EP.48
「え〜〜、シルヴィ、レイと結婚するのっ?」
お母様からレイとの関係を説明されたシルヴィは驚いたように目を見開いた。
「あらあなた、では何故わざわざ領地から連れ戻され、レイを紹介されたと思っていたの?」
呆れたように問いかける私に、シルヴィは顎に指を当て、ん〜〜?と目だけで上を見上げた。
「シルヴィの新しい玩具かな?って思ってた。
あと、新しい玩具は馬の方が良かったな、って」
そのシルヴィの返答に、その隣でレイが明らかにガンッとショックを受けている。
「ぼ、僕は、う、馬以下………?」
シルヴィの返答に困り顔のお母様の隣で、お父様はしたり顔でご満悦のご様子です。
うふふ、相変わらず大人気ないわ。
娘を持つ父親ってどうしてこうなのかしら。
前世でも娘が結婚する時、夫が拗ねて拗ねて仕方なかったのよね。
私は隣に座るその夫を横目でチラッと見た。
カインはお父様の様子に共感半分、気恥ずかしさ半分といった様子で所在なさそうに目を泳がせている。
レイより馬の方が良かった発言をしたシルヴィに、お母様は困り顔で諭すように言葉をかけた。
「シルヴィ、どちらにしても、貴女はもうそろそろこちらに連れ戻す予定だったのよ。
領地でも淑女教育はしていたけれど、もう良い加減こちらで本格的な教育を始める頃合いだったの。
16歳になる年には貴女もお姉様のように社交界デビューをして、良いお相手を見つけなければいけなかったのですから。
貴女、いつも王子様と結婚したいと言っているじゃない。
レックス殿下は正真正銘の皇子様なのよ。
成人されたら皇太子様におなりになるのだから、貴女の理想そのものじゃない」
お母様の言葉にレイがピクリと耳を動かし、不貞腐れた様子のシルヴィの方に顔を向けた。
「君の理想って、どんなの?」
単純に好奇心でそう聞いたレイは、この後シルヴィの思いもよらない回答に愕然とする事になる。
「王子様と結婚して、私が一国を牛耳るの。
邪魔な建物を排除して、緑いっぱいの国にするのよ。
それから沢山の動物を放って、動物王国にするの」
無邪気なシルヴィの笑顔に、レイは真っ青になって絶望的な声を出した。
「………帝国の危機だ……」
またも問題が発生したレイは、今にも頭を抱えそうなくらい顔色が悪い。
私はそんなレイに助け舟を出すように口を開いた。
「そうねぇ、他国に影響力の無い小国であれば可能かもしれないけれど、この帝国では少し難しいかしら。
まぁ、この国は広いから皇家の領地にそのような場所を作っても良いかもしれませんね。
ですがシルヴィ、レイはいずれ皇帝となるのですから、その伴侶になるには今のままという訳にはいきませんよ?」
無邪気で屈託のないシルヴィですが、これでいて実は領地で淑女教育を完璧にこなしているのです。
このまま学び続ければ、皇太子妃教育も難なくこなせてしまうでしょう。
私とお母様とて、何も本気の野生児を未来の皇后にしようと考えていた訳ではないのですよ?
シルヴィにはそれだけの賢さと天性の強さが備わっているから、レイの申し込みを受けたのです。
私の話にシルヴィはふ〜ん?と小首を傾げ、レイの方に体を向けた。
「レイって皇帝になるの?」
シルヴィの問いにレイは肩を軽く上げて短く答える。
「ま〜ね」
「ふぅ〜ん」
短い2人の会話を見守っていると、シルヴィは何事か考えるように顎を掴み下を向いて、ややしてパッ顔を上げた。
シルヴィの様子に何事かと黙って見ていたレイは、驚いてパチパチと瞳を瞬かせる。
そのレイの顔を身を乗り出しマジマジと見つめ、シルヴィは納得したように一度頷いてから口を開いた。
「良いわ、シルヴィ、レイと結婚してあげる。
その代わり私は皇后陛下ね」
シルヴィの言葉にレイは驚きを隠せず目を見開いた。
「君に皇帝と同等の権限を与えろって事っ⁉︎」
素っ頓狂な声を上げるレイに、シルヴィは腕を組んでうんうんと頷いている。
そのシルヴィにワナワナと震えながら、レイは恐る恐るといった感じで再び口を開いた。
「君………まさか本当にこの帝国を動物王国にするつもりじゃ……」
そう言って自分自身の言葉に冷や汗を流すレイに向かって、シルヴィはアハハッと笑い声を上げた。
「違うわよ、いえ、違わないけど」
どっちか分からないシルヴィの返答にレイはついにダラダラと汗を流した。
そのレイにシルヴィは慌てたように手をパタパタと振る。
「あっ、そうじゃなくて。
帝国全体をそうするのはやめとくわ。
イブお姉様の言う通り、皇家の領地で我慢しとく。
あのね、皇帝ってたくさん決めなきゃいけないのよね?」
シルヴィの言葉にレイは訝しげに眉を顰めた。
「それは、帝国のあらゆる事を決める権限はあるけど………」
それをどうするつもりだ?と言わんばかりの険しいレイの表情に、シルヴィは困ったように眉を下げた。
「だったら、皇帝って大変な仕事でしょ?
