EP.23
あれから、アメリアさんと殿下、それにエイデン卿とブライト卿の仲はますます深くなっていき、今ではもうただの学友では無い事は誰の目から見ても明らかです。
うっとりと甘く見つめ合ったり、3人でアメリアさんを取り合ったり、競うように貢ぎ物を贈ったり………と。
そして本来なら今頃、男爵令嬢如きに婚約者を奪われた高位貴族令嬢2人として、ビリーとマーニーも不名誉ながらその4人の噂に加えられていたでしょうけど、もちろん私がそんな事にはさせません。
2人にはちゃんと相応に見合った殿方との縁談を揃えさせていただきました。
お父様に訳を話して、きちんとアルムヘイム公爵家からの紹介という形で申し込みましたから、エイデン卿とブライト卿の家も大人しく身を引いてくれましたね。
………まぁそれで、フリーになったエイデン卿とブライト卿が更に人目も憚らずアメリアさんを口説き出したのは、こちらの与り知らないところですが。
2人はアルムヘイム公爵家から縁談を紹介された令嬢として、今や女生徒達の憧れの的。
羨望の眼差しで見つめられるようになりました。
それに相対して、アメリアさんのエイデン卿とブライト卿への興味が薄れていったように思うのは気のせいかしら?
いいえ、きっと気のせいなんかじゃないわね。
アメリアさんは高位貴族の子息を手に入れるだけでは無く、わざと婚約者のいる殿方を選んで誘惑していたようですから。
高位貴族同士の決して違える事の無い家同士の固い婚約、それを自分の魅力一つで壊し、身分の高い女性に恥をかかせ、自分に婚約者を奪われた惨めな女性と嘲笑う………のがご趣味のようです。
ええ、ええ。
人の趣味はそれぞれですから………。
余計な口出しは致しませんけれど………。
随分とややこしいご趣味をお持ちなのね……。
もっとシンプルに生きた方が絶対に楽だと思いますよ?
お相手のいないフリーの自分に合った殿方と、普通の幸せを得る………では満足出来ないのでしょうねぇ。
エイデン卿やブライト卿が必死に話しかけても、そんな彼らをぞんざいに扱いながらイライラと苛立っている様子からも、それは窺えますものね。
私には人の過去や少しだけ未来が見え、心を読む事も出来ます。
本当なら触れた方がよりハッキリと視えるのですが、身分の差がありますし、軽々しくアメリアさんに近付く事は出来ませんから、離れた所から思考を読むのみなのですが………。
彼女は自己顕示欲が高く、常に激しい感情を放っていますから、離れた場所からでもそれなりに頭の中を覗けて本当に便利です。
今はビリーとマーニーの新しい縁談がどんなものか、相手はどんな人間なのかが気になって仕方ないようですね。
せっかく自分が婚約者を奪い勝利したはずの相手が、何故か無傷でそれどころか周りの羨望まで受けているのですから、アメリアさんとしては納得がいかないのでしょう。
相手を探し出して、また2人から婚約者を奪うつもりでいるようですけど、ごめんなさいね。
2人の新しい婚約者には、すでに私のおまじないをかけてありますから、貴女の力ではもうどうにも出来ませんよ?
私と貴女では力の差が歴然ですから。
貴女の力で私のかけたまじないをどうこうする事は出来ません、絶対に。
そんな訳ですから、もうビリーとマーニーが彼女に傷つけられる事はないでしょう。
いえ、むしろマーニーのシャルト伯爵家からアメリアさんを救った、と言っても良いかと……。
シャルト家の潔癖な家風は独特ですからね。
あのままでは高額な慰謝料を請求され、ハサック男爵家は破産していたかもしれませんし。
それとも、その慰謝料さえ殿下がお払いしていたのかしら?
まぁそんな事は今更、どうでも良い事ですが。
ビリーには彼女の好みそのままの、筋肉隆々とした騎士家系の侯爵家の子息を紹介しましたし、マーニーには帝国大学院を出た勤勉で真面目で潔癖、シャルト家の家風に合った伯爵家の次男を紹介しましたから。
2人とも新しい縁談を大層喜んでくれて、婚約者ともうまくいっているようで、私も心から嬉しく思っていますわ。
少し歳の差はありますけど、2人とも心根の優しい殿方ですから、気にならないようですし。
ちなみに、ビリーのお相手が20歳、マーニーのお相手が22歳です。
共に16歳の2人には十分大人の相手ですが、貴族社会ではそれくらいの歳の差はむしろ当たり前の事ですから。
………特にマーニーの相手は吟味に吟味を重ね、慎重に選びましたので、歳の差だけは我慢していただく事になってしまいました。
貴族の殿方は女性遊びでさえ政治の一つ、といった感じで……まぁやりたい放題な方が多いですから。
実際それくらいの遊びは、皆婚約者にバレない範囲で楽しんでいるというか。
エイデン卿やブライト卿のように、婚約者のいる身であんな大っぴらに、しかも遊びでは無く本気で浮気するようなお馬鹿さんは流石にいませんけど。
まぁとにかく、そのような男性ばかりではありませんが、貴族の中から探そうとなると少し骨が折れましたね。
ビリーのお相手は学生時代に散々遊び、今は騎士道まっしぐらな方ですし、女性を傷つけるような騎士道に反するような事は絶対にしないでしょう。
マーニーのお相手はそもそも女性嫌いですから。
非合理的な女性を心から軽蔑しているようで、マーニーのような穏やかで慎ましやかな真の淑女に会ったのは初めてだったそうです。
彼の方がマーニーに積極的だと言うのですから、もしかしたら初恋かもしれませんね。
何にしても、大事なお友達2人に素敵な婚約者が出来て、本当に良かったですわ。
これで当面のアメリアさんのターゲットは私1人、といったところでしょうか?
