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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.35


「何を馬鹿な事を……ジルヴィス、いくら君でもそんなあり得ない作り話、誰も信じる訳がないだろう?

はぁ、やれやれ、次期アルムヘイム公爵だというのに、妄想もいい加減にしてくれ。

………ちっ、これだから元平民の孤児は………。

いくら見た目が良くても僕の側近には相応しくなかったな………」


後半は呟くような小声でしたけど、しっかりジルヴィスにも私にも、もちろんお父様にも聞こえていましてよ、殿下。

当の本人は平気そうな顔をしていますが、お父様の冷気がまた一段上がったわね。


「………陛下………殿下はどうやらうちの息子の言っている事が作り話の妄言だと言っているようですな。

それは、皇家からの言葉と捉えて相違ないですかな?」


怒りが頂点を過ぎて、逆に楽しくなってきた様子のお父様の、見るものを全て凍らせるその穏やかな笑顔に、陛下はヒィッとノドの奥で小さな悲鳴を上げて、慌てて殿下に向き直った。


「アーサーッ!もう黙るがよいっ!

よいか?先程ジルヴィス卿が言った事は、全て真実だ。

皇家ではアルムヘイム家とのより良い関係を求め、歳の頃の近い者がいれば縁談を申し込んできた、が、ここ数十年、残念ながらその全ての縁談をアルムヘイム家から断られてきているのだ。

私の時も、アルムヘイム家門の令嬢との縁談の話が出ていたが、丁重に断られてしまった。

アルムヘイム家は他の貴族とは違うのだ。

皇家との縁繋ぎを無条件に受け入れるような家門では無い。

見定められているのだよ、私達は」


皇帝としてなんとも情けない言葉を口にしなければいけなくなった陛下は、ガックリと肩を落とし、その原因となった殿下になんとか理解させようと、再び口を開く。


「お前の時も、そうだ。お前と歳の変わらぬ令嬢がアルムヘイム公爵家に生まれたと分かってすぐに、皇家から縁談を申し込んだのだ。

だがやはり丁重に断られてしまった。

しかし、このままアルムヘイム家との婚姻による縁を繋げないままでは、アーサー、お前の治世に影響が出る。

だから私は、しつこいくらいに再々、お前とエブァリーナ嬢の縁談をアルムヘイム家に申し込み続けた。

エブァリーナ嬢が赤髪の魔女殿と懇意にしている事が発覚してからは、より縁談を押し進めようと躍起になっていたのだ。

それこそ、勅命を下す寸前であった………。

そんな事をすれば、アルムヘイム家との関係がどうなるか、私にも分かってはいたが………焦っていたのだ、このままアルムヘイム家と縁続きになれないままでは、皇家の先は続かぬ………。

それに、赤髪の魔女殿との関係もエブァリーナ嬢を迎え入れれば必ずや進展すると………」


目に力は無くても真っ直ぐに自分を見つめて話す陛下に、殿下はゴクリと唾を飲み込んだ。


「いいか、アーサー………エブァリーナ嬢はな、私がアルムヘイム家に勅命という形でお前達の縁談を押し進めるという愚行に出る前に、我々皇家とアルムヘイム家の関係を慮って、婚約者候補に名を連ねる事を了承してくれたのだ。

こちらから乞うて乞うてやっと、お前の婚約者候補にするまで漕ぎつけたのだよ。

それをお前は………エブァリーナ嬢の顔に傷が出来たくらいで………」


「そんなっ!父上っ!〝くらい〟だなんてっ!」


その時、陛下の話を思考停止気味で聞いていた殿下が悲鳴のような声を上げた。


「父上っ!僕は美しいものしか愛せないっ!

僕の妃となる令嬢なら、頭の上から爪の先まで、完璧に美しくなければ、耐えられませんっ!

それなのにっ、か、顔に傷のある令嬢だなんてっ!

むっ、無理無理無理っ!無理ですっ!

そんなものっ、私から見れば化け物と同じだっ!

いくら父上の言うような理由があろうと、エブァリーナ嬢との婚姻は無理ですっ!

そもそも、どんな理由であれ僕の婚約者候補になったのなら、あのような醜い傷を負うべきではないでしょうっ!

令嬢のくせに顔に傷を負うような失態を犯したエブァリーナ嬢が全て悪いのですっ!

僕に愛されたかったら、そのような失態を犯すべきじゃなかったっ!

そんなのは、当たり前の事ですっ!

父上が何と言おうと、僕はあんな傷ものなんか妃には迎えないっ!

僕はここにいる、愛らしく美しいアメリアを皇太子妃に迎えますっ!

