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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.47


邸の敷地内にある木々が生い茂る林の中から、レイの怒鳴り声が聞こえ、最近日常となりつつあるその光景に、私とカインは顔を見合わせると微笑ましげに笑い合った。


「やめろって!危ないだろっ!お前は猿かっ!」


まぁ、我がアルムヘイム家の姫に対して、〝猿〟だなんて聞き捨てなりませんけどね。


ふふっと笑いながら声のする方に向かうと、大木のてっぺん近くの太い枝に腰掛け、足をプラプラしながらレイを見下ろすシルヴィと、それを見上げながらハラハラと気遣わしげに大木の下をウロウロしているレイの姿が見え、私ははぁぁっと深い溜息をついた。


「あっ!イブお姉様っ!ヤッホーッ!」


頭上から私を見つけ無邪気に手を振るシルヴィ。

それでやっと私に気付いたレイが、泣きつくように私に駆け寄ってきた。


「イブ姉様っ!アイツを何とかして下さいっ!

僕もう嫌ですっ!あんなののお守りなんかっ!」


涙目のレイを少し不憫に思いながらも、私は厳しい声で答える。


「アルムヘイム家の令嬢を自分の婚約者にと望んだのは貴方ですよ。

私がお父様とお母様に頼み込んであの子を領地からこちらに戻したのです。

自分の言った言葉の責任も取れないなら、初めから口にするべきではありませんでしたね。

いいですか?貴方の言葉に従い動いた人間の顔に泥を塗る行為は良い行いとは言えません」


ピシャリと私に言い返されたレイは、グッと喉を鳴らし、悔しげに唇を噛んだ。


「や〜い、怒られてやんのっ、レイのバーカ」


木の上からキャラキャラと笑うシルヴィをキッと睨みながら見上げ、レイはそのシルヴィに向かって両手を向けた。


「うるさいっ!お前が悪いだろっ!どう見てもっ!」


そう言って風魔法で頭上のシルヴィを包み、フワッと浮かすとゆっくりと地面に着地させた。


「わぁ〜お、変な感覚で楽しかったぁ。

でもシルヴィ、自分で降りられたけど?」


「シルヴィア、わ・た・く・し」


「はぁい、わ・た・く・し」


「だからっ!そこじゃないっ!」


シルヴィと私とレイの掛け合いに、カインが楽しげにクスクス笑っている。



レイからの要望に応え、シルヴィアをこちらに呼び戻して10日。

田舎の山々を自由に駆け回りすくすくと育ったシルヴィを、自分の我儘でこちらに連れてきたのだから、責任を持ってシルヴィの遊び相手になりなさい、とレイに命じた時は、レイはあのヒキガエルの一件がすっかりトラウマになっていたらしく、鳥肌を立てて涙目でごめんなさい、他の子にします、あの子を領地に戻して下さい、と懇願してきました。


もちろんそんな我儘は通りません。

レイには責任を持ってシルヴィの遊び相手という名のお守り役になってもらったのですが、頭を動かすのが好きなレイと体を動かすのが好きなシルヴィは常に反発し合い、なかなか打ち解けませんでした。


ですがそれも、自由奔放で屈託のないシルヴィにレイが振り回されるという形でそれなりに解消されてきたところです。


あの2人は2人なりに、だんだんと仲良くなっていると思えるのは大人の勝手は希望的観測かしら?


「イブ、最近2人を見ていて思うんだが」


ギャーギャーと言い合うレイとシルヴィを微笑ましく見つめていると、カインがふいに話しかけてきた。


「まぁ、なぁに?」


くるりとカインを振り向き見上げると、カインは目を細めレイとシルヴィを見つめながら、ふはっと楽しげに笑った。


「いやあの二人、最初はどうなるかと思ったけど、意外に似合いだなと思って」


目を細めて笑うカインの頭の後ろから、木々の葉っぱから溢れた木漏れ日がキラキラと光る。


「ええ、ちょうど私も同じような事を考えていたところよ。

あの2人が皇帝と皇后になれば、この国もきっと今より楽しい場所になるわ。

ですが、2人はまだ子供だもの。

これからどうなるかは誰にも分からないわよ?

