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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.22


さて、カインに関しては完全に私の杞憂でした。

元々、獣人であるカインには特異体質がありますし、まだ本人も気付いていませんが魔力量ならあのジルヴィスをも超えていますから。

アメリア嬢の力に耐えられたのでしょう。


……いいえ、私への愛ゆえかしら?ふふふ。


楽しげにニヤニヤする私を、ビリーとマーニーはオロオロとしながら見つめている。


まぁ私は王太子殿下の婚約者候補最有力の令嬢ですから、その私の名誉を傷付けるようなアメリア嬢と殿下の行為に、2人は私がアルムヘルム家から正式に抗議してもおかしくない、と思っているのでしょうね。

ですがもちろん、私にそんな気はサラサラありません。

むしろ大いに結構。

若く見目の良い令嬢が、数多くの男性を虜にして言い寄られるのは当たり前の事です。

彼女がブランド嗜好で高位貴族の子息を前々から狙っていた事は知っていましたし。

その頂点に立つ殿下にロックオンする事も当たり前の事でしょう。


最初から私は、殿下との婚約は望んでいませんし。

このままアメリア嬢が殿下のお気持ちを手に入れ、上手くゴールインしてくれた方が非常に都合が良いのですから。

その為に彼女に目をつけ、あの社交界デビューでの一件を見逃したようなものですからね。

むしろ私の期待通りに殿下を夢中にさせてくれたアメリア嬢に感謝しかありません。


確かに2人には身分差があります。

それは到底超えられるような壁ではないでしょう。

なにせ、男爵令嬢と次期皇帝ですから。


………ですがその壁もアメリア嬢なら、いえ、アメリア嬢だからこそ超えられるのです。


ですから、2人が惹かれ合うのは大いに大いに結構な事なのです。

もちろん、エイデン卿やブライト卿とも良い関係は続けられますし、望めば他の男性だって。

まぁ、うちのジルヴィスは困りますけどね。

そもそもジルヴィスは彼女に惹かれてはいませんから、大丈夫ですけど。


………それから、カインは当たり前に許しません。

カインに手を出すなら、例えアメリア嬢でも見逃せませんね。

代えのいない貴重な人材とはいえ、その場合は速やかに排除させていただきますわ。


楽しげにしていた私が一変、今度は黒いオーラを纏いアメリア嬢を薄っすら笑いながら見ていると、やはりビリーとマーニーがアワアワしながらそんな私を見つめていました。

もちろん、そんな私達の姿はアメリア嬢や殿方達(一部除く)には見えていませんから、殿下はうっとりと惚けた表情でアメリア嬢と見つめ合っています。

アメリア嬢は殿下が自分に落ちたと確信した、得意満面な顔をしていますね。

あのように考えている事が全て顔に出てしまう可愛らしいところが、エイデン卿やブライト卿、更には殿下まで夢中にしてしまったところなのでしょうか?


ジルヴィスなどは和かな微笑みの下で侮蔑の色をその瞳の奥に浮かべていますが、貴方それ絶対にアメリア嬢に悟られないで下さいね。

私の可愛いカインはまだキョロキョロと私の気配を探していますね、本当にもう……仕方ないんだから。



「アメリア嬢、この後良ければ僕のうちに来ないかい?」


すっかりアメリア嬢に夢中な殿下がそう言うと、アメリア嬢は潤んだ瞳を大きく見開いた。


「うちって……もしかして、皇城のことですかっ⁉︎」


キラキラと輝くアメリア嬢の瞳に、殿下は優越感をその顔に浮かべながらも、なんて事ない風を装ってフッと笑った。


「まぁ、そういう事に、なるかな?」


まぁまぁまぁっ!殿下っ!

クソダソうございますわっ!

特に、なるかな?ってところでアメリア嬢をキリッと見つめた辺りっ!

見ていてキツいものがございましたっ!

流石は殿下ですわっ!

ジルヴィスも鳥肌を立てていますし、カインでさえも毛が逆立っていますっ!

それでこそ皇太子っ!

最初にわざと皇城を〝うち〟とフランクに言ったところも大変わざとらしゅうございましたっ!

