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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.32


気怠い微睡の中目を覚ますと、既に起き上がっているカインが呆然と前を見据えたまま、その瞳から静かに涙を流していた。


私はゆっくりと上半身を持ち上げ、その涙に手を伸ばし指先でそっと触れる。


「夢でも見たの?カイン」


私の声にハッとしながらカインはこちらを振り向き、まだハッキリとしない眼差しでジッと私を見つめ、震える声で口を開いた。


「…………ツクヨミ……?いや……君はイブだ……なのに……どうして………」


呆然としたままそう呟くカイン。

私は穏やかに微笑みながら、そのカインを胸の中に抱きしめた。


「愛しい貴方……やっと思い出してくれたのね……」


カインも私を抱きしめ返し、その腕に力が篭ると、不明瞭だった意識と記憶を取り戻したのか、私の胸から顔を上げ今度は真っ直ぐに私を見つめた。


「……君を俺は……ずっと、何度も何度も愛してきた………。

君は俺の、魂の片割れ、永遠の伴侶……。

そうだ、君は最初から、俺の、俺だけのものだった……」


「ええ、そして貴方は私だけのものよ。

ずっとずっと、長い時の中で、私達はただお互いだけのものだったのよ」


淡い光が差し込む陽だまりのベッドの上で、私達はただお互いの存在を確かめ合うように、きつく抱きしめ合った………。


ああ、まさか彼が前世の記憶を思い出してくれるだなんて………。

こんな事は今まででの人生で初めての事だわ。

私だって、全ての記憶をハッキリと持ったまま生まれ変わったのは今世が初めてだもの。

私達はいつも、前世の記憶など無くても出会い、惹かれ合い、共にいたのだから。

だけどやっぱり、今世は今までとは違うのね。

きっと私も彼も、ここでまた一歩進んでいくんだわ。


それでも、変わらないものは必ずあるの。

それは私達はこれからも何度も出会い、そして恋していくこと。


腕の中のカインの熱い温もりを感じながら、私の瞳からも知らずに涙が溢れた。

この愛しい存在を決して離さないように、腕の中に閉じ込めておきたかった………。



「………イブ、俺の君への衝動は、獣人の番への衝動だけではなかったんだね。

だから君の作った薬も効かなかった、そうなんだろ?」


私の胸から顔を上げ、見上げてくるカインに、私は少し難しい顔で軽く睨んだ。


「カイン、貴方、薬を規定以上に手に入れる為に色々やっていたでしょ?

国からの医療保険さえあれば獣人は皆無料なのに、高いお金を出して他人から買い取ったり、失くしたと嘘をついて再受診したり、既に番のいる獣人に頼んで手に入れてもらったり………。

本当に呆れるわ、どれもこれも度を超えた不正行為よ?

良い?何度でも言うけど、あの薬は多く飲んだからといって効き目が強くなる類の薬じゃないの。

むしろ、そういった勘違いをする人が出る事を想定して、オーバードーズしても体に影響が出ないように調整してあるのよ。

もちろん、今はまだ赤髪の魔女にしか出来ない調整だけど。

つまり、貴方がやっていた事は全て無駄。

本当にお馬鹿さんなんだから。

前世のどの貴方よりも1番のお馬鹿さんね」


グサッ、グサッと言葉の刃が刺さったのか、カインは胸を押さえてよろけ、私の肩に頭を乗せて、情けない声を絞り出した。


「………君も、前世のどの君より一際鋭いね………色んな意味で」


情けないカインの声に我慢できなくなって私は吹き出した。


「ふっ、ふふふっ、本当に、こんな情けない貴方が見られるだなんて………ずっと私の可愛い人でいてね、カイン」


私の笑いにつられるようにカインも笑いながら、私の頬を両手で包んだ。


「もちろん、そうするよ。

君に可愛がられるなんて夢みたいだ、イブ………」


そこでスッと笑いを消し、カインは蕩けるように甘く瞳を揺らすと、顔を傾け私の唇にその形の良い唇を押し当てた。

小鳥が啄むような口づけを繰り返し、またお腹の奥から押し上げてくるような幸福感に包まれ、私達はクスクス笑い合いながら口づけを繰り返す。


そんな幸せに浸っていると、カインが熱い吐息をつきながら、顔を離して頭をフルフルと軽く振った。


「今はここまでにしておこう………。

その、あまり君に無理をさせたくないし………」


私の肩を掴むカインの手にギュッと力が篭り、私は思わずふふっと笑みを溢した。


「あら?今更遠慮なんて要らないのに……。

貴方ったら、お互いが気を失うまであんなに激しく………。

しかも、私も赤髪の魔女もどちらも堪能しておいて、本当に今更だわ」


「あっ、あれは君がっ、途中で姿を変えるからでっ、俺からしたらどちらもイブだし、その………」


カッと赤くなって自分の口元を手の甲で押さえるカインを、私はクスクスと笑って上目遣いで見上げた。


「楽しんでくれたでしょ?

