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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.41


この国で1番高貴な女性であったはずの自分が、いつの間にか下に回り、更にその自分より上の存在が、可愛い息子をたぶらかし皇太子の座を奪った憎き元男爵令嬢だとやっと理解したのか、皇后様はもう病的に真っ白な顔で顔を強張らせたまま動かなくなってしまった。


手加減して差し上げても良かったのだけど、あまりにも聖女への不敬な発言が止まらなかったもので、ハッキリと現実を教えて差し上げるしかなくなってしまいましたわ。


いくら久しぶりに現れた聖女とはいえ、皇家の人間として、聖女と皇家の微妙な力関係くらい、知っているものと思っていましたが、残念ですわ、皇后様。

聖女だけが唯一、一妻多夫制だという事も知らなかったのですね。


ちなみに、聖女の子供が必ず聖属性を持って産まれる訳ではありません。

あくまでその可能性があるというだけで、実際、聖女様が産んだ子供で過去に聖属性を持って生まれた方はほんの僅か。

ですが、運良く次代の聖女に繋がった時代は、それだけ長く聖女の加護を受けられたのですから、聖女に特別な伴侶制度が出来てもおかしな話ではないのです。


更に聖属性を持っていなくても、聖女の産んだ子供は魔力量が高く、光属性で生まれる確率が高い為、聖御子様と呼ばれ一級治癒師となる事が多い。

一級治癒師になれる者はそうそういないので、やはり聖女の血筋は尊ばれる、という訳です。

分かりやすく合理的な血筋ですわね。

どう転んでも、人々の為になる人間が生まれやすいのですから。


それに比べれば、皇家の血筋など、はて?何の役に立ちましょう。

もちろん尊く高貴な血筋である事に間違いはありませんが、代替がきくのもまた事実。

皇族の中から次代の皇家を選ぶ事とて、無い話ではないのですから。

例えば我が家。

アルムヘイム家がそのまま、今の皇家であるフロメシア家と入れ替わる事とて出来ない話ではないのです。

まぁ、やらないだけで。

無益な争いは好みませんからね。

いくら好戦的な家門とはいえ。


何代か前までは、皇家も優秀な皇帝を輩出していたそうですが、先人の尊い犠牲と努力の結果、魔族や魔物が減っていき、平和な世が続くに連れて、皇家も幸せボケして腑抜けになっていったようです。

まぁ、国の防衛を司る我がアルムヘイム家が強過ぎる事も一つの要因でしょう。

何せ、聖女のいない世を守り切ってきたのですから。


特に魔族を抑え込み、高位神官と共に封印してきた功績は他家には決して真似の出来ない、アルムヘイム家だけのお家芸ですわね。

その封印を解いて、そこに封印されていた魔族を目覚めさせ、瞬殺して回っているのもアルムヘイム家の人間ですから(非公式)誰が我が家に文句が言えるでしょう?


ですが、その弊害が今の皇家に現れているというのなら、テコ入れするのもまた我が家の務め。

先人達の尊き犠牲の上に胡座をかき、ただただ平和を享受するなど、国を治める者のする事ではありません。

真の統治者であれば、人民に平和を、己に試練を課すものです。

のんべんだらりと腑抜けた治世を続けられては、いつか国はゆっくりと腐り、沈んでいくでしょう。


たかだか息子を奪った聖女に身分が負けたくらいで、真っ白になっていてもらっては困るのですよ?


「お分かり頂けましたでしょうか?

この地に再び聖女様が降臨された瞬間から、貴女も私も、つまり皇后も公爵令嬢も、聖女様のの下に連なる者なのです。

その聖女様のお選びになった聖夫様を大神殿から連れ戻せるだなどと、そのようなお考えは今すぐにお捨てになって、二度と口にしないで下さいましね。

今や聖夫アーサー様に、王太子も婚約者候補もございません。

その生涯をかけ、この世でもっとも高貴な女性である聖女様を支える、尊きお役目にお就かれになっているのですから。

俗世の者がそのお役目を妨害しょうだなどと、不敬以外のなにものでもございませんよ」


ピシャリと言い切ると、皇后様は自分の頭を掻きむしりながらガタンッと立ち上がった。


「嫌よ嫌っ!私はこんな事、理解出来ないわっ!

どうして私の可愛いアーサーが皇帝になれないのっ!

私が産んだ、私の可愛いアーサーが皇帝になるべきでしょっ!

それをあんなっ!あんな女の子供が皇太子にだなんてっ!

おかしいわっ!これは何かの間違いよっ!」


狂ったように叫び出した皇后様を目の前にして、私はつい目を見開いてしまった。

………まぁ、ここまで皇后としての責務を自覚出来ていなかっただなんて………。


母親としての気持ちは分かりますわ。

我が子が可愛い事も、大事に想う事も。

ですが、とっくに成人し自分の手を離れた子供にいつまでも執着するだなんて、不様を通り越して滑稽だわ。

この国で最も尊き女性の伴侶になった息子を讃えるでも誇るでもなく、なおも自分の手に届くところに置き続けようだなんて。

母親としても皇后としても、あまりに不出来で不様。


「………あんな女、というのは、レックス殿下をお産みになった女性の事を仰ってらっしゃるのかしら?」


ボソリと私が呟いた言葉に、取り乱し髪を振り乱していた皇后様は、ハッとしたあと、しまった、という顔をして、薄ら笑いを浮かべた。


「……嫌だわ、何のことかしら?