言われたかったのですね?アメリア嬢に、うちって皇城の事ですか?キャーーーッ!って。

それも含め、総合的に大変ダソうございます。

皇太子殿下にしか出せないダサさが非常に良く出ていて、百点満点ですわ、殿下。


まぁまぁうふふと笑う私を、とてもじゃ無いけど理解できないとでも言いたげな目でジルヴィスがこちらを見ていますが、本当にまだ分からないのかしら?


恋に落ちると人はかくもダサくなる事を。


殿下がご自分からお誘いになったのはアメリア嬢が初めてですのよ?

普段はそんな必要、ありませんからね。

殿下は殿下というだけで、ご令嬢やご婦人方がお相手に選ばれようと勝手に列をなすのですから。

その方達と気安い仲でお遊びになっている殿下が、初めて自分からお誘いになったという事は、よっぽどアメリア嬢と親しくなりたいという事です。


女性に初めてそのような感情を抱いたなら、慣れない事をする度にクソダサい結果になる事はもはや必須。

私はそこまで殿下がアメリア嬢に心奪われている事をお喜び申し上げているのです。

だから今すぐ、その未知の生命体を見るような目をやめなさい、ジルヴィス。



「本当に私のような身分の者が皇城に行っても良いのでしょうか……?」


両手を組んで潤んだ瞳で殿下を見上げるアメリア嬢。

その言葉を待ってましたとばかりに、殿下はアメリア嬢の顎をすくうと上向かせ、その瞳をジィッと見つめ返した。


「身分の差など、どうか気にしないでくれ。

古臭い身分差制度など、僕は気にしない人間なんだ。

その証拠に、僕の護衛騎士は獣人なんだよ。

生まれや身分など関係ない、僕はその個人の能力こそが大事だと思っているんだ」


素敵なお考えを口になさる時、殿下はそうやって自慢げに鼻の穴が広がるのですね、お勉強になりましわ。

要らない知識でしたけどね。


アメリア嬢は殿下の言葉に一瞬口の端をピクリと引き攣らせ、その顔に嫌悪感を覗かせた。


「ま、まぁ、獣人を……凄いですわ、殿下。

なんてお心の深さでしょう………」


的確に殿下の望んでいただろう言葉を口にしながら、その顔には明らかに侮蔑を浮かべている。


「そうさ、獣人といえども、この国の立派な帝国民だからね、差別はよくない。

この国の皇太子である僕がまず、皆の差別意識を取り払う為、護衛騎士に獣人である彼、カイン・クライン子爵令息を任命したんだ」


ますます鼻の穴を広げ、自慢げにそう言って殿下はカインに手を差し出した。

その殿下の動きに合わせて、カインは素早く騎士の礼をとり頭を深く下げる。


アメリア嬢はそのカインに汚いものでも見るかのような視線を向けていたが、次の瞬間カインが頭を上げてその顔をアメリア嬢に向けると、ボンっと頭から湯気が出るのではないかというほどに顔を真っ赤にして、また力を放出させた。

皇太子殿下に対して力が放出するのは権力者好きなアメリア嬢なら当たり前の事ですが………。

今のは、違いますわね。

元々狙った相手に無意識に力を使っているようですが、カインに使ったのは狙っているわけでもなんでもなく、本当にただ使ってしまっただけ。


………つまり、アメリア嬢の心が撃ち抜かれてしまった、という事ですわ。


あらあら、いけませんね、カインったら、おイタは駄目よ。

アメリア嬢に一目惚れされるなんて、誰の許可を得てそんな事を?

アメリア嬢には殿下とエイデン卿、ブライト卿で十分ですわ。

カイン、貴方まで彼女のコレクションに加わるというなら………この帝国、消し炭にして差し上げても良いのよ?


