EP.42
「………エブァリーナ様……、あの………。
赤髪の魔女様におかれましては………もっとまし……い、いえあの………まとも……あっ、ちっ、違いますね……もう少々良識のあるスケープゴートは………いなかったのでしょうか?」
まず、〝ましな〟と言いかけて、次に〝まともな〟と訂正しようとしてこちらも不適切な表現であった為、最終的に〝もう少々良識のある〟という表現に収めたカハルは、顔色が悪く、げっそりとした様子だった。
大神殿に入ってまだ一ヶ月程度だというのに、アメリアさんったら教皇の精神を消耗させる何をやったのかしらね。
まぁ、それは良いとして。
私はすました顔でお茶を飲みながら、そのカハルの疑問に答えた。
「そうそう都合良く聖属性を持った人間など現れてくれる訳がないでしょう?
実際彼女が数十年ぶりに現れた聖女である事は事実。
教皇が貴方に代わって直ぐに聖女が現れた事で、教会が正しく清浄な場所に戻ったからこそ聖女が再び現れたのだと、皆が貴方を賞賛していましてよ。
やはり欲に塗れた教会では聖女も現れないのかと、教会人達も今一度己の欲を捨てるべきという風潮になっていますし、ますます良い傾向ではありませんか。
全て聖女様さまさまでしてよ、カハル?」
クスリと笑うとカハルはガクッと肩を落として、恨みがましそうに私を見つめた。
そのカハルに追い打ちをかけるように、私は再び口を開いた。
「魔女様は貴方に、教会に祝福を与えると仰ったそうですわね?
彼女がまさに、その祝福なんですよ」
私の言葉にカハルは、嫌な予感が的中したとでも言いたげな顔でますますガクリと肩を落とした。
「確かに、再び聖女様がそのお姿をお現しになって下さった事は、教会にも帝国にも、大変喜ばしい事ではあります……あるのですが……彼女はあまりにも、その………」
「ふしだら、ですか?」
クスッと笑うとカハルは少し頬を染め、コホンと咳払いをした。
そのカハルの反応を眺めながら、私はまた口を開く。
「別に、良いではありませんか。
聖女様は聖夫様を何人持とうが制限など無いのですから。
それに、どんな掛け合わせで次代の聖女が生まれるか、良い研究材料になると思いませんか?
私は是非、より多くの聖夫様とお試し頂きたいと思っているくらいでしてよ」
平気な顔で私がそう言うと、カハルは顔を真っ赤にして、言いにくそうに口篭った。
「その、研究されるのは良いのですが、その……。
聖女様は気に入った男性信徒に片っ端からお声をかけては、お部屋にお連れになろうとしますので……。
世話係人も女性は嫌がり、男性ばかりで……一部から、その、聖女様への……不敬な声が……」
もじもじと困ったように身を捩るカハルに、私はふふっと笑みを漏らした。
「まぁ、お盛んでなにより。
貴方もお声がけ頂いたんじゃなくて?カハル」
カハルは真っ赤になって慌てたように顔の前で手を振った。
「そ、それは、そのっ、私はお声がけ頂いただけで身に余る光栄ですから、お部屋をご訪問させて頂く事はご遠慮致しましたっ」
焦りながらもげっそりと顔色を悪くするカハル。
どうやら随分と言い寄られて、かわすのが大変だったようですね。
「そう?教皇であれば、聖夫になったところで職は変わりませんのに。
まぁ、良いですわ。無理強いするものではありませんし、また聖女様とて嫌がる者をどうこうは出来ないでしょう」
呑気にお茶を飲みながらそう言うと、カハルは不思議そうに首を傾げた。
「聖女アメリアは、まだ聖女の力を覚醒はしていませんが、無自覚に力を使っていたのですよね?
主に男性が自分に異常に好感をもつような、そのような力を発していたと報告書で読みましたが。
聖女の力に抗える人間は少ないでしょう?
