EP.34
「エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム。
王太子権限を使い、君を婚約者候補から除名させてもらう。
そして今後もう2度とアメリア嬢に危害を加えられぬよう、君をアルムヘイム公爵家から破門とし、国外追放を命じるっ!」
ビシッと私を指差し、最大の見せ場である断罪のセリフを見事言い切った殿下に、パーティ会場が大きく騒めいた。
あのアルムヘイム公爵家の令嬢が………婚約者候補から除名………。
それに、破門………国外追放…………ん?
とここで、騒つく会場の中から違和感と疑問を持つ者がチラホラと現れ出し、その?マークがじわじわと広がっていく。
我慢出来なくなったビリーが、私の耳元でコソッと囁いた。
「………ねぇ、婚約者候補から除名までは分かるけど、家門から破門とか国外追放だとか、そんな権限、皇太子殿下にあったかしら?」
ビリーが皆を代表するように疑問を口にしてくれた事で、コソコソとした小声だったにも関わらず、皆が耳をそば立てて私達の会話を盗み聞きしようとシンと静まり返った。
私はその様子には気付かないフリで、ビリーの疑問のみに答える。
「ありませんわね、殿下にそのような権限。
確かに婚約者候補から除名する事は出来るでしょうけど、権限でどうにかするものではなく、宮廷会議に議題として取り上げてもらい、正式に婚約者候補から外すという正規の方法になるんじゃないかしら?
それから、私を家門から破門するかどうかを決めるのは当主であるお父様であって、殿下にそんな権限など、当たり前だけどありません。
国外追放については陛下の承認が必要になるわね。
陛下の決定した事を殿下が代理で申し渡す事は出来るけれど、殿下の権限で一貴族家の令嬢を国外追放になど出来ないわよ」
あくまでビリーとのコソコソ話のつもりだったのだけど、あら?何かしら?周りの呆れたような空気は。
殿下も真っ赤になってプルプル震えていらっしゃるし。
あらいやだわ、まさか殿下ったら自分の権限の範囲も知らなかったのかしら。
もちろん、皇太子殿下への権限については人によりけりですわよ?
ほぼ陛下と変わらない権限を与えられている皇太子や王太子もいれば、うちの殿下のようにほぼ何の権限も与えられていない皇太子もいるという事です。
とはいえ、家門からの破門云々については、いくら皇族王族であってもそんな権限はハナからありません。
陛下でさえそんな事は出来ません。
貴族家の除籍や破門を決める事が出来るのは、その家の当主のみ、です。
それさえ理解していなかったなんて、殿下ったら皇太子というだけでこの国の全ての人間をどうにか出来る権限があるとでも勘違いしていたのかしら。
まぁまぁ、これは、骨が折れますわね。
もちろん殿下を再教育だなどと思ってもいませんが、どうやって対話を試みればいいのかしら。
まさかこのボンクラ皇太子がここまでだったなんて………。
頭痛を感じて頭を押さえたその時、パーティ会場の吹き抜けになった2階部分の扉がバンっと開け放たれ、そこから護衛騎士と官僚、そして陛下がドカドカと会場になだれ込んできた。
素知らぬ顔でその後ろから入っているきたジルヴィスに、私は相変わらず仕事が完璧だわ、と密かに目くばせをした。
それに気付いたジルヴィスが楽しげにウィンクを返してくると、私の背後でカインがまるで毛を逆立てるように苛立ちを露わにする。
それさえもジルヴィスの思う壺だったようで、そのカインの反応にジルヴィスはニヤニヤと満足げに笑っていた。
もう、仕方のない兄ね、まったく。
陛下の登場に一斉に膝を折り頭を下げる生徒達。
もちろん、私も身を屈め深く頭を下げた。
平然と突っ立っているのは、殿下とアメリアさんだけ。
陛下はお供をぞろぞろと連れて階段を急ぎ足で降りながら、殿下に向かって厳しい声を上げた。
「アーサーッ!ここで何をしているっ!」
その陛下の様子に殿下はビクッと飛び跳ねながら、愛想笑いを浮かべて陛下に応えた。
「何って、僕たち卒業生を祝うパーティですよ?
僕が参加していても何もおかしくはないでしょう?」
本当に陛下の言葉の意味が理解出来ていないようで、殿下はまったく明後日の方向の返事を返した。
陛下が聞いているのは、そんな事ではないと思いますけど………。
「私はそんな事を聞いているんじゃないっ!
お前はここで、一体何をしていたんだと聞いているっ!」
殿下にしてみれば、これが父親に初めて怒鳴られた経験なのでしょう。
陛下が厳しい声で怒鳴るたび、ビクッその場で飛び上がっている。
「な、な、何をって……僕はアメリアを虐げるエブァリーナ嬢をやっつけようと………。
そうなんですっ!父上、聞いて下さいっ!
