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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.29


滞りなく教会の改革が進み、バロッコ率いる腐った偽教会人達はそれぞれに今までの報いを受けている最中です。


前回のコンクラーヴェでの不正を暴かれたバロッコは、国の役人の立ち合いの元、私財を全て没収され、司教の身分さえ剥奪されました。

元々は貴族の末の子でありましたが、教会に入る際に身分は捨てる決まりですし、生家はとっくに代替わりしていますから、バロッコを受け入れる意思は無いようで、頼れる身内もいない中、一平民として俗世に降るしかなくなりました。


バロッコを支持して一緒になって甘い蜜を吸っていた枢機卿や司教達も教会での身分を剥奪され、同じ運命を辿る事になったのです。


話が違う、カハルに票を入れれば今の立場は守られると言ったじゃないかっ!

などと騒いでいたそうですが、あらあら、何の事かしらね?

一体どこの、教会内部の決定権など持ち合わせていない嘘つきな不埒者に騙されたのかしら?

お気の毒ですわぁ。


彼らの言っている事の証拠などどこにもありませんもの、そのような事を言われても、皆首を傾げるしか出来ませんわね。

カハルへの票を自分から金で買った奴がいる、だなんて証言している方もいるみたいですが、その方の身辺を教会内部の調査員と国の役人の立ち合いの元隅々まで調査しても、そのようなお金は発見されなかったそうです。

お可哀想に、夢でも見たのでしょうね。


もちろん、彼らが何と言おうと身分は剥奪され教会からは追放、強制還俗という処置になりました。

彼らに温情を、神の道を今一度見直す機会を与えて下さい、と言うカハル新教皇の意見はアッサリ却下されたそうですわ。


根腐れを起こした教会をここで本気で立ち直さなければと、非情な判断を下せる人間がカハルの周りにいてくれて本当に助かりました。

それでも追放される人間を不憫がるカハルの為に、彼らに市井に家を用意し、年老いた者には毎月の年金を、まだ働ける者には教会で仕事を用意したそうです。


………ですが、彼らに虐げられてきた民の暮らす市井で、どのような暮らしが待っているのでしょうね?

彼らによって、お金が無くて治癒魔法での治療を断られ、流行病で子供を亡くした親。

生まれた時に祝福さえ与えられなかった人。

寄付の額が足りないと、女子供を無理やり連れて行かれた家。

神に背く行為になると責められ、大金をお布施として奪われた人。


した側は彼らの顔を覚えてもいないでしょうが、奪われた側は一人一人の顔をしっかりと覚えているもの。

そしてその全ての元凶である、当時教皇であったバロッコの顔など言わずもがな、です。


これからはそんな人間に囲まれて暮らすのです。

きっと、己の今までの行いを悔い改める良い機会になるでしょう。

まぁ、強制的に、ですけど。


権力を暴力に使った者の末路は一体どんなものになるのでしょうね?


流石にそこまでは教会が面倒を見るような事ではありませんし、そのような瑣末な事柄、いちいち教皇であるカハルの耳には入らないでしょう。

彼らに用意された新たな人生に祝福を祈るカハルには、知らなくとも良い事もあるのです。


さっ、そんな訳で、教会の件もこれでスッキリいたしましたわね。

やはり、弱き者、迷える者に無条件で手を差し伸べ、生まれた全ての者に祝福を与える、それこそが教会の正しい姿です。

不幸にも人生に窮した人間が最後に助けを求める場所、その受け皿が無ければ、あまりにも国として悲しい事ではありませんか。

正しくその機能が保たれるのであれば、いくらでも寄付して差し上げられると言うものです。


今までは教会と利害関係のある者や、教会から施しを受けられない平民と自分達貴族を隔てる為に行われていた寄付も、我がアルムヘイム家が寄付を再開した事でそのあり様が変わってきました。


