EP.21
「も〜〜エイデンもブライトも褒めすぎだよぉ〜〜、アメリアそんなに宝石が似合うかな?」
「いや、どんな宝石でもアメリアの美しさの前では霞むよ」
「そうだ、アメリアは宝石なんかより美しい」
鼻息荒く、その女生徒、アメリア・ハサック男爵令嬢を褒めそやすエイデン卿とブライト卿。
落ち着きを取り戻したマーニーと共にビリーも、そんな光景を感情の死んだ白い目でただただ眺めていた………。
あら?その女生徒の名前を知っていたのかって?
ええ、もちろん知っていましてよ。
学院に在籍する生徒については事前に頭に入れておきましたから。
アメリア・ハサック男爵令嬢。
ハサック男爵家の末のご令嬢で、確か兄が3人いるはずです。
両親と兄達に可愛がられ、大事に大切に育てられた箱入り娘ですわね。
あら?名前だけじゃなく、そんな事までよく知っているな、ですって?
ええ、もちろん。
彼女の事はよく知っていますわ。
とってもね………。
覚えてらっしゃるかしら?
社交界デビューのパーティーで、私を醜女と呼んだあのご令嬢の事を。
あのご令嬢こそが、今目の前にいるアメリア嬢ですわ。
田舎の領地から、社交界デビューの為皇都に住む伯母を頼って上京してきた彼女こそ、あの社交界デビューにて、この国一の貴族、アルムへイム公爵家の令嬢、つまり私を醜女と指差した、あの方です。
あらやだ、つい二重に説明してしまったわ、しつこくてごめん遊ばせ。
別に私、あの時の事に腹を立てたりはしていませんのよ?
ええ、本当に。
田舎から出てきたばかりの彼女と皇都での感覚がズレているのは仕方ありませんし、男爵令嬢ごときが我がアルムへイム公爵家の偉大さを知らない事も仕方のない事ですから。
そんな彼女に腹を立てるなんて、いくら前世のシニアの感覚が抜けつつある私でも、そんな大人げない事はしません。
まぁ私はまったく気にしていませんが、お父様、ひいてはアルムへイム公爵家としてはそうもいきませんから、彼女の事はとっくに調べ上げ、ハサック男爵家には正式に抗議してあります。
ですが、あのような場で、いえあのような場でなくとも、私の事をあんな風に口汚く罵った令嬢への対応としては、破格の温情をかけた対応だった為、社交界では逆に話題になってしまいましたがね。
何にしても、社交界デビューを果たしたというのに彼女はあらゆるパーティーに出席を禁じられ、令嬢や夫人方の開催するお茶会にも呼ばれなくなりました。
いえ、そればかりは彼女の自業自得ですから、こちらの預かり知らないところですし、どうせ彼女には社交界など必要ありませんから、私がどうする事もありませんけど。
それにしても、あのパーティーで感じた彼女のオーラ、やはりあれは間違いではなかったのですね。
良かったわ、お父様を無理やり押さえつけ、アルムへイム家としては大変不名誉な屈辱を捨ておけと言ったのは私ですから。
ほんの少しだけ、あの時感じた気配が間違いだったらどうしましょうと思っていましたが、さすが私です。
この私に限って、万が一の間違いもありませんでしたね、それこそ杞憂というものでした。
彼女は間違いなく、私の駒となるべき貴重な人材です。
婚約者の醜態を前にすでにゴミを見る目になっているマーニーとビリーには申し訳ありませんが、私は彼女をどうこう罰したりは出来ませんから、どうか我が家からの良縁でもって溜飲を下げてください。
ごめんなさいね、2人とも。
密かに2人に向かって両手で拝みながら心の中で謝罪していた時、遠くからよく知っているあの声が聞こえてきた。