私ったら、可愛いアーサーが心配でおかしな事を口にしてしまったみたい。

ごめんなさいね、気にしないでちょうだい」


うふふと無理のある笑いを浮かべる皇后様に、私はゆるく頭を振った。


「私を誰だと思ってらっしゃるのですか?

アルムヘイム家の人間ですよ?

それに幼少の頃よりレックス殿下の遊び相手になっていたのです。

レックス殿下のご母堂様の事なら、とっくに承知しておりますわ」


私の言葉に皇后様は焦ったような、でもどこか安堵したような微妙な顔で、力が抜けたようにストンと椅子に腰掛けた。


「そ、そう?知っているなら、私の気持ちも分かるでしょ?

真の正統な後継ぎはアーサーだけなの。

レックスは、偽物なのよ。

だから、ね?やっぱり皇太子はアーサーしかいないでしょ?」


ヘラヘラと媚びるような笑いを浮かべる皇后様に、私はまたゆるく頭を振った。


「レックス殿下は陛下の血を継ぐ正統な後継ぎ、立派な皇子です。

皇太子になる資格は生まれながらにお持ちですわ。

兄皇子であるアーサー様が皇家から去ったなら、レックス殿下が皇太子になる事は何もおかしな話ではありません」


私の冷たい表情に、皇后様はぐっと息を呑み、目尻に涙を滲ませ今にも泣きそうな顔をした。


「だ、駄目よ………駄目なの………。

レックスだけは、駄目………。

皇太子は、せめて皇族の中から、他の者を選んでちょうだい……ね?お願いだから。

レックスが皇太子になって、皇帝になんてなったら……わ、私は、ど、どんな目に遭わされるか………」


焦点の合ってない目で、ブルブルと震える皇后様を、ハッと鼻で笑いたいのを必死に我慢して、私は冷静さを崩さずに静かに口を開いた。


「レックス殿下が後に皇帝になれば、母君の仇討ちでもされるとお思いですか?」


冷静にと思っていたのに、ついクスリと笑ってしまった私を見て、皇后様は絶望に目を見開き、真っ青な顔で更にブルブルと震え出す。

皇后様にはさぞ私が恐ろしい何かに見えている事でしょう。


「………エ、エブァリーナ嬢……あ、貴女、まさか………何か、知って……知っているんじゃ………」


ガクガクと歯の根も合わないくらいに震える皇后様。

私はつい緩んでしまった口の端を元に戻し、無表情で皇后様を真っ直ぐに見つめた。


「……さぁ、私が知っている事など、大した事ではございません。

レックス殿下がお産まれになってすぐ、ご母堂様は産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまった事、くらいですわ」


そこまで言った瞬間、皇后様がホッとした表情を浮かべ、私はそれに間髪入れず話を続けた。


「それと、産後の肥立ちが思わしくなかったご母堂様に、皇后様から滋養強壮薬が贈られ、それを飲んでいたにも関わらず、残念ながら命を落としてしまった事、くらい………ですかね」


そう言って下から皇后様を睨み付けると、皇后様は喉の奥でヒッと悲鳴を上げ、ガタガタと椅子ごと後ろに退いて、真っ青な唇を激しく震わせた。


「その滋養強壮薬がレックス殿下のご母堂様の命を奪った事は、誰の目にも明らかだったというのに、皇后という立場を利用して罪から逃れた事、それをいつの日かレックス殿下に暴かれ罰せられる事が恐ろしいですか?皇后様」


冷め切った私の目から少しでも逃れようと、皇后様は身を引きながらイヤイヤと首を振る。


「……あ、ちが……違うのよ……あ、あれは……私は本当に、滋養強壮薬だとっ、そう思っていたのっ!

誰かがすり替えたのよっ!私が送ったものと、すり替えたんだわっ!

だからっ、わ、私は悪くないっ!悪くないのよっ!」


不様にも自分の罪から逃れようとする皇后様を前にして、ついに私は我慢出来ずに笑い声を上げてしまった。

アッハッハッハッハッとひとしきり笑った後、まだ笑いが収まらずクスクス笑う私を一瞬、皇后様がポカンとして見つめる。


「おかしい方ね、皇后様、貴女って本当に。

人1人を害しておいて、まだそのような見苦しい言い訳を………。

殺し方も杜撰でお粗末。その身分さえあれば、後は何とでもなるとでも思いましたか?」


クスクス笑う私に、皇后様はカッとなって顔を真っ赤にしながら怒鳴り声を上げた。


「エブァリーナ嬢っ!先程から貴女、あまりにも不敬ですわよっ!

ありもしない話で私を愚弄するとは、何事ですかっ!