色んな事を自分が決定して、その結果まで1人で背負わなきゃいけないじゃない。
レイみたいなもやしっ子じゃ、すぐに倒れちゃいそうだし。
だからシルヴィが皇后陛下になって助けてあげる、ね?」
コテンと首を傾げるシルヴィに、レイはピタリと表情を固め、その大きな瞳を信じられないとでもいうように更に見開いた。
「………君、僕にかかる重圧を一緒に背負ってくれるって、言ってる?」
レイの言葉にシルヴィはぶんぶんと元気に頭を縦に振った。
「そうそう、大変な事はシルヴィとレイで半分こ。
そしたらレイも楽になるでしょ?
難しい事はレイが考えれば良いけど、私の直感も役に立つと思うんだ。
レイが悩んで1人で決められない時はシルヴィが決めてあげる。
そうしたらどんな結果になってもレイ1人の責任じゃないよ。
シルヴィも一緒に背負ってあげるから、ね?」
目の前の屈託の無いシルヴィの笑顔に、レイの瞳に涙が溢れ出す。
レイはその顔をシルヴィに見られたくないのか、慌てて下を向いて、震える小さな声を懸命に絞り出した。
「……うん、じゃあ、それで良いよ……」
レイの震える肩を見つめながら、私はまだ10歳の子供には重すぎる責任を課したことに胸が痛んだ。
それでももう、この国の未来を背負うのはレイしかいない。
そのレイの傍に、無邪気で裏表の無いシルヴィがあるのなら、きっとレイは救われる筈だわ。
我が妹ながら、私や兄のように捻くれず真っ直ぐに育ってくれたシルヴィに感謝するしかありませんね。
本当にまったく、誰に似たのかしら。
あの天然の純粋さはまさにアルムヘイム家の秘された宝だわ。
「何にせよ、アルムヘイム家から皇后を出すなら、それは皇后陛下以外には認められない。
殿下が納得しているなら、シルヴィアは未来の皇后陛下候補として」
「候補では無く、これは既に決まった話です」
往生際の悪いお父様の言葉を厳しく打ち消し、お母様がハッキリと言い切った。
あらあら、お母様はすっかりレイを気に入ったみたい。
お祖母様が密かに守り育ててきたレイだもの、現アルムヘイム家の女主人として、そのレイにシルヴィを嫁がせる事は予定調和といったところかしら?
お父様は苦虫を潰したような顔で、ゴホンと咳払いをしてから厳しい低い声を出した。
「うむ、では………シルヴィアとレックス殿下の婚約は……2人が成人した後に、正式に結ぶ事とする……だがっ!もしシルヴィアが途中で気が変わったり、殿下がシルヴィアを娶るに足らぬ器と私が判断した場合はっ」
「まぁ〜〜、2人とも、アルムヘイム家当主から許しが出ましたよ。
本当に良かったわ〜〜」
またしてもお父様の言葉を遮り、お母様が破顔して2人に向かって拍手をしている。
お父様はガクッと肩を落とし、もうそれ以上何も言えなくなってしまった。
ふふふ、本当にお母様はお強くなったわ。
私を産んだばかりのあの頃に比べたら、もう別人のようね。
それもこれも、お父様とお母様が夫婦でしっかりと向き合う時間を作ってきたからね。
夫婦でどんな事でも語り合い、お互いを分かり合えば、悲しいすれ違いなど起きようもありませんもの。
それにしても、しっかり夫婦の時間を作っている夫婦こそ、何故か奥さんの方が強くなるのよね。
………何故かしら?
ふ〜むと首を傾げる私の隣で、カインが何かを思い出し、同類を見るかのように目を細めてお父様を見つめているのは、何故かしら?
まぁそんな事より、今は妹の婚約が決まった事を心より祝いましょう。
「婚約おめでとう、シルヴィ、レイ。
うふふ、困ったわ、妹に先を越されるだなんて。
このままでは私が2人の邪魔者になってしまいますわぁ」
含んだ言い方をしてお父様をチラッと見ると、お母様が私を援護するようにキラキラした目で口を開いた。
「まぁまぁまぁ、それは大変っ!
