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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.31


「あら、ご機嫌よう、カイン卿」


目の前でニッコリ微笑む私に、カインは慌てたように居住まいを正した。


「こ、これはエブァリーナ様、このような所に、何用でっ」


焦ったように声が上擦るカインに、私はクスリと笑う。


「あら、このような所だなんてお言葉ですわ。

ここはアルムヘイム家の所有する邸の一つでしてよ。

私が訪れて、何か問題でも?」


クスクス笑いながら小首を傾げる私に、カインはダラダラ汗を流しながらそれ以上何も言えない様子だった。


今日カインがここ、アメリアさんの自室の扉の前で立っている、という事は、あのボンクラ殿下が来ている、という事。

本当に上々の出来ですわ、アメリアさん。


あれからアメリアさんはこの邸に多くの殿方を招き、楽しくお過ごしのようです。

もちろん、邸中に仕掛けてある記録水晶でそれは全て確認済み。

殿下が来ている日はもれなくカインも着いてきて、2人が甘い時間を過ごしている間、扉の前で立って警護しているのですけど………。

困った事に、たまに扉の奥から白く華奢な手が伸びてきて、カインの服を引っ張ったり、手を繋いで中に引き入れようとしたりするんですよね、うふふ、滅しますわよ?


と、それでは計画から大きく外れてしまうので、今日はこうしてカイン捕獲の為に赴いた訳です。

どちらにしても、カインの躾とお仕置きは私の中で決定事項ですから、今日実行してしまおうという訳です。


「まぁいいわ、そんな事より、少し2人でお話ししませんこと、カイン卿」


うふふと笑って誘うと、カインは困ったように眉を下げ、少し目を伏せた。


「申し訳ありませんが、私は今職務中でして………」


カインがそう言った瞬間、私の警護の為について来ていた護衛騎士がカインを押しのけ扉の前に立った。


「職務だなどと、まだ正式にどこの騎士団にも所属していない者が偉そうに、エブァリーナお嬢様の誘いを断るなど。

そもそもお前はまだ、殿下のご学友の立場だろう。

何が職務だ………」


ぶつぶつと文句を言う護衛騎士は、昔エブァ街に私が赴く時も警護の為についていた騎士の1人で、カインとも顔見知りの仲だった。

カインは彼に何度か手合わせをしてもらった恩があるので、困ったように頭を掻きながらも彼に頭を下げた。


「あの、では、殿下をお願いします」


カインがそう言うと、護衛騎士はサッサっと行けと言うように、カインに向かってシッシッと手を払う。

私はそんな2人の様子をクスクス笑いながら見ていたが、カインに向かって改めてニッコリと微笑みかけた。


「では行きましょうか、カイン」


ふふっと笑って先を歩く私の後をカインがおずおずと着いてくる。

そのような関係性になりたくなくて、エブァ街であんなに仲良くなったというのに、何も知らず不用意に介入してカインを変えてしまった殿下にはらわたが煮え繰り返る思いですけど、まぁ良いわ。

恋人と甘い時間を過ごしている方を滅するのも野暮ですから、ここは我慢してあげましょう。


私はアメリアさんの自室から離れた場所にある別の部屋の扉を開き、カインを振り返った。


「さっ、この部屋が丁度いいわ。

どうぞ入ってちょうだい」


カインは慌てて扉のノブに手を伸ばし、勢いで私の手ごと掴んでしまった。


手と手が触れ合った瞬間、私達は自然と見つめ合い、お互いの瞳をジッと見つめた。

カインはまるで私の瞳に吸い込まれるように、その目を潤ませうっとりと蕩けたような表情になったものの、一瞬で我に返りカッとその顔を真っ赤に染めて、片手の甲で口元を隠した。