「やぁ、エイデン卿にブライト卿、殿下が探していたところだ」
爽やかな演出を忘れず颯爽と現れた我が兄、ジルヴィスに、早速アメリア嬢はその瞳を潤ませて、まるで獲物を狙うかのように上から下まで舐め回すように眺めている。
あらあら、ジルヴィスったら良いタイミングだわ。
どうぞ彼女と懇意にして下さいね、たっぷりと。
彼女はお父様の怒りを買っているし、私は彼女に醜女と嫌われていますから、我が家で彼女と懇意に出来る可能性があるのは貴方だけなの。
どうか上手くやってちょうだい。
期待の目でジルヴィスを眺めていると、ジルヴィスは姿を消している筈の私の方をチラッと見て、呆れたように息をついた。
………まぁ、ジルヴィスったら。
呆れるのはこちらの方だわ。
私の魔法を見破るだなんて………。
貴方、本当に侮れないわね。
まぁいいわ。
今はジルヴィスより、アメリア嬢です。
ホワイトブロンドにリバーブルーの瞳。
スラっとした高身長に優しげな雰囲気。
ジルヴィスは乙女が夢見る王子様のような見た目ですから、アメリア嬢も気に入ってくれるでしょう。
正直、エイデン卿やブライト卿に比べればうちのジルヴィスが1番のイケメンですからね。
養子とはいえ公爵家の子息ですし、現嫡男の立場にありますから、そこの2人よりよっぽど優良物件、更にまだ婚約者もいません。
アメリア嬢ならきっと気に入ってくれるでしょう。
「やぁ、こちらのお嬢さんはどなたかな?」
私の考え通り、ジルヴィスがアメリア嬢にニッコリと微笑んだだけで、アメリア嬢は頬を染めポーとジルヴィスを見上げています。
まずは見た目は合格点だったようですわね。
「僕はジルヴィス・ヴィー・アルムヘルム。
お嬢さん、君の名前は?」
そう言ってジルヴィスがニコッと更に笑いかけると、アメリア嬢の瞳がカッと大きく見開かれた。
「あ、あ、あ、アルムヘルムって……公爵家の……?
貴方はもしや、アルムヘルム公爵家の後継ぎ……とか?」
なんだか締まりの無い顔で二ヘラッと笑うアメリア嬢に、ジルヴィスは不快感を微塵も表に出さず、不思議そうに首を傾げた。
「そうだよ。そのアルムヘルム家の後継ぎ。
君、皇都の事情には詳しくないのかな?」
………まぁまぁ、わざとらしい。
アルムヘルム家はとっくにアメリア嬢について調べ尽くしているというのに。
彼女が田舎から出て来たばかりで、貴族の顔も名前も大して覚えていない事。
そのくせ高位貴族、特にその子息達は必死に調べ上げている事。
上都の際に頼って来た伯母の家からはあの一件のせいで追い出され、今は学院の寮で生活している事。
全て知っていてあの顔が出来るのだから、ジルヴィスは一体どんな後継者教育を受けてきたのかしらね?
「あ、あの、私、田舎者でごめんなさい……。
本当は皆さんと一緒にいられるような立場じゃないのに……。
あっ、私、アメリア・ハサックといいます。
しがない男爵家の人間で……。
公爵家の方とお話し出来るだなんて、何だか胸がいっぱいで、うまく喋れないみたい」
そう言って上手に頬を染め、潤んだ瞳でジルヴィスを見上げるアメリア嬢。
なるほど………。
公爵家という立場の人間を前にして、胸がいっぱいになってうまく喋れなかった結果、私を醜女とつい揶揄してしまったのですね。
分かりましたわ。
ええ、もちろん私は怒ってなどいませんから、ご安心なさって?
ウフフッと黒く笑う私の耳元で、ビリーが心配そうに囁いた。
「ちょっと、イブの兄上様は大丈夫かしら?
