EP.38
帝城にある、皇帝陛下への謁見の間に集められた私達アルムヘイム御一行。
お父様と私、そしてジルヴィス。
玉座に座る陛下と対峙しながら、その顔に妙に納得しながら心の中で頷いた。
ついこの前まで死人のような顔色をしてらっしゃったのに、今は随分持ち直しているようですわね。
やはり、聖夫となった息子を再び皇太子に返り咲かせようと企んでいる事は本当だったようです。
本当に、ほんっと〜〜〜にっ、しつこい方ね、陛下は。
そもそも貴方の愚息に皇太子たる器があると本気で思ってらっしゃるのかしら?
更に次代の皇帝に本気でするつもりなの?
一体この帝国をどうするつもりなのかしら?
耽美主義で差別的なアホの治めるアホの国にでもするつもりかしらね?
そんなものに我がアルムヘイム家が付き合う義理はありませんから、本当にそうなった瞬間に秒で攻め落としますわよ?
という、嘘偽りの無い本音を隠しつつ、私は淑女然として慎ましやかな微笑みを浮かべて陛下を見つめていた。
「呼び立ててあいすまなかった、アルムヘイム公爵、それにジルヴィス卿にエブァリーナ嬢」
心なしか笑顔まで取り戻している事に若干イラッとしつつ、私達は陛下に向かって頭を下げた。
「帝国の太陽にご挨拶申し上げます。
陛下におかれましては、顔色も良くご健勝なご様子に我々も安心致しました」
全く感情のこもっていない形だけのお父様の挨拶に、陛下は慌てたように直ぐに口を開く。
「あの件では、アルムヘイム家の皆に不愉快な思いをさせてしまい、すまなかったと思っている。
だが、まだ年端のいかぬ子供の戯言と、寛容な心でどうか許してやってくれまいか?」
私達からはその〝あの件〟とやらの話には一切触れていないというのに、焦りからか早々に本題に入ってしまった陛下に、お父様はフッと口の端を上げて小さく笑い、正面を向いたままでジルヴィスに問いかけた。
「ジルヴィス、お前は確か、あの場にいた聖夫アーサー殿と同じ歳だったか?」
その問いにジルヴィスは穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「はい、その通りですよ、父上」
ジルヴィスの返答に、お父様は頷く。
「うむ、そうか。ところでお前は、何歳になったのだったかな?」
再びの問いかけに、ジルヴィスがハハッと声をあげて笑った。
「誕生日がくれば、19です。
まさか、私が成人してもう4年目になる事までお忘れではありませんよね?父上」
ジルヴィスの返答に、今度はお父様がハハッと声をあげて笑った。
「そうであったな、お前ももう立派な成人になって今年で4年になるのだな、うむ。
それはそうと陛下、我がアルムヘイム家が、〝年端もいかぬ子供の戯言を寛容な心で許す〟ような何かがありましたかな?
