EP.30
「こ、ここが私の家………」
目の前の邸を前にして、アメリアさんは口をあんぐり開いて呆然としている。
「ええ、うちでご用意したアメリアさんだけの邸ですわ」
私がそう答えると同時に、邸の玄関前にズラリと並んだ使用人達が一斉に頭を深く下げ、声を揃えた。
「おかえりなさいませ、アメリアお嬢様」
声を合わせた大勢の使用人に迎えられたアメリアさんは、目をパチパチさせた後、その光景をうっとりと見つめた。
「彼らも貴女だけの使用人ですわ」
そっと耳元で囁くと、アメリアさんはだらしなく顔を緩ませ、ニマニマ笑いながら使用人達の並ぶ玄関までの道を得意げに歩き出した。
エントランスから吹き抜けの天井を口を開いて見上げ、そこからは火がついたようにあちらこちらの扉を片っ端から開けて、邸中を鼻息荒く確認していく。
その間、私は使用人に案内されて客間に通され、お茶を頂きながらアメリアさんが落ち着くのを待った。
「エブァリーナお嬢様、あの方の行動を全て記録出来るよう、ご指示通り邸中に小型記録水晶を配置致しました」
帝都にいくつかあるアルムヘイム家の邸の一つ、この邸の管理を任せている執事の言葉に、私はお茶を口に運びながら静かに頷いた。
「ありがとう、邸の内装も実に彼女好みだわ。
これなら必ず、彼女はこの邸に住むと言ってくれるはずよ」
少々げっそりとした様子の執事の労を労うと、彼は小さな溜息をついた。
「あのような品の無い品々を探し出すのに苦労致しました。
見た目だけ華美で派手な物など、アルムヘイム家の邸には似合いませんから。
私はあのような物の存在さえ知りませんでした」
少しチクチクした説教くさいその言葉に、私は困ったように眉を下げお茶を飲んでまさに濁すしかなかった。
彼もアルムヘイム家に長く仕えてくれている1人。
主に客人をもてなす為のこの邸の筆頭執事だからこそ、人あたりはアルムヘイム家のどの使用人より優しく穏やか。
アルムヘイム家の客人に粗相がないよう、鋭い洞察力できめ細やかな接客の出来る優秀な人間なのだけど………。
とはいえ、やはりアルムヘイム家の人間である以上、アルムヘイム家への誇りと忠誠心は尋常では無い。
特に彼の場合は、アルムヘイム家の客人に相応しい、高貴で一流な人間をこの邸で丁重にもてなしてきたプライドがある。
その邸を金銀ギラギラに飾り立て、ふりふりキラキラで少女趣味な内装の用意など………。
どうやら、耐え難い職務であったようですわ。
さっきから私へのそのもの言いたげな目で全て理解できてましてよ。
「苦労をかけましたね、エバン。
ですが、彼女は私の大事な大事な客人ですの。
説明した通り、アメリア嬢はアルムヘイム家の養女になる予定の方よ。
どうか失礼の無いように。
そして彼女がこの邸を気に入り、少しでも長く滞在してくれるようにうまくやって頂戴、ね?」
含みを持たせた私の言葉に、全てを知っている訳では無いが、筆頭執事、エバンは静かに頷いた。
「もちろん、心得ております。
いかようなお方であれど、エブァリーナ様がお客人とお決めになった方であれば、丁重にもてなし快適に過ごしていただく。
それが私どもの勤めにございますから」
全てを話さなくとも、アメリアさんに関して私に考えがある事はエバンとてとっくに理解していたはず。
それでもつい口に出して訴えたくなるほどに、今回の事は受け入れ難い職務だったようです。
様変わりした邸の中で、唯一元の落ち着きのある調度品に囲まれた客間だけが、静かな時を刻んでいた。
その時。
「ちょっとっ!エブァリーナッ!どこよっ?出て来なさいっ!」
アメリアさんの無遠慮な大声に、エバンに静かな殺気が漂う。