真のノブレス・オブリージュ。

強き者が弱き者を守り助ける。

教会に寄付を施す事で、それが間接的に実行される。

それこそが本来の寄付の形です。

その信頼に足る場所に戻った事を、我がアルムヘイム家が教会への寄付の再開という形で示した事で、他の貴族達もこぞって今まで以上の寄付を始めました。


それはもう決して、教会からの施しを受けられない平民と自分達を差別化するような、そのような歪んだ寄付ではありません。

寄付の額で教会から重んじられ、それをステータスと勘違いする事も、その逆に軽んじられて社交界で肩身の狭い思いをする事も、もうあってはならないのです。

教会のそのような悪しき時代は、あのバロッコの失脚と共に終焉を迎えたのですから。

これからは自分達の恵みを少しでも恵まれない者に分け与える為、教会に寄付を託す、正しい時代が戻って来たのです。


そして、カハルが教皇となった今の教会であれば、大事な彼の方を託す事も出来るでしょう。

バロッコになど託す気にもなれませんでしたから。

あんな人間に託してしまえば、どんな悪ごとに利用されたか分ったものではありません。


私が教会の改革に身を乗り出したのは、私を悪魔だ鬼だ化け物だと表現したバロッコに腹を立てたからではありませんのよ、ええ、本当に。

教会の腐敗ぶりは目に余るものがありましたし、いくら私がアルムヘイム家の力を使って民を救おうと、全ては救いきれませんから。

やはり教会という一大組織を利用した方が、効率が良いですし、救える人数も増やせます。

それに大事な人を託す場所ですから、私の考えから逸脱した場所であっては困るのです。

これからしっかりと利用させてもらうつもりですからね。


ふふふ、今頃カハルがクシャミしているかもしれませんね。


教会の改革が上手く纏まり、ご機嫌で学院の中庭を1人歩いていると、後ろから声をかけられ、私は一瞬迷った後にピタリと足を止めた。


「ねぇっ!ちょっとっ!さっきから呼んでるんだけどっ!

貴女なんでそんな歩くスピードが速いわけっ⁉︎」


ええ、もちろん。

先程から名前を呼びかけられていた事は知っていました。

私の本音を言えば、直ぐにでも返事をしたいところだったのですが、なにぶんその声の主は男爵家の方で、公爵家である私に話しかけたり、ましてや呼びかけたりなど許されない立場の方ですから、出来るだけ人から離れた場所で呼びかけに答えようと急いでいたのです。

私としては早足程度だったのですが、彼女にしたら走っているのと変わらなかったようで、静かに振り返った先で肩で息をしながら苦しそうにしているアメリアさんに、私はにっこり笑いかけた。


もちろん、周りに人が居ない事を確認してから微笑みを向けましたよ?

本来なら男爵家の人間の呼びかけに応じ、足を止め振り返り微笑むなど、公爵家の私には許されていませんから。

ご学友は別ですけど、残念ながら彼女とはそのような関係を築けていませんからね。


「何かご用かしら?アメリア・ハサック男爵令嬢」


穏やかに話しかけると、まだ荒い息を吐きながらアメリアさんはやっと顔を上げてくれた。


「何かご用かしら?じゃないわよっ!

ずっと呼んでんのに無視してスタスタ歩いていっちゃって。

なんなの、何であんな歩くスピード速いの?

こっちも歩いてちゃ追いつけないから、全力で走ったのにそれでも追いつけなかったわよっ!」


お怒りの様子のアメリアさんに、私は困ったように首を傾げた。


「まぁ、失礼いたしました。

全く気付かなかったもので。

それで?私にどんなご用件かしら?」


私からの問いかけにアメリアさんはヨロヨロしながらも背をまっすぐに伸ばし、胸の前で腕を組んで顎を反らした。


「あのね、貴女に一つ忠告をしておこうと思って。

ハッキリ言って、アーサーは貴女の事を嫌ってるのよ。

貴女みたいな醜女なんかと婚姻させられるくらいなら、死んだ方がマシだって。

ああ、可哀想なアーサー………。

この国の次の皇帝なのに、爵位と権力しかない傷もの女と婚姻しなきゃいけないなんて………。

アーサーが本当に愛しているのは、この私なのにっ!」


まるで自分に酔うようにヨヨヨと儚く泣き崩れるアメリアさんを前に、私はハテ?と首を傾げた。


さっきから、アーサーって誰の事を言っているのかしら?

アーサー?………そんな名前の方………あっ、居ましたね。

アーサー・ヴィー・フロメシア。

この国の皇太子、あのボンクラ………失礼、ボンクラ皇太子の名前でしたわ。


うふふ、私ったら、すっかり忘れていましたわ。

思い出せてくれたアメリアさんに感謝するべきか、このまま忘れたままでも何一つ支障が無かった事をお伝えするべきか。


ですが目の前のアメリアさんの様子を見るに、そのどちらも今は適切な態度ではない気がして、私は困ったように眉を下げるのみに留めた。


「………アメリアさん、私は殿下と婚姻が決まった身ではなくってよ?

まだ候補なだけで、婚約者ではありませんもの」


とりあえず確認の為、そう教えて差し上げると、アメリアさんはキッと鋭い目でこちらを睨んできた。


「そんなのっ!その顔の傷のせいで殊勝なフリするしかないからでしょっ!

本当なら今直ぐにでも候補から婚約者になれるくせにっ!

傷ものの私なんか〜〜って周りから同情を得たくて、まだ候補でいるだけでしょ?

