………一体どこに……体のどこに傷をつけて血を………?」


必死な形相のお父様にお母様は諦めたように、寝着の肩の部分をスルリと下にずらした。

左側の二の腕の上の辺りに、何本もメスで切り裂いた痕が残っている。


それを見たお父様は辛そうにギュッとキツく目を瞑ると、そのままお母様を強く抱きしめた。


「……セシル………愛しい人………。

どうかもう、私の大事な君の体にこんな事はしないと約束して欲しい………」


声を震わせるお父様を、お母様もギュッと抱きしめ返して、涙声で答えた。


「……ごめんなさい、スペンス……。

私、どうかしていたわ………。

もう2度とこんな事はしないと、イブと貴方に約束します……ごめんなさい………」


嗚咽を上げて泣きじゃくるお母様の髪を優しく撫でながら、お父様はギッと宙を強く睨んだ。


「食事も摂らず、睡眠さえまともに取っていなかったのなら、君の判断能力が低下していたのも無理は無い。

肝心なのは、君をそこまで追い詰めた人間をどう裁くか、だ。

遠隔操作で君を操ったシャルロッテ嬢とは別に、実行犯がこの邸に紛れ込んでいる筈だ。

君の食事を制限したり、眠りを制御していたのは誰だ?」


地の底を這うようなお父様の低い声に、お母様はビクリと体を震わせ、カタカタと震えながら口を開いた。


「じ、侍女のロタよ……彼女がシャルロッテの指示通りに私の減量を手伝ってくれていたの……」


「ロタとは、元々シャルロッテ嬢の侍女だった者だな?」


依然低く掠れたお父様の声に、お母様は怯えながらも頷いた。


「ええ、私が嫁ぐ際にシャルロッテが私専用の侍女にと付けてくれたの。

私の元々の侍女は子爵家の令嬢で、当時はまだ若かったから、どこかに嫁がせてあげた方が良いって。

ロタは貴族では無いけれど、シャルロッテの乳母から侍女になった人で、年も重ねていて経験豊富だし、お姉様に譲るわ、と言ってくれて……。

シャルロッテはロタを凄く信頼していたから、本当に申し訳なかったけど、シャルロッテは言い出したら聞かないところがあるから………」


お母様の説明を聞いたお父様は、小さく舌打ちした後、その顔に底知れない怒りを浮かべた。


「どうやらその者は、まだシャルロッテ嬢の侍女のままのようだ。

君がシャルロッテ嬢の指示通りにするように、この邸で監視していたのだろう。

乏しい食事を用意するのも、主人を起こしておくのも、侍女という立場なら容易かっただろうな………」


ギリギリと歯軋りをしながらお父様は立ち上がると、ズカズカと寝室の扉に近付き、バタンッと激しい音を立て、それを開いた。


「ロタはいるかっ?」


怒りを押し殺したようなお父様の声に、そこで待機していたロタが飛び上がりながらお父様の前に進み出た。


「は、はい、閣下、こちらに」


お父様の目の前で深く頭を下げながら、ロタはガタガタと激しく震えている。

お父様はそのロタの襟首を掴み、乱暴にズルズルと引き摺っていくと、廊下と部屋を繋ぐ扉を開け放ち、そこで威厳ある声を張り上げた。


「兵はいるかっ!」


そのお父様の声にすぐさま呼応して、ドタバタと何人かの足音が廊下に響く。


「ハッ!お呼びでしょうか、閣下」


面白そうなので部屋を透視してその様子を眺めていた私は、ニヤリと口元に笑いを浮かべた。


「この反逆者を地下牢に繋いでおけ。

婦人付きのメイドや使用人もだ。

後ほど尋問を行うゆえ、その用意もしておくのだ」


そう言って乱暴にロタを兵に引き渡すと、お父様は踵を返した。


「ハッ!畏まりましたっ!