一度で2人の女性の相手をするなんて、カインったら贅沢ね」


クスクス笑うとカインはますます赤くなって、プイッと横を向いてしまった。


「そもそも俺は、君が赤髪の魔女の姿で荒事をする事、まだ納得していないんだ。

どうしても君がそんな事をしなければいけないのか?」


チラッと目だけでこちらを軽く睨まれて、私は小さな溜息をついた。


「ええ、どうしても、しなければいけないの。

今の私に課せられた、これが最後の宿命よ」


私の答えにまだカインは納得がいかない顔で、首を傾げている。


「そもそも前世での君は、その力を封じられていたり、律していたり、ごく僅かしか使っていなかったのに、どうして今世ではそうしないんだ?」


カインの問いに、私は彼を真っすぐに見つめて答えた。


「前世では、長い長い禊の中だったのよ。

禊が終わりやっとそこから解放されたのが、1番近い前世。

だから私は貴方と、あの人生で初めて夫婦になれて添い遂げる事が出来たの。

そして今世は、この力を天に還す為に、この異世界に生まれ変わった。

ここなら力を使う術はいくらでもあるから。

神様は、私が力を天に還す方法については何も言わなかったわ………。

でも私は、一つの方法でこの力を天に還そうと思うの。

私の魂の故郷、アインデル王国に永久の安寧を与える為に、この力の全てを使うわ」


私の話を聞いて、カインは不思議そうに目を見開いた。


「君の魂の故郷はあちらの世界ではなかったのか?

元々、こちらから来た魂だったって事?

そして、魂が生まれたのはこの帝国では無く、隣のアインデル王国?

アインデル王国にとこしえの安寧、と言うけれど、あの国は大昔に大聖女から祝福を受けた国で、緑豊かな肥沃な大地を持つ、十分潤った国だと思うけど。

帝国と違って、魔獣や魔物は殆どいないし、魔族も出現した事の無い、安全な国だ」


カインの言っている事は全て尤もな話だった。


………アインデル王国。

その昔、帝国の皇子だった者が、大聖女と共に興した小さな国。

北の大国とこの帝国に挟まれ、険しい山に囲まれたその場所には一年中日が差さず、海に面した土地から吹く潮風で作物が余計に育たない、枯れ果てた不毛の地。

そんな場所に兄である皇帝から追いやられた皇子が、伴侶である大聖女、そして仲間達と国を興し、やがて帝国に革命を起こした。


大聖女が枯れた土地に祝福を与え、鬱蒼と茂った木々が道を開けるように開け、そこから太陽が注ぎ、冷たい北風が止み、土に恵みをもたらした。

いつしか常春の国と呼ばれるようになる程、穏やかな気候と芳醇な実りに恵まれた、神に愛された国。


確かに、そんな国に今更、私がどう永久の安寧をもたらすというのか、カインには不思議で仕方がないのでしょうね。


でもあの国は、今でも脅威に晒されている。

それは古の怨讐がもたらす、仄暗い影。

今はまだその程度でも、いつか必ずその影はじわじわと王国に広がり、覆い潰してしまうでしょう。


それを哀しむ声が私には聞こえるから、この力の使い道を、王国に滲む影を滅する事、と決めたのです。


この人生の全てを、捧げてでも。


真っ直ぐな瞳で穏やかに微笑む私を見て、カインは真面目な顔で私をジッと見つめた。


「俺には分からないけど、王国には君のその力が必要になる時が必ず来る、そういう事なんだね?

そして君は、その為にこの人生を生きるつもりでいる………。

それならイブ、俺にもその手伝いをさせて欲しい。

俺にも出来ることが何かある筈だ。

その為に君の側にいたい。

俺のこの人生を、君の宿願を叶える為に捧げさせてくれ」


真っ直ぐなカインのその真剣な瞳に、私はニッコリと微笑み、意地悪く口の端を曲げた。


「あら?貴方は私に皇太子妃になれと言わなかった?