それこそ、嫌がる者でもどうこう出来てしまうのでは?」
カハルの純粋な疑問に、私はクスリと笑った。
「魔女様が、この国全体に保護の魔法をおかけになったのです。
聖女様の望みに従いたく無い者には、彼女の力が効かないように。
ですから、彼女の部屋に招かれた殿方は皆、自ら望んで彼女に仕えているのですよ。
実際、彼女は貴方にも無自覚に力を使ったでしょうけど、貴方は彼女を拒否出来たでしょう?」
ニッコリ笑うとカハルは何故か真っ青な顔でますますげんなりしてしまった。
「………そ、そのような、大魔法………。
聖属性の力を抑えられるのは、同じく聖属性の者のみ。
それも相手より強い魔力を有しているからこそ。
国を覆う程の大魔法が使える魔力を有した、聖属性を持つ方がすでに居ると言うのに、私達が崇めるのはあの聖女様なのですね………」
ガックリ肩を落とすカハルを眺めながら、私は頬に手を当てあらあら〜っと困ったように小首を傾げた。
「その聖女様のお陰で、魔女様が遠慮なく力を発揮出来るのですから、彼女の事は教会でしっかりお世話して差し上げて下さいね。
くれぐれも丁重に。アルムヘイム家から教会に寄付は惜しみませんから、彼女の望む物はなるべく与えて差し上げて。
気持ちよくお過ごし頂いてちょうだいね」
ニコニコとそう言う私に、カハルは途端に申し訳なさそうな顔で目をキョロキョロと忙しなく動かし始めた。
「もちろん、アルムヘイム家からのご寄付のお陰で、聖女様の望むドレスや宝石類はご用意出来ているのですが………その………聖女様がどうしても欲しいと言ってきかないものがありまして………。
ですがそれは、私共ではどうする事も出来ないのです………」
もじもじキョロキョロ忙しない様子のカハルに、私は首を傾げて問いかけた。
「まぁ、我がアルムヘイム家の寄付があっても用意出来ないものですか?
それは一体、何かしら?」
その私の問いに、カハルは申し訳なさそうに震える指で私の右後ろを指差した。
「そちらにいらっしゃる、カイン卿をどうしても自分の聖夫にしたいのだと仰って………」
カハルがそこまで言った瞬間、私からブワッと火を纏った風が放たれ、カハルは咄嗟に光魔法の保護結界で自分の身を守った。
そう、カインは今、私の後ろで私の護衛騎士として立っています。
正規軍からの熱烈アプローチを断り、我がアルムヘイム家私兵団、エブァリーナ付き団隊に入団したいと入団試験を受け、見事過去トップの成績で入団し、直ぐに私に指名されて専属護衛として常に一緒にいます。
今日ももちろん、私の後ろに立っていますわ。
だって護衛ですもの。
えっ?貴女、護衛いる?という声が聞こえてきそうですが、要ります。
正しくは、護衛は要りませんが、カインは要ります。
その私の大事な護衛を、あの聖女如きがご所望ですか?
まぁ、良いですわよ?
その喧嘩、買って差し上げますわ。
「………聖女様とお話しする事が出来ましたわ。
カハル様、彼女をここに連れていらっしゃい」
ズモモモモッと殺気を放つ私に震え上がりながら、カハルは光の速さでアメリアさんを呼びに行った。
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「ちょっと、私を呼びつけるなんて何様のつもり?
用があるならそっちから来なさいよ……って、やだぁっ!カインじゃないっ!
きゃっ!やっと私の所に来る気になったのねっ!
カイン〜〜、会いたかったぁ」
不機嫌な様子から一転、キャッキャッした足取りでこちらに走ってきたアメリアさんは、私達の直ぐ目の前まで来てガンッと見えない壁に衝突して、その衝撃で後ろにひっくり返ってしまった。
「あらあら〜〜、大丈夫ですか?聖女様。
あっ、カハル様、ご苦労様。
貴方はもう下がってよろしいわよ」
ニヤニヤとアメリアさんを見下ろしながらそう言う私の黒い剣幕に恐れをなしたのか、カハルは一度深く頭を下げると、凄い速さでピュッとその場から消えてしまった。
「ご機嫌よう、聖女様。
さっ、そちらにお座りになって」
教会の庭園にあるティーテーブルに座っている私は、向かいの席を手で差してアメリアさんに勧めた。
まだ地面にひっくり返っているアメリアさんは、ピクピクと体を震わせながら何とか身を起こし、何が起こったのか分からない様子で辺りをキョロキョロした後、再びその視界にカインを捉え、困ったように眉を下げながらシナを作り、潤んだ瞳でカインを見上げている。
力なく手をカインの方に差し出しているけれど、カインは私の後ろに直立不動したままピクリとも動かない。
アメリアさんは、当然カインが倒れた自分に手を差し伸べ、体を起こしてくれるものと思っていたのか、まだ潤んだ瞳でカインを上目遣いに見ている。
ですが、カインは動かない、いえ、動けない………。
カインは子爵家の令息であり、成人した立派な貴族の1人。
更に騎士ですから、か弱い女性が地面に倒れていたら、もちろん駆け寄りその手を取って起き上がらせるのが普通の事です。
貴族として紳士であるし、騎士として女性を守る責務もありますから、相手が誰であれ、アメリアさんに駆け寄り手を差し出したでしょう。
それも、私の拘束魔法を破れたら、の話ですけど。
うふふ、やだわ、私ったら。
カインについ悪戯しちゃいましたね。
ですが、いくら貴族の殿方の嗜みとはいえ、愛する女性の前で他の女性の手を取るなど、言語道断ですわぁ。
私が狭量過ぎるかしら?
