EP.44
私なりにアメリアさんを聖女として大神殿に送った事に少しは罪悪感があったのですが、それが杞憂に終わった事に密かに胸を撫で下ろした。
アメリアさんはジャラジャラと腕につけた宝石を眺めながら、うっとりとした表情で口を開いた。
「ねぇ、これだけ凄い宝石を身に付けられるなんて、この国の女達の中では私くらいじゃない?
どんな女も私の存在価値には敵わないのよね?」
独り言のようなその呟きに、私はしっかりと頷いて答えた。
「ええ、その通りですわ。
貴女は聖女ですから、この国のどの女性よりも尊い存在です。
宝石でもドレスでも、いくらでもお求めくださって良いのですよ。
教会からも皇家からも、そして我がアルムヘイム家からも、貴女への寄付は惜しみませんから」
ニコニコ笑う私を、アメリアさんは少し嫌そうな顔でチラッと見た。
「………で?その見返りに私に何をしろってのよ。
本当はあんたの方が私より力の強い聖女なんでしょ?
でもあんたは聖女として崇められる気は無いのよね?
だから代わりに私を崇めさせたいんでしょ?」
アメリアさんの意外な察しの良さに、私は目を見開いて素直に驚いた。
「まぁ、よくお分かりになってらっしゃるではないですか。
何故今までものの分からないフリなどなさっていたのですか?」
私の率直な質問に、アメリアさんはハッと鼻で笑った。
「別に……ここまであんたが晒せば、私でも分かるわよ。
あんた、最初から私が目当てだったんでしょ?
アーサーはそのついででしょ?どーせ。
だってアーサーを皇太子から引き摺り下ろす方法なんか、他にいくらでもあったみたいな言い方だったじゃない。
でも、聖女の力は別よね?
だって他にあんたの代わりを出来る人間なんていないもの。
まぁ、いいわ。
私はこの国一身分の高い女性として、贅沢に暮らせるなら何でも。
あんた相手にやり合うなんて、馬鹿らしいし。
力の差はさっきので十分理解したわよ」
そう言ってフンッとそっぽを向くアメリアさんを拝みたい気分で見つめながら、私は上機嫌で口を開いた。
「聖女様に望んでいる事は、まさにこの教会の大神殿で心穏やかに暮らしていただく事ですわ。
あとは、たまに教会の公式の行事で聖女として振る舞ってくだされば、もうそれで十分です。
この帝国の聖女として、皆に崇め奉られる役をお願いいたしますわね」
ニッコニコな私の様子を胡散臭そうに眺めていたアメリアさんは、ややして呆れたように鼻で笑った。
「そんな事言っても、聖女の1番の仕事って、アレでしょ?
魔族退治とか、魔獣退治とか。
そんなの私には無理よ?
自分の力くらい分かるもの。
力が弱すぎて今まで聖女だって自覚出来てなかったんだから。
今だって、別に覚醒してる感じ無いし。
どーすんのよ、その辺。
私に魔族を倒す力が無いってバレたら、偽物聖女だとか何とか言われちゃうんじゃないの?」
アメリアさんの懸念も最もです。
アメリアさんは覚醒していないのでは無く、聖女としては力が弱過ぎて、していても自分で感じられないくらいの聖魔法量という訳です。
つまり、聖属性を持っていてもその程度。
もちろん、魔獣を倒す事や、あまつさえ魔族を滅するなど到底出来ないでしょう。
ですが、そんな事は問題にもなりません。
私は穏やかに微笑むと、指をパチンと鳴らした。
魔力のオーラが私を包み、一瞬で赤髪の魔女へと姿を変える。
「それこそ、問題ないゆえアメリア嬢ちゃんが気にする必要は無い。
荒事は私が全て請け負うでな。
お前さんは大神殿から力を送っているように演技してくれれば良い。
聖なる力を派手に発する訓練だけしてもらわねばならぬゆえ、それが身につくまでは私がここに通うとしよう」
それだけ言ってまたパチンと指を鳴らし、元のエブァリーナの姿に戻ると、アメリアさんはアガっと顎が外れるくらい口を開いて、驚愕した顔で動かなくなってしまった。
そのままフリーズを続けるアメリアさんが心配になって、顔の前で手をヒラヒラさせて反応を待っていると、アメリアさんの顔が徐々に動き始め、そのままいきなり大きく息を吸い込んだ。
「あんたっ!一体っ!なんなのよーーーーーーーーーーーっっっ!!」
よー、よー、よー、よー………と木霊が響くくらいの叫び声に、私とカインは咄嗟に耳を塞いで直撃を避けた。
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「そうそう、うまいもんじゃ、アメリア嬢ちゃん」
アメリア嬢ちゃんの大神殿の中庭で、分かりやすい聖魔法の聖なる光を発する訓練をしていると、アメリア嬢ちゃんはブスッとした顔で胡散臭げに私を見てきた。
「………ちょっと、その喋り方、何とかなんない?
