EP.28
「票数、72。次期教皇には満場一致でカハル・ロペス・アンヘルが選ばれました」
教会の大聖堂で行われたコンクラーヴェの結果に、私は満足してふふっと笑った。
変装魔法でシスターとして教会に潜入させたイブちゃん2号とリアルタイムで情報を共有している私は、その場に居なくともイブちゃん2号の目で全てを見る事が出来るのです。
自分が当選した事に驚いて呆気に取られているカハルの隣で、教皇、いえ、前教皇は顔を真っ赤にしてその顔に怒りを露わにしている。
「なっ!何かの間違いだっ!私がこんな奴に負ける訳などないっ!
もう一度開票をやり直せっ!」
唾を撒き散らしそう怒鳴る前教皇に、選挙見届け人が冷たい視線を送り、ゆるく頭を振った。
「何度見直しても結果は変わりません。
バロッコ司教、もうそれ以上の醜態を晒すのは………」
「うるさいっ!私を誰だと思っているっ!
私は貴様達とは違う、特別な人間、教皇だぞっ!
この私がやり直せと言ったらやり直すんだっ!
そうだっ!選挙だっ!もう一度選挙をやり直すんだっ!早くしろっ!」
ギリギリと枢機卿達を睨みつけながら、バロッコ司教(そんなお名前だったのですね)は禿げた頭に太い血管を浮き上がらせている。
あらあら、そんなに興奮しては血圧があがってしまいましてよ?
もうお年なのに大丈夫かしら。
別に私はお年寄りを虐めたい訳ではありませんのに。
ただ、身の程をわきまえて、人に迷惑をかけず、過ぎた欲を捨て、人並みの生活で満足して頂きたいだけ。
それなのにバロッコ司教(覚えたばかり)は何故あんなに怒ってらっしゃるのかしら?
お体に障りますわよ?
それにしても、今日のコンクラーヴェの為に我がアルムヘイム家がどれほど手を尽くしたのか、バロッコ司教はお分かりになっていないようね。
教会に不満を持つ民に密かに働きかけ、資金を提供し暴動を起こしたり、貴方側につく枢機卿に甘言を囁き賄賂を渡してカハルに票を入れるように誘導したりと、それはもう、寝る間も惜しんで暗躍したのですよ?
そんな大事な日に血管でも切れて倒れられたら迷惑ですわ。
まぁ、そのまま神の御許に導かれるなら、それも仕方のない事ですけどね。
神徒でありながら神の名の下貴方が犯した数々の罪を、神の眼前で悔い改める良い機会かもしれません。
うふふ、と自室で穏やかな微笑みを浮かべ、密かに私が見守る中、バロッコ司教はなおも顔を真っ赤にして喚き散らしていた。
「この私がこんな若輩者に、負ける訳がないのだっ!
貴様らっ!何故だっ!何故私に票を入れなかったっ!
そんな訳はないっ!私の票が不正に奪われたとしか思えぬっ!
こんな選挙は意味がないっ!
この国のっ!教会を統べるべきはっ!この私なのだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無様に喚くバロッコ司教に、先ほどの選挙見届け人が冷え切った冷たい目を向け、静かに口を開いた。
「もう、そこまでにして頂きましょうか、バロッコ司教。
教会の厳粛なコンクラーヴェに貴方はあまりにも相応しくない。
皆が何故、貴方に票を入れなかったのかと仰いましたね?
それは貴方が、教皇たる器では無いからです。
貴方が教皇選挙で選ばれた前回のコンクラーヴェこそが、不正に塗れた偽の選挙だったのですっ!
貴方は教会の教えを破り、罪なき神徒達から集めた金を当時の枢機卿達に撒き散らし、票を金で買ったのですよっ!
その証拠を我々はこの30数年、必死に集めてきたのです。
ここにいる枢機卿達には事前にその証拠を提示し、教皇であった貴方の不当性を理解して頂いただけです。
神の下で行われる厳正なコンクラーヴェで、誰がそんな人間に票を入れるでしょうか………?