「あの、言って頂ければ私が扉を開きますので、その、次からは、そうして下さい」


男性としても騎士としても、扉の開け閉め一つでこんなに気にするなんて。

確かにこの世界ではそういうものですけど、真っ赤になってまで頑張らなくても良いのに。


私はクスクスと笑いながらノブから手を引いた。

カインは改めて扉を開き、部屋の中を確認してから私に先に入るように促した。


コッコッと靴音を響かせ奥まで入り振り返ると、カインは扉を半分開けた状態にして自分も部屋に入ってくる。

カインが部屋の中ほどまで入ってきた瞬間を狙って、私は指をスイっと動かした。

途端にカインが半分開けておいた扉がバタンッと音を立てて閉まり、ガチャリと鍵まで勝手にかかる。


「なっ、何をっ、いけません、エブァリーナ様」


慌てて扉の所に戻ろうとするカイン。

でもその足は一歩も動かなかった。

まるで床に足が縫い付けられでもしたかのように。


驚いて自分の足元を見たカインは、そこに私が敷いた捕縛の魔法陣がある事に気付き、自分の失態にはぁっと短い溜息をつく。


「先に確認した時にはこんなもの無かったのに………。

エブァリーナ様、一体いつ?」


少し怒ったようなカインの表情に、窓を背にして立つ私は、悪戯っ子のようにクスクスと笑った。


「つい先程、この部屋に入ったと同時にですわ。

それにしても、どの騎士団からも引く手数多な貴方が、こうも易々と引っ掛かるだなんて、少し情けなくてよ、カイン?」


揶揄うような私の口調にカインは頬をほんの少し赤くして、フイッと横を向いた。


「エブァリーナ様はあの赤髪の魔女殿ではありませんか………その魔法の気配を私なんかが読み取るなど………」


ゴニョゴニョと言い訳を並べるカインは少し幼く見えて、あのエブァ街で一緒に過ごした少年の頃の面影が垣間見えた。

それが嬉しくてますますクスクス笑う私に、カインはいよいよ真っ赤になって降参するように両手を軽く上げた。


「お戯はどうかもうこの辺で。

魔法陣を解いてください」


あら、お戯れだなんて、可笑しな事を言うのね。

今度は私が拗ねたようにムッと口を尖らせ、コッコッと靴音を鳴らしながら、ゆっくりとカインに近づいていった。

その私の雰囲気に一瞬で呑まれた様子のカインが、ゴクリと唾を飲み込む。


私がスッとカインの顔に向かって手を伸ばすと、カインはビクッと小さく体を震わせた。


「………本当に、臆病な人ね、貴方って。

どうして自分の殻に閉じこもっていたがるのかしら」


呟くようにそう言って、伸ばした手の指先でカインの頬から顎に向かってスッとゆっくり撫でると、カインは何かを耐えるように唾を飲み込み、両手をグッと握っている。


「………エブァリーナ様……もう本当に……お戯れはその辺で、おやめ下さい」


強い口調のカインに私は優しく微笑み、指先を首に滑らせ、そのまま胸板を撫でた。


「エブァリーナ様っ!」


もう耐えられないといった感じで声を荒げるカインを、私は穏やかな微笑みを浮かべ見つめる。


「何をそんなに恐れているのかしら、ねぇ、カイン?

私はただ確かめたいだけなの。

あの日、あの秘密の場所で、貴方が言った言葉が真実なのかどうかを」


そう言ってゆっくりとカインの胸にしなだれかかると、カインはビクリとその体を震わせて、握った手に一層力を込め、必死に自分を抑えようと足掻いているようだった。


「………大丈夫だ……薬なら、飲んだばかりだから………大丈夫………」


おそらく無意識に、ブツブツと独り言を口にするカインに、私はその努力など無駄でしかないと分からせるように、より一層自分の体をカインに密着させる。


「ーーーーっ!イブッ!ダメだっ、やめてくれっ!

今すぐ、俺から離れてっ!」


その言葉とは裏腹に、カインは我慢の限界に達したのかその腕の中に私を強く抱いて、肩に顔を埋め苦しげな荒い息を吐いた。

ハァッハァッというカインの息を耳元で感じながら、少しくすぐったくて身を捩ると、カインの体がビクリっと震えてますます私を強く抱きしめる。


肩の上に乗ったカインの頭を撫で、ピンと張った耳に触れながら、私は少し責めるような口調でカインに言った。


「もう、認めたらどう?

私が貴方の、番だって」


その私の言葉にカインの体が一層激しく震えて、カインの頭がゆっくりと私の肩から離れる。

顔を上げたカインの瞳はまるで獲物を狙う猛禽類のように鋭く、飢えを満たしたいと訴えているように揺れた。


「……ダメだ、イブ……俺から早く、逃げて………。

おかしいんだ、俺。

君の作ってくれた薬をたくさん飲んでいるのに、君への渇望が全く抑えられない………。

獣人の番への衝動が、剥き出しのままなんだっ!」


私を抱くカインの腕にギュッと力が篭る。

今にも力づくで私を組み敷こうとする本能と激しく戦っているようだった。


「やっぱり、そんな事をしていたのね、カイン。

あの薬はたくさん摂取すればそれだけ効くというようなものじゃ無いのよ?

多く飲んでも意味は無いの。

可哀想に、ずっと自分1人で苦しんでいたのね。

ねぇ、カイン?私はあの頃と変わらず、貴方が好きよ。

私達、婚姻しましょうと約束したでしょ?

夫婦に隠し事はよくないわ。

どちらか一方が犠牲になる事も無いのよ?