はて、私には心当たりがありませぬな」
お父様とジルヴィスの嫌味たっぷりな切り返しに、陛下はアワアワしながら言葉を失っている。
はぁぁぁ。
まったく、呆れて物も言えませんわ。
この国では15歳で成人。
それを19歳にもなる息子を〝年端もいかぬ子供〟と表現するなんて。
私の前世では、確かに19歳はまだ子供として見られていました。
もちろん、ギリギリですが。
まぁ、半分くらいはまだ学生でしたから。
前世になぞらえて言うと、ジルヴィスもアーサー様も、まだ高校を卒業したばかりの若者です。
が、年端もいかぬ子供、というような歳ではありませんね、流石に。
私達からのジトッとした目に耐えられなくなったのか、陛下は汗をかきながら誤魔化すような咳払いをした。
「ゴホンッ、我が愚息がアルムヘイム公爵家にかけた多大な迷惑を、代わりに私が謝罪する。
それと同時に、あの者の処遇に対して考えがある」
おいでなすったわ。
陛下の話に私達は心の中で同時にハッと鼻で笑う。
「アルムヘイム公爵家に対して行った非礼に対して、今の処遇ではあまりに生温い。
さぞかし、そなた達も納得のいかない想いをしている事であろう。
また、あのような未熟な者を聖なる聖女殿の側に置いておく事は力不足と考え、聖夫アーサーを環俗させ、皇家の監視下におこうと思う。
皇家にてしっかりと再教育した後は、国に仕え、国の為になる……」
「はっはっはっはっはっ!」
不敬にも、陛下の話を遮るお父様の笑い声(激レア)に、陛下は話を止めてポカンとした呆け顔でお父様を見ている。
その場にいた私とジルヴィス以外の人間が、だいたいその陛下と同じような顔でお父様を見ていた。
ひとしきり笑い続けるとお父様はピタリと笑うのをやめ、今度は陛下をギロッと睨みあげた。
陛下がヒィッと声にならない掠れた悲鳴を上げる。
「なるほど、それで、またあの者を皇太子の座に据えますかな?
まったく呆れてものが言えぬ。
貴方は一体、どれだけの過ちを犯せば目が覚めるのか。
国をなんだと思っているっ!
貴方がた皇家のおもちゃでは無いぞっ!
あのような者に国を任せれば、この国が傾き国民が不幸になるだけだと、なぜ分からぬかっ!」
珍しく怒鳴り声を上げたお父様のその迫力に、皆が恐れ慄いて声も出せず、その場はシンッと静まり返った。
「………いや、私は、だが………皇太子がいなくては………。
ア、アルムヘイム公爵っ!いくら帝国一の貴族家とはいえ、私にっ、いやっ、余にそのような物言いは許さぬぞっ!
皇家の事は、皇家で決めるっ!
アーサーは環俗させて、再び皇太子に据える。
これはすでに決定したもの、アルムヘイム公爵とて覆す事は出来ぬっ!」
オドオドとしていた陛下が急にカッと目を見開き、噛み付くように叫んだ瞬間、お父様がニヤリと笑った。
「ほぅ………あくまでもあの者を皇太子に戻したいと、譲りませんか」
その瞬間、完全にお父様と敵対した事に、激昂して頭に血が昇っている陛下には察する事が出来なかったようです。
いつもの陛下なら、お父様から決定的なあの言葉が出ないように、もっと慎重になっていた筈ですのに………。
陛下はギリっとお父様を睨み、低い声で答えた。
「皇帝である余が貴様に譲るものなど無い。
アーサーは皇太子に戻す、そして次代の皇帝となるのだ」
お父様程ではなくとも、我が子を守ろうとするその陛下の気迫に、その場にいた人々が固唾を呑んだ。
陛下は父親としてただ本当にアーサー様が可愛いだけなのでしょう。
愛する息子に自分の持つ全てを譲りたいとむきになっていらっしゃるようですが、残念ながら貴方の持つものも、我がアルムヘイム家があってこそ。
帝国最大の武力を誇るアルムヘイム家が、公爵家として王家の後ろに控えているからこそ、あなた方皇家が毎日呑気に朝まで安眠出来ているのだと、普段の陛下なら誰よりも理解していた筈。
………だからこそ、アルムヘイム公爵であるお父様との会話には慎重だった陛下が、今日は失態を犯しましたね。
大きな大きな綻びをお父様の前に晒したのです。
「………次代の皇帝どころか、皇太子としても何も学ぼうとせず、その身分と権力のみでこの国の全てが手に入ると勘違いし、自分の思い込みのみで行動し、自分の杓子のみで物事を図り、自分の好悪のみで平気で人を差別する………。
そのような矮小で愚かな人間を皇位させるというのなら、我がアルムヘイム家はそのような国からは決別させて頂こう。
アルムヘイム家はフロメシア帝国より独立するっ!」
毅然とした態度でお父様がそう言った瞬間、その場がシーンと静まり返った。
呆然とした顔の陛下がみるみる真っ青な顔色に変わっていく。
「……なっ、ア、アルムヘイム公爵……そんなっ、そんな事は…余は……」
「認められませんか?我が家には独立する力が無いとでも?