これが答えですよ、バロッコ司教」
異様に威厳のあるその選挙見届け人の圧にバロッコ司教は愕然と口を開き、わなわなと震え出した。
「………何故っ、それを………いや、それよりも、証拠だなどと、そんなものは残して……いや、ある筈が、ない………。
そんな………き、貴様こそ、虚偽を………」
しどろもどろで口を開くバロッコ司教の前に、数人の枢機卿が静かに立って口を開いた。
「いえ、証拠は確かにあります。
我々が必死に集めてきた確固たる証拠が」
「既に国にも提出し、バロッコ司教、貴方の不当性を帝国も認めているのです」
「貴方が誰にいくら金品を配ったか、その全てを明確に記した資料を我々は持っているのです。
そしてそれを事前に読んでいた枢機卿達が全て、カハル新教皇様に票をお入れになったのですよ」
淡々とバロッコ司教を追い詰める枢機卿達。
彼らは今の帝国に僅かに残っていた心ある教会人の一部で、カハルを支持していた人達です。
そして、バロッコ司教のあまりの行いに憤りを感じ、彼の不正の証拠を集めようと孤独に戦ってきていた人達。
民からの支持を受け枢機卿にまで上り詰めた本物の、真の枢機卿達。
そんな彼らに決定的な揺るぎない、誰にも覆せない証拠を手渡したのは、もちろん、我がアルムヘイム家の仕事ですわ。
彼らも長い年月をかけ頑張って証拠を集めていらっしゃったのですが、残念ながらそれは、発言力の無い人達の証言を集めたような物で、とてもではないですけど、バロッコ司教を失脚させるに足る証拠とは言えませんでした。
ですが、我が家が集めた証拠はそんな物とは違います。
公式の場に提出して証拠足る、覆しようの無い完全なる物。
それを彼らに密かに渡し、事前に枢機卿全てに提示する事で、もう勝負は決まっていたのです。
それを枢機卿全てが目にしたという証拠さえ、私達は押さえているのですから。
そんな物を事前に知っていて、万が一にもバロッコ司教に票を入れようものなら、自分も彼の共犯だと言っているようなものですからね。
必死に掴み取った枢機卿というその立場、誰もバロッコ司教の為に投げ捨てたりはしないでしょう。
………まぁ、枢機卿でいられるのもあと僅か、という方々ばかりですが。
バロッコ司教、貴方の築いた貴方の為だけの、教会という王国は、まさに砂上の楼閣でしたわね。
貴方の周りに集まっていた人間は、貴方の人格を慕って集まっていた訳ではありませんもの、当然の事ですわ。
人から敬われ、敬愛される訳でもなく、ただただ金品に物を言わせ相手を屈服させていたなら、そんなものです。
寄ってくるのも見放されるのも一瞬。
今その場に貴方を心から慕い、最後まで貴方に着いていこうという人間など居ません。
それが、答えですわ。
貴方という人間の存在価値の。
残念でしたわね、バロッコ司教。
貴方の悪政はこれでお終いにいたしましょう。
どうぞその舞台からお下りになって、余生は人並みに、穏やかにお過ごし下さい。
ご機嫌よう。
イブちゃん2号の目を通して見つめる私の前で、バロッコ司教はその場に崩れ落ち、惨めな泣き声を上げながら蹲っていた………。
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「ま、まさか私が本当に教皇になるだなんて………」
真っ青な顔でティーカップをカチャカチャと音を立て震わせているカハルを呆れながら見つめ、私はハンッと鼻で笑った。
「何を言っておる、情けない。
この私がお前さんに教皇になれと言ったのじゃから、そりゃ教皇になるじゃろうて」
赤髪の魔女の秘密の別荘に一方的にカハルを瞬間移動させ、茶を振る舞ってやると、何故かカハルはずっと真っ青な顔で小刻みに震えっぱなしだった。
「あの………それで、私を教皇にしたのは、魔女様の特別な、あの力の為でしょうか?」
目尻に涙を浮かべ、項垂れながらこちらを見上げてきたカハルに、私はほぅ、と片眉を上げた。
「さて、特別な力とは何の事かのぅ?」
しらばっくれてやると、カハルは椅子に座り直し居住いを正した。
「貴女様の持つ、神に近しいあの力の事です。
貴女様が魔族を滅する事が出来るのは、その力をお持ちだからですよね?」
やはりカハルには見破られていたようだ。
魔族を滅する事が出来る力など、一つしかないからな。
「それで?私がお前さんの言うその特別な力を持っているとして、それでお前さんは私をどうしたいのだ?」
机に頬杖をつきながらニヤニヤと笑ってやると、カハルは真面目な顔でジッと私を見つめていたが、ややして諦めたように溜息をついた。
「どうもいたしません……というよりも、どうも出来ません。
貴女をどうこう出来る人間など、この地上にはいないでしょうから」
ハハハと遠い目で乾いた笑いを浮かべるカハルに、私はふむと頷いた。
「まっ、出来んじゃろうな。
そういう訳じゃから、私の力の事はまぁ、表立っては使えんと思ってくれ」
サラッと答えるとカハルはがっくりと項垂れた。
「お前さんに教皇になってもらったのは、まずは教会の腐敗ぶりが目に余ったからじゃ。
バロッコのせいで歪んで腐った教会をいち早く正常な姿に戻す事。
まずはそれがお前さんの教皇になっての初めの仕事じゃな。
