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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.37


「やってくれたな、エブァリーナ、それにジルヴィス」


お父様の執務室に呼ばれた私とジルヴィスは、揃って居住まいを正し、悪戯が見つかった子供のように密かに目くばせをし合った。


厳しく私達を睨み付けるお父様だけど、どこか楽しげな様子が伝わってくる。


あれから、アメリアさんを早急に我が家の養女にしてから無事に教会に送り出しました。

彼女の聖夫達も教会の大神殿に入り、彼女の為だけに仕えています。


大神殿は聖女の為だけの建物で、数十年ぶりに主人である聖女を迎えて、教会内は浮かれ上がっているようです。


数十年ぶりに現れた聖女を、我が家の人間として送り出せた功績は皇后を輩出する事なんかより遥かに大きく、お父様が私達に怒りながらも嬉しそうなのはそういった訳でした。


「エブァリーナ、いつからあの娘が聖女だと()()()()いたのだ?」


お父様の口調に引っかかるものを感じた私は、怪しまれない程度の一瞬の間に思案を巡らせ口を開いた。


「社交界デビューパーティの時に彼女から微かに不思議なオーラを感じました。

私は光属性の魔力が高いので、聖属性の力を僅かばかりでも感じ取れたのだと思います。

ですから、私に暴言を吐いた彼女を罰しないようにお父様にお願いしたのは、あの時はまだ念の為の対策でしかありませんでした。

後々彼女が聖女だと判明した時に、彼女を厳しく罰していれば、いくらアルムヘイム家とはいえ人々からの批判の対象になっていたでしょうから。

それから、あの時感じた感覚が本物だったのか確認する為、赤髪の魔女様に鑑定魔法で彼女の聖属性を鑑定してもらい、間違いなく聖属性を持つ聖女様だと判明致しました。

本来なら直ぐにでも教会に報告するべきでしたが、その当時の教会はバロッコ前教皇とそれに準ずる枢機卿達が支配する信用ならない場所でありましたから、そんな場所に聖女様をお連れすればまたその力をどんな腐った金儲けに利用されるか分ったものじゃありません。

あの時点でバロッコ達に聖女という新たな力を与え、その勢力を更に強大にする事は賢明ではないと考え、先に教会の改革を進めたのです。

今のカハル教皇が治める教会であれば、聖女様をお預けして問題ないと考え、彼女に我が家の養女になってはどうかと提案したのですわ」


ツラツラと淀みなく答える私に、お父様は楽しげにクックッと笑った。

まったく、いつの間に娘で遊べるほどの愛嬌が身に付いたのかしら?

お父様は私に、いつアメリアさんが聖女だと()()()()のか、と聞きました。

それはつまり、私に覚醒前の聖女を見抜ける力がある、赤髪の魔女と同等の鑑定眼がある事を前提にそういう聞き方をしたのです。

いくら強い光魔法を持つ私でも、覚醒前の聖女を見抜く事は至難の業。

あそこで一瞬で見抜いていたと話せば、それはつまり、自分が赤髪の魔女と同一人物だと認めたも同様だったという事です。


本当に迷惑な話ですわ。

お父様はまだ探りを入れてきているだけのようですけど、これから会話の中で引っかけに嵌まらないように気を付けねばならなくなってしまいました。

娘が赤髪の魔女であろうと何らお父様の態度は変わりはしないでしょうけど、乙女の秘密に踏み込むのはあまり宜しくありませんわよ。

ちょっと痛い目にでも遭わせて、その口を塞いで差し上げましょうかしら?


もちろん、内心の腹立たしさなど微塵も表に出さず、私は至極真面目な顔でお父様を見つめた。

楽しげに笑っていたお父様も流石に不謹慎だったと反省したのか、直ぐに笑いを引っ込めいつもの威厳に満ちた顔に切り替える。


「なるほどな、では何故あの娘に聖女である事実を伏せ、前皇太子との仲をとり持つ為という理由で我が家の邸を与えたのだ?」


そのせいでアメリアさんと殿下が勘違いを拗らせ、あのような愚行に走った事を言っているのだと理解した私は、お父様に向かってニヤリと笑って返した。


「あら?だって、先に貴女は聖女だから我が家に保護して、我が家の人間として教会に送りたい、だなんて話したら、陛下に対策を取られてしまっていたでしょう?

陛下なら殿下を聖夫にさせない為、彼女との関係を隠匿した筈です。

殿下を療養という名の幽閉でもして、その間に彼女を教会に引き渡し、素知らぬ顔で私との婚約話を進めた筈ですわ。

陛下の治世の元に、聖女と赤髪の魔女、アルムヘイム家から嫁いできた皇太子妃を集める一大チャンスですもの。

今まで以上に目を血走らせて強行したに違いありません。

そしてその力はそのまま、あの皇太子殿下に引き継がれる事になったのですよ?

あの殿下には過ぎたる力だと思いませんか?

