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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.36


お父様から正式に養女にするという言葉を聞いたアメリアさんは、顔を輝かせ潤んだ(何故か熱っぽい)瞳でお父様を見つめながらその可愛いらしい唇を震わせた。


「お父様……アメリアを娘と認めてくれるのですねっ!」


「もう一度でもその卑しい口で私の事を〝お父様〟と呼べば、貴様の一族郎党この地上から消し去ってやる、よく覚えておけ」


極寒の吹雪を吹き荒らすお父様の威圧に、アメリアさんはヒィィィッと声にならない悲鳴を上げた。


「貴様を我がアルムヘイム家の養女にしてやるのは、それをエブァリーナが望んでいるからだ。

私にそれ以上の理由など無い。

もちろん貴様を私の娘とは認めん。

エブァリーナの姉妹としても認めん。

あくまでも、アルムヘイム家の養女として迎えるだけの話、罷り間違っても自分をエブァリーナと同列であるだなどと卑しい考えを持たぬように。

我が家から皇太子妃として送り出してやるゆえ、とっととそこの殿下の居住に移れ。

エブァリーナへの今までの暴言はそれをもって不問としてやるが、あくまで今までの暴言だけだ。

これから一言でもエブァリーナを貶める事を言おうものなら、その口を縫い付けてやるゆえ、その事も肝に銘じておくように」


凍り付きそうなお父様の言葉に、アメリアさんはガタガタと震え上がり、やはり同じくガタガタと震えている殿下に縋り付いた。


その全てを呆然としたまま眺めていた陛下は、ハッとして自分の頭を抱えると、悔しげに低い声を絞り出した。


「…………まんまと謀られたな……アーサー……」


憎々しげに陛下に睨み付けられた殿下は、意味が分からない様子でキョトンとしている。


「そこの娘に、アルムヘイム家の養女にしてやると甘言を囁き、お前とその娘が勘違いしてこの無様な失態を犯すよう、エブァリーナ嬢に誘導されたのだ………。

まだそんな事も分からぬのかっ!」


ギリギリッと歯軋りしながら、陛下は顔を上げ、父上と私を睨み付けた。


「フロメシア家はそこの娘を皇太子妃にするという、アルムヘイム家の提案を拒否するものとするっ!

皇太子妃はあくまでも、今現在の婚約者候補の中から選ぶ。

エブァリーナ嬢、まだ自分が皇太子の婚約者候補である事、よもや忘れてはいまいな?」


尚も喰らい付いてくる陛下に、私は穏やかに笑い返した。


「ええ、もちろん、忘れてはいませんわ。

お父様には申し訳ありませんけれど、私もアメリアさんには皇太子妃は無理だと思います」


慎ましやかに答えると、陛下だけではなくお父様も、そしてアメリアさん、殿下、これまでの流れを固唾を飲んで見守っていた生徒達。

その場にいた全ての人間が、一瞬でポカンとした顔をして私に注目した。


そこからいち早く我に返った陛下が、パァッと顔を輝かせ、弾んだ声を上げる。


「ではエブァリーナ嬢、やはり貴女が皇太子の妃に………」


「それは出来ません」


芽を出したばかりの希望の光を早々に踏み付けながら、私は穏やかに微笑み陛下に向かって口を開く。


「まずは、殿下のご婚姻、心よりお祝い申し上げます。

アメリアさんと殿下の末永い幸せを、私からお祈り申し上げますわ、陛下」


ニッコリ微笑むと、陛下は再びわけが分からないといった混乱した表情で、ピクピクと口の端を引き攣らせた。


「エブァリーナ嬢、先程から何を言っているのだ………?

そこの娘には皇太子妃は無理だと、その口で言ったばかりでは無いか……?」


疑問の渦に会場全体が巻き込まれたところで、私は最上級の笑顔を浮かべる。

全てを知っているカインとジルヴィスが、かたや申し訳なさそうに、かたや楽しげに、それぞれ陛下をジッと見つめていた。


「ええ、アメリアさんに皇太子妃は無理です、なれません。

何故なら彼女は、聖女様ですから」


私の爆弾発言に、会場中がシーンッと水を打ったように静まり返った。

誰も直ぐには私の言葉を理解出来ず、思考停止している中、同じようにポカンとしていたアメリアさんが、ハッとしたように辺りをキョロキョロと見渡す。


「ハッ、えっ、うぇっ、あ、あたしっ、えっ?えっ?」


挙動不審なアメリアさんに、私はスッと頭を下げる。


「はい、貴女様こそ、久しくお姿を隠していらっしゃった、聖女様、御方でございます」


恭しく私に頭を下げられてやっと、アメリアさんはキョロキョロするのをやめ、目をパチクリと瞬いた。


「わ、私が、聖女………様?