エブァリーナ嬢は酷い令嬢だ、犯罪者ですっ!
僕の婚約者になど相応しくないっ!
だから僕の婚約者候補から除名しましたっ!
それから、アルムヘイム公爵家からも追い出すつもりです。
アルムヘイム公爵家は公爵家だというのに、長く皇后を輩出していない。
だからこそやっきになって傷もの令嬢なんかを僕の婚約者候補に残していたんだろうけど、もうその必要は無くなったんですよ。
だってここにいる、僕の愛するアメリアが、アルムヘイム公爵家の養女になっても良いと言っているんですから、ねっ?アメリア?」
自分の言葉に自信を取り戻したのか、殿下はいつもの調子で相手も見ずにベラベラと喋ると、うっとりとした表情でアメリアさんを見つめた。
その殿下に応えるように、アメリアさんも潤んだ瞳で殿下を見上げている。
「はい、私はアルムヘイム公爵家の養女になっても良いと思っています。
だってこのままでは、身分の差のせいで愛するアーサーと結ばれる事が出来ないのだもの。
アーサーと結ばれる為なら、アルムヘイム公爵家に皇后の輩出という名誉を与えるくらい、なんて事ありませんわ。
正式に公女になれば、エブァリーナさんにはアルムヘイム家から出ていってもらわなければいけませんけど………。
だって、自分の見た目も顧みず、醜い嫉妬で私を邸に拉致監禁するような方なのよ………。
そんな方と姉妹になるだなんで、アメリア、怖いっ!」
ぐすんと涙を流しながら殿下の胸にアメリアさんが顔を埋めたまさにその時。
ホールに凛とした冷たい声が響き渡った。
「安心しろ、貴様が私の可愛いエブァリーナの姉妹になるだなどという事は、決してあり得ない」
私はその声に目を見開きジルヴィスを見つめた。
ジルヴィスも驚いた顔で私を見つめ、フルフルと頭を振っている。
ああ、なんて事かしら………。
まさか1番厄介な人間に勘付かれるだなんて。
もうっ、ツイてないわ。
その声に皆が後ろの扉に注目する中、悠然と登場したのは、私の父、スペンサー・ヴィー・アルムヘイム。
アルムヘイム公爵にして現当主。
ですけど、回れ右してとっとと帰ってくれないかしら、もうっ。
冷たい雰囲気を纏い静かにこちらに歩いて来るお父様の前から自然と人々が退き、勝手に道が開ける。
その道が真っ直ぐに私に向かっている事に目眩を感じながら、私はニッコリと穏やかな微笑みでお父様の到着を待った。
「エブァリーナ、帰りが遅いから迎えに来たぞ。
で、これはどういった状況なのか、説明頂けますかな?陛下?」
私の所に辿り着くなり、私の肩を抱き寄せながら、人を一瞬で凍り付かせるような視線を陛下に向ける、お父様。
「いや、あの、これは………」
お父様の凍死光線をモロに受け、唇を真っ青にしてしどろもどろに応える陛下に、お父様は更に凍死光線を容赦なく強に回す。
「なにやら、我がアルムヘイム家が皇后を輩出したいばかりにそこの娘を養女にして、皇太子妃にするつもりだとか?
その暁にはエブァリーナを我が家から追い出す、と?
皇太子殿下とその娘の言っている事は正気ですか、陛下?」
ビカーッと凍死光線を浴びて、陛下はもう凍え切ってガタガタと震えている。
「いや………わ、私は、そんな。
こ、これは皇太子とこの娘が、勝手に……」
お父様の光線を浴びては、流石に陛下も皇帝としての威厳を保ってはいられないようです。
このままではよろしくないわね、と私が助け舟を出そうとした瞬間、何を思ったかアメリアさんが涙に濡れた目でお父様に向かって口を開いた。
「お父様っ!落ち着いて下さいっ!
急な事で驚かれたでしょうけど、私はアルムヘイム公爵家の養女になる決心はついていますっ!
ですからもう、そこにいる傷ものの娘を大事にするフリなど不要なのですよ?
これからは私がお父様の娘として、公女の役目を立派に果たし、皇太子妃に、そしてゆくゆくは皇后になりますからっ!
アルムヘイム家の悲願を叶えるのは、私にお任せ下さいっ!」
潤んだ瞳で健気に、キリッと真っ直ぐにお父様を見つめそう訴えるアメリアさん………。
ああ、もう………。
どこから収拾すればいいのやら………。
とにかく、今は………。
周りを凍らせる勢いで冷気を放つ、このお父様から、かしら?
「………何を……あの者は………何故私をお父様だなどと呼ぶのだ?