さぁ、言って、カイン。

そうしたら、直ぐに楽になれるわ。

私は貴方の番、そうなのね?」


私への欲望に苦しみ揺れるその瞳を真っ直ぐに見つめると、カインの瞳から綺麗な涙が一筋溢れた。


「…………そうだよ………イブ……君は、俺の番だ………」


絞り出すようにカインがそう言った瞬間、私は口元を密かに上げて、魔法陣に二重にかけておいたもう一つの魔法を発動させた。


真っ白な光が私達を包み、驚いて目を見開くカインを私はギュッと抱きしめた。


「よく出来ました、貴方はもう自由よ、カイン………」


私の言葉にカインが不思議そうにしているその一瞬の間に、私達は転移魔法でその場所から移動した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「こ、ここは?」


キョロキョロと部屋の中を見渡し、不思議そうにしているカインに私はいそいそと自分のドレスを脱ぎながら答えた。


「赤髪の魔女の秘密の家の中、の寝室、のベッドの上よ」


カインの上に馬乗りになったまま、バサっとドレスを投げ捨て、目の前で下着姿になった私をカインは目を見開き、呆然と見ている。


「さぁ、良い子だから大人しくしていてね」


スイっと指を振るとカインの体がベッドに押し倒され、両腕が持ち上げられて頭の上で交差したまま縛られたように拘束される。


「大丈夫よ、優しくするから、ね?

私の可愛いカイン」


ゆっくりと顔を撫でると、やっとカインはハッとしたように我に返り、ジタバタと暴れ始めた。


「なっ、何を考えてっ!イブッ!ダメだっ!今の俺には冗談では済まないっ!

君に傷がついてしまうっ!」


慌てふためくカインを上から見下ろしながら、私はクスクスと笑い、自分の顔に装着している半顔の仮面をカチャリと音を立てて外した。


「あら?傷ならもうとっくについていましてよ?」


目の下から顎にまで達している大きな傷を見ても、カインはそれには顔色を一つも変えなかった。


「君の美しさはそんなものでは何も変わらない。

君は昔と変わらず………いや、それ以上に綺麗だよ。

俺はそんな君に、番への衝動という邪な想いを……。

本当にダメなんだ、イブ。

俺の衝動は薬でも抑えられない。

君を………この醜い衝動のまま……汚したくないんだっ………」


苦しげに私から目を逸らすカインの顔を両手で優しく包んで、私はゆっくりと自分の顔を近づけると、カインの形の良い唇に自分の唇をそっと合わせた。


カインは目を見開き驚いていたけれど、やがてお互いの唇の温もりが溶け合うと共に、うっとりとその瞳を揺らめかせる。


そっと唇を離すと、私は愛しげにカインの頬を撫で、艶やかに微笑んだ。


「私は貴方が好きなの、カイン。

だから貴方が私に何をしても、私が汚される事なんて一つもないわ。

貴方にその勇気が無いのなら、私がしてあげる。

大丈夫よ、直ぐに終わるから。

貴方は生娘のように震えていなさい」


ゆっくりとカインの服に指をかけ、ボタンを一つ一つ丁寧に外してあげると、カインは熱い息を吐きながら、ブルッとその体を震わせて、もう我慢出来ないというように腕を踠き、見えない私の魔法の縄を力だけでブチっと引きちぎってしまった。


体の自由を取り戻したカインは、ガバッと起き上がると私を強く抱きしめ、耳元で熱い息を吐きながら、低い声で囁いた。


「もう、逃してやれない、イブ………。

いいんだね、本当に。

俺も、我慢の限界だ………。

君が欲しい、イブ……君の全てを俺のものにしたい……。

もういくら泣いてもやめてやれない」


そのままドサリとベッドに押し倒され、私はクックッと笑った。


「もちろん、好きにするがよい、カイン。

私もお前さんを好きにさせてもらうからの」


真っ赤に燃えるような髪がベッドに散らばり、金属のように揺らめくレッドゴールドの瞳で見上げると、カインは一瞬呆けた顔をして、直ぐにハハッと笑い声を上げた。


「果報者ね、カインったら。

2人の女性から愛されるだなんて」


直ぐにエブァリーナの姿に戻ると、カインはクスクス笑いながら顔を近づけ、私の唇に熱い唇をそっと重ね、顔を上げると私の髪を優しく撫でた。


「愛してるよ、イブ………。

どちらのイブも、愛してる………」


その熱っぽい瞳をうっとりと見上げながら、私は幸せに包まれながら微笑み返した。


「ええ、私も………カイン。

ずっとずっと……貴方だけを愛してるわ………」


熱っぽく見つめ合い、自然に唇を重ねながら、私達は強く抱きしめ合った。


2人だけの時間の中で深くお互いを刻み込むように………。






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