そういう姑息なとこが貴女にはあるって、アーサーが言ってたわっ!」


アメリアさんの言葉に、私はまぁっと口を手で押さえた。


生まれてこのかた、殿下と会話した事など数える程度ですのに、殿下ったら私の事をよくご存知でいらっしゃるみたいね。

アメリアさんの思い込みか、本当に殿下がアメリアさんにそう言ったのか、どちらにしても、私の性格について良いところを突いているわ。

なかなかに侮れないお二人ね。


私が驚きを隠せないでいると、アメリアさんはなおも、まるで舞台役者のような大げさな身振り手振りで話を続けた。


「ああ、可哀想な私達。

こんなに愛し合っているのに、身分の差なんかで結ばれない運命だなんて………。

真の恋人である私達は引き裂かれ、彼は愛してもいない醜い妻を娶る事になるのよ……。

そんな悲劇、神様が許したりしないわっ!

そうっ!貴女がいくら権力を使い私達を引き裂こうとしようと、私達の愛は絶対に揺るがない。

醜いその顔同様、醜い心を持つ貴女など、アーサーが愛する筈がないのよっ!

どうか身の程を弁えて、もう私達の邪魔をしないで………。

貴女は自分の醜さと向き合って、その顔に相応しい人生を送ってちょうだい……。

それが運命っ!ディステニィーなのだからっ!」


まるでスポットライトの下で悲劇のヒロインを演じるように、アメリアさんは涙を流し、手を宙に伸ばし、切なげにその身を震わせた。


……まぁ。こちらに生まれ変わってから大衆演劇を観る機会に恵まれなかったけど、こんなところで観劇する機会が巡ってくるだなんて。

素晴らしいわ、アメリアさん。


パチパチと拍手しながら、私は一歩二歩とアメリアさんに近付き、ついには目の前に立ってその手を両手で掴んだ。


「ヒィッ!」


途端にアメリアさんは私のその手を振り払い、慌てて後ろに下がると憎々しげにこちらを睨み付けた。


「やめてよっ!私に触らないでっ!

私の美しい顔に貴女の醜さが移ったらどうしてくれんのっ!汚らわしいっ!」


アメリアさんのその言葉に、私は不思議過ぎて小首を傾げる。

これは後天的な事故の傷ですから、移りようがないのですが。

どうやら彼女は美しくないものへの拒否反応が異常のようね。

醜さアレルギーとでも言うのかしら?


「失礼、急にごめんなさい。

でも私、貴女と殿下の愛の深さに感銘を受けましたわ。

是非お二人の応援をさせてくださいな。

貴女の気になさっている身分の壁、私なら何とか出来るかもしれませんわよ?」


私に触れられた手を必死でスカートに擦り付け、ゴシゴシ拭いてたアメリアさんが、私のその言葉に少し驚いたように顔を上げた。


「はっ?貴女なに言ってんの?」


全く信用していないその目に向かって、私は最上級の微笑みを浮かべた。


「醜い公爵令嬢が殿下に相応しくないのなら、美しい公爵令嬢が居れば問題ありませんのよね?

なら、なれば良いではないですか。

貴女が、その美しい公爵令嬢に」


クスクス笑いながらそう言うと、アメリアさんはいよいよ私の頭がおかしくなったと思ったのか、少し恐怖をその顔に浮かべ、ジリジリと後ずさった。


「………はっ?貴女、何を言ってるのよ。

私は男爵令嬢で、公爵令嬢にはなれないのよ?」


馬鹿にするようにそう言ったアメリアさんに向かって、私は緩く首を振った。


「いいえ、なれますわよ?

貴女が我がアルムヘイム家の養女になれば良いのですから」


そう言ってニッコリ笑うと、アメリアさんは大きな瞳を溢れんばかりに見開き、驚愕して口をあんぐりと開けた。


「……………わ、私が………こ、公爵………令嬢……?

私が……アルムヘイム家の、よ、養女に………ほ、本当に…………?」


目と口をこれでもかというほど開いて、信じられない様子で呟くようにそう言ったアメリアさんに、私は静かに頷いた。


「ええ、私からお父様にお願いすれば、直ぐに養女になれましてよ」


私からの返答を聞いたアメリアさんはその顔をだらしなく緩ませて、急に笑い始めた。


「……ふへっ、ふへへへっ、わ、私が、公爵令嬢………。

ならアーサーとの婚姻も夢じゃなくなる……。

そ、それじゃ、ゆくゆくは私がこの帝国の皇后………っ!

全ての女性達のトップに立つんだわっ!この私がっ!

ふはっ、ふははははっ、ふへへへへへへへへっ」


大変個性的な笑い方をしているアメリアさんに、私はあらあら、と眉毛を下げた。


皇后だなんて、アメリアさんったら謙虚なお方。

貴女にはもっと上を目指して頂かなければならないのに。


………それにしても、最初アメリアさんから話しかけられた時は、鴨がネギと鍋とコンロまで背負って来たわ、と感動してしまったわ。

どう説得しようかと頭を悩ませていましたけど、こんなにあっさり落ちて下さるなんて、少しだけ拍子抜けだったわね。


何にしても、せっかく向こうから来てくれたのだもの、みすみす逃す私じゃありませんことよ。

もちろん、美味しくお料理してありがたく頂きますわね、アメリアさん。




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