「エバン、貴方もプロなら、彼女を私だと思って尊んで頂戴。
他の使用人達も貴方から言い聞かせてね」
すかさず釘を指す私に、エバンは深く頭を下げて殺気を抑え込んだ。
「はっ、承知致しました、エブァリーナ様。
お恥ずかしいところをお見せして、大変申し訳ございません」
尚も邸中に響くアメリアさんの私への無遠慮な呼びかけに、他の使用人達が殺気立つ前に、私は静かに立ち上がり、客間から出てアメリアさんの声のする方へと向かった。
アメリアさんは彼女に用意した自室のソファーにふんぞり返りながら、部屋に入って来た私に顎で対面したソファーに座るように促した。
「ねぇ、ここって私が正式にアルムヘイム家の養女になるまでの仮住まいなんでしょ?」
私がソファーに腰掛ける前に話し出すという、大変マナー違反かつスマートではないアメリアさんの問いかけに、私はキチンとソファーに座ってから居住いを正し、ニッコリと笑って答えた。
「ええ、もちろん、そうですわ。
アルムヘイム家の養女になれば、本宅に正式なアメリアさんの部屋が与えられますから、それまでこちらで我慢して下さいね」
私の言葉にアメリアさんはフンッとそっぽを向きながら、目だけでジロリと牽制するようにこちらを睨んだ。
「あのさ、ハッキリさせておきたいんだけど。
私が正式に養女になれば、私の方が貴女の姉になるんだからね?
だって私の方が貴女より3ヶ月も早く生まれたんだから、当然よね?
つまり、アルムヘイム公女と呼ばれるのは貴女じゃなくて、私の方。
だって私はアルムヘイム公女としてアーサーと婚姻して皇家に嫁ぐんだから。
貴女より私の方が立場が上なの、分かるわよね?」
私はアメリアさんの順応性の高さに感心しながら、穏やかな微笑みを浮かべ軽く頷き返した。
「ええ、もちろん心得ておりますわ。
皇家への嫁入りなど、私には出来ない事をアメリアさんにして頂くのですもの。
正式に養女になれば、貴女の立場の方が私より上な事など、当然の事ですわ」
私の返事にアメリアさんはまたフンッと鼻を鳴らした。
「あっそ、分かってんならいいのよ。
じゃ、私が正式な養女になってアルムヘイム家の本宅に移る事になったら、貴女は本宅から出て行ってね。
私、美しくない者と同じ屋根の下で暮らすなんて耐えられないの。
少しでもその醜い顔を視界に映したくないのよね」
やはりアメリアさんは、殿下と同じく醜いものへの拒否反応が強い方のようです。
もちろん、そのような我慢をアメリアさんにさせる訳にはいきませんから、私は当然の如くその言葉を受け入れました。
「ええ、もちろん、貴女が正式に養女になった暁には、私は領地の一つにでも移り住みますわ。
貴女さえ居れば、アルムヘイム家はますます安泰ですもの」
ああ、本当に………。
そうなればどれほど良いか………。
緑に囲まれた田舎に引っ越し、ひっそりと穏やかに暮らせるなんて夢のよう。
実用的な品が詰まったカバンと、馬車に詰め込んだカインさえ居れば、もうそれで私には十分だもの。
ついうっとりと夢心地な気持ちになってしまい、その私に訝しげな顔をするアメリアさんに気付いて、私は取り繕うようにコホンと小さな咳払いで誤魔化した。
「ですが、それも正式にアルムヘイム家の養女になられてからの話です。
それまではこちらで我慢して下さいね」
申し訳なさそうにそう言いながら、私は慎重に言葉を続けた。
「ここは帝都の中心から少し離れていますし、煩わしい喧騒から離れ、穏やかにお過ごしいただけると思いますわ」
ニッコリ笑うとまんまとアメリアさんはニヤァっと笑って、独り言のように呟き始めた。
「………そうね、ここならアーサーを呼んでゆっくり出来そう。