ビリーとマーニーには上手くかわされてしまいましたが、まだ私がいますからね、安心して下さいな、アメリアさん。
貴女が夢中にさせたその殿方は、この国の皇太子殿下で次期皇帝。
そしてこの国一の貴族、アルムヘイム公爵の令嬢である私が婚約者候補筆頭であるような方。
まぁただの候補なのですが、アメリアさんにはそれで十分なのでしょう。
その美貌一つでそんな方を私から奪い取った、と優越感を得るには。
美貌を武器に生きるのも一つの才能ですから、私としては大したものだわと賞賛を送りたいくらいですが、ここは悔しそうな顔の一つでもしておいた方がアメリアさんの殿下への興味を長続きさせられるでしょうか?
せっかく上手くいったのに、エイデン卿やブライト卿のように興味を失ってもらっては困りますからね。
とはいえ、悔しくないものを悔しがるのも難しいですね………。
………ですが、殿下の側にはカインが常についていますから、そのカインをアメリアさんが熱っぽく見つめたり、溜息をついたり、甘ったるい声で話しかけたりするのを見るのは非常に不愉快ですわね。
この前、その気持ちを素直に顔に表したら殿下を奪われて悔しそうにしているように見えるかしら?と実行してみたのですが、何故かアメリアさんは真っ青になってガタガタと震え、腰を抜かして失禁までしてしまいました………何故かしら?
その後ジルヴィスに、表情だけで人を殺しかけるのはやめなさい、と注意されてしまったのですけど、何故かしら?
悪いのは私のカインに手出ししてくるアメリアさんだと思うのだけど………。
ジルヴィスったらたまに訳の分からない事を言ってくるのよね。
次期公爵として、それでは良くないわよ?と注意し返したら、もの凄く深い溜息をつかれてしまったのだけど……………何故かしら?
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「整列っ!礼っ!」
学院の騎士科の教官の号令に生徒達が一糸乱れず整列して、剣を両手で掴み顔の前に立てる。
元々は敵への敬意を表した事が発祥となる作法なのだが、片膝をつかれるよりはそっちの方が良いと私から先に許可しておいた。
「皆、今日は」
生徒達をそのままの体勢にしておいて話し始める教官に、私はクックッと笑いながら、その肩をポンポンと叩いた。
「これこれ教官殿、皆に楽にしてもらってくれ」
まだサリューに慣れず腕をプルプルと震わせている学生達を見て楽しむ趣味は私には無い。
「はっ、畏まりましたっ!
全体、休めっ!」
再びの号令に、生徒達は素早く剣を納めると腕を後ろに回し、ビシッと真っ直ぐに立つ。
これを〝休め〟の体勢だというのだから、騎士にしろ兵士にしろ大変じゃのぅ。
「皆、今日はこの国を魔族の脅威から救って下さった英雄である赤髪の魔女殿が、騎士訓練生である諸君の実地訓練に同行して下さる。
これは大変光栄な名誉であるという事をその胸に刻み、今日の実地訓練に臨むようにっ!」
『はっ!』
教官の言葉に同時に返事を返し、生徒達はチラチラと私を盗み見ていた。
私の見た目が思っていたより若く、キュートな事が気になるのじゃろう。
ふむ、仕方ないの。
実際中身は(多少複雑ではあるが)まだティーンエイジャーじゃし、ここに揃っている最終学年の皆に比べれば、更に2学年下じゃしな。
とはいえ、早い者は12の年からこの騎士科に身を置き、最終学年といえば既に騎士の称号を得ている者もいるくらいだから、流石に見た目だけで私の力を侮る者はいないようじゃ。
いや、学生向けにいつもより力を強調しておるからじゃろうが、それでも正しい判断が出来ておるの。
中には私から放たれるオーラに真っ青になり、今にも倒れそうな者もおる。
………まぁ、目を見開いてガン見してくる者も若干一名ほどおるが…………。
なっ、なんじゃっ、カインッ!さっきからっ!
目力だけでビシバシ私を刺してくるのをやめんかっ!
いたいけな魔女に一体何の文句があるというんじゃっ!
圧がっ!圧が凄いぞっ!いい加減にせんかいっ!