誰が何と言おうと、僕らの真実の愛は覆せないっ!」


そう言って熱い目でアメリアさんを見つめる殿下を、アメリアさんが潤んだ愛らしい瞳で見上げる。


「………アーサー………アメリアも貴方だけを愛していますわ」


熱く甘く見つめ合う若い恋人同士を前にして、陛下は真っ青になって今にも泣きそうな表情をしていた。


それはそうなりますわよね。

あれだけ説明して話聞かせたというのに、全くの暖簾に腕押し(のれんにうでおし、手応えのない様)状態なんですもの。


陛下は殿下を舐めてかかってらっしゃったようね?

殿下の外見至上主義は筋金入りなのですよ?

それに、その自分の主義に関しては潔癖で完璧なものしか絶対に許しません。

顔に傷のある令嬢など、以ての外。

本来なら視界に入れるのも辛いはずです。

殿下なりに、アルムヘイム公爵家の令嬢だからと、頑張ってくださっていた方だと、私は思いますわ。


ですがそれも我慢の限界、というものがあるのでしょう。

殿下には本当に、私が化け物に見えているのですから。

殿下の世界には、顔に傷を負う令嬢などいるはずがないのですからね。

それに加えて、もう恐怖症とも言えるほどの醜いものへの嫌悪感。

いくら周りに言われたからと言って、恐怖の対象との婚姻など初めから無理というものです。


それもアメリアさんに出会った事で余計に我慢出来なくなったのでしょう。

かたや、身分は低く自分の妃にする事は叶わないけれど、美しく愛らしい自分の理想そのものの令嬢。

かたや、身分は申し分なく、周りから妃にするように望まれているけれど、醜い傷を顔に負っている令嬢。

殿下にとっては、選ぶなら間違いなく前者であり、後者はあり得ない。


そこに降って湧いた、アメリアさんの公爵家との養子縁組の話。

これで身分の差は無くなり、周りが何と言おうと自分の好きに出来る、と思った殿下とアメリアさんは、2人で今日の舞台を企んだ、という事なのでしょうね。


本当に素敵な舞台でしたわ、お2人とも。

そうね、舞台の演目の名は〝些細な勘違い〟でいかがかしら?



先程の殿下の、〝醜い〟〝傷もの〟〝化け物〟という、私を表したであろう発言に、真後ろのカインは毛を逆立て熱い気を放っているし、隣のお父様は世界を氷河期に落とす程の冷気を放っています。


そして1番の誤算は、陛下の後ろに立つジルヴィスまで、笑顔の下に激しい怒りを滲み出している事………。


待って、待って、待ちなさい。

貴方は駄目じゃない。

私と同じくらい冷静さを欠いてはいけない筈でしょ。

ちょっと、お願いしますわ、お兄様っ!


ガルルッと今にも噛み付かんばかりに自分を睨み付ける私の存在に気付いたジルヴィスは、一瞬ハッとしたのち直ぐに自分を取り戻したようで、感情の読めないいつもの穏やかな微笑みを取り戻し、少し呑気な口調で口を開いた。


「ところで、先程から殿下とアメリア嬢の言っていた、アメリア嬢が我が家の養女になるという話は、一体何の事かな?」


空っとぼけたジルヴィスの言葉に、殿下とアメリア嬢が目を見開き驚いた顔をしている。


「な、何を言っているんだ?ジルヴィス?

僕の寵愛深いアメリアを、アルムヘイム公爵家が養女に望んでいるのだろう?」


心の底から、今のジルヴィスの言葉の意味が分からないといった殿下の様子に、なるほどアメリアさんにそう説明されたのね、と私は心の中で密かに頷いた。


「だから僕は、アルムヘイム家が皇后輩出の為に本気になったのだと思い、アメリアにもそう説明したんだ」


続く殿下の言葉に、その辺の誤解は殿下が原因だったのだと納得した。


「ええ、だから私はアルムヘイム家にとってエブァリーナさんよりよっぽど大事な令嬢じゃない。

だから当然、私がアルムヘイム公女になるのだと思ったの」


アメリアさんの言葉にジルヴィスが弾かれたように笑い出した。

そのジルヴィスをポカンとした顔で眺める2人。


「アッハッハッハッハッ!

君がアルムヘイム公女かい?

ところで我が家は公国では無いからね、正しくは私とエブァリーナは公子や公女では無いんだよ。

だけど私達の実績に敬意を込めて、周りがアルムヘイム公子、アルムヘイム公女と呼んでくれるようになったんだ。

だから君が仮に我が家の養女になったとしても、周りからエブァリーナと同じように呼ばれるかは分からない。

と、そんな事は今はどうでも良いね。

大事な事は、君が我が家の養女になる話など、我が家門の誰も認識していない、という事だ」


バカ笑いをやめて、ニヤリと皮肉げに笑うジルヴィスを、アメリアさんが怒りを滲ませキッと睨んだ。


「嘘言わないでっ!私はエブァリーナさんに、アルムヘイム家の養女にするとハッキリ言われたのよっ!

だからアルムヘイム家の邸の一つをもらったんじゃないっ!」


淑女にあるまじきアメリアさんの大声に、ジルヴィスが面白くなさそうに片眉を上げた。


「邸って、あのゲストハウスかい?