むしろ今まで、公国として帝国から独立しなかったのは、仕えるべき皇家が正しくあったからですよ。
今の皇家に我がアルムヘイム家を繋ぎ止めておく力などありませんな。
次代の皇帝があのような者であるなら、尚更」
冷静に淡々と話すお父様から揺るがない決意を感じたのか、陛下はフラフラと立ち上がり、縋り付くようにお父様に向かって手を伸ばした。
「ま、待たれよ、アルムヘイム公爵……早計は良くない。
そ、そうだっ!確かにアーサーは皇太子としても次期皇帝としても力不足、だからこそ私は、アーサーの伴侶にそなたの娘、エブァリーナ嬢をと望んでいたのだ。
賢く淑女としても完璧で、高位の治癒魔法を平民にまで分け隔てなく与える慈愛、更にあの赤髪の魔女殿が唯一認めた令嬢。
そのような令嬢がアーサーの伴侶になり、皇后としてアーサーを支えてくれれば、必ずや国民が認める立派な皇帝に……」
………パキッ、パキッ、バリッ。
まるで名案とばかりに陛下がつらつら喋り始めると、謁見の間の壁や床、ついには陛下の座る玉座までパキッと凍り付き、そこに集まる人々は白い息を吐きながら凍える体を両手で摩り始めた。
あらあら、陛下ったら。
本当に、お父様の凍死光線がお好きなのね。
自分1人凍るのはご自由にどうぞと言いたいところだけど、周りまで巻き込むのはいけませんよ。
お父様の凍死光線、今ちょっとバグっていて、まだメンテナンスも出来ていませんのに。
困ったわ〜っと頬に手を当て小首を傾げる私の隣で、ジルヴィスが涼しい顔で口を開いた。
「失礼ながら、陛下の今仰った、エブァリーナが皇后になれば、国民が認める皇帝に云々ですが。
それは全て、エブァリーナの功績ですよね?
エブァリーナの賢さ、気品、能力、人脈。
それら全てを捧げて、あのアーサー様を支えろとでも?
そんな事をすれば、そのエブァリーナに為政者としての面倒事を全て押し付け、自分は遊びにうつつを抜かし、聖女様になる以前の第二、第三のアメリア嬢を見つけてきては、真実の愛がどうのこうのと言って、醜い傷もののくせにとエブァリーナを貶める、そんなアーサー様の未来が僕には透けて見えるようですが、陛下はいかがですか?
そのような婚姻に、まさか本気で我がアルムヘイム家が大事な令嬢を差し出すとでも?
そんな事をするくらいなら、公国として独立した方が誰も傷つかずに済む。
そうは思いませんか?陛下」
想像力の欠如した陛下に懇切丁寧に説明しながら、流石のジルヴィスもいつもの穏やかな微笑みを忘れ、冷たい目で陛下を見ていた。
お父様とジルヴィスの凍り付くような視線に、陛下はフラフラとその場に膝を突き蹲る。
はぁ、やっと心が折れてくれたのかしら?
