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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.45


「面白い事をなさいましたね、エブァリーナお姉様」


我が家の庭園でお茶を飲みながらのんびりした口調でそう言うレックス殿下に、私はニッコリ微笑み返した。

その私の反応をすでに予想していたように、レックス殿下は小さな溜息をついた。


「僕を表舞台に引き摺り出すだなんて、エブァリーナお姉様にしか出来ませんよ」


喜んでいるでも恨んでいる訳でも無い、ただ事実を口にしているだけといったレックス殿下の話ぶりに、私は相変わらずね、とますます微笑む。


「ご自分でも分かっていらっしゃったでしょう?

いつかは自分が表舞台に立つ事になると」


私の指摘にレックス殿下は小さく肩を上げた。


「まぁ、そうなる事は予想していましたが、もっとずっと先の事だと思っていました。

例えば、兄上が皇帝に即位しようとした時か、又は皇帝になった後にこの国が傾いた時か」


淡々としたレックス殿下の口調に、私はあらあらと困り顔で答えた。


「そのような悠長なお考えでいたなんて、ご冗談を。

まさかレックス殿下に限ってそのような甘い見立てでいらっしゃった訳がありませんわ。

私がアーサー様の婚約者となる前に動く事は分かっていらっしゃった筈です」


先程の言葉はレックス殿下の希望的観測に過ぎなかったのでしょう。

私に言い返され図星を突かれた様子のレックス殿下は、残念そうに首を緩く振った。


「………そうですね、エブァリーナお姉様が大人しく兄上の婚約者になる筈がありませんよね……。

はぁ、僕もう少し、表舞台からは隠れていたかったのに。

ねぇ、イブ姉様、ところでもう良くないかな?

ここはアルムヘイム家の邸だよ?

いくら警戒したって、ここに監視を置ける人間なんている筈ないんだしさぁ」


急にいつもの砕けた口調に戻ったレックス殿下、いえ、レイに、私は年長者として咎めるように片眉を上げて見せた。


「レックス殿下、貴方様はこれから皇太子になられる方なのですよ?

そしてゆくゆくはこの帝国の皇帝となられるのですから、いついかなる時も礼節を重んじ、ご自分を厳しく律して頂かなければなりません」


私の厳しい口調にレイはあざとい涙目になり、助けを求めるようにカインを見上げた。


「え〜〜ん、カイン〜〜、イブ姉様が僕を虐めるよぅ。

子供を虐めるいけない大人を懲らしめてよぅ」


そうレイに泣きつかれて、カインは私の後ろでオロオロとしている。


「レイ、カインに迷惑をかけるのはおやめなさい。

それにしても、貴方とカインが既に顔見知りだっただなんて、まったくジルったら、私には何も言わないんだから」


泣き真似をするレイをムッとしながら睨むと、レイは小さな可愛い舌を出して肩を軽く上げた。


「そんなの、あのジル兄様だよ?

優秀なカインを、将来自分達が皇帝に担ぎ上げようとしている僕に紹介しない訳がないじゃない。

それに、カインを連れてたびたび僕の離宮を訪れている事をイブ姉様に言ったら、絶対カインとの密会場所に使うからって、ジル兄様なら黙っているに決まっているでしょ?

イブ姉様ってジル兄様をまだ理解し切れてないよね?」


クスクス楽しげに笑うレイを前にして、私は頬をパンパンに膨らませて口を尖らせた。

まったく、我が兄ながら本当に抜け目がないわ。

あの人、どこまで人を見抜いて動いているのかしら。

私はどちらかと言うと、有り余る自分の魔力に胡座をかいて、頭より力業ありきで物事を考えて押し進めてしまうのだけど、ジルヴィスは完全に知能犯よね。

私の考えている事だって一歩も二歩も先を読んで、なんなら事前に下準備を終えていた事など一度や二度じゃないもの。

お陰でここまでスムーズに事が運んだのだから、今更文句のつけようもないわ。


「で、僕を表舞台に引っ張り出したのは良いとして、本気で僕に皇帝なんか務まると思ってるの?

僕は、僕に興味の無かった人達より更に、人間に興味が無いんだよ?

僕が興味を抱く人間なんて、ほんの少しの人達だけ。

イブ姉様やジル兄様、2人のお祖母様のリネット夫人、僕を育ててくれた使用人達、それにカイン、かな?

あとの人間なんか、僕にとっては顔の無い紙人形みたいなもの。

僕が昔から人への興味が薄い事は、イブ姉様だって知っているでしょ?