ですから、ギリギリ、もう言い逃れも隠匿も出来ない状況が整うまで、あの方達の好きにさせておいたのです。

そのせいで我が家が謂れの無い暴言に晒された事は、本当に申し訳ありませんでした」


素直に頭を下げると、お父様はうむと難しい顔で頷いた。


「確かに、あの娘やボンクラに好き放題言わせたのは腹立たしい話ではあったが、それもこの結果を見ればもう何も言えんな。

自分の身を守る為に聖女さえ利用するとは、まずは良くやったと言っておこう、エブァリーナ」


そう言ってニヤリと笑うお父様。

何だか人聞きの悪い言い方ですわね。

まるで私がアメリアさんと殿下を利用して、あのしつこい陛下を振り切ったような。

まぁ、その通りなんですけどね。


顔に傷をつけた時点で皇太子妃から80パーセントは遠のいたと思っていましたが、思っていたより陛下が諦めないもので、更なる一手が必要になってしまいました。

さてそれはどんな手にしましょうか、と考えていた時に出会ったのが、あの社交界デビューパーティでのアメリアさんです。

彼女から感じたあの気配は間違いなく聖属性のものでした。

だって私も同じ属性を持っていますからね、間違えようがありません。

ですが彼女の魔力はとても弱く、更に本人がまだ自分の聖属性を認知し、聖女として覚醒していませんでしたから、確信を得る為にアメリアさんを放牧して様子を見てみる事にしたのです。


そうしたら、どうでしょう?

やはり彼女は期待通りに、無自覚に聖魔法を使い始めました。

殿下並びにエイデン卿やブライト卿を籠絡した力が、まさにそれです。


確かにアメリアさんは美しく、殿方の庇護欲を煽る愛らしい見た目をしていますが、残念ながらそれだけでは、皇族や高位貴族である彼らをあれほど夢中にさせる事など出来ません。

高位貴族になるほど身分格差には厳しいものですから。

下位の者から高位の者に先に声をかけてはいけない、名を呼ぶ事を許されていない者は敬称で呼ぶ事、など細かいしきたりがある事からも、それは窺えますね。


ですから、いくら愛らしいアメリアさんとはいえ、本来なら男爵令嬢が殿下や高位貴族の子息達と親しくなるなど、あり得ない話なのです。

見た目などよりも爵位で人を選ぶ事を、彼らは幼い頃から徹底的に教え込まれていますから。

いくら好みの女性だったとしても、男爵令嬢という時点で視界にも入らなくなるのが通常です。


つまり、アメリアさんの聖魔法は、その彼らの通常を取り払い砕く程の力はある、という事ですわね。

まずその力を纏っているだけで殿方が彼女に寄ってきます。

そして彼女がここぞと狙った瞬間に、やたら光を放っていたのは、あれこそが特定の人物を狙って放った聖魔法そのものなのです。

彼女は無自覚とはいえ聖女ですから、その力は使い方次第では強力に人の心を掴む魔法へと変貌を遂げるのです。


彼女の郷里であるハサック男爵領地で、人々に愛されていたのも同じ理由からでしょう。

いくら領主の娘とはいえ、人の恋人を奪い弄ぶ行為を繰り返していた彼女に、領民からは不満どころか彼女を褒め称える素晴らしい言葉しか返ってこなかったのは、幼い頃より無自覚に聖女の力を垂れ流していたからなのでしょうね。


聖女の力とは神に近い力。

人は無条件でその力の前に平伏すのでしょう。

ですが、その力を使っているのもまた人間なのです。

聖女たる条件は聖属性を持って生まれた事のみ、である以上、使う人間によっては毒となるその力を制御する為に、教会に入り一生を過ごす事が聖女には課せられています。


尊い力ですが、下手したら魔族を生み出す危険のある闇魔法より、厄介なものかもしれません。


もちろん、アメリアさんの力の使い方が聖女の正しい聖魔法という訳ではありません。

彼女の場合は無自覚でしたから、自分本来の魅力によるものとでも思っていたのでしょうけど。

自分が願えば全てが思う通りになるのは、ひとえに全て自分の魅力のお陰、と本気で信じてきたのでしょうね。

だからこそ彼女は自分の見た目のみならず、他人の見た目にまで拘りがあったのでしょう。

その見た目だけで全てを手に入れてきた彼女には、醜いものへの嫌悪感が生まれてしまった。

聖女として見た目の良し悪しで人を選ぶ事はあまり褒められた事ではありませんが、彼女はそうして歪んだ価値観を育み生きてきてしまったのです。


魔法とは、どの属性であっても使い方次第で毒にも薬にもなるものです。

その希少性ゆえ生態が全く広まっておらず、力の調整さえ学ぶ事の出来ない聖属性なら尚更の事。

持って生まれたその人間の性根によって、危うい力にもなりやすいというものです。

アメリアさんが自分で聖属性を自覚出来るほどの魔力量を有していれば、また話は変わってきたのでしょうけど。

残念ながらアメリアさんには、殿下や他の殿方を神聖な力で魅力して骨抜きにする程度の魔力量しかありませんから。

私が見つけ出さなければ、一生あの力を認識する事もなく、聖女になる事も出来なかったでしょうね。


あら?なら私が余計な事をしなければ、アメリアさんはあのままモテモテの勝ち組人生を歩めたのじゃないかしら?