彼女、確かに見た目は可愛らしくてスタイルも良いし、エイデン様達が夢中になるのも分かるもの。
まさか公爵家の跡取りまで骨抜きにされたりしないわよね?」
その囁きを近くで聞いていたマーニーは真っ青になってこちらを心配そうに見ている。
そうですわねぇ。
れっきとした皇族である我がアルムヘルム家の、しかも後継ぎが男爵家の令嬢にお熱では、確かに困りますわね。
現実と物語は違いますから。
いくら身分の差関係なく愛し合ったとしても、それはただの醜聞のネタにしかなりませんし、下手したらジルヴィスは後継ぎに相応しくないと判断されかねません。
まぁそうなっては確かにあまりよろしくありませんからね、事前にジルヴィスには私の聖魔法で虫除けをかけてありますから。
いくらアメリア嬢が魅力的な女性でも、彼女の力ではジルヴィスを落とすのは無理でしょう。
心配してくれている2人に私はクスリと笑って、小首を傾げた。
「さぁ?でもまぁ、大丈夫だと思うわ、うちのお兄様なら」
私の曖昧かつ根拠の無い返答に、2人はますます不安そうな顔で、気遣わしげにジルヴィス達を見つめた。
まるでその視線を面白がるように、ジルヴィスは唇の端を上げて、アメリア嬢に向かって優しく笑いかける。
「いや、すまない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。
君が田舎から出てきた令嬢にはとても見えなくて。
皇都でも君のような美しい令嬢は見た事がない」
ペラペラと平気でそんな言葉が出てくる辺り、ジルヴィスは本当に高度な後継ぎ教育を受けているようですわ。
それか、ジルヴィスのあれが性格か。
どちらにしても、アメリア嬢の扱いを間違えないでくれたジルヴィスに感謝だわ。
「まぁ、そんな、ジルヴィスったら。
あっ、お名前で呼んでもよかったのかしら?」
上目遣いでジルヴィスを熱っぽく見上げるアメリア嬢に、ジルヴィスはまったく動じる事なく、ふふっと笑い返した。
「もちろん。君のような可愛らしいご令嬢に名前で呼ばれるなんて光栄だなぁ」
その笑顔の裏では一体何を考えているのやら……。
何はともあれ、私の望み通りアメリア嬢の機嫌を取ってくれて、本当に助かるわ。
「………信じられない……男爵家令嬢がアルムヘルム公爵家のご嫡男を名前でなんて……」
ワナワナと唇を震わせ青ざめるマーニー、その隣でうんうんと頷くビリー。
「私達はイブの学院のご学友としてアルムヘルム家からも認められているから、ジルヴィス様を名前で呼ぶ許可は得ているけど、彼女のはあれよね?仲良くしましょジルヴィス様、程度の認識よね。
大したもんだわ」
まるで感想のようなビリーの言葉に、厳格なマーニーは今にも倒れてしまいそうな顔色だ。
「あっ、でも他の人のいる前ではジルヴィス卿かジルヴィス様って呼んでくれるかな?」
一応釘を指すジルヴィスに、アメリア嬢は人差し指を唇の前に立て、嬉しそうにうふふっと笑った。
「分かったわ、私達だけの秘密ね」
アメリア嬢とジルヴィスの間に流れる甘い雰囲気に、今まで呆然としていたエイデン卿とブライト卿が慌てて2人の間に割って入った。
「いや、ジルヴィスは公爵家の人間だから、アメリア、流石にそれはまずい」
「そうだ、会ったばかりで名前を呼び合うなんて、おかしい」
口々にそう言うエイデン卿とブライト卿を、アメリア嬢は拗ねたように見上げた。
「え〜〜?でも私、エイデンともブライトとも会ってすぐに仲良くなったよ?