国民や臣下がどうとか言われても、へぇ?それで?としか思わない皇帝なんて、国を守れないと思うよ?」


レイの容姿は亡くなったお母様譲りの少女のような見た目で、更に陛下譲りの巻毛の金髪に碧眼なものだから、本当に天使のようなのだけど、口を開くと大変残念な事には私は慣れっこです。

ええ、本当にもう、慣れっこですわ。

至らない僕ではありますが、未来の皇帝たるべく人民を愛し、国を愛してみせます、なんて言葉がその天使のような口から出る事などないと、私には分かっていました。

ええ、分かっていましたとも。


………本当に、全てが万事、とはいきませんわよねぇ。


「レイ、貴方はそれで良いのです。

皇帝としてこの巨大な国を統治するなら、国民だけを思って動く訳にはいかないのですから。

時には非情な判断もまた必要となるのです。

貴方ならその判断を間違えたりしないと、私は信じているわ。

ただ、強さと恐怖だけでは人を支配下に置くだけになってしまいます。

国とはやはり、人なのです。

ですからその人を尊重し皇帝として守る術も、貴方はこれから知っていかねばなりません。

今の皇宮ではそれを学ぶ事は難しいでしょう。

ですから貴方をこれより成人の時まで、我が家で預かるのですから、貴方はこれから、自分なりの皇帝の姿を学ぶのですよ」


私の真面目な顔に、レイはほんの少し、年相応に不安そうな顔を見せたけれど、すぐにそれを誤魔化すようにぷぅっと頬を膨らませた。


「そんなまどろっこしい事してないで、アルムヘイム家が帝位を賜れば良いのに。

その資格も力も十分に持っているくせに、わざわざ僕を担ぎ出さなくても良かったんじゃない?」


往生際の悪いレイに、私は厳しい顔で諌めるように口を開いた。


「アルムヘイム家がそのような事をする必要が無いでしょう。

アーサー様が居なくとも、貴方という立派な皇子がまだ皇家には居るのですから。

それを押しのけアルムヘイム家が帝位につけば、それはほぼ帝位簒奪と変わりなくなってしまいます。

そのような無駄な混乱を我が家が起こすと思いますか?」


私の厳しい口調にレイはまだ拗ねた様子で、でも反省はしたようで、素直に頭を横に振った。

私はそのレイに、今度は優しい口調で話を続けた。


「それにね、レイ。貴方が生まれた時にはアーサー様は既に8歳になろうかという年頃でしたから、もうある程度、その人となりは広まっていました。

皇子としての彼は既にあまりに不甲斐なく、自ら学ぶ事も無い様子で、ただその身分のみで周りを振り回すばかり。

あの陛下と皇后様に溺愛され、甘やかされて育ったのですから、全てをアーサー様のせいにするのもお可哀想ではありますよ?

ですが、そのままあまりにも成長されないその様子に、反面優秀に育つ貴方に期待する者も確かにいたのですよ。

そういった者達は、口には出せなくとも貴方が次の時代を担う事を願っていたのです。

そのような貴方という存在があればこそ、アルムヘイム家は今まで完全には皇家を見限らずにきたのです。

貴方が皇太子になるというなら、アルムヘイム家は再び皇家を盛り立てていくつもりですわ」


そう言ってニッコリ笑うと、レイは諦めたように深い溜息をついた。


「分かったよ、イブ姉様。

僕はこれからこの邸で皇太子となるべく教育を受けます。大人しくね。

あ〜あ、今度は僕が面倒くさい婚約者問題に巻き込まれるのかぁ。

ねぇ、面倒だから僕の婚約者はイブ姉様って事で良くない?」


レイのとんでもない発言に、私の後ろに控えるカインの獣の方の耳がピクリと動いた。

もちろん私にはそれがレイの揶揄いだと分かっていましたし、いくら天才とはいえ彼はまだ10歳。

いくら誕生日がくれば11歳になるとはいえ、まだまだ年相応の可愛らしさの残る年齢。

実は絶賛反抗期中だという事も知っているので、レイの言葉を笑って受け流した。


「いけませんよ、私にはカインがいると分かっていてそんな風に揶揄うなんて」


余裕の態度でお茶を飲む私に、レイはつまらなそうに頬を膨らませた後、ニヤリと笑った。


「………じゃあ、アルムヘイム家の秘された姫ならどうです?