それに、姉が妹より行き遅れる訳にもいかないし、ね?カイン」


カインの袖を優しく引っ張ると、カインはカァっと頬を染めて、小さな咳払いでそれを誤魔化した。


「そうだな、まずはこっちが先だったな」


カインが私を甘く見つめ、私もそれに同じように見つめ返した。

2人きりの世界に入った私達に気付いたレイとシルヴィは無意識に両手を繋いでそんな私達を食い入るように見つめている。


「えーゴホン、ちょっといいかな?」


甘く見つめ合う私とカインにお邪魔虫なジルヴィスが申し訳なさそうに話しかけてきて、私はジルに聞こえよがしに舌打ちをうった。


「あのね、子供の前で大人なムードを漂わせているところに大変申し訳ないんだけど、父上と母上が庭園で皆とお茶をしようと待っているよ」


あら?そう言えば午前中にお父様がそんな事を言ってたわね。

仕方ないわ、たまには皆で集まってお茶するくらいなら。

カインとはいつでも、あの赤髪の魔女の秘密小屋で楽しめるもの、ね。


とはいえぶすっとした顔でジルヴィスを黙って見つめていると、シルヴィがピョンピョン飛び跳ねながらジルヴィスに抱き付いた。


「ジルヴィスお兄様っ!シルヴィの好きなスコーンはある?」


無邪気な妹にジルヴィスは破顔しながら、その髪を撫で、シルヴィに答えてやっている。


「もちろん、僕らのお姫様の好きな物は全て用意してあるよ」


「わ〜いっ!やったぁっ!」


両手を上げてジルヴィスに抱き抱えられながら喜ぶシルヴィを、レイがムスッとした顔で見ている。


「ジル兄様、ちょっと甘やかし過ぎじゃありませんか?

10歳にもなって兄上に抱き上げてもらうなんて、普通じゃないですよ?

そうやって兄様達が甘やかすから、ソイツがいつまでも年相応に成長しないんです」


レイの言葉にジルは何のことかと首を傾げているけれど、私はレイの言う事も一理あるのではとふむと頷いた。


確かに、10歳にもなった女子を抱き抱えるなんて、あまりない事かもしれないわ。

国によってその感覚に違いはあるでしょうけど、私が以前暮らしていた場所では、10歳といえば小学4年生相当。

抱っこするには無理がある年齢ね。


私達の対応がシルヴィの成長の妨げになっているなら、それは良くないわね。

でもシルヴィは、こう見えてもの凄くしっかりしているのだけど、それでも抱っこは良くないかしら。


むむむっと眉間に皺を寄せる私を見かねたのか、カインがスタスタとレイに近付き、ヒョイと軽々抱き抱えた。


「ちょっ、カインッ、いきなり何するのっ」


アワアワと慌てるレイにカインはニッコリ笑って、優しくその瞳を揺らす。


「貴方もシルヴィア様も、こうしてまだ大人に甘えて良い年なのですよ。

せっかくですからこのまま公爵様と夫人の所に行きましょう」


フッと笑うカインにレイは顔を真っ赤にしてその腕の中でジタバタと踠いている。


「冗談じゃないっ!公爵とはこの邸に来た時に挨拶したきり、ちゃんとお話も出来ていないのに、こんな不様な格好見せられないよっ!」


焦るレイの抵抗などではビクともしないカインがそのままスタスタと本当に歩き出してしまい、シルヴィを抱えたジルヴィスもその隣に並んで歩き出した。


「何だぁ、レイも抱っこして欲しいなら最初からそう素直に言えばいいのに」


「違うっ!断じて違うっ!」


揶揄うシルヴィに噛み付くように否定するレイを見ていて、私はなるほど、と1人納得をしていた。


年など関係ないのね。

本人がそう望むなら、兄としてジルヴィスはシルヴィを抱き上げていいんだわ。

それに、レイも。

初めはジルヴィスに可愛いやきもちを焼いていたみたいだけど、ジルヴィスとシルヴィの仲の良い姿は、レイには目の毒だったのかもしれない。

それはきっと本人さえ無自覚な感情だったのでしょうけど。


レイの兄であるアーサー様はジルヴィスと同い年だもの。

もし2人を取り巻く環境が、ほんの少し、いいえ、大分違えば、ああやって兄弟で戯れる未来もあったのかもしれない。

例えば、皇后様がレイの母上を害したりなどせず、そして陛下がレイを離宮になど捨て置かなければ………。

まぁ、タラレバなど空しいだけですし、そのタラレバがもし叶ったとして、それでもあのアーサー様なら僕に弟なんていたっけ?とか平気で言いそうですけどね。


だけどそれはレイには分からない。

アーサー様に会った事もないのだから。

周りから聞く話をその賢い頭で総合的に判断して、それなりにアーサー様という人間がどんなものかは理解しているのでしょうけど、それでも、自分にもあったかもしれない〝もしかしたら〟をシルヴィとジルヴィスの姿に重ねてしまうのは、まだ子供であるレイには仕方の無い事なんだわ。


それを誰より先に気付いてレイを抱き上げたカインに、私は胸の中がいっぱいになった。

そうね、あんな自分の弟の存在を知ろうともしなかった薄情な兄より、レイにはカインがいるわ。

それに私もジルヴィスも、シルヴィも。

レイにはこれから、子供らしく兄や姉に甘える事に慣れてもらわなければね。


私は1人クスクス笑いながら、皆の後を追いかけた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「まぁまぁ、我が家も本当に賑やかになった事」


