EP.43
静かにお茶を飲む私をイライラした様子で睨み付けながら、アメリアさんはキツい口調で口を開いた。
「ちょっとっ!私は忙しいのよっ!聖女である私の時間をわざわざ公爵令嬢如きに割いてやってるんだから、用があるならさっさっと言いなさいよっ!」
貴族令嬢然とした優雅さはアメリアさんのお好みでは無いらしいので、私はティーカップをソーサーに戻し、彼女に向かってニッコリ微笑みかけた。
「私のような者に聖女様のお時間を割いて頂き、心より痛み入りますわ。
聖女様におかれましては大変お元気そうで、聖女様を送り出した家門の人間としても、心より」
「だからそんなのは良いって言ってんのっ!
早く用件を言いなさいよっ!用件をっ!」
イライラと苛立ったアメリアさんの口調に、私はあらあらと困り顔をしてから、わざとらしくコホンと咳払いをした。
「では、聖女様からのお許しも頂きましたし、お話させていただきますわ。
聖女様、教皇様がお困りでいらっしゃいますよ?
何でも聖女様が、無理なお願いをなさっているとか………」
私の言葉にアメリアさんはフンっと顎を逸らしてから、胸の前で腕を組んだ。
「無理でも何でもないし、お願いでもないわ。
聖女として命令しているの。
カインを私の聖夫にしなさいって」
そう言って勝ち誇ったようにニヤリと笑うアメリアさんに、私はまた困り顔で返した。
「まぁ、以前も申し上げましたが、それは無理な話ですわ、聖女様。
本人から望まぬ者は、聖女様の聖夫にはなれません。
カインは貴女の聖夫になる事を、ハッキリと拒否した筈ですわよ?」
私の言葉の矢がグサリと刺さったのか、アメリアさんはウッと小さく呻きながら、自分の胸を苦しげにギュッと握った。
「そ、それは、私とカインに時間がなかったからよ。
2人きりで過ごせば、カインも私の聖夫になりたいって泣いて乞うはずだわ」
直ぐに自信満々な顔を取り戻したアメリアさんに、私は困り顔を通り越し、困惑顔で後ろのカインに向かって手を伸ばした。
その手を素早く取り、どうかしたのか?というように私の顔を覗き込むカイン。
「カイン、貴方、聖女様の所に行きたいのかしら?」
困惑顔の私を安心させるように、カインが一瞬で甘い顔になり、優しく微笑んだ。
見たこともないカインのその表情にアメリアさんがゴクッと唾を飲み込む音が聞こえた。
「そんな訳ないだろう、イブ。
俺が居たいのは、イブの側だけだ。
イブ以外の誰の所にも俺は行ったりしない」
そう言って激甘な雰囲気を作り、うっとりと私を見つめるカイン。
甘く見つめ合う私達の様子をホゲッと見ていたアメリアさんは、直ぐにハッとして、ティーテーブルをバンッと音を鳴らして叩いた。
「ちょっとっ!あ、あんた達、まさかっ、そういう関係なんじゃないわよねっ⁉︎
あり得ないでしょっ!あんたみたいな醜い女がカインに愛されるなんてっ!
カインッ!目を覚ましてっ!
その女の顔をよく見てよっ!
そんな醜い女より、私の方がずっと美しいでしょ?
ねっ?カインも本音ではそんな女イヤだと思ってるんだよね?
でも公爵令嬢だから逆らえないんでしょ?
可哀想なカインッ!でももう大丈夫よっ!
だって私は聖女だから、そこの女よりずっとずぅぅぅぅっと、身分が高いのよっ!
だからカインが私の所に来ても、誰も何も言えないからっ、ねっ?安心して?」
そうして、さぁ、私の胸に飛び込んでいらっしゃいとばかりにカインに向かって両手を広げるアメリアさんをチラリとも見ずに、カインは低く冷たい声を出した。
「誰が醜いだと………?
