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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴
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EP.2


「……あだっ、たっ、あぶっ、あ〜〜」


まぁご機嫌さんでしゅね〜〜。

で、ございますか?

ありがとうございます、痛み入りますわ。

エブァリーナでございます。


さて、只今絶賛言葉の練習中の私ですが、まだ少し、具体的には1、2年程早かったみたいですね。

中身が既にシニアですし、ひょっとしたら頑張れば喋れるのではないかと思ったのですが、流石にまだ早かったようです。


さて、私もこの世に新たに生まれて早半年を過ぎましたから、少々早いですがアレをマスターしようと思います。

アレです、アレ。

そう、ハイハイです。


これをマスターすれば行動範囲がグッと底上げすること間違いなし。

自分の行きたい場所に自分の力で行けるのですから、本当に便利ですよね。

そんな訳で早々に寝返りを済ませ、ハイハイに向けて自己の鍛錬を積んできましたのよ。

腕の力をつけるためにベビーベッドの上で腕立て(のつもり)も毎日頑張りました。


さぁでは、参りましょうか。

私は転移魔法を展開して、移動したい先を思い浮かべた。


「あだっ、だっ、あぶぶっ」


とりあえず、転移、とかの雰囲気で喋ってみました。

一回声を出すとなかなか声が止まらないのよね。

赤ん坊って大変だわ。


パァッと光が私を包み、一瞬で2階の自室から3階の廊下への瞬間移動に成功しました。

今の赤ん坊の力ではこの程度が限界とはいえ、十分目的は果たせそうな事に、私は口角を上げて満足気に笑い……たいのですが、キャッキャッと声を上げてご機嫌に笑ってしまいます……だって赤ちゃんだもの……。


まぁいいわ、ここからが日頃の鍛錬の見せどころっ!

さぁっ!ご覧下さいっ!

私の超高速ハイハイをっ!


ガッと手を伸ばし、床の上で左右を可憐に交互させ、それに合わせて膝も可憐に交互っ!

そうっ!これが私の超高速ハイハイですわっ!


「だっ!あだっ、あぶぅっ、ばっ、ばっ、あっぶぁっ!」


……気合いを入れる為の掛け声も虚しく、ノロノロとなかなか前に進まない体………。


くっ、難しいわっ、ハイハイって。

まったく体が言う事をきかない。

気を抜くとすぐにコテンと倒れてしまうし、方向も定まらない……。


可憐でも高速でも無いハイハイになってしまいましたが、まぁいいでしょう。

大事なのは、誰かに見つかる前にあそこに辿り着く事ですから。


ああ、子供を育てていた時はただただ微笑ましく見ていたハイハイが、こんなにも重労働だったなんて。

これは確かに、呑気にカメラなんか向けられた日には仏頂面にもなりますね。

うちの息子達が愛想が無かった訳じゃなかったのね。

ただ一生懸命だっただけで。


ちなみに娘は、少しヨチヨチハイハイしたらニコッと笑って抱っこのポーズをしていましたから、男女でも自立に懸ける思いが違ったりするのかしらね?


………いえ、アレはただのうちの娘の性格ね。


それにしても、この年でハイハイにこんなに苦戦する事になるだなんて、人生って本当に分からないものだわ。

年をとっても背筋を伸ばし、ピンピンコロリだった私が、おぼつかない足取り(?)でこんなに苦労するだなんて。


はぁ、年寄りにこんなに苦労させるのだもの。

あの夫婦にはしっかりと目を覚ましてもらわなければいけないわ。

年長者としてキチンと面倒を見てあげますけれど、それにしてもまったく情けない両親だこと。


さて、あの夫婦とはもちろん、今世での私の両親の事です。

公爵家を継いだばかりの父が、侯爵家の娘を娶った、という、この世界の貴族社会では良くある政略結婚ですのに、何故こんなに2人が拗れてしまったのか。


それにはまず、2人の間に子供がなかなか出来なかった事が一つの理由として考えられます。

婚姻して8年。

19で嫁いで来た母も、気付けばアラサー間近。

この公爵家で肩身の狭い思いをしてきたのでしょう。

やっと授かった私は難産で、命の危険さえあったものの何とか産んだところで、後継ぎにはなり得ない女児だった上に、もう妊娠の出来ない体になったと言われれば心を病みもしましょう。


……ですが、老婆心ながら言わせてもらえば。

お母様、貴女、侯爵家にいた頃からだいぶんふくよかでいらっしゃったみたいね?