えっ、それって本当なの?」


大きな瞳の中に星を瞬かせ、アワアワと手で口を隠すアメリアさんに、私はうふふと優しく笑いかけた。


「ええ、赤髪の魔女様の鑑定眼による鑑定魔法で、間違いがないと出ましたから。

貴女様は聖属性を持って生まれた、聖女様に間違いありません」


そう言って私が膝を折って頭を深く下げると、カインとジルヴィスも同じように膝を折って頭を下げる。

そんな私達を見た生徒達も慌てて同じように膝を折った。


かくして、会場中の人間から傅かれる事になったアメリアさんは、キョロキョロと皆を見渡しながら、だんだんとその顔に傲慢さを取り戻していき、胸を逸らしてニヤニヤとその光景を眺めている。


頭を下げていないのは陛下とお父様だけ。

この2人は聖女とも対等でいられる権限が与えられていますから、膝を折るなど不要なのです。

正解には、皇家とアルムヘイム家に与えられた権限なので、本当は私とジルヴィスがアメリアさんに頭を下げる必要はないのだけど、この流れを作り出す為にまずは私達が頭を下げたという訳です。


「ふへっ、ふへへへへへっ、わ、私が、聖女………。

なら、アルムヘイム家に養女に入らなくても、余裕で皇太子妃になれるんじゃないっ!」


アメリアさんのこの言葉を聞いた瞬間、陛下がハッとした後、してやったりといった表情になった。


「これから貴女のより詳しい聖女鑑定が必要だが、まずは聖女殿、この国に再びそのお姿を現して下さり、感謝致す。

そして鑑定後は滞り無く、教会に移り大神殿にて国の加護を担って頂きたい」


恭しくそう言いながらも、口元がニヤついているのは、今度こそ生意気で小癪な私を負かせられると確信したからでしょうけど、そうはいきませんわ、陛下。


「えっ?教会?大神殿?なんで私がそんなとこに行かなきゃいけないの?」


ポカンとして聞き返すアメリアさんに、陛下はニコニコと優しく笑い返した。


「聖女様は教会にて一生をお過ごし頂く決まりですからな。

もちろん、皇太子妃だなどと俗世の煩わしい身分や肩書きを持つ事は許されておりませんゆえ」


ニコニコ笑いがうっかりニヤニヤ笑いに変わっている陛下。

陛下にとってはまさに、奇跡の大逆転ホームランに思えているのでしょうね。


「さて、エブァリーナ嬢。

これで皇太子妃の立場は、間違いなく貴殿に決まり、という事でよろしいかな?」


してやったりと私に笑いかける陛下。


「ちょっ!私、教会なんか行かないわよっ!一生ってどういう事っ!」


とアメリアさんが騒いでいるのも無視されるだなんで、なかなか豪胆ですわね。

その方、久方ぶりに現れた聖女様なのですけど。


私は頬を片手で押さえ、陛下に向かって残念そうにフリフリと首を振った。


「それは出来ませんわ、陛下。

だって、皇太子殿下はすでに、聖女様の聖夫様とおなりあそばされているのですから」


私の返答に陛下は目を見開き、ワナワナと震えながらゆっくりと殿下に振り向いた。


「………アーサー……お前……まさか、男爵令嬢とそのような……い、いや、聖女様と、聖なる契りを交わしたのか………?」


瞳孔の開き切った陛下に殿下はたじろぎながらも、不思議そうに首を傾げている。


「殿下、陛下はアメリア嬢と男女の深い仲なのかと聞いているのですよ」


その殿下にジルヴィスが親切丁寧に陛下の言葉を通訳して差し上げると、殿下は当たり前のように軽く頷いた。


「もちろん、僕とアメリアは愛し合っているからね、そういった事もすでに済ませてある」


普通の事だと言わんばかりの殿下ですが、本来ならそのような不用心な事を未婚の皇太子がしたりしませんのよ。

万が一を考えて、せめてお相手は伯爵家以上の令嬢にするとか、ご商売の女性に頼むとかするんですけどね。

まぁ、迂闊な殿下のお陰で私の思う通りになりましたから、大変良く出来ましたと花丸を差し上げたい気分ですけど。


「では殿下は既に、聖女様の聖夫様とおなりあそばされたのですね、心よりお祝い申し上げます。

お二人は聖なる契りを交わした夫婦と認められ、殿下は聖女様の属者となりました」


ニコニコと笑うジルヴィスの前に立っていた陛下が、とうとうその場に膝から崩れ落ちそうになった。

それを素早くジルヴィスが体を支え、何とか皇帝の威厳を保つ。


「んっ?つまり、アメリアは聖女で、だから特別で、深い関係にある僕とは既に夫婦だから、アメリアはもう皇太子妃になっているって事かいっ?」


キラキラとした顔でそう言った殿下に、ついに陛下がその胸倉を掴んで叫んだ。


「馬鹿者っ!お前はもう、皇太子ではないっ!

聖夫になった者は聖女に付き従い、俗世の身分は捨て、共に大神殿に入る慣わしだっ!