見た目は分かるけど、キャラとか喋り方とかまで変える必要ある?」
あの後、つまりアメリア嬢ちゃんに私の正体を明かしたあの日、アメリア嬢ちゃんの大絶叫に教会の人間がわらわらと駆け寄ってきて、話はそこで中断してしまった。
その前に私が発した聖魔法を察知した高位神官達に、聖女様が力を覚醒したと説明した上で、だがまだ力が不安定で危うい状態なので、力の使い方を教える為に赤髪の魔女が教会に通う事を了承させ、今に至る、という訳じゃ。
「気分じゃ気分。エブァリーナのキャラで魔族を血祭りに上げる訳にもいかんじゃろ?」
アメリア嬢ちゃんにそう答えると、アメリア嬢ちゃんは自分の頭の中で、オーホッホッホッごめん遊ばせ、と優雅に魔族の返り血を浴びるエブァリーナの姿を思い浮かべたのか、ゾッとして青い顔になりながら、必死にブンブンと頭を縦に振っている。
「まっ、それでも良かったんじゃが。
流石にドレスに返り血は良くないからの〜〜」
そのアメリア嬢ちゃんの反応が面白くてつい揶揄うと、今度は涙目で頭を横に振っておる。
考えている事が面白いくらいに顔に出るアメリア嬢ちゃんは、今や私の良い玩具となっている。
腹に一物を抱えての笑顔での付き合いは、エブァリーナなら慣れているが、この赤髪の魔女の姿をだとどうも耐えられなくなってきている。
この姿の時は魔獣や魔物、更に魔族と生きるか死ぬかのやり合いなもので、まどろっこしい会話には付き合いきれん。
攻撃魔法で吹っ飛ばして相手を黙らして終わり、という行動になりかねんので、アメリア嬢ちゃんのように分かりやすい人間の相手は非常に楽で楽しい。
色々あった仲ではあるが、今はこうして仲良く魔法の鍛錬をする仲。
まっ、終わり良ければ全て良し、じゃ。
「どうでも良いけど、いくら私に魔法を教えても無駄よ。
元々の魔力量が少ないだから。
ってか、聖属性持ちって無条件に魔力量が多いんじゃないの?
なんで私だけこんななのよっ!」
私から体内の魔力の流れをコントロールする方法を学びながら、アメリア嬢ちゃんは大量の汗を流し苦しげに肩で息をしている。
「ふむ、ある程度の知識は勉強したようじゃな」
魔力巡回の補助の為、アメリア嬢ちゃんの肩に手を乗せそこから自分の魔力を流し込みながら、私は意外そうに片眉を上げた。
「教育係だとかって勝手に神官をつけられて、そいつがしつこいくらいに勉強させてくんのよ、歴代聖女がなんたらかんたら〜って」
なるほど、アメリア嬢ちゃんの素行を危惧したカハルがとうとう教育係をつけたか。
しかし、このアメリア嬢ちゃんに勉強させられるとはかなりの手練じゃな。
そのような人選をつけるとは、カハルもよっぽど本気らしい。
滝のような汗を流しながら私からの魔力の圧に耐え、それを自分の体内で循環させようと奮闘するアメリア嬢ちゃんに、私はコホンと咳払いをして、先程のアメリア嬢ちゃんの問いに答えるべく口を開いた。
「聖女の魔力量が膨大である云々は、ただの聖女神話じゃな。
聖属性だからと魔力量が高いとは限らん。
その辺は闇属性の力と誤解されて生まれた勘違いじゃ。
闇属性ならば生まれながらに脅威的な魔力量を持って生まれる、が、聖属性はそうでは無い。
もっと言えば、聖属性にとって魔力量はそこまで重要なものでも無いのじゃ。
何故なら聖属性を持っている者は他人から送られた魔力を聖魔法に変換出来るからの。
つまり、教会にいる光属性持ちの人間から魔力を受け取り、それを聖魔法としてつかえば良いだけ。
実際に過去にはその方法で聖なる力を使っていた聖女もおった。
しかしその辺は長い聖女不在の時の間に忘れ去られ、聖女神話が出来上がってしまったのじゃろうて。
まぁ、他人から受け取った魔力を聖魔法にするのも鍛錬が必要。
今のお前さんのようにな」
そう言ってアメリア嬢ちゃんの肩を掴んだ手に魔力を注ぎ込むと、アメリア嬢ちゃんはぐっと呻いてそのまま前のめりに地面にぶっ倒れた。
「ちょっ……ちょっとは、手加減しなさい………よ………」
ハァハァと荒い息をつきながら、恨みがましそうに私を見上げるアメリア嬢ちゃんの側に屈み、私はアッハッハッハッハッ!と笑い声を上げた。
「いや、すまんすまん、お前さんが聖女の勉強なんぞしている事が嬉しくて、ついな」
クックッと笑いながら側に座り込む私を力無く見上げながら、アメリア嬢ちゃんはチッと舌打ちをした。
「じゃあ、アンタのさっきの話が本当なら、私でもアンタの聖魔法に勝てるって事?」
その問いに私はまたアッハッハッハッハッ!と笑い声を上げ、いやいやと首を振った。
「まぁ、お前さんが何十人の魔力を受け取れるようになったとて、それは無理じゃな。
なんせ私の魔力量は魔族が束になったとて敵わんほどにある。
それに持っているのは聖属性だけでは無いぞ?