どうしてジルヴィスはダメなの?」
その拗ねた顔もエイデン卿とブライト卿のお二人には大変可愛らしく映るのでしょう、頬を染めてグッと息を呑み、2人は何やらゴニョゴニョと口篭った。
「うっ、それは、あまりこれ以上ライバルを増やしたくないというか………」
「流石に公爵家じゃ敵わないし………」
貴族の礼節云々を2人が思い出してくれたのかと、少し期待した私が馬鹿でした。
彼らはもうこれ以上、彼女が可愛らしく呼び捨てにする男性を増やしたくなかっただけみたいですわ。
そもそも、男爵家の人間が、侯爵家のエイデン卿や伯爵家のブライト卿を呼び捨てにし、それを2人がさも当たり前に、なんなら得意げにしていた事からお察しですものね。
今や自分の婚約者の心配より、次期アルムヘルム公爵であるジルヴィスを心配そうに見つめるお人好しのビリーとマーニーを横目で見ながら、私がクスリと笑った時、エイデン卿とブライト卿、2人を更に悩ませる事になる、ジルヴィスに続く第2、第3の男の影がアメリア嬢に近付いてきたのです。
「やぁ、こんな所にいたのか、エイデン、ブライト、それにジルヴィスまで」
優雅に声をかけてきたのはそう、ネギを背負ってコンロと鍋まで抱えた鴨……王太子殿下、その人ですわ。
あらあら、やっと現れましたね。
私ちょっと待ちくたびれてしまいましたわ。
でもいいわ、やっと本命のご登場ですもの。
若干一名、余計な人間も連れてきていますけどね………そう、私の可愛いカインです。
カインは殿下の専属護衛騎士ですから、まぁ想定内ではありますけれど。
流石に目の前で他の女性にデレデレされるのは気持ちの良いものではありませんからね。
とはいえ、それを既に経験してしまったビリーとマーニーの手前、カインだけ風魔法で吹き飛ばす訳にもいきませんから。
はぁ……と悩ましく溜息をついていると、殿下に付き添っているカインの耳がピクリと動き、何かを察知したように鼻をヒクヒクさせて辺りをキョロキョロと見渡している。
………あら?カインったら……。
ジルヴィスのように私の魔法を見破る事は出来なくても、私の気配は読み取ったみたいね。
ウフフ、愛の力かしら?
楽しげにニヤニヤする私を、ジルヴィスが遠くから少し白い目で見ているような気がしましたけど、あの人どこまで私の魔法を見破ってるのかしら。
「おや、ご令嬢と一緒だったのかい?
やぁ初めまして、僕はアーサー・ヴィー・フロメシア、君の名前を聞いてもいいかな」
案の定、アメリア嬢の美しさに早速目をつけた殿下が名乗ると、アメリア嬢はその大きな瞳をカッと見開き、唇を震わせた。
「あ、あ、貴方は、もしかして……。
この帝国の、こ、皇太子殿下……ですかっ!」
その瞬間、アメリア嬢からブワッと力が放たれて、殿下はボーっとした様子で吸い寄せられるようにアメリア嬢に近付き、スルッとその細い腰を抱いた。
「ああ、僕は皇太子だよ。
………君は?美しい人………」
殿下が瞬時にアメリア嬢に夢中になったのは一目瞭然。
近くにいたエイデン卿とブライト卿も、真っ赤な顔で熱っぽくアメリア嬢を見つめている。
「私は、アメリア・ハサックです……私の皇子様……やっとお会い出来ましたね」
クスクス笑いながら殿下の首にスルッと腕を回し、その豊満なバストを殿下の胸板に押し付けるアメリア嬢………。
「あ、あの方………殿下にまで、あのような……」
私の魔法の保護下にいるマーニーやビリーには、彼女の力は効きませんから。
2人は目を見開いて、もう呆気に取られています。
同じように私の魔法で事前に保護しているジルヴィスも、平気な顔でその様子を面白半分に興味深げに見つめていた。
さっきのが、今のアメリア嬢の本気なのね。
ん〜〜まぁ、いいでしょう。
及第点といったところですが、なんとかなりますし、私がなんとかします。
さて、それでもあの力をあんな間近で受けては、カインもイチコロでしょうね。
内心溜息をつきながらカインの方に視線をやると、カインはまだ落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見渡していて、目の前のアメリア嬢の存在にすら気付いていない様子でした。
あらまぁ、呆れた、あの人ったら。
あの力を受けても、平気でいられるなんて………。
嬉しくて我慢できなくなった私が思わずクスクス笑うのを、ついに頭がおかしくなったのかとビリーとマーニーが心配そうに見つめていた………。
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