コロコロとご機嫌で笑うお母様を、レイはジトっと見つめて溜息をついた。


「………夫人ならカインを何とか出来ませんか?」


まだカインに抱き抱えられたままのレイは、庭園のテーブルで優雅にお茶を飲むお母様に助けを求めたけれど、ふふふっと微笑ましげに笑みで返され一蹴されていた。


「ふむ、では私が代わろう」


そう言って何を思ったのかお父様がカインからレイを引き取り、代わりに抱き抱えた。


「こっ、公爵っ!そういう事ではありませんっ!

僕は降ろしてほしいんですっ!」


レイの焦ったような声にお父様は不思議そうに首を傾げた。


「むっ、そうでしたか。

これは失礼いたしました、ついシルヴィにするようにしてしまいました」


そう言いながらお父様がレイを地面に降ろすと、レイは足をつきはぁっと安心したように息をつく。


「……まったく、どうなっているんだ、この家は……」


ぶちぶちと文句を言いながら、レイは椅子を引いてそこに座った。


「まぁ、レイ、使用人が椅子を引くまでお待ちなさい。マナーがなってませんわよ」


「マナーどうこう言える家ですかっ!この家がっ!」


ガァっと噛み付くように私に言い返してくるレイを見て、お母様が楽しげに笑った。


「まぁ、オホホ、殿下がお元気になって何よりだわ」


そのお母様をレイは不思議げに見つめた。


「夫人、僕は体調を崩していた覚えはありませんよ?」


そのレイに、お母様が優しく暖かい目で見つめ返した。


「そうですわね、ですが私には殿下が年相応でいられぬ程お疲れのご様子に見えていました。

ですが今はすっかりお元気そうですわ。

やっぱり同じ年頃のシルヴィアと関わるのが良かったのですわね」


お母様がそう言った瞬間、お父様がムッとして口を開いた。


「しかし、シルヴィと親しくするのは良いですが、婚約者として認めるのはそれはまた別の」


「んっ、ゴホンッ、あなた………」


ギロリと横目で睨まれて、お父様はヒュッと空気を喉の奥に飲み込み、口を噤んだ。

お父様とお母様の力関係をまだいまいち理解していないレイだけが不思議そうにキョトンとしている。


「さっ、レックス殿下、お茶はいかが?

焼き菓子もございますわよ。

こちらのスコーンはシルヴィアも大好きなのですよ」


お母様に勧められるまま、レイはスコーンを頬張り、瞬間パァッと顔を輝かせた。


「夫人、確かにこれは美味しいですねっ」


子供らしくお菓子で笑顔になるレイに、お母様は嬉しそうにニコニコと笑った。


「やはり、夫婦になるなら味覚も近い方が良いですものね。

さっ、シルヴィアも殿下のお隣に座ってお菓子を召し上がりなさい」


お母様にそう言われたシルヴィはジルヴィスの腕からピョンと飛び降り、レイの隣に座ってご機嫌でスコーンを頬張り出した。

2人並んでハムスターのように夢中でスコーンをもっもっと食べている姿に、大人チームは声にならない喜びの叫びを上げた。


「うふふ、まぁ本当に、可愛らしい2人ね。

シルヴィの婚約式のドレスはどうなのが良いかしら?

ねぇ、イブはどう思う?」


「そうですわね、2人で揃いの色とデザインにして、それぞれの瞳の色の宝石を飾るのはいかがかしら?」


「まぁっ!それは素敵ねっ!」


キャッキャうふふとはしゃぐ私とお母様を生気の無い目で見つめながら、カインとジルヴィスからまったく同じ心の声が聞こえてくる。


『押し付ける気だっ!次期皇帝に、自分達でも持て余す娘を押し付ける気まんまんだっ!』


その2人の心の声に私がギラリと睨みつけると、2人は冷や汗を流しながら遠くを見つめ始めた。


「うん、今日は天気になって良かったな、カイン」


「まったく、見事なティーパーティ日和じゃないか、ジル」


仲良く肩を組み、私にくるっと背を向けた2人を、私は仕方ないわねと呆れて見つめた。


本当に、何を言ってるのかしら、この2人は。

ここでしっかりシルヴィをレイに押し付けておかないと、シルヴィに縁談などいくらきても絶対に纏まらないというのに。


そもそもレイから望んだ縁談ですからね?

逃げるなど許さなくてよ、レイ。


私とお母様の威圧的な視線に、スコーンを頬張りながらレイがブルリと身を震わせた。




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