ゴゴゴゴゴッと黒いオーラを纏う私に、ビリーとマーニーはすっかり怯えて抱き合っているし、ジルヴィスは呆れたように頭を片手で支えている。

カインはブルッと身を震わせて、やはり周りをキョロキョロ見渡していた。


埒があかないと思ったのか、ジルヴィスが深い溜息をついて、私にしか見えない角度からチョイチョイとカインを指差し、その口をパクパクと動かした。


『ヨ・ク・ミ・ロ』


ジルヴィスの口がハッキリとそう動いて、私は何かしらとカインをまじまじと見つめてみた。


カインは間近でアメリア嬢のあの力を受けたはずなのに、アメリア嬢を見もしていなかった。

今はそれより、さっき放たれた私の黒い気配の方が気になるらしく、キョロキョロと私を探すようにその目を動かしている。


………あ、あら………。

私ったら………お恥ずかしいわ。


私は両手で自分の顔を押さえ、ポッと頬を染めた。


もう、カインったら。

本当に貴方には彼女の力が通用しないのね。

私ったら要らぬ心配ばかりして、カインの愛を疑うなんて、どうかしていたわ。

うふふ、ごめんなさいね。


頬を染めながらいやいやと体をくねらせる私に、ジルヴィスが深い深い溜息を地面に向かって吐いていた。

ふふふ、ちょっと失礼だわ、お兄様。


私から放たれた黒いオーラが瞬時に消え去り、カインは目をパチクリしている。

そしてアメリア嬢はまったく目の合わないカインに納得がいかないような顔で訝しげな表情を浮かべていた。


「さっ、これで僕が身分差で側に侍る人間を選ばない男だと理解してくれたかな?