俺のイブをそれ以上、その醜悪な口で蔑めるなら、俺は貴様に容赦はしない………」
そう言って腰に帯刀している剣に手を伸ばすカインの手に、私がそっと自分の手を重ねると、カインはハッとしたような顔をしてから、また甘い瞳で私を見つめた。
「駄目よ、カイン。あれでも聖女なんだから、派手な方法で証拠を残すのは良くないわ」
メっと諌めると、カインはしゅんとして耳を垂れた。
「すまない、イブ。あまりにも醜悪な口だったから、切り捨ててしまおうと思っただけなんだ。
殺したりまではしない。
アレがいなくなると、イブが困るんだろう?」
キューンと上目遣いで見上げてくるカインの可愛さに私は胸をキュンキュンさせながら、その頭の上の耳を優しく撫でた。
「まぁカイン、私の為に我慢してくれたのね。
とっても偉いわ、ありがとう、カイン」
私に耳を撫でられながら嬉しげに笑うカインを、アメリアさんがポケッとした顔で眺めている。
こんな顔をするカインを初めて見たのでしょう。
その顔にみるみるカインに対する欲が広がっていくのを横目で見ながら、私は内心溜息をついた。
まだ悪い癖が抜けていないみたいですわね、アメリアさん。
人のものを欲しがるその貴女の顔。
ぜひ鏡で見せて差し上げたいわ。
………私の顔の傷以上に、醜い顔になっていましてよ。
呆れながらアメリアさんに向き直り、私は困ったように首を振った。
「カインは貴女の聖夫になる気はサラサラありませんから、諦めて下さいまし。
その代わりに貴女には、他に沢山の聖夫様方がおられるじゃありませんか」
その私の言葉など、もうアメリアさんには半分も届いていないようで、アメリアさんの目は極上の獲物を見つけた獣のように、爛々と輝いていた。
「………イヤよ………あんな奴ら、カインに比べたら皆んな大した事ないもの………。
私はカインが良いの………カインしか欲しくない………。
カインッ!私をちゃんと見てっ!よく見てっ!
私は美しいでしょっ!そんな醜い女なんか比べ物にならないくらい、私は美しいのっ!
この世界で一番美しいのは、この私っ!私なのよぉぉぉぉぉぉっ!!」
アメリアさんの叫びと共に、彼女の体を銀色の光が包み込み、それが暴発するように私達の方に襲いかかってくる。
アメリアさんお得意の無自覚な聖魔法がついに暴走してしまったようだ。
私はガタンッと椅子から立ち上がり、その暴走した力に向かって片手を突き出した。
私の全身から湧き出た銀の光が手のひらに集まり、それがアメリアさんの力を一瞬で押し戻した。
暴発した自分の力がその身に返ってきて、アメリアさんは目を見開き苦しげに顔を顰める。
「……分かりますか?それが貴女の聖魔法の力です。
ご自分でその力をとくと味わい、感覚を覚えて下さい。
貴女のその力は、自分に好意を寄せる殿方を籠絡する為にあるのではないのですよ。
聖なる光は奇跡の光。
その力は最も神の力に近いものなのです。
真に清く美しく、そのお力をお使い下さい。
とはいえ、貴女の魔力量は大してありませんから、こちらが必要な時にその力を皆が可視化出来る形で表に出してくれるだけで十分です。
あとは私がやりますから」
グリグリと自分の力で押さえ付けられながら、アメリアさんは苦しげな声を出した。
「あ、あんた、一体なんなの?
私の力を押さえ付けるなんて、その力はなんなのっ⁈」
アメリアさんの察しの悪さに溜息をついて、私は悠然と口を開いた。
「聖なる力を押さえ付けられるのも、また聖なる力だけです」
私の言葉にアメリアさんは目を見開き、震える指で私を指差した。
「ま、まさか、あ、あんたも………聖女、なの………?