確かに、姉より先に妹の縁談を纏める訳にはいかないわ。
イブの婚約も急がなくちゃ、ねぇ?あなた」
母娘の包囲網からもがいて逃げるように、お父様がブンブン頭を振って、話にならないというように冷めた目で私を見た。
「何を言う、それならジルヴィスの方が先だ。
どうなんだ、ジルヴィス、気になる令嬢はいないのか?」
私の話を鼻で笑って、お父様はさっさとジルヴィスの方に話題を変えてしまった。
そのお父様に、ジルヴィスが穏やかに微笑んで答える。
「そうですね、気になる令嬢というよりも、どうも気になるくだらない謀の匂いがするので、それを潰す為に僕の婚約を利用しようとイブと話してはいますね。
ですから僕の事は心配無用です」
ニッコリ笑うジルヴィスに、お父様はピクリと片眉を上げた。
「……ほぅ?また何事かを企む輩がいるという事か。
だが、お前は本当にそんな事でいいのか?」
お父様がつまり、ジルヴィスの婚約をそんな事に利用しても良いのか?と心配している訳ですけど、それは仰る通りですわ。
今回の話を掴んだ時に、自分の婚約を利用して潰そうとジルヴィスが言い出した時には私も驚きました。
確かに、それが1番全てがスムーズに収まる方法ですが、他にもやりようはいくらでもあるのに………。
ジルヴィスはたぶん、今回の事で犠牲になるあの方に同情しているのよね。
なんだかんだと言って、ジルヴィスは優しいから………。
ジルヴィスはお父様を真っ直ぐに見つめ返し、迷いの無い表情で静かに頷いた。
「良いんですよ、僕が決めた事ですから」
お父様はそんなジルヴィスに一度頷き、もうそれ以上は何も言わなかった。
そんなお父様に、ジルヴィスはニヤリと笑って口を開いた。
「そんな訳で、僕の事でお茶を濁すのは無理ですよ。
さぁお父様、イブの婚約についての話を進めねばなりませんね」
相変わらずのジルヴィスからのナイスパスに、私はお父様を真っ直ぐに見つめ、真剣に言葉を発した。
「お父様、私はここにいるカイン・クライン子爵令息と」
「ならんっ!」
予想通りのお父様の反応に、私は冷たい目でお父様を見つめた。
父と娘の間に流れる冷え切った空気に、その場にいた全員が固唾を飲んで見守っている。
「公爵家の娘ともあろう者が、子爵家程度の者との婚約など、話にならんっ!」
取りつく島も与えないといったお父様の頑強な態度に、私は冷えた眼差しでそれを打ち返した。
「あら、それはこの国を治める皇帝の落ち度ですわ。
クライン子爵のその功績を考えれば、本来なら伯爵位を賜っていてもおかしくありませんのに。
歴戦の功績者に対して最初に与えられていたのはただの男爵位、しかも一代貴族でしたのよ。
赤髪の魔女様の尽力で獣人への偏見を失くそうという世論を受けてやっと、子爵位を賜り世襲貴族となったくらいで。
それでも私はまだ足りないと思っていますわね。
全くこの国の中央政治はどうなっているのかしら?
あら?そう言えばお父様もその中央政治に関わるお一人でしたわね。
しかも1番発言力のある家門の当主ではなかったかしら?
特に軍事部の失態に関しては、お父様の責任と言っても過言ではないですわよね?
あらあら、残念ですわぁ。
私の素敵なお父様が、政治に関してはこんなに無能な方だっただなんて。
これはもう、お早めに引退なさってジルヴィスに引き継がせるのが良いのではないかと思ってしまいますわぁ」
1に対して10言い返されたお父様は、ぐぬぬっと悔しそうに唇を噛んでいる。
「………クラインに関しては、私も何度も共に戦い、その功績は陛下に伝えてきた……が、あの者はクラインが獣人であるという事だけの理由で、正当な評価さえしないのだ……。
世襲貴族の子爵位を与える時でさえ、最後まで獣人の貴族が続くなど、と反対しおって……。
確かに、クラインの功績を考えれば伯爵位、いや奴はこの私の片腕同様に戦えるほどの人間、侯爵位を賜ってもおかしくはないのだ、本当なら……」
ギリギリと唇を噛むお父様は、何やら陛下との煩わしいやり取りでも思い出したのか、怒りを瞳に浮かべ、ギッとカインを睨んだ。
「カインよ、そなたはどうだっ?
そなたはどんな犠牲を払ってでも、我が娘を手に入れる気概があるか?」
半ば八つ当たり的に睨まれたカインは、真っ直ぐにお父様を見つめ返し、その瞳に力を宿した。
「はい、私は必ず公爵様に認められる男になってみせます。
そしてイブの夫になってみせます」
その揺るぎない強い瞳の光に、お父様はフッと小さく笑って少しだけ表情を柔らかくした。
「よし、ならばそたなは父を超えて見せろ。
あの愚かな分からず屋に自分の力を認めさせ、侯爵位を賜ってみせれば、イブと夫婦になる事を認めてやろう」
お父様も強い眼差しでカインを見つめ、それに応えるようにカインは深く頭を下げた。
「はっ、必ずや功績を立て、侯爵位を賜ってみせます、イブの為に」
そのカインの姿勢に、お父様は満足げに頷いた。
あらあら、随分簡単な条件ですわね。
正直ちょっと拍子抜けしましたわ。
でも丁度良かったわ。
これから暑くなりますし。
………仮面って夏は蒸れるんですよねぇ。