それで、自分の婚姻する相手が美しい殿方だったものだから、慌てて無理な減量を始めたそうで。

食事を全く摂らずに痩せたそうじゃない?

それだけじゃ無く、長く起きていた方が痩せると聞いて、睡眠時間を削って毎日夜遅くまで起きていたり。

しかも、本当に血を抜いて、貧血状態になってまで色白になってみたり。

信じられない事に、美しくなる為にその方法を勧めてきたのが医者だというから、呆れて口が塞がりませんわ。

一体この世界はどんな知識でそん事がまかり通っているのかしら。


そんな不健康な状態では勿論、子供なんか妊娠出来ません。

むしろ私が出来た事の方が奇跡ですわ。

まぁ実際、神様の奇跡なんですけど。


お父様に嫁いで来てから8年もそんな生活をしていれば、それは不妊にもなりますし、そんな体の状態で出産に挑めば、難産になり体を壊すのは当たり前の事です。

母になる用意さえ出来ていなかったと言わざる得ませんね。

自分の見た目ばかりに囚われて、1番大切な健康を自ら害し続けてきたのですから。

そんな人がどうやって母親になるつもりだったのかしら?

言葉さえ話せれば、その辺をコンコンと話して、強制的に健康的な生活を送らせてみせますのに、本当に残念だわ。


さて、お母様ばかりを責めるのもなんですので、次はお父様の問題なのですが。

公爵家嫡男として厳しく育てられたお父様は、感情を表に出されるのが壊滅的に下手。

また見た目は冷徹な無表情ですのに、中身はピュアでシャイな口下手………。


もう、お分かりかしら?

この夫婦、一度もまともに会話をした事がありませんの。


お母様は自分が醜いせいでお父様が自分に笑いかけもせず、話もしないのだと思い込み、美に執着するあまり度を越してしまい自身の健康まで害してしまいました。

手段がいつの間にか目的にすり変わる事はよくある事です。

自分に自信が無い人ほど、少しでも成果が見えるとのめり込み、やり過ぎていってしまうのでしょうね。

ですが、愚かなその行為も根本を正せば、ただお父様に愛されたかっただけだと分かります。


………実は既に愛されている事も知らずに。


私がお父様が全ての元凶だと言うのは正にそこなのです。

お父様は銀髪銀目で整った顔立ちに、公爵らしい威厳を保ち、且つどんな時でも冷静沈着、余計なお喋りをせず寡黙、感情を表に出さない事から勘違いされがちですが、その実唯の木偶の坊でございます。


子供の頃から好意を抱いていたお母様を娶りたくともシャイな性格が邪魔して口に出せず、両親に婚姻相手を決めるように言われリストを渡された時も、無言でお母様の名前を指差すのが精一杯で、そのせいでリストの中から1番有力な貴族を選んだだけと誤解され。


幼い頃の記憶とは違うふくよかになったお母様と再会した時も、その可愛らしさにお母様を直視出来ず目を逸らす始末。

冷たい表情で目を逸らされた相手の気持ちに気づくなど、木偶の坊のお父様には無理な芸当ですし、お母様はそんなお父様の態度に、家柄だけで選んだ伴侶の醜く太った容姿に目を逸らして嫌悪を表した、とまんまと誤解する始末。


お父様に認められる為美しくなろうと、健康を害するような減量を始めたお母様に対しても、お父様は公爵家の食事が口に合わないのかと思ってシェフをコロコロ変えてみたり……。


愛するお母様の願いを叶えたいと、望まれるままにインチキ血抜き医者を邸に迎え入れたり……と………ほんっとうに、無能っ!