お前はっ、お前はもうっ!皇太子でも、皇家の人間でもないのだっ!」


陛下の怒鳴り声が会場中に響く。

殿下は目をパチクリさせて、すっかり思考停止した様子だった。


皆がシンと静まり返る中、アメリアさんを囲んでいた1人であるブライト卿がおずおずと手を挙げてジルヴィスを見た。


「なぁ、ジルヴィス、ちょっと聞きたいんだけど………。

アメリアと関係があれば、聖夫になれるのか?」


そのブライト卿の質問に、ジルヴィスは待っていましたとばかりにニッコリと笑って答えた。


「もちろん、なれるよ。

この国は皇帝でさえも一夫一妻だけど、唯一例外なのが聖女様と聖夫様なんだ。

聖女様は何人でも夫が持てる。

聖なる契りさえしていればね。

だから現時点で、聖女様と聖なる契りを結んでいる人間は、皆聖夫様なんだ」


そのジルヴィスの答えに、ブライト卿はパァッと顔を輝かせた。


「アメリア、俺も共に大神殿に入ろう。

君と俺は既にそういった仲なんだから、俺も君の聖夫だっ!」


あらあら、自分で気付いてくださって手間が省けましたわ。

伯爵家の子息だというのに、とうとう騎士位の家とも縁談を結べず、平民の商家に婿入りする事になっているブライト卿からすれば、まだ聖夫様として大神殿で人々に崇められた方が良いですものね。


「なら、私も聖夫だっ、私も共に大神殿に入るぞっ!」


すかさずエイデン卿が手を挙げたのを皮切りに、俺も私も僕もと続々とアメリアさんの周りの殿方が手を挙げていく。

その中心でただ1人、アメリアさんだけが真っ青な顔でブルブルと震えていた。


「………によ、これ…………何よっ!これっ!

私、要らないっ!皇太子じゃなくなるアーサーなんかっ、もう要らないっ!

ブライトもエイデンも、他の男どもも、身分も何も失くなるなら、要らないっ!」


震える声で叫んで、アメリアさんはキッと私を睨み付け、私の後ろに立つカインを強く指差した。


「私、聖夫にするなら、カインにするっ!

聖女なんでしょ?偉いんだよね?

じゃあ、カインは私に逆らえないんでしょっ?

カインを聖夫にするからっ!」


私に対してしたり顔をして見せるアメリアさんですが、そのアメリアさんにカインがスパッと言い返した。


「私は貴女の聖夫になる事を望みません。

大神殿にも入りません」


キッパリと拒否するカインに、アメリアさんは涙目で意地悪くその顔を歪ませた。


「はぁっ?あんた、何言ってんの?

私は聖女よ、偉いのよ?

その私が言ってんだから、あんたに拒否権は無いのっ!」


醜く目を釣り上げるアメリアさんに、私がクスクス笑うと、アメリアさんは今度は私をキツく睨み付けた。


「あんたっ!何笑ってんのよっ!」


そのキツい口調になおもクスクス笑いながら、私は首を傾げる。


「ジルヴィスが言っていたでしょう?

既に聖なる契りを交わした相手が聖夫だと。

そうで無い者には、いくら聖女様でも強要は出来ませんよ?

これからまだ聖夫様を増やすのは勝手ですが、相手の同意が無ければ聖なる契りは交わせません。

カインは貴女と聖なる契りを交わす気が無いようですから、諦めてくださいましね?」


クスクス笑う私に、アメリアさんは顔を真っ赤にして彼女に似つかわしく無い醜い顔で叫んだ。


「はぁぁぁぁっ?おかしいだろっ!なんでだよっ!

この私が、聖夫にしてやるって言ってんのにっ!

それを断るとか、獣人の分際であり得ないんだけどっ!

なんでこの美しい私よりっ、そんな醜い化け物女を選ぶのよぉぉぉぉぉぉぉっ!」


噛み付くように叫ぶ自分の方がよっぽど獣のようだと気付いていない様子のアメリアさん。

その姿に、あれが新しい聖女なのか………と生徒達の間に動揺が広がっていく。


「ねぇ、本当にアレが聖女なの?」


コソッと耳元で問いかけてくるビリーに、私は溜息混じりに小声で答えた。


「ええ、聖女たる資格は聖属性を持って生まれた事のみ、ですから。

残念ながら、身分や品格、中身は問われないの。

アレが間違いなく、この国に久しぶりに現れた聖女よ」


私の返答にビリーはうぇっと嫌な顔をし、マーニーは絶望で涙を浮かべている。


皆様の期待を裏切り大変申し訳ないのだけど、聖女だからといって皆が皆、見た目も心も美しく神聖な存在とは限りませんのよ。


要は聖属性を持ち、魔族を打ち倒す事の出来る破魔の力を有しているかどうか、それだけですから。


実際、私のような聖女も居ますし、ね?




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