ゆくゆくは皇后になって欲しかったのよね?」


意地の悪い私の笑みを前にして、カインはバツが悪そうに手で口を覆って天井を振り仰ぐ。


「………思い出したよ、君は根に持つタイプだったって………」


私の地雷をぶち抜いていた事を無事に思い出しようで、カインは若干顔色を青くした。


「それに、約束を違える人も嫌いよ」


スッパリと言い切ると、いよいよカインは真っ青になって、伺うように私をチラリと見た。


「………そうだったな……うん………。

あの……実地訓練の時の事……本当に、ごめん」


少しビクビクした様子のカインに、私はニッコリと優しく微笑んだ。


「本当にすみませんでしたっ!」


その私を見てカインは慌てて頭を深く下げると、逆に気持ちの良いくらいに謝罪の言葉を叫んだ。


「……まぁ、あの事はそれで許してあげるわ。

もちろん、折を見て嫌味は言い続けますけどね」


ニッ〜コリ優しく微笑む私を前に、カインはもうベッドの上で正座して、膝に乗せた両手をカタカタ震わせている。


「う、うん、ありがとう(?)」


カインからの感謝の言葉を聞いて、私はカインの躾をやり遂げたと満足げにふふっと笑った。


やはり一つ前の前世での記憶が1番濃いようですわね。

なにせ夫婦として寄り添い生きてきたのですから、育夫はしっかりやらせて頂きましたもの。

前世では穏やかな夫でしたけど、今世でも穏やかな夫でいてくれそうですわね。

大変、良くできました、カイン。


「さっ、貴方が色々思い出してくれたなら、話は早いわ。

そういう事で、私はあのボンクラの嫁になる気は全くありませんから。

それに向こうだって、そんな気サラサラ無いのでしょう?」


私の問いに、カインは困ったように溜息をついた。


「そうだな、確かに、殿下にイブを娶る気は無いよ。

ああいった人だから、女性の表面、容姿に拘りがあって、その点からまず、イブは外れているから。

その傷……やっぱりその為だけにつけたのか?」


少し怒っている様子のカインに、今度は私がバツの悪い顔で自分の傷に触れた。


「ええ、これだけで殿下を避けるには十分な効果があったでしょう?

ただ、問題なのは………」


「………陛下、の方か」


そう言って2人同時に溜息をつく。


「殿下に見合うようにアメリア嬢をアルムヘイム公爵家の養女にしても、たぶん陛下はアメリア嬢では納得しないと思う」


カインの言葉に私は頷いて口を開いた。


「ええ、そうでしょうね。

陛下はあくまでも、アルムヘイム家の娘であり、赤髪の魔女と親交のある私、を殿下の妃に望むでしょう」


ハッキリと答えると、カインは困ったように眉を下げた。


「確かに、赤髪の魔女と親交のあるイブを皇家に是が非でも取り込もうと必死な様子だけど、俺にはそれとは別に、陛下が不安がっているように思うんだ。

殿下の護衛として陛下にお会いした事が何度かあるんだけど……なんだか陛下は殿下を不安気な顔で見ている事が多い気がする。

だから人として優秀な君を妃につけて、殿下のサポートをして欲しいんだろう」


あら?あの親バカ、一応、我が息子の力量くらいは理解していたのね。

あのボンクラに帝位を譲る事に、後ろめたさを感じるくらいには。


「まぁ、ではその陛下の憂いを、私達で晴らしてさしあげなくてはね」


ポンっと手を打つ私を、カインが怪訝な顔で見つめている。


「ですから、次期皇帝に相応しい殿下になって頂けばいいのよ」


私の言葉に、カインは困ったように片眉を上げた。

あの殿下をどうやって?と、そう顔に書いてありますけど、もちろんそんな事、誰にも出来やしませんわ。

あの殿下を次期皇帝に相応しい人間に、だなんて。


私がカインに向かってチョイチョイと手を動かし手招きすると、カインは素直に顔を寄せてきた。

そのカインの耳元でコショコショと内密な話を打ち明ける。


カインはそれを聞いて目を見開くと、片手で目を覆い、天井を仰いだ。


「………確かに、それが1番この国の為にもなる、けど……。

イブにしか思い付かない禁じ手だね、ほとんど」


騎士として実直なカインにはなかなかに受け入れ難い話だったようですわ。

ですが、私の計画は本当にこの国の為ですのよ?

もちろん、鬱陶しくもしつこい陛下にうんざりだとか、あのボンクラを押し付けられるだなんて御免だわ、だとか、私個人の事情も有りますけど。


ただ、変えてやればよくなるものを見過ごす訳にもいかないわ、という仏心くらい私にもありますから。


変わって頂きますわ、あの殿下には。

そうじゃないとこの国の未来が不安で仕方ないですものね。


もちろん、私とカインの仲をこれ以上邪魔されたくないという私情が1番大きいのですが。

その私情の為に1人の人間の環境を変えるのだもの、殿下には大変申し訳ないとは思います、が、自分の為政者としての力量不足も反省して頂きたいものですわね。


自業自得な面もあると思いますから、どうか私を恨んだりなさらないで下さいね。

そんな事されたら、ムカっとしてついうっかり帝城を吹き飛ばしてしまうかもしれませんから。

ええ、ついうっかり。



私の話を聞いたカインはすっかり共犯者としての覚悟を決めたようで、ちょっと遠い目をして窓の外を眺めていた。



「………とりあえず俺たち、服、着ようか」


あら、そう言えばシーツに包まったままでしたわね。


カインの言葉でやっとその事に気づいた私は、クチュンっとくしゃみをしながらシーツに潜り込んだ。





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