無能の極みですわ、情けないっ!


これがもし私の息子なら、もっとちゃんと本人と向き合って話し合いなさいっ、とドヤしているところです。

ああ、腹立たしい。


こんな風に拗れに拗れ、すれ違い続けるのは、確かに世間知らずで思い込みが激しく、人の話を聞けないお母様にも非はありますが、とにかくお父様が情けなさ過ぎます。

今だに気恥ずかしさを克服出来ないまま、お母様をまともに見れもしないのですから。


どんな理由であれ、伴侶から目を背け続けてきたお父様の罪は消えません。

そして私がこのままでは済ませません。


何度も言いますが、家族は一つのチームであり、両親は共に一家の大黒柱であるべきです。

夫婦の足並みが揃って初めて、家族は正常に回るのですから。

それでも一筋縄ではいかない事は度々起こるものですが、両親さえしっかり手を取り合い子供を守っていれば、存外うまく切り抜けられるものです。


それが、この夫婦はなんたる体たらくでしょうか。

せっかく父も母も揃っているというのに、チグハグに誤解ばかりを続けて。

子供も産まれたというのに、まだお互いをまともに見もしない。

相手の本心を誤解したまま、勝手に自分の中で自己完結させるなど、親として私に恥ずかしく無いのかしら?


特にお父様の今回の暴走は流石に目に余るものがありましてよ?

お母様がもう子供を望めない体になったと知るや否や、孤児院から魔力の高い男の子を養子に迎え入れたのですから………。


勿論、役立たずになった正妻を見限ったから、なんて理由ではありません、あのお父様の事ですから。

全てはお母様の為にやっているつもりなんです。

子の望めなくなったお母様に余計なプレッシャーや後ろめたさを感じて欲しくなくて、お母様の為に、後継ぎ問題を解決したつもりでいるのです。


お母様本人に何の相談や説明もせずに………。


オホホホホ。

お父様は本当に木偶の坊でいらっしゃるわ。

そんな事をされて、今心も体も病んでいるお母様がどう思うかもお分かりになっていらっしゃらないのだから。


子の産めなくなった自分に早々に見切りをつけ、見限ったと思うでしょうね、今のお母様の状態でしたら。

しかも、口さがない使用人が、本当は孤児院から貰ってきたのではなく、公爵閣下が愛人に産ませた子らしい、だなどと噂している事なども、お忙しいお父様は知らなくても、毎日邸の自分の自室に籠っているお母様の耳には、嫌でも入りますのよ?


基本ベビーベッドの上で過ごしているだけの私の耳にも届いたくらいですからね。

お母様としては、8年間放っとかれた挙句、やっと身籠った子が女児で自分はもう子供が出来ない体にまでなったのに、夫の愛人は自分より先に子を身籠り男児を産んでいた、という状況な訳です。


あらやだ、地獄ですわね。

そしてお母様にとってのその地獄を作り上げたのが、誰でもないお父様ご本人なんですのよ?


もちろん、密かにとはいえ、お母様一筋のお父様に愛人がいない事くらい、私は知っています、私はね?

では何故そんな噂が使用人達の間に流れてしまったかと言うと、お父様が養子にする子を一先ず傍系貴族の養子にしてから、このアルムヘイム公爵家に迎えたからに他なりません。


手続き的には至極真っ当なものでしたのよ、本来なら。

孤児院から直に公爵家には迎え入れられませんので、まずは傍系の伯爵家に迎え入れてもらい、親族になった上で正式に公爵家に迎え入れる。

これ自体は何ら変わった事の無い、高位貴族の養子の迎え入れ方です。

……ですが、まずその子を迎え入れるのに選んだ傍系伯爵家が良くありませんでした。

正確にいいますと、そこの伯爵夫人……この方が大変よろしくありません。


その伯爵夫人は、昔未婚の令嬢であった頃、大層お父様にご執心であったようで。

未婚の頃のお父様は、整った容姿に文武両道、更に公爵家の令息という、それはもう、世のご令嬢方が目の色を変えて狙う程の超一級優良物件。

件の伯爵夫人も当時はお父様に夢中でありましたが、選ばれたのは侯爵家であるお母様。

流石に侯爵家のご令嬢では大抵の令嬢は歯が立ちませんから、皆黙ってお父様を諦めましたが、伯爵夫人は余程自分の容姿に自信があったようで、人より少しだけふくよかな体型のお母様に影で悪口を言ったり、直接嫌味を言ったり、遠回しに有りもしないお父様との関係を匂わせてみたり、とやりたい放題………。