皆を捕まえろっ!」


お父様からロタを引き渡された兵の掛け声で、他の兵が一斉にお母様付きの使用人達をひっ捕えていく。

思わぬ捕物が見れた私は、満足げに鼻から息を噴き出した。

あら?はしたないわね、ごめん遊ばせ?


「スペンス……あの、これは一体………?」


まだ状況が理解出来ていないお母様に、先ほどまでの鬼のような形相から一変、お父様は優しく微笑むと再びベッドに腰掛け、お母様の髪を愛おしげに優しく撫でた。


「もう大丈夫だ、セシル。

君の周りでよからぬ動きをする者は、もう居ない。

暫くはイブの使用人を一緒に使いなさい。

イブのベッドもここに移動させよう」


ニッコリ笑うお父様に、お母様は信じられないとでも言うように頭を小さく振った。


「でも、だって……それでは慣習から外れてしまいますわ。

母と子は別々の部屋で過ごすのが高位貴族の習わしなのに……」


おどおどとした様子のお母様に、お父様は安心させるようにその頬を優しく撫でる。


「それは母親の体が健康で、子供の部屋に通えてそこで過ごせる状態であれば、だ。

君はベッドから起き上がるのも精一杯の状態ではないか。

それにイブと使用人を同じにするなら、一緒の部屋にいた方が都合が良い。

どうかな?君が嫌なら、違う方法を考えるが」


「いいえっ!嫌などでは、決してっ!

ありがとう、スペンス……私、今までの分もこの子と過ごしたいわ……」


お父様の提案に、お母様は縋り付くように飛び付いた。

お母様が1番飢えていたのは、きっと我が子と過ごす時間だったのだわ。

まだ赤ん坊の私を、誰よりも渇望していた。

それは母親として、とても自然で当たり前の事。

それさえ奪われていたお母様に、それさえお母様から奪った鬼畜な者達………。


さぁ、断罪の時間です。

世間知らずで非力なお母様から、その醜い欲望の為全てを奪おうとした愚か者どもよ。

十分にお母様は傷つけられたわ。

次はあなた方の番ですわよ。


クックックッと黒く笑う赤ん坊にも気付かず、お父様とお母様はお互いに夢中な様子ですけど。


私はどうやら、娘の好きだったお話達の中に出てくる悪役令嬢、という役回りなのかもしれませんね。

生後半年にして黒い笑顔が止まらないのだけど。

いつの時代も権力を持つ女性は悪役に回されるのだから、嫌よね本当。

これが平民に生まれていれば、いくら黒く笑おうと性格の悪い人物で済むというのに。


ふぅむ、と自分の生まれと黒い性格により、進む道が危ぶまれる事に悩む私など放ったらかして、目の前の夫婦はまるで新婚のようにイチャついていた………まぁ、良い事ですけどね。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



それから直ぐに、私はベッドと使用人と共にお母様の部屋へ引っ越した。

お母様は今までの分を埋めるかのように、起きている時間は私を愛でる事にただ費やしていた。


私の優秀な乳母やメイドが、甲斐甲斐しくお母様の面倒を見て、少しづつ少しづつ食事の量を増やし、種類を変えていき、安眠出来るように様々な努力をしてくれて、お母様の体調は日に日に良くなっていった。


骨と皮だけだった体にも肉が多少は戻ってきて、部屋で伝い歩きをする私を見守るくらいには体力もついた。


このままいけば、以前の(シャルロッテに肉体改造される前の)健康な体を取り戻す事も夢じゃないと思う。


………ただ悔やまれるのは、ズタボロにされた結果、子供を産めない体にされたという事実………。


こればかりは、どうする事も出来ません………悔しいですが、まだ、今は………。


私とてまだ非力な赤ん坊ですから。

まぁ少しお待ち頂けたら、と思います。

そうですわねぇ。

お母様が30歳になる頃には、私もそれなりに成長している事でしょうから、ね?


今はとにかく、この二足歩行をマスターすることの方が先決ですわ。

ごめんなさいね、お母様。




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