嘘でしょっ!あんたみたいな傷もの女が私と同じ聖女っ⁉︎」
アメリアさんのその悲痛な叫びに、流石の私も胸が痛みました。
醜いものを忌み嫌うアメリアさんには、私が自分と同格である事が耐えられないのでしょうね。
私は別に、アメリアさんを傷付けたい訳ではないのです。
ええ、本当に。
だって彼女の存在のお陰で全てが丸く収まったのですもの。
彼女がこの世に存在してくれている事に感謝さえしているのです。
そんなアメリアさんの憂いは少しでも晴らしてあげなければいけません。
「失礼、貴女に不快な思いをさせてしまいましたね」
私はそう言うと、カチャリと半顔の仮面を外し、その下にある大きな傷痕をアメリアさんの目の前に晒した。
アメリアさんはヒッと喉の奥で悲鳴を上げながら、嫌そうにその顔を歪める。
「そ、そんな醜いものっ!私に見せないでよっ!
うつったらどうしてくれるのよっ!」
流行病じゃあるまいし、傷痕はうつりようが無いのですが、アメリアさんには目にするのさえ耐えられないのでしょう。
私はアメリアさんを押さえている手と反対の手で傷痕を包み、そこに力を込めた。
銀色の光が私の顔を包み、ややしてその手を外すと、その私の顔から傷痕が綺麗に失くなったのを見て、アメリアさんはポカンと口を開いて言葉を失った様子だった。
「さぁ、これでいかがかしら?
これならお気に召したかしら?」
ニッコリ花が綻ぶように微笑む、私の紫のかかったゼニスブルーの瞳に見つめられて、アメリアさんは頬を赤く染めている。
お父様譲りの美貌にお母様譲りの神秘的な瞳。
傷を負うまではアルムヘイムの妖精姫と呼ばれていた私の顔を初めてちゃんと見たアメリアさんは、ボゥっと惚けたように、まだ口を半開きにしている。
「これなら、貴女と同じ聖女と認めてくださるかしら?」
再び問いかけた私にアメリアさんはハッとして、その顔を真っ赤に染めた。
「あ、あんたっ!皆んなを騙してたのねっ!
なによっ!傷なんか、なかったんじゃないっ!」
私を責めるアメリアさんに、私は困り顔で答えた。
「騙してなどいませんよ。傷ならちゃんとずっとありました。
貴女も先程その目で確認なさったでしょ?
ですがこの傷がある限り、貴女の心に負担をかけてしまうようでしたので、自分の聖魔法の力で今、癒しただけですわ」
皆を騙していただなんて、心外ですわ〜〜と首を振る私を、アメリアさんがキツい目で睨みつけてくる。
「治せるなら、何で今まで治さなかったのよっ!」
そのアメリアさんのあまりの愚問に、私はやれやれと肩を軽く上げた。
「そんな事をしたら、せっかくの虫除けの効果が無くなってしまいますわ。
傷痕のお陰でアーサー様から嫌われる事に成功していたのですから」
その私の返答に、アメリアさんは信じられないとでも言うような顔で私を見た。
「じゃあ、アーサーに気に入られない為だけに、顔にあんな傷を負ったって言うのっ⁉︎」
珍しく察しの良いアメリアさんに、私は嬉しくなってニッコリ微笑んだ。
「ええ、その通りですわ」
やっと分かってくれたのだという私の思いとは裏腹に、アメリアさんは理解出来ないといった表情を浮かべた。
「あんた、何考えてんのっ!
公爵令嬢だし、黙って余計な事しなければ、そのまま自動的に皇太子妃になれたのよ?