お母様が病的に自分の容姿を気にし始めたのも、彼女に色々言われるようになったのも原因の一つでした。


そしてそんな事を知りもしない朴念仁であるお父様は、何も考えず今回の養子の件をその伯爵家に頼んだわけです。

あら?そろそろお父様を正座させて五時間くらい説教してやりたくなってきましたね。


まぁとにかく、見た目だけでお母様に勝った気でいたその伯爵夫人は、養子を一旦預かるのをいい事に、さも自分が本当は産んだ子で、つまり自分がお父様の愛人である、とでも言うような態度や言動を繰り返し、それがこの公爵家の使用人達の所にまで届いたという訳です。


ちなみに、これら全てをお父様は一切知らないのだから、逆にいっそ尊敬してしまいそうですわ、悪い意味で。


こんな風に拗れに拗れた状況を、あのお父様に打破出来るとは全く思えませんので、私が動くべきと、こうしてハイハイを頑張っている訳です。

産まれて一年にも満たない赤ん坊を酷使した事、後々お父様にはしっかり返させて頂きますけどね……。



何とかハイハイで目的の場所に辿り着いた私は、目の前の大きな扉をペチペチと叩きながら、出せるだけの大声を張り上げました。


「あー、うー、あー、ばぶっ、ぶぅっ、あー、うっ、キャッキャッ」


嫌だわ、油断すると直ぐに笑い声を上げてしまいますわ。

でもここは、泣き声を上げねばなりません。

私とて、いくら心はまだ前世を引き摺ってシニアのままだとはいえ、今は立派な赤ん坊なのです。

やれば出来る筈です、世のお母様方を恐怖に陥れる、そうっ、ギャン泣きをっ!


「ひっ、ひっ、ひっ、ひぃやぁ〜〜〜っ!

あぁぁ〜〜〜んっ、うぁ〜〜っ、あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜っ、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」


廊下に響き渡る赤ん坊(恥ずかしながら私)の泣き声。

それに反応するように、扉の向こうで微かに物音がして、時間を置いてから扉が内側から開き、恐る恐るといった様子のお母様がその姿を現した。


「エブァリーナ、なの?何故?

乳母かメイドは?一緒じゃないの?

まさか、貴女1人だけっ?」


驚愕の表情で困惑しているお母様を更に追い込むように、私のギャン泣きが廊下に響き渡る。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜っ!

うぁぁぁぁぁぁんっ!ふぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


赤ん坊の本気のギャン泣きにお母様はオロオロしながら、床に座り込むと恐る恐ると私に向かってその細い腕を伸ばした。


「よしよし、エブァリーナ、大丈夫だから泣かないで。

お母様のところにいらっしゃい」


ぎごちなくも一生懸命に伸ばされたその腕に、涙で霞んで前が見えない状態で、私も必死にお母様のところにハイハイして近づいた。

手でお母様の膝に触れると、そこからよじ登るようにその膝の上に乗る。


「エブァリーナ、上手上手………。

エブァ………エブァリーナ………」


か細い力で私を何とか抱きしめると、お母様はポロポロと涙を流し、言葉を詰まらせた。


その細く骨の浮いた胸に抱きしめられながら、私は母の腕の中とはこんなに安心するものなのね、と不思議な感覚に陥っていた。


逆の立場になるのも、良いものね。

そんな風に思っていると、勝手に涙が止まり、私はスンスンと鼻を鳴らしながらお母様の胸に頬を押し当てた………。




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