例え殿下の妃にはなれずとも、一心に寵愛を受け左うちわで過ごせたのじゃない?

まぁ、どうしましょう?

などと白々しいですわよね、ごめんなさい。


確かにそのような可能性もありますが、アメリアさん自身が誰よりも高い地位を望んでいましたから、遅かれ早かれ、どんな力を使ってでも皇太子妃に登り詰めようとしたでしょうね。

ですがいくらなんでも男爵令嬢では身分の差を超える事など出来ません。

高過ぎる理想が打ち破られた時、今まで自分の思い通りにならなかった事など無いアメリアさんが、果たしてそれに耐えられたでしょうか?


答えは大変難しいところですわね。

私の予想では、力を暴走させて周りを巻き込んで大惨事になったのではないかと思います。

いくら魔力量が低くても、ストッパーが外れ力を暴走させれば、聖魔法でどんな事態になっていたか、あまり想像したくありませんね。

周りの人間をアメリアさんしか見えなくなるような、廃人くらいには変えていたかもしれません。

しかも暴走した力は無差別に人を巻き込んだでしょうから、そもそもその見た目にフラフラ近寄って行った殿方達とは違い、全くの無関係な人間達が被害に遭う可能性もあったのです。


そういった事も加味した上で、私なりの最善の方法を取らせていただいたのですよ、これでも。

聖女の力は教会で制御するのが1番良いのです。

その場所を事前に払い清め、アメリアさんが過ごしやすいように大量の寄付もしておいたのですから、ほんの少し、私の役に立っていただいても罰はあたらないと思うのですけど、どうかしら?


う〜む、と私が本気で悩んでいると、ジルヴィスが話題を変えようとお父様に話しかけた。


「ところで、宮廷から教皇庁を復活させてはどうかと話がありましたよ、父上」


教皇庁とは帝国の行政府機関の一つで、本来なら教皇を補佐して教会を統治する中央機関。

それを国が管理していたのですが、あのバロッコが教皇になり、中央教会を牛耳るようになってからは、帝都内にあるにも関わらず帝国から独立したまるで教会国家のような体制に変えてしまった。

完全に治外法権となった教会に、国は捜査に入れず、バロッコ達の不正をただ指を咥えて見ているしかなかった。

そして国が管理する教皇庁の存在も、バロッコによって拒否され、機能を停止してから久しい。


それを、今回の聖女の一件で宮廷は復活させたいのでしょう。

特にカハルに否は無いでしょうし、教会と国を繋げる教皇庁の存在は、今の教会には必要な存在ですから、それは良い話だわ、と私はジルヴィスを見つめた。

あと相変わらずタイミングを読むのが上手いわね。

常に私にとってベストなタイミングだわ。


「うむ、それは私も考えていた。

アルムヘイム家当主の権限で、教皇庁の再設立案を宮廷に提出する。

可決されて当たり前の話だからな、そんなに力んで取り掛かる事はないぞ、ジルヴィス」


宮廷がジルヴィスに話を持ってきたという事は、必ず宮廷会議で通したいから、アルムヘイム家から立案して欲しい、という意味。

我がアルムヘイム家の立案に否決を表明する人間など限られていますから、よっぽど早急に教皇庁を再設して機能させたいのでしょう。


それはそれとして、お父様に当然のように再設立案の書類作成をなすりつけられたジルヴィスは、死んだ目をしながらお父様に向かってニッコリ微笑み頷いていた。


まぁジルヴィスの事だから、既に再設立案など出来上がっているのでしょうけど、最近面倒事を押し付けられ過ぎているジルヴィスの目が、どんどん死んでいくのが流石に気になるわ。

早く大好きな絵を描いて過ごすだけの時間を与えてあげたいわね。



と、それはそれとして。

さぁこれで、私の婚約者問題にも終止符が打たれました。

殿下も今は、美しい大神殿で麗しい恋人と過ごすだけの人生をさぞ謳歌している事でしょう。

そのような殿下のささやかな幸せを、微力ながら私がお助け致したいと存じますわ。


「……ところでお父様?

早速殿下を、いえ今は聖夫様でしたわね。

その聖夫アーサーを還俗させようという動きがあるようですわね?」


私の問いにお父様はニヤリと笑い、楽しげに私とジルヴィスを交互に見つめた。


「そうだ。聖夫アーサーを環俗させ、再び皇太子に据えようという動きがある。

さぁ、お前達はそれを認めるか?」


楽しげなお父様を前にして、私とジルヴィスは企むように顔を見合わせると、お父様よりもずっと楽しげな笑顔を浮かべた。


「それについて、お父様に一つ提案が………」


私の言葉にお父様が興味ありげに片眉を上げるのを見て、この勝負に勝てる可能性が上がった事を私とジルヴィスは確信した。





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