待ってれば次は皇后になれたのに、何でそんな訳わかんない事してんのよっ!」
意味が分からないといった様子のアメリアさんに、私はふ〜やれやれと溜息をついた。
「あのアーサー様の妃になるなど、私には考えられなかっただけですわ。
ですから、アーサー様に対してもっとも効果的な方法を取らせて頂いたまで。
お陰でアーサー様に嫌われ、婚約者にならなくて済んだのです。
まぁ、煩い陛下のせいで婚約者候補に名を連ねてはいましたが。
元より私は、皇太子妃だ皇后だには興味がございません。
我が家としても、今の王家にアルムヘイム家の人間が嫁ぐ価値は無し、という判断でしたから、私がアーサー様と婚姻する未来など元より無かったのです。
それに、アーサー様が皇帝になる未来も同様にあり得ませんでした。
そのような事になれば、我がアルムヘイム家が全力で握り潰していたでしょうからね」
ニッコリ微笑むとアメリアさんはまだ信じられないという目で私を見ている。
「ちょ、とりあえず、一旦力を止めてよっ!」
アメリアさんの聖魔法はいつの間にやら消えていて、彼女を押さえ付けている力は私の方だけになっている事に気付き、私は言われるままに自分の力を瞬時に消し去った。
ハァハァと肩で息をしながら、アメリアさんはテーブルに突っ伏して、疲れたような声で呟いた。
「………もう、何が何やら、訳が分からない………」
アメリアさんから溢れ出る疲労感に、私はあらあらと首を捻った。
「どこか分かりにくいところがありましたか?」
その私の問いかけに、アメリアさんはガバッと身を起こして、キッと私を睨みつけ、大声で叫んだ。
「全部よっ!全部っ!あんたのやってる事、全部訳わかんないっ!
公爵令嬢のくせに王家に嫁ぐのが嫌だとか、それから逃げる為にわざわざ顔に傷を作ったり。
私より強い聖女の力があるのに、それを隠して私を聖女に担ぎ上げたり、もうっ、訳わかんないのよっ!あんたっ!」
ギリギリと唇を噛むアメリアさんに、私はどうすればいいのか分からず、また首を傾げる。
訳、わかりませんかね?
誰だって、皇太子とは名ばかりのあのボンクラの嫁になどなりたくはないですよね?
それに聖女だなんだと持ち上げられて、大神殿に閉じ込められるなんて真っ平ごめんでしょ?
だからどちらも快く引き受けてくださったアメリアさんを、私は私なりに大事にしたいと思っているのですが。
カインの事以外なら、出来るだけ望みを叶えて差し上げたいと思っているだけなのですが。
う〜んと首を捻る私を呆れたように横目で見て、アメリアさんは馬鹿らしいというように肩を上げた。
「まっ、もういいわ。
何だかんだと私は私の望みを手に入れたんだから。
私は昔から、この国の誰よりも尊い女になってやるって思ってたの。
ううん、違うわね。
私はこの国の誰よりも尊い女だって、自分では理解してたの。
なのに世間一般での私の評価は、ただの男爵令嬢。
田舎から出てきたばかりの芋令嬢。
はっ?おかしいでしょ?
私がよ?この私が、何で親の爵位しか取り柄が無い不細工共に馬鹿にされなきゃいけないのよ?
ってずっと思ってた。
だから、今は、やっぱりねって自分で納得してる。
今の私が本来の私なのよ。
誰よりも尊い女性、聖女。
ねぇ?聖女って皇后より上ってホント?」
急に問いかけられ、私は微笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ、その通りです。
皇后様が皇后陛下であれば貴女と同格でありましたが、皇后殿下ですからね。
聖女様は女性の中で最も尊い身分という位置付けですから、皇后様より格上でいらっしゃいますよ」
私の返答にアメリアさんは嬉しそうに手を叩きながら笑い出した。
「アーハッハッハッハッ!ほら、やっぱり。
私はどの女より上の存在なのよっ!
ずっとずっと、今の自分の立場はおかしいって思ってた。
あーー、スッキリしたぁ。
やっぱり私は最上級の存在だったんだわ」
晴れやかなアメリアさんの表情を見て、私は今までの苦労が全て報われた気がした。
アメリアさんの特殊な自己愛のお陰で、こちらこそスッキリ晴れやかな気分ですわ。
これなら、彼女の望みを叶えつつ、私の望みも叶えられます。
やはり彼女は私にとって希望の女神でしたね。