皇宮も悪くないけど、人の目が煩いのよね。
男爵令嬢如きがとかなんとか、アーサーに相手されないブス共の余計な妬みも鬱陶しいし……。
ここはもう私の邸なんだから、誰を呼んで何をしてもいいんだし………。
そうだ、最近お気に入りのあの人とあの人……それにあの子も呼んで………ふふっ、アルムヘイム家の養女になるまで、好きな事して過ごせばいいわ。
公女になってアーサーと婚姻した後は、ちょっとは自制しなきゃいけなくなるし……。
今のうちに羽を伸ばしておかなきゃ」
クスクス笑うアメリアさんに、私はなるべく自分の存在を消して、その良い考えを早く実行に移してくれるように願いながら、優しく見守っていた。
そうですわ、アメリアさん。
貴女の自由な生活も、今より制限されてしまうのですから、思う存分今のうちに、貴女の思うがままこちらで楽しく過ごして下さい。
その為にご用意した貴女の為だけの邸なのですから。
ああ、本当に。
アメリアさんをどう手に入れようかと思っていましたが、こうも理想通りの展開になるだなんて。
なんで私は強運なのかしら。
いくら私でも嫌がる女性を無理やり邸に閉じ込める事なんて出来ませんし。
ですが何の接点も無い私から、急にアルムヘイム家の援助を申し出るのもおかしな話です。
計画ではジルヴィスにもう少しアメリアさんと親しくなってもらって、援助の話をしてもらう筈でしたが、一気にここまで話を進められる事になるなんて。
流石に少し自分が怖いですわ。
まぁ、アメリアさんがそろそろ退屈してくる頃だろうとは予想はしていましたけど。
婚約者や、果てには既婚者にまで手を出す彼女の事です、そのそれぞれの相手、つまり令嬢方や奥方で遊ぶのが大好物なのでしょうね。
まるで小説の中の登場人物のように、他に女性のいる男性に選ばれ迫られ、罪悪感の中愛し合い、結局自分が選ばれる。
選ばれなかった女性に対して大袈裟に侘びながら、その男性と仲睦まじく幸せに暮らす。
とまぁ、そのような遊びに興じるのが大変お好きなようですから。
ですが最近は、婚約者のいる殿方はアメリアさんを避けていますし、既婚者の男性も同じく彼女を避けています。
それもその筈、誰もエイデン卿やブライト卿のような末路にはなりたくないからですわ。
結局エイデン卿は嫡男から外され、ブライト卿は商家の婿に入るように父親に言われたそうです。
侯爵家と伯爵家の子息がそんな目に遭ったとなれば、流石に誰だってアメリアさんを警戒して避けるのが普通の事です。
ですがアメリアさんには、フリーの男性にいくら言い寄られようとも刺激が足りない、物足りないようで、いよいよ退屈に我慢出来なくなって私の所に来たみたいですね。
流石に公爵家の私に近付くのは今まで遠慮していたみたいですが、ジルヴィスと気安くなった事でその垣根も飛び越えられると思ったのでしょうか。
本当にジルヴィスは良い仕事をしてくれます。
使えるって、正にこの事ですわ。
私を刺激して、殿下を巡る女同士のキャットファイトを仕掛けたかったのでしょう。
いくら私が公爵家の令嬢とはいえ、傷ものである私に負ける気はしなかったでしょうし、男爵家の自分が公爵令嬢から男性を奪い取る快感を早く感じたかったのでしょう。
アメリアさん独特の欲に負けて私の所に来てくれて、本当に良かったですわ。
だって彼女に、そんな快感よりもずっと魅力的な提案をする事が出来ましたからね。
案の定、アメリアさんは私からの提案を気に入って下さいましたし、お陰で私は彼女を苦労なく手に入れる事が出来ましたから。
このまま彼女が殿下を引き取ってくれるまで、私の目の届く範囲で囲っていられる訳です。