本当にか弱く見せて豪鉄の心臓をお持ちの方だったわ。
その上慎重で腰も低いものだから、なかなかアルムヘイム家としても強く出れなかったのよね。
あの元皇太子、ボンクラ息子のお陰でそれも切り崩せましたけど。
思えば哀れな方ですね。
器に合わない重積を背負わされて、皇帝でありながら貴族達の顔色を伺い、まるで氷の上を歩くように慎重に、その治世を守ってきた方。
賢王の器は無く、時の覇者と言われるような豪胆さも無く、せめて愚王と呼ばれぬようにと神経をすり減らし………。
そんな陛下の心の拠り所は、家族だけだったのでしょう。
本来なら平凡な家庭の平凡な父親。
そのような役割が丁度身の丈に合ったはずですのに。
生まれだけは、誰にも選ぶ事は出来ませんからね。
私だってそうでしたもの。
そう生まれたものは仕方ない、と存分にあるものを利用し、降りかかる火の粉を薙ぎ払う私に言われたくはないかもしれませんが。
「お父様、お兄様、少し落ち着いて下さいな。
少し私の話を聞いて頂けませんか?」
穏やかな私の声にお父様は冷たい無表情のまま片眉を上げ、ジルヴィスはいつもの穏やかな微笑みを取り戻した。
「うむ、どうかしたか?エブァリーナ。
此度の被害者はお前だ、そのお前の言う事なら聞いてやろう」
「そうだね。あの2人に散々悪様に言われて、ありもしない罪まで責め立てられ、挙句に家門から破門だとか、国外追放だとか……。
ああ、唯一まともな事も言っていたけど。
婚約者候補からの除名。
うん、これだけは散々こちらからも願い出ていた事だし、あのアーサー様にしては最適解だったね」
うんうんと頷き合うお父様とジルヴィスに、もういい加減やり過ぎだわと呆れながら、私はゆっくりと口を開いた。
「私、お父様に、皇太子に推薦して頂きたい方がいますの」
私がそう言ってニッコリ笑った瞬間、跪いていた陛下がガバッと立ち上がり、真っ青な顔で窺うように、玉座の隣に静かに座っていた皇后様を振り返った。
皇后様は自分の膝の上で服をギュッと握り潰し、カタカタと震えながら下を向いている。
「ほぉ?エブァリーナがそこまで言う人物とは、一体誰かな?」
白々しいお父様の問いに、私は更にニッコリと笑って答えた。
「はい、レックス・ヴィー・フロメシア様。
皇家の第二皇子殿下ですわ」
私がその名を口にした瞬間、周りが明らかに凍り付き、陛下が真っ青な顔で口を震わせている。
皇后様は顔を上げないまま、ブルブルとその体を震わせていた。
「ほぅ、レックス殿下か、なるほど。
私も丁度、アーサー様が聖夫となり大神殿にお入りになったというのに、何故皇家は第二皇子を皇太子にすると声明を出さないのか不思議に思っていたところだ。
うむ、エブァリーナがそう言うなら……」
「まっ、待ってくれっ!!」
お父様の話を遮り、陛下が悲鳴のような声を上げた。
「あ、あの者は、そう、レ、レックスはまだ、10歳だっ、だからっ!」
上擦った陛下の声に、お父様がピクリと片眉を上げた。
「今年、11歳におなり遊ばされるではありませんか。
そうすれば、成人までたったの後4年。
今から皇太子教育を受けるなら、遅いくらいです。
そもそも、アーサー様は生まれた瞬間に皇太子になる皇子だと声明が発表されたではないですか。
年齢など、何か関係がありますかな?」
いい加減、陛下の、いえ、この皇家の相手をするのが疲れてきたのか、おざなりな淡々としたお父様の声に、陛下はいや、あのっ、だがっ、などと口をもごもごさせて、滝のような汗をかいている。
………約11年前、あなた方皇家のやった事への報いを贖う時が来ましたわね、陛下………それに、皇后様。
当時私は5歳くらいでしたが、それでもあなた方のやった事、知っていましてよ?
我がアルムヘイム家はここ何十年か、不甲斐ない治世を続ける皇家に見切りをつけ、公国として独立する為に秘密裏に動いてきましたが、お父様の代でそれが決定的になった出来事、それが11年前のレックス殿下に関わる事です。
公国として独立する事は既に決定事項ですが、その前に。
アーサー様同様、あなた方をそのままにしておくつもりはありません。
陛下、皇后様、どうかご自身の罪と今度こそ、どうか真摯に向き合って下さいませ。