他の、攻撃に特化した魔法で返り討ちにしてしまいじゃ」
笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭いながらそう答えると、アメリア嬢ちゃんはぷぅっと頬を膨らませた。
「何よっ!じゃあ、聖魔法って何の為にあんのよっ!」
いじけた風にそう言うアメリア嬢ちゃんの頭をポンポンと撫で、私は優しく笑った。
「聖魔法は攻撃云々に使える力では無い。
じゃから単独での戦いには不向きじゃが、後方支援となると最強じゃ。
何せ味方がいくら傷付こうと、あっという間に癒せるからの。
それに聖魔法を鍛錬すれば、魔獣や魔物を一瞬で消し去る事も出来るし、魔族も滅せる。
これは他の属性には真似出来ん話よ。
しかし、その力で人は傷付けられん。
魔獣や魔物や魔族のいない世界になれば、聖魔法とて、究極の治癒魔法の力、程度になるかもしれんな。
まぁそれでも尊い力に違いないが」
私の説明にアメリア嬢ちゃんはパタリと顔を地面につけて、ううぅ……と声にならない呻き声を上げた。
「何よ、それ………それに私、魔獣とか魔物とか、ましてや魔族とか知らないわよ。
そんなのと絶対に戦わないから」
ガバッと顔を上げ、土のついた顔で私を睨むアメリア嬢ちゃんに、私はその頭を撫でながら優しく言った。
「もちろん、そんな荒事をお前さんにさせる気は無いよ。
先程、聖女の魔力量が必ずしも高い訳ではないと言ったが、それでも歴代の聖女が高い魔力量を有していた者の方が多かったのもまた事実。
彼女達は聖騎士や大聖者と共に、魔獣や魔物、そして魔族と戦ってきた。
しかし、お前さんのように魔力の低い者がそんな場に行けば、いくら聖女とて無事では済まん。
じゃからこの前、私の力をお前さんの力として教会で使っておいたのじゃ。
あの力なら、歴代最高の聖女の力として十分認められるじゃろう。
そこで私の元で修行を積み、大神殿にいながらして魔の者を滅する力を手に入れた、という事にするのじゃ。
後は私が現地で奴らを倒し、お前さんが滅した事にすれば良い」
私の説明を大人しく聞いていたアメリア嬢ちゃんは、ムクッと起き上がるとパンパンとドレスについた土を払い、フラフラしながらもその場で足を踏ん張って立ち上がった。
「なんだ、そんな簡単な事なら、早く言ってよ。
つまり、本当ならアンタの功績になるものが全部私のものになるって事よね?
更に私は歴代最高の聖女って事になるのよね?
それって女が受けられる最大の権力でしょ?
なら、やるわ。さっさと私がどうやれば良いのか教えなさいよ」
物分かりの良い上に従順なアメリア嬢ちゃんに、私は大変満足して頷き、またその肩をガッと掴んだ。
「ではまず、自分の中にある魔力を最大限活かせるように、自在に操れるようになる事じゃ。
それが出来るようになったら、次はそれを派手に放出する方法を覚えなさい。
自分自身の力をいかに他人にそれっぽく見えるように演出するか。
それが出来るようになれば、お前さんは間違いなく、歴代最高の聖女じゃ」
そう言いながら、グッと魔力をアメリア嬢ちゃんに注ぎ込むと、その負荷にアメリア嬢ちゃんの足に力が篭る。
「魔力を自在に操れるようになるまでは、私の力でそれを補助するゆえ、体内に巡る魔力を良く感じ、掴み取るが良い」
私の言葉にアメリア嬢ちゃんは苦しげな顔でしかし、ニヤリと笑い返してきた。
「いいわ、アンタの修行とやらに付き合ってやるわよ。
そして私はこの国で1番尊い女性になってやる」
ギラリと光るその瞳を覗き込みながら、私もニヤリと笑い返した。
何がどうして、蓋を開けてみればなかなかに良い人選じゃったな。
最初はどうなるものかと多少危惧したものの、何であれアメリア嬢ちゃんにはアメリア嬢ちゃんの信念というものがちゃんとある。
これでいて、どんなに趣味は悪かろうと、自分の欲しいものは自分で掴み取ってきたような女じゃ。
今まではその悪趣味な癖に人から恨まれたりもしただろうが、これからはもう誰もアメリア嬢ちゃんに文句など言えなくなるじゃろう。
まっ、とはいえ。
あまりに目に余るようなら私がお灸を据えるがな。
なんせ、アメリア嬢ちゃんは私の記念すべき弟子1号じゃ。
不出来な弟子の始末は師匠の役目。
今までのようにあまり自由気ままには出来んと、教え込んでやらねばな。
私は大事な弟子に期待を込めて、魔力を注入する手にググっと力を込めた。
「おっ、重っ、か、肩がっ、肩が外れるわよっ!
このバカ魔力魔女ーーーーーーーーーーっ!」
………ふむ、師匠への口の聞き方から教え込んでやらねばなならんか。