あそこは我が家の賓客用にある邸の一つだけど………。

ふ〜ん、君を我が家の養女にすると言い出したのは、エブァリーナだったんだね?」


確認するようなジルヴィスの言葉に、アメリアさんは胸をのけ反らせて胸の前で腕を組み、偉そうに頷いた。


「そうよっ!醜い自分では殿下の妃にはとてもなれないから、それに相応しい貴女に身分をお譲り致しますって、エブァリーナさんから養女になるように頼まれたの。

だから私は仕方なく、あの邸に住んであげてるって訳」


アメリアさんの答えに、全てを知っているくせに、ジルヴィスは顎に手をやり少し考える仕草をした。


「へ〜〜………だとすると、おかしいね。

さっき君と殿下の言っていた事と矛盾するんじゃないかな?

君と殿下は、さもアルムヘイム家当主である父上から請われて養女になるのだといったニュアンスで言っていたよね?

それを認めたくないエブァリーナがアメリア嬢を拉致監禁してあの邸に閉じ込めた、とも言っていた。

でも実際は、アルムヘイム家でアメリア嬢を養女にするといったような話は一切出ていない。

当たり前だよね?君がいくら殿下から寵愛を受けていようと、養女にすれば皇太子妃確実であろうと、我が家は一切関心が無いのだから。

皇后を輩出したいとも考えていないからね。

だけど君は先程、エブァリーナに頼まれて我が家の養女になってやるのだと言った。

つまり君の養女云々はエブァリーナの発案であり、君もそれを受け入れた。

そんなエブァリーナが君を拉致監禁だなんて、随分おかしな話だなと思って」


ニッコリ無邪気な笑顔を向けられたアメリアさんと殿下は、真っ青になってダラダラと滝のような汗をかき始めた。


あらあら、お互いがお互いを勘違いさせた結果、目もあてられないくらいに増長してしまったようですわね。


その成れの果てが、私のアメリアさん拉致監禁事件のでっち上げですわ。

おおかた、アルムヘイム家に請われ養女になるものと勘違いしたアメリアさんが、邪魔な私を排そうと殿下と企んだ事でしょう。

私が居なくなれば、アルムヘイム家を自分の好きに出来ると思い込んだのね。

何故なら自分は、傷もの令嬢の私に変わって、アルムヘイム家の宿願を叶える存在。

当然実子である私より大事に扱われる筈。

更にジルヴィスは自分に好意があると、これまた勘違いしていたのでしょう、いよいよアルムヘイム家は自分のものになると思い込んでしまったのね。


陛下と同じく醜いものを許せないアメリアさんは、私と姉妹になるのが嫌だった。

そして曲がりなりにも実子である私から、権利を主張され、アルムヘイム家の物を分け与える事になるのも嫌だった。

そこで考え付いたのが先程の、私によるアメリアさん拉致監禁事件な訳です。

それを理由に私をアルムヘイム家から排斥し、国外追放にすれば、自分の立場は更に安泰だと、これまた〝勘違い〟してしまったようです。


ああ、本当に。

些細な勘違いの重なった悲劇ですわ。

…………いえ、喜劇かしら?



「………なるほど、エブァリーナ、お前の仕業か……」


私の耳元でボソッと囁くお父様の低い声に、私は穏やかな表情を崩さず、ピクリとも反応を返さなかった。


「あの娘はさながら、お前のスケープゴードだな?

我が家の養女にして殿下に献上しておけば、二度とお前には絡んでこれない。

うむ、よく考えてあるが………あの2人にこの国を任せる事になるのか………」


気分が悪そうにお父様は、苦虫を潰したような顔で続けた。


「………まぁ、いい。そうなれば我が家は我が家で動くのみだ。

エブァリーナ、お前は本当にアレが必要なのだな?」


私にしか聞こえないだろう小声だけども、令嬢をアレと呼称するのはどうかしら?などと思いながら、私は一切表情を変えずに前を見たまま僅かに頷いた。

その私の反応に、お父様は気分が悪そうにチラリとアメリアさんを見てから仕方なさそうに溜息をつく。


「もうよい、ジルヴィス。

全て理解した。

そこの娘を我が家の養女にして殿下に嫁がせる事を、当主である私が許可する。

家門会議はジルヴィス、お前に任せる」


興味なさげにそう言ったお父様に、ジルヴィスが笑顔の口の端をピクピクと動かしながら、お父様に向かって恭しく頭を下げた。


「承知致しました」


良い子のお返事の後、頭を上げながら私を軽く睨んできたのはアレね、お父様に自分もこの計画に絡んでいるとばれた事で、それならば面倒事はお前が処理しろと押し付けられた腹いせね。

まぁ、ジルヴィスったらお行儀が悪いわ。

家門会議、頑張ってね。




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