教会が正常な機能を取り戻し、決して私利私欲で動かんと私が判断すれば、一つ私から教会に祝福を授けよう」
ニヤッと笑ってそう言うと、カハルは途端に顔を輝かせ、胸の前で両手を組んでキラキラとした目で私を見つめた。
「なんて事でしょう、この目で奇跡を目撃出来る幸運に恵まれるのですね」
さっきまで真っ青になっていたカハルの顔に生気が宿り、私は満足げに頷いた。
「まっ、それもお前さん達次第じゃ。
せいぜい頑張るが良い。
さて、ところで教会の大掃除は済んだのじゃろうな?」
私の問いに、カハルはまた一気に真っ青になって、ビクリと体を揺らし、カタカタと震え出した。
「はっ、はい、あの………なにぶん、人数が人数ですので……後任を決めるのも一苦労でして………。
それに、今まで教会に尽くしてきた方々を、急に見放す事も、その………」
しどろもどろに答えるカハルを白い目で見ながら、私はハンッと鼻で笑った。
「何を生ぬるい事を………。
まぁ良い、その辺はお前さんの支持者達がうまくやってくれるじゃろう。
お前さんよりなんぼも頼りになりそうな者達ばかりじゃったからな」
不甲斐ないカハルに嫌味マシマシでそう言ってやると、カハルはガックリと項垂れてから上目遣いで私をチラッと見上げた。
「確かに、皆さんとても頼りになる方々ばかりです。
何故そんな方々から次の教皇をお選びにならなかったのですか?」
少し恨みがましい気持ちの混ざったようなその声を、私はデッカい鼻息一つで弾き返した。
「欲、じゃな。あの者達に非は無いが、長くバロッコの支配下に置かれ、バロッコが罪の無い民から搾取する様を見ていて、あの者達には欲が生まれてしまったのじゃ。
バロッコを罷免して、教会を奴から取り戻したい、という〝欲〟が………。
それゆえ、自分達もまた、新しく生まれ直す教会を統べるには相応しくない、と本人達が1番良く分かっておる。
もしあの中から新しい教皇として立候補する者がおったならば、必ずバロッコを今の地位から引き摺り下ろそうという欲に支配され、私財どころが自分達を慕う神徒達に頭を下げてでも金を集め、票を集めようとしたかもしれんの。
だが、そんなものから教会を救いたいと立ち上がった者達だ、バロッコの土俵で勝負しなければ奴に勝つ可能性も無く、かといってそれをしてしまえば自分達もバロッコと同様になる………。
ゆえに、バロッコを引き摺り下ろそうとする自分達の勢力にも加担せず、バロッコを教皇たる人物として正そうと奮闘していたお前さんに、あの者達は希望の光を見出したのじゃろう。
お前さんこそが自分達の求めていた教皇の姿そのものじゃとな」
「なっ!あの方々はそのようなっ」
私の話に我慢できず、カッとなって口を開いたカハルに、私は静かに人差し指を顔の前に立て、その指先をゆっくりとカハルの顔に向けた。
「そう言えるお前さんだからこそ、あの者達はついていくに足ると判断したのじゃ」
静かな私の声に、カハルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「お前さん達がバロッコの土俵で戦うには、どうにも清く正しすぎるゆえ、私がエブァリーナに頼みアルムヘイム家に動いてもらった、が、そのようなコンクラーヴェはこれで最後にしようではないか。
お前さんがあの教会を正しく立ち直らせておくれ。
そして以後のコンクラーヴェは、真に神の元で行えるものにするのじゃ、よいな?」
真っ直ぐにカハルを見つめると、カハルはやっと決意したように瞳に強い力を宿し、深く頷いた。
カハルは帝国の良き隣国、アインデル王国の大司教に頼まれてこの国の教会本部にやって来た。
腐り切った教会で孤軍奮闘、バロッコを正そうと尽力してきたのだ。
その姿勢にいつしか共感する者が現れ始め、カハルの支持者は増えていった。
私がエブァリーナとして貧民窟の人間を救うもっと前から、カハルとその支持者達は民の為にその身を削ってきたのだ。
カハルの真の教会人たるその姿に、希望を抱いたのは支持者達だけではないだろう。
カハル本人は帝国の教会が正常な姿を取り戻せば、ひっそりと姿を消して王国に帰るつもりだったのだろうが、もうこの国の民がカハルを離しはしなかったはずだ。
どちらにしても、カハルはこの国に無くてはならない存在として、すでに定着していたのだ。
貴族や金持ちばかりと懇意にして、真に手を差し伸べるべき民を踏み付けにしてきたバロッコから、カハルが教皇の座を取り返したのは当然の流れに他ならない。
これこそ民意、というものだ。
その民意を通す為に私がアルムヘイム家を使って、画策を企て実行し、金や策略で票を動かしたとて、神も目を瞑ってくれるであろう。
そもそも睫毛が長すぎて、閉じているのか開いているのかよく分からない神様じゃしな。
さて、いよいよこれで、環境がやっと整った。
あとはラストステージに向け、演者にもっと踊ってもらわねばな。
楽しい楽しい舞台が幕を開ける。
カインめ………いまに見ておれ………。
私につれなくした事を、泣きながら後悔させてやろうぞ。
クックックッと悪い顔で黒く笑う私に、目の前のカハルが椅子の上で飛び上がり、ガチャガチャと割れそうな勢いでティーカップを鳴らしていた。