………傷ものの娘?アルムヘイム家の悲願、だと………?」
色々と振り切れた様子のお父様は、クックックッとドス黒い笑いを漏らしながら、目だけはビカビカ光らせ、陛下やアメリアさん、殿下を真っ黒な光を放つその目に捉え続けている。
「………せめて、婚約者候補に名を連ねて欲しいと、しつこく頼んでくるから、仕方なく了承したものを………。
これがその報いですか、陛下?」
地の底を這うようなお父様の低い声に、陛下はビクリと震え上がり、ダラダラと滝のような汗をかいている。
ああ、もう、早くなんとかしないと。
焦ってお父様を私が見上げた瞬間、ジルヴィスがその場の空気を一切読まない、楽しげな笑い声を上げた。
「アッハッハッハッハッ!
アメリア嬢、違う違う、逆だよ。
我が家が皇后を長く輩出できていないのでは無くて、皇家がここ何十年も、我が家から皇后を迎えられていないんだよ」
快活に笑うジルヴィスを皆が妙なものを見る目で見つめる中、ジルヴィスは何も気にならない様子で話を続けた。
「皇家から我が家に娘を嫁がせるようにという話は再三あったけれど、もうずっとアルムヘイム家はそれを断ってきている。
もちろん、皇子や皇女を婿や嫁に迎える事も、同様。
だから我が家が皇后を輩出する事を悲願に掲げている、なんてのは君の勘違いだよ。
まぁ君だって、殿下の話を鵜呑みにしてしまっていたんだろうけどね。
殿下がもう少し、陛下や臣下の話を聞いていれば、そんな事はもっと早く知る事が出来た筈なんだけどね?」
ジルヴィスの話にアメリアさんどころか、殿下まで目を見開いて驚いた顔をしている。
あの人、本気で私はアルムヘイム家が無理やり婚約者候補としてねじ込ませた令嬢、だと思っていたのね。
陛下や臣下がなん度も話をしている筈だけど。
本来なら候補では無く婚約者として迎えたかったけど、アルムヘイム家から断られてしまい、何とか候補には入る事を承諾してもらった。
候補であるうちに、エブァリーナ嬢の心を射止め、婚約者になる事を承諾させるように、とか再三言われていた筈ですけどね。
傷ものの私を婚約者になどと、殿下の脳が拒否して頭の中で話がすっかり歪曲されてしまったのね。
つくづく残念な方だわ。
「な、何を言っているだい?ジルヴィス。
そんな訳がないだろう?
皇家からの縁談を断る家など、無い。
それにエブァリーナ嬢の縁談の相手は、この僕だよ?
この美貌に加えて、皇太子という立場の僕を、アルムヘイム家が断る筈がないじゃないか……。
君達の家が皇太子妃にしたいが為に、傷もの令嬢を無理やり婚約者候補に捩じ込んだんじゃないか」
呆然としつつも、フヘヘと見下すような笑いをジルヴィスに向ける殿下。
その殿下に呆れるようにジルヴィスは肩を軽く上げ、溜息と共に言葉を吐き出す。
「皇家からの再三の縁談も、婚約者候補への打診も、全てエブァリーナがあの傷を負う前の事です。
それこそ、公爵家の娘で、光属性の治癒能力で人々を助け、平民達から聖女様と呼ばれる美貌の令嬢、そんなエブァリーナなら望めばすぐにでも皇太子殿下の婚約者になれたでしょうね。
あくまでも望めば、ですが。
望まなかったんですよ、アルムヘイム家もエブァリーナ本人も。
皇太子殿下の婚約者になる事を。
何度も言いますが、皇家からの縁談は断ってきたんです。
それならせめて婚約者候補にと乞われて渋々了承したまで。
それもあの傷を負って直ぐに、候補から辞退したいと申し入れましたよ、我が家からは。
しかしそれを陛下が許可されなかったのです。
皇家も皇太子も傷など気にしない、一度候補に名を連ねると言った言葉をアルムヘイム家は反故にするのか、なんて言われては、こちらとしてはどうしょうもありませんからね?」
つらつらと今までの事情を説明するジルヴィスに、陛下は真っ青になり、殿下は真っ赤になり………。
はぁ、やれやれ。
自分の都合の良い話に歪曲してしまう殿下のオツムのせいで、陛下も大変ね。
お父様には睨まれるし、息子と歳の変わらない若造には好き勝手言われるし。
どうかしら?少しは後悔したかしら?
息子可愛さに我が家に付き纏ったことを。
陛下がそこまでしなければ、私だって余計な対策を立てる事もありませんでしたのに。
息子可愛さに盲目になっていたようですが、ここからの話も見えませんでは困りますわ。
その目をしっかり開いて、そしてその耳でしっかりと聞いて下さいね。
貴方の息子への愛がどんな結果をもたらすのかを………。