もちろん、もう決して逃すつもりはありません。
いわばこの邸は、私がアメリアさんを捕えておく為の大きな鳥籠なのです。
ウィンウィンな関係って本当に素敵ですね。
誰1人傷付く者も無く、お互いの欲を満たせるのですから。
私とアメリアさん、いつまでもそんな素敵な関係でいたいですわ。
私が思うに、アメリアさんはご自分の生まれや境遇に納得していなかったようですわね。
帝国の田舎に、小さいながらも領地を持つ男爵家の、末の娘に産まれたアメリアさんは、両親と兄からの愛情をたっぷりと注がれてすくすくと育ち、領地の方々にも愛される令嬢であったようです。
ええ、それはもう異常なほどに。
アメリアさんのいた頃のその領地は、さながら彼女の為の小さな王国のようだった、と報告で読みました。
曰く、誰も彼もが彼女を愛し慈しみ敬う。
そのような場所だったようです。
彼女のご趣味である、相手のある男性に手を出すという癖はその頃から既に始まっていたようで、アメリアさんに微笑まれあの甘えた声でねだられると、誰であろうと一瞬で籠絡された上、恋人を奪われた女性の方がアメリアさんを恨むのは筋違いだと責められたそうです。
学院では流石に、恋人同士では無く引き裂いていたのは貴族家同士の結び付きである婚約者という関係ですから、あり得ない非常識な女生徒、という目で見られていましたが。
とはいえ、婚約者を奪われた女生徒側も、何故か強くアメリアさんを責める事が出来ず、結局泣き寝入りというパターンに落ち着くんですよね。
もちろん彼女達には秘密裏に我が家から、新しい縁談を結び直しておきましたけど。
貴族家同士の結び付きをめちゃくちゃにされたにしては、どの家もアメリアさんを強く責めたりせず、それどころか、男爵令嬢如き排す力が十分にある家さえ沈黙したまま。
まぁアメリアさんは殿下のお気に入りのご令嬢ですから、そこまで強く出る事は出来なくても、だからこそ皇家に苦情が入っても良いものなのに、それさえ起きませんでした。
全ては婚約者を奪われたご令嬢ご本人が、アメリアさんにこれ以上関わって、新しい縁談まで奪われたくないと恐怖している事が原因のようです。
目の前で易々と婚約者を奪われた本人にしか分からない、アメリアさんの脅威。
それが彼女達を沈黙させた要因でしょう。
アメリアさんの微笑み一つ、甘えた声一つで、一瞬で自分の婚約者が籠絡されるさまを目の前で見てしまっては、怒りよりも得体の知れない恐怖が勝っても仕方の無い事です。
生まれながらにそれ程の女性であるアメリアさんが、自分が男爵令嬢である事に不満を持っていても不思議ではありません。
自分が本気を出せば、この国の皇子でさえ自分のものに出来るくらいの自信はあったでしょうし、実際にそうなりましたものね。
ですが所詮男爵令嬢という身分では、殿下に1番寵愛されている立場であろうと、非公式な愛妾止まり。
その現実にアメリアさんは納得がいっていなかったのでしょう。
だからこそ、大好物の昼ドラごっこよりも、私からの提案を受ける方を選んだのです。
公爵令嬢になって、皇太子妃になり、ゆくゆくは自分がこの国のトップレディになる。
それこそがアメリアさんが納得のいく自分の姿、なのでしょう。
彼女にそのような願望があって、本当に良かったですわ。
権力を与えるくらいなら私にも簡単に出来ますもの。
それより、あの昼ドラごっこに付き合えと言われる方が困った事になっていたでしょうから。
さぁこれで、もう本当に必要なもの全てが揃いましたから、そろそろカインのお仕置きの時間ですわね。
躾は早いうちに、徹底的に、が私のモットーですから、ね、うふふ。