僕の婚約者にいただけますか?」


勝ち誇ったように笑うレイに私は片眉を上げ、密かに小さな溜息をついた。

私達の天才君は、まだまだ、教える事が多そうね。


「よくご存知だこと、と言いたいところですが、貴方の影の後援者はうちのお祖母様ですからね、貴方がその事を知っていても、別に驚きはしませんよ」


平気な顔でお茶の続きを楽しむ私を見て、レイは頬を膨らませ、拗ねたように口を尖らせた。


「なぁんだ。でも彼女なら僕と年も一緒で丁度良いんじゃない?」


レイはどうやら、面倒ごとを今のうちに何とかしておきたくて仕方のない様子でした。

確かに、アーサー様は良い歳になっても身を固める事を嫌い、ついに婚約者を決めないままあんな事になったのですから、まだ幼いとはいえ賢明なレイがその問題を早期に解決しておきたいというその姿勢は立派なものです。


「分かりました、私からお父様とお母様に話してあの子を領地からこちらに移しましょう。

ですが、決めるのはあの子自身です。

レイ、貴方はまだ幼い少女とはいえ、あの子に認められる人間であらねば、我がアルムヘイム家の姫をいただけない事を理解しておきなさいね」


チラッと横目で見ると、レイは満足げにニコッと笑っている。



さて、我がアルムヘイム家の秘された姫の事をお話ししなければいけませんね。

実は、私とジル兄様にはもう1人、兄妹がいるのです。

それが、今年11歳になるレイと同い年の妹、シルヴィア。


私のお産でもう子を望めない体になったお母様でしたが、実は私が聖魔法で少しづつお体を回復させ、見事2人目の子供を懐妊いたしました。


ですが、お母様にとってお産は既にトラウマになってしまっていたのです。

それもそうですわよね。

とてもでは無いけれど、お産など出来ないような状態にまでカテリーナ叔母様に痛みつけられ、前回のお産、つまり私を出産した時には本当に自分の命を落としかけたのですから。

産んだのが聖属性を持つ私でなければ、最悪あのお産でお母様は命を落としていたでしょう。

赤ん坊も無事では済まなかったかもしれません。


そのような奇跡は二度と起こりませんし、お母様自身も私を産めた事は普通では有り得なかったと感じていたようで、その頃には健康な体を取り戻していたとはいえ、次のお産では自分やお腹の子がどうなるか分からないと恐怖を感じてしまったようです。


そのお母様を心配したお父様がお母様を田舎にある領地に送り、そこで心穏やかに過ごさせ、そのままその場所で無事に産まれたのかシルヴィアという訳です。

シルヴィアという名前は、1人だけ養子であるジルヴィスに配慮して、お母様が付けられた名前で、当時ジルはその事にこっそり1人で嬉し泣きしていましたね。

あら、こっそり泣いていたところを覗いていてごめんなさいね、お兄様。

あの頃はまだあんな可愛げがあったんですよねぇ。


そんなシルヴィアですが、次はお父様が私を取り巻く皇家からの執拗な求婚に警戒して、何とそのままその領地で育てると決めてしまいました。

まぁ確かに、距離があるとはいえ、我が家のお抱え魔導士達に頼めば一瞬で転移出来る距離ですから、それはそれで困りはしませんでしたが。


シルヴィアの存在はごく一部の人間にしか知らされていません。

アルムヘイム家の二の姫となれば、あちらこちらから引く手数多の政略的な求婚が来ることは分かり切った事。

しかも私が顔に傷を作った事で、ますますシルヴィアは領地から出せなくなってしまいました。

傷の無いシルヴィアなら良いのではないか?などとあの陛下がアーサー様に持ち掛けてはとんでもない事になりますからね。

ちなみにその時は色々難癖つけて、姉である私も込みでとか、訳の分からない事を言い出していた筈です、あの陛下なら間違いないでしょう。


そもそもアーサー様とシルヴィアでは8歳も年が離れているというのに。

まぁ、若い嫁を貰ってなんぼのこの上流社会でそんな事を言っても相手にはされないでしょうけど。

実際、そこにお互いの想いがあれば、歳の差などは何の問題にもなりませんけどね。


流石にシルヴィアにまで目をつけられてはお父様の堪忍袋も切れていた事でしょう。

シルヴィアを領地で密かに育てた事は、お父様なりのセルフコントロールだったのかもしれません。

レイの為に皇家を潰さず残しなさい、とお祖母様からもキツく言われていたようですし。


「僕は今まで表立っては何の後ろ盾も無かった事になっているから、アルムヘイム家から婚約者を出してもらえれば、煩い連中もそれなりに黙るでしょ?

助かるよ、イブ姉様。

まぁ、隠された皇子、忘れ去られた皇子と呼ばれてきた僕の婚約者じゃ、その子も可哀想かもしれないけどね。

僕なりにその子には紳士的に接するつもりだよ」


既に問題ごとは済んだとご機嫌な様子のレイに、私は口の端を上げてフッと笑った。


「あの子も領地に隠され、大事に育てられてきた子ですから、貴方と境遇は似ていますわ。

分かり合えるところがあればいいわね、レイ」


私は自分の笑いを隠すようにお茶を口に運び、今後2人がどんな化学反応を起こすのか楽しみだわ、と腹の中で笑った。


確かに2人は境遇は似ているけれど、育った環境は違います。

あの子はなかなかの令嬢に育っていますから、それをレイがどう御するか、本当に今から楽しみね、天才君。




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