でも女性ならこれくらいの気持ちはお分かりになるでしょ?
私、サバサバ系では無いので、本当に申し訳ありませんが、カインが他の女性の手を取った瞬間、その手を切り落としてしまうかもしれません……。
えっ?どちらの手を?ですか?
…………さぁ?どちらでしょうね?
でも、切り落としたところで、直ぐに光魔法でくっつけて差し上げますから、心配いりませんよ。
それくらいなら聖魔法を使わなくとも光魔法で十分ですから。
流石の私も教会内で聖魔法は使いたくありませんからね。
まぁ誰かに力を察知されても、目の前の聖女様の御力だと言えば良いだけですから、問題はありませんけど。
えっ?問題はそこじゃない?
あらあら、では何が問題なのかしら?
私には分かりかねますわ、ごめん遊ばせ。
私からダダ漏れる黒い殺気を敏感に感じ取ったカインは、顔の前で手を左右に振って、ナイナイナイナイと何かを訴えていますが、もちろん、手を取り身を起こすのを手伝ったくらいでカインがアメリアさんに籠絡されるだなんて、爪の先ほども思っていませんよ?
重要なのはそこでは無いのです。
乙女心の分からない人ね。
私はクルリとカインを振り返り、座ったままで見上げると、ニッコリ真っ黒な笑顔で微笑んだ。
その笑顔にカインは全てを捨てた虚無を瞳に宿し、もう二度とアメリアさんを視界にも入れないようにと、死んだ魚の目でジッと私の顔を見つめる。
その反応に満足した私は、また顔を前に戻した。
カインは今は、私の後頭部をただただ、何も映さないその瞳で見つめている事でしょう。
大変良く出来ました、カイン。
まだ地面に座り込んだままのアメリアさんは、いつまで待ってもカインが自分に手を差し出すどころか、近寄りもしてこない事に小さく舌打ちしてから、これ見よがしに自分の足首を押さえ、眉間に小さな皺を寄せた。
「あっ、痛っ、倒れた拍子に足首を痛めたみたい………。
これじゃアメリア、自分では起き上がれないわ………どうしょう………」
うるうると潤んだ瞳に涙を浮かべ、痛みに耐えるようにアメリアさんはカインの方を見上げているけれど、ごめんなさいね、カインは今ちょっと死んだ魚の目で私の後頭部を見つめ続ける事に忙しいので。
私がパチンと指を鳴らすと、アメリアさんの体がフヨフヨと浮かび上がり、そのままスーッと椅子に運ばれ、ドサっとそこに座らされた。
目をパチクリしたまま、アメリアさんは私を呆然と見ていたけれど、ややしてハッとしたように我に返ると、ギリギリと奥歯を鳴らして悔しげに私を睨み上げてきた。
「浮遊魔法のついでにスキャンしてみましたが、足首は問題なさそうですね。
良かったですわ、聖女様の大事なお体に何も無くて」
ニッコリ微笑みながらもう一度パチンと指を鳴らすと、アメリアさんの土で汚れたドレスがあっという間に綺麗に元に戻った。
「躓いたりして転けては、大事なお体に傷がついてしまいますわ。
今後はお気をつけ下さいましね」
心配そうに眉を寄せてそう言うと、アメリアさんはますますギリギリと大きな音を立て歯軋りしている。
「で?私に何の用よ、公爵令嬢如きが」
椅子の上で足を組み、顎を逸らして私を見下すように笑うアメリアさんは、やっといつもの調子を取り戻して下さったようです。
やはり彼女はこうでなければ。
私の後ろに立つカインを気にしてクネクネうるうるされていては、話も出来ませんものね。
私に対しての態度はブレていなくて、本当に良かったですわ。
私は静かにティーカップを口に運び、小さくニヤリと微笑んだ。