これから皇太子宮に来てくれるよね?」


まったく空気を読めない殿下の言葉にアメリア嬢はハッとして、瞬時にその表情を甘く愛らしいものに変え、潤んだ瞳で殿下を見上げた。


「はい、もちろん行きます。

アメリア、凄く嬉しいっ!」


うるうる〜〜と見上げられ、その魅惑的な唇をアヒルのように突き出された殿下はまんまと鼻の下を伸ばして、デレデレしながらアメリア嬢の腰を抱いて連れ立って行った。

その後をエイデン卿とブライト卿が嫉妬丸出しの表情で追いかけ、護衛騎士であるカインも後に続いていった………。


残されたのか残ったのか、1人になったジルヴィスはヤレヤレといった様子でスタスタとこちらに歩いてきた。

私がパチンと指を鳴らすと、私達を隠していた魔法が解ける。

ジルヴィスはまた深い溜息をつきながら、抱き合って地面に腰を抜かしているビリーとマーニーに手を差し出した。


「大丈夫かい?ビリジアナ嬢、マリーニ嬢。

すまないね、うちの妹が迷惑をかけて」


ジルヴィスの手を借りながら立ち上がった2人は、同時にブンブンと頭を振った。


「違いますわ、ジルヴィス様。

最近、婚約者の様子がおかしいから隠れて様子を見たいと私がイブにお願いしたんです」


「そうです、イブは私達に付き合ってくれただけなんです」


ビリーとマーニーが口々にそう言うと、ジルヴィスは片眉を上げて息を吐いた。


「ああ、エイデンとブライトか………。

あの2人の事はもう諦めた方がいいよ。

あの彼女、アメリア嬢に夢中な様子だからね。

同じ男から見ても、あれは異常だ」


ジルヴィスにそうキッパリと言われた2人は、ピキッとその額に同時に青筋を立て険しい表情になる。


「もちろん、あんな情けない殿方、こちらからご遠慮致しますわ。

いくらあちらの方が爵位が上だとはいえ、我がレクベット伯爵家を軽んじるあの態度。

私は絶対に許しませんわ」


ビリーが不機嫌な低い声でそう言うと、そのビリーよりもっと低く、まるで地の底を這うようなマーニーの低い声がおどろおどろしく響いた。


「………私も、ブライト卿との婚約も婚姻も拒否致します。

叔父様にこの事を話せば、すぐにシャルト家から婚約破棄の通達が届くでしょう。

あのような不実な殿方と人生をご一緒するなど、ごめん被りますわ」


カッと目を見開き、無表情で淡々とそう言うマーニーにジルヴィスは少したじろぎつつ、私に助けを求める視線を送ってきた。


「まぁお2人共、お待ちになって。

すぐに我が家から新しい縁談を紹介させていただきますから、それまでは我慢するように家の方にも伝えて頂戴。

我が家からの縁談に鞍替えするなら、貴女達が婚約破棄した令嬢とは誰も言えなくなるわ。

だから、もう少しだけ辛抱して頂戴」


私の言葉にジルヴィスもうんうんと必死に頷いた。


「イブに言われて僕と家の者で2人に今より良い縁談を揃えているところだから、もう少し待ってくれたまえ」


アルムヘイム家の後継ぎにそう言われては、2人も短慮な行いは出来ない。

ハッとしたように我に返ると申し訳なさそうにジルヴィスに向かって頭を下げた。


「申し訳ありません、まさかジルヴィス様自ら私達の縁談をお探しいただいていたなんて……」


「本当に心苦しいですわ……」


申し訳なさそうにシュンとする2人に、ジルヴィスはハハッと軽く笑った。


「イブからの命令には逆らえないからね。

2人が気にする事じゃないよ」


爽やかなその笑顔に若干イラッとしながら、私はジルヴィスに向かって口を開いた。


「命令だなんて、お兄様。

私は少し〝お願い〟をしただけです」


チラッと睨むとジルヴィスは悪戯っ子のように片目を瞑った。


「そうでしたね、ユア・グレース」


クスリと笑いながら私を公爵閣下と呼ぶジルヴィスにビリーとマーニーは目を丸くしている。


まったくジルヴィスは、もう自由を手に入れた気分でいるみたいね。

仕方の無い人だわ。

今はまだ貴方が次期公爵閣下なのだから、表向きにはそれらしくしてくれないと、困りますのよ?


「お兄様ったら、ご冗談ばかり。

さぁもう私達も帰りましょう?」


ジルヴィスのからかいを私がサラッと流した事で、ビリーとマーニーは先ほどのお兄様の発言を冗談と捉えてくれたようです。

それに胸を撫で下ろしながら、私は3人と家路につきました。

念の為レクベット家、シャルト家に学友という立場でそれぞれ訪問して、今日見たエイデン卿とブライト卿の醜聞を話し、我が家から2人に新しい縁談を紹介する許可をいただきました。


レクベット家は流石ビリーの家族。

合理的な観点から2つ返事で了承してくれました。

お暇する時にビリーがコソッと耳打ちしてくれましたが、アルムヘイム家からの新しい縁談の話が無ければ、相手の浮気くらいで馬鹿らしいと、ビリーの話を相手にもしなかっただろう、と教えてもらいました。

ビリー自身も、私からの提案が無ければエイデン卿の浮気は捨て置くつもりだったようです。

本当に合理的で戦略的な一家ですわ、レクベット伯爵家は。


次にお邪魔したマーニーのシャルト伯爵家の方ですが……。

話を聞いたマーニーの叔父であるシャルト伯爵がそれはそれはご立腹で……。

怒り方があの時のマーニーそっくりだった上に、今からブライト卿の邸に直談判に行く、いや、貴族裁判にかけて糾弾してやるっ!

と、それはそれは手につけられない状態に……。

加勢しますと腕まくりするマーニーも一緒に、なんとかお兄様と宥めすかせて説得して、アルムヘイム家からの新しい縁談を纏めるという事で溜飲を下げてもらいました…………。


まぁ、本来なら裁判でブライト卿の不貞に対して慰謝料請求の上婚約破棄するのが一般的でしょうけど、それではマーニーが婚約破棄した傷モノ令嬢と呼ばれてしまいますから……。


その辺の話をしてシャルト伯爵が落ち着いてくれて本当に良かったですわ………。


マーニーには何が何でも、決して二心を起こさない誠実な殿方を紹介せねばなりませんね。

そこはジルヴィスもしっかりと心に刻んだようですので、良い縁談を探してくれるでしょう………。


もちろん、ビリーとマーニーの新しい婚約者には私からの虫除けのおまじないをかけておきますけどね。

もし万が一にも、またアメリア嬢の歯牙にかかっては目も当てられませんから。


………あの程度の力でどうこうなるなど、とも思いますが、ごく一般的な人間なら一溜まりもない力です。

念には念を、事前に対策しておいたとしても悪い事ではないでしょう。


それにしても、このままアメリア嬢を野放しにしておくのも考えものですね。

高位貴族なら手当たり次第といった様子でしたから。

あまり被害が出ないうちに、何とかしなければいけませんね………。




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