だいたい、私があの女を害したという証拠でもあるのですかっ⁉︎」


この期に及んで、まだ私のような小娘1人、皇后という立場で何とか出来るというその態度に、私はニッコリ微笑みで返した。


「ところで皇后様は、お若い頃より私の叔母、シャルロッテ叔母様と仲良くしていたとか」


微笑んでいるのに目が一切笑っていない私に、皇后様はヒィィッと甲高い悲鳴を上げた。

そんな皇后様を気にもせず、私は言葉を続ける。


「お恥ずかしながら、私の叔母も、実の姉であるお母様を害そうとなさっていたもので、今はお父様に、最北にある厳しい修道院に入れられていますの。

生きるのも厳しい土地にある修道院ですから、叔母様が今生きているのか死んでいるのかも、私達には存じかねるのですが、仲の良かった皇后様なら何か知ってらっしゃるかしら?

ああ、そうそう、その土地に送られる前に、叔母様はお父様から厳しい尋問を受けて、何もかも洗いざらい話して下さったのですけど、その中に少し気になる話がありましたわね……」


そう言いながら、私は静かに椅子から立ち上がり、腰を抜かしてガタガタと震える皇后様の方へゆっくりと近付きながら話を続けた。


「叔母様は私を産んだばかりのお母様を亡き者にしようと、お母様が弱っているところをジワジワと命を奪うような薬でも無いかと、皇后様、貴女の前で溢したそうですね。

その叔母様の呟きに興味を持った貴女は、実家に代々隠してある薬がある、と叔母様に少し分けたそうではないですか。

それはお母様に使われる前に叔母様から没収して、我が家で調べさせて頂きました。

一見薬草にしか見えない見た目で、健康な方なら目眩や嘔吐程度で済みますが、急激な体力低下状態の者に常用させると、ジワジワと生命力を失わせ、いずれ死に至らしめるような、随分と姑息で醜悪な毒薬だったそうですわ。

もちろん、飲んですぐに事切れる訳ではないので、それを毒と認識するのは難しいそうです。

ああ、ところで、出産後なども、急激な体力低下状態と言えますわね。

なるほど、滋養強壮薬だなどと言って毎日飲ませれば、簡単に相手を亡き者に出来ますわ。

ところで、皇后様、最近私も何だか疲れが取れないのですが。

良ければレックス殿下のご母堂様に贈られたという、滋養強壮薬、私にも分けて頂けませんかしら?」


皇后様の座る椅子の背もたれを両手でガシッと掴み、逃げられないように自分の体で囲みながら、皇后様の顔に顔を近付けると、私の髪が一房ハラリと皇后様の頬にかかった。


「ヒィッ!ヒィィィィィィィッ!」


ガタガタ地震のように揺れながら、皇后様は情けない悲鳴を上げ、目を剥いて恐怖に顔を歪めている。


「………幼稚で姑息な手でしたわね、皇后様。

貴女が贈った滋養強壮薬を飲み続けた彼女が亡くなった事で、当時の彼女付きの使用人達は、アレが滋養強壮薬などでは無く、何か体に害なす物だったのではないかと、当時から疑っていましたよ。

動機も手段も持ち合わせている人間自ら動くなど、愚の骨頂もいいとこですわ。

浅はかで軽率で姑息。

そのような方には、レックス殿下の後の皇太后は務まらないでしょう。

レックス殿下は成人まで我が家で預からせて頂きます。

そして、成人した後は速やかに皇太子として即位して頂き、時を待たずして帝位に就いていただきます。

陛下には生前退位をしていただきましょう。

貴女もその陛下とご一緒に、隠居して下さいましね。

間違えても、再びアーサー様を皇太子に返り咲かせようとしたり、レックス殿下の命を害そうとしたりなさらないように。

そのような事があれば、我がアルムヘイム家があなた方に牙を剥きますわよ。

赤髪の魔女様も黙ってはいないでしょうね」


息が触れるほどの至近距離からその目を真っ直ぐに見つめ、淡々と伝えると、歯をガチガチ鳴らしながら皇后様は何度も何度も頷いた。

その反応に満足した私は、スッと体を起こし皇后様から身を離すと、優雅なカーテシーで礼を取る。


「ご理解頂けたようで、とてもようございましたわ。

では、私はこれで失礼致します。

ごきげんよう、皇后様」


そう言って頭を上げ、最後にニッコリ優雅に皇后様に様に向かって微笑み、私はその場を後にした。


その私の後ろ姿を焦点の合っていない目で見送りながら、ついに皇后様が気を失い、バターンッと椅子から転げ落ちる音が聞こえたが、私が振り返る事はなかった。



少々、皇后様に対して不敬でしたわね。

私ったら、いくら精神年齢が上だとはいえ、身分を超えるのは良くありませんわ。


……まぁ、実は私も、最も高貴な女性、というものですから、許して下さいね。

非公式ですけど。


ところで、公式の方の聖女様のご機嫌はいかがかしら?

ボランティアであのボンクラを引き取って下さった貴重な方ですから、大事にしなければいけませんね。

近々ご機嫌伺いにでも参りましょう。

歓迎してくれるかは、また別の話ですけどね。





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