何故かこちらを瞬きもせずガン見してくるカインからさり気なく目を逸らし、私は教官殿にニコッと笑いかけた。
「さ、さて、では早速実地訓練を行う場所に移動するかのぅ」
私は巨大魔法陣を発現させ、それで皆を覆うと、いつものテキトーな呪文を唱える。
「瞬間移動」
今だに分かりやすい呪文しか思い付かんが、まぁええじゃろう。
攻撃魔法では無いし、イメージはシンプルな方が良い。
あっという間に目的地に着き、教官並びに生徒達は一様に口をあんぐり開けて呆けた顔で辺りを見渡している。
「…………こ、この人数を、一瞬で………?」
呆けたままの生徒の1人が無意識の独り言のようにそう言うと、他の生徒達もゴクリと唾を呑み込んで私の規格外の魔法に、恐れをその顔に浮かべていた。
………いや、すまん。
1人だけまだこちらをガン見している者がおるな………。
たがらなんなんじゃっ!カインはさっきからっ!
生徒達同様、私の魔法に驚愕していた教官殿がハッとして我を取り戻すと、困ったような表情でチラッとこちらを見てきた。
「………あの、魔女殿……大変言いにくいのですが………実はここまで来るのも進軍の実地訓練でして………」
教官殿のその言葉に、私は驚いて目を見開いた。
なっ、そうじゃったのかっ!
では本当なら、ここまでの道のりをカインと一緒にプチ旅行気分で楽しめたのではないかっ!
そういう事は事前に言っておくものじゃっ!
カインとの楽しいプチ旅行を自ら棒に振ってしまった私は、悔しさに下唇を噛みながら、恨みがましく教官殿を見上げた。
「そ、そういう事はもっと早く言ってくれねばな、教官殿………。
私とて忙しい身、つい最短の方法を取ってしまったではないか………」
私の恨み節に教官殿はヒェッと小さな悲鳴を上げながらビシッと背筋を伸ばし、見本のような起立姿勢のまま声を張り上げた。
「はっ!申し訳ありませんっ!
お忙しい魔女殿の貴重なお時間を割いていただいているのに、進軍訓練にまでお付き合い願おうなどと軽率でありましたっ!
むしろ貴重な大魔法を体験させていただき、生徒達も得難い経験となった事でしょうっ!」
ピシッと揃った教官の指先が微かに震えているのを見て、私は小さく溜息をつき、腰に手を当て教官に向かってヒラヒラと片手を振った。
「分かった分かった、もう良い。
魔法陣を発動させる前に貴殿に確認せんかった私も悪かった」
よく考えたら、カインとのプチ旅行なら他の者をぞろぞろ引き連れてより、2人きりの方が良いからな。
まぁ今回は目的を果たせればそれで良い。
「さて、皆の者、いつまでも呆けていては命を落とすぞ」
ギラリと目を光らせ生徒達を見ると、皆条件反射のように背筋をビシッと伸ばした。
その時、タイミング良く地を揺るがすような凄まじい鳴き声が聞こえてきた。
『グァォオオォオ!!』
周りの木々にピシピシと細かく亀裂が入る。
生徒達もたまらず耳を塞いでいた。
「あれは私がちょいと手負いにしておいたストーンドラゴンの鳴き声じゃ。
今奴は私への怒りに我を失い、必死で私の魔力を探しておる。
お主らを全員移動させるような大魔法を使ったばかりじゃからな、その魔力を辿り、恐らくそろそろ………」
私がニッと笑った瞬間……………。
ドゴオォォォォォォォォォォンッ!!
地響きを鳴らし、周りの木々を薙ぎ倒しながら見上げるほどの大岩、いや、ストーンドラゴンが現れた。
瞬間、生徒達は剣を抜き構える。
私はフワッと宙に浮き、その生徒達の頭上から楽しげに声を掛けた。
「ほぅら、おいでなすった。
20メートル級のまぁまぁのストーンドラゴンじゃ。
私が既に弱らせておるゆえ、遠慮なく実地訓練に使えば良い」
クックッと笑う私を見上げながら、教官殿が大声を出す。
「魔女殿ーーーっ!お願いしたのはワイバーンだったはずですがーーーーーっ⁉︎」
教官殿の言っている事に、私は興味なさげにフンっとそっぽを向いた。
「そんなもの、つまらんじゃないか。
これだけの人数でワイバーン程度を袋叩きにして、生徒達に自信を与えところで、そんなもの実践では何の役にも立たんっ」
そう言ってチラッと教官殿を見ると、教官殿は感心したように何度も頷いていた。
「なるほどっ!流石魔女殿はお考えが深いっ!
私の浅慮に恥いるばかりですなっ!
皆っ!魔女殿のお心遣いを無駄にするなよっ!
ストーンドラゴンを倒した初の騎士訓練生として、学院に名誉を持ち帰るのだっ!」
『はっ!』
威勢の良い生徒達の返事に、私は満足げに何度も頷く。
うむうむ、良い良い。
若いうちに多少の無茶をやっておかんと、碌な大人にならんからな。
なっ?カインッ!
相変わらず私をガン見して見上げてないで、早よストーンドラゴンに向き合わんかっ!
なんせお前とて、舐めてかかっては命を落とす相手じゃからなぁ…………クックックッ。




