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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.20


「……なんだか最近、エイデン様の言う、令嬢はかくあるべき見た目、が具体的になってきたんだけど………」


いつもの3人でのランチタイム。

急にビリーが神妙な顔で切り出した話に、マーニーもハッとした顔で頷いた。


「ブライト様もそうなの、えっと、スタイルが良くて、でも華奢で小柄で、出るとこは出ていて、潤んだ大きな瞳に、魅惑的な唇……とかなんとか……」


「あっ!やだっ、エイデン様と一緒だわっ!」


2人が驚いた顔で見つめ合うのを、私はお茶を飲みながら冷めた目で見ていた。


……潤んだ瞳に魅惑的な唇、だなんて。

とてもではないけど、まだレディであるご令嬢に話す内容ではないわね。

あの2人……私を怒らせるのが趣味なのかしら?

ご希望とあらば、貴方がたの邸もろとも木っ端微塵にして差し上げてもいいのよ?


微かに怒気をはらむ私の様子には気付かず、ビリーとマーニーは深刻そうな顔で話を続けている。


「これはもう、具体的な誰かの事を言っているとしか思えないわよね?」


ビリーの言葉にマーニーは不安そうにその顔を陰らせた。


「やっぱり……そうよね………」


マーニーはどうすれば良いのか分からないといった様子で、とても不安そう。


「ねぇ、ちょっと2人を尾行してみない?」


ビリーの方はどこか楽しげだった。

もしもの時は我が家を利用すれば良いと開き直ってくれているようで、私はそれに大変満足して口の端を少しだけ上げた。


やはりマーニーの方はビリーほど吹っ切れずにいるのか、困ったようにオロオロとしている。


「……そんな、尾行だなんて、どうすればいいか分からないわ……。

それにその事が後でブライト様に知れたら……私………」


怯えたように震えるマーニーを不審に思って私が片眉を上げていると、ビリーが悪戯っぽくチラッと私を見て、企むようにふっふっふっと笑った。


「そんなの、イブに姿を消してもらえば良いのよ。

出来るよね、イブ?」


そのビリーに私はフッと笑い返し、少し口角を上げてニヤリと笑い返した。


「もちろん、出来ますわ。

楽しそうですから、私もお付き合いするわ」


私の返事にビリーは顔を輝かせ、マーニーはやはり不安そうにしている。


ビリーにとって、エイデン卿との婚約は完全に政略だと割り切ったもの。

自分の家より位の高い侯爵家との縁談だからこそ、エイデン卿の人となりがどうであれ、今まで黙って様子を見てきたのでしょう。

だけど私と親しくなった事で、アルムヘイム家からの紹介で新しい縁談を結び直せる可能性が出てきた今、本当にエイデン卿が自分と家にとって有益なのかどうか、見定める余裕が生まれた。

今まで散々見た目を揶揄され、位の高い婚約者から見下されてきたビリーは、最近様子のおかしいエイデン卿の裏を取り、もしもの際には円滑に事を進められるように証拠を集めておきたいのでしょうね。

この世界の貴族女性には珍しい、先進的なものの捉え方だと思うわ。


対してマーニーは家が決めた婚約者に対し、ごく一般的な目で見ている。

親が決めた相手と当然婚姻するものだと思っているので、将来の事も見据え、ブライト卿を大切に扱っているようです。

貞淑な貴族令嬢として、彼に何を言われてもただ黙って我慢しているのでしょう。

ビリーとは違い、例え政略結婚だとしても、いつかブライト卿と心を通い合わせ愛し合う夫婦になれたら良い、その為には自分が彼に尽くさなければいけない、と思っているのでしょうね。

だから少しの事でもブライト卿の不評を買うような行動は慎みたいのでしょう。


それに加えて、マーニーには自分の容姿に自信がない様子が所々で窺えます。

あの殿下に側近として選ばれたくらいですから、ブライト卿は見た目だけ言えば、それなりに美しい男性と言えるでしょう。

ですが私は、彼がなんと言おうと、マーニーの薄茶色の髪や目、薄っすらあるそばかすを愛らしいと思います。

ごく一般的な茶色い髪と目をマーニーは平凡だと言いますが、彼女の魅力は内面が溢れ出したようなその優しい雰囲気にありますから。

たかだか髪や目の色、平凡でも奇抜でも、マーニーは十分に美しい令嬢なのです。


それなのにブライト卿は、何を持ってマーニーにそんな強気な態度で接しているのでしょうね?

先程からのマーニーの異様な怯えよう……。

これは日頃から、理不尽なモラハラを受けている人間の反応です。

察するにブライト卿は、まったく道理の通らない話を、さも常識であるかのように人に押し付け上に立とうとするような矮小なクソ男……あらあらいけませんね、失礼、訂正致しますわ。

矮小なクズ男なのでしょうね(訂正)。


とにかく自分の狭量な価値観を相手にまで押し付けるような卑小な人間なのです。

マーニーはまだ若く、伯爵令嬢という立場ゆえ世間にも疎いですから、婚約者の言う一方的な愚論を信じてしまっているのでしょう。


さて、とはいえ当の本人。

マーニー自信がブライト卿の取るに足らないその器に気付かなければ、現状を変える事は無理、ですわね……。


となると、今回のビリーの提案は、自分の為ではなく、マーニーの為ね。

確かにビリーだって、エイデン卿の失態を掴み、後に我が家からの紹介で婚約者をすげ替える際、相手の家を黙らせる良い材料は欲しいでしょう。

ですが実際は、我がアルムヘイム家からの紹介だから断れない、と説明するだけで事は足りるのです。

ビリーは間違いなく、エイデン卿を身限り、我が家からの紹介した縁談を受け入れるつもりだと思いますから、その気持ちさえ固まっていれば何の問題もありません。


今問題があるとすれば、心優しいマーニーの方です。

彼女は決して、自分からブライト卿との縁談を壊すような事はしないでしょう。

つまり、我が家の縁談に頼ったりはしない、という事です。

いくら私でも、本人が望まないものを強引に押し付けたりは出来ません。


だからこそビリーは、マーニーに現実を突きつけ、自分からブライト卿に愛想を尽かしてほしいと思っているのでしょうね。


ビリーの思惑を全て理解して、マーニーにはバレないようにビリーと目を合わせると、私達は同時にニヤリと笑い合った。


そういう事なら協力は惜しみません。

ブライト卿にはこれまで自分が踏み付けてきた者がどれほど尊い存在だったか、しっかりとその身をもって味わってるいただきましょう。

今までマーニーに働いてきた数々の無礼を、必ず何倍にもして返して差し上げますわ。


それにしても、ビリーといると退屈する事がありませんね、まったく。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「アハハ、まったく、アメリアは仕方ないなぁ」


「え〜ん、ごめんなさぁい、ブライト〜〜」


「気にするな、そこがアメリアの良いところだろ?」


「エイデンはアメリアに甘いな」


「ははは、そっちこそ」


「2人とも、優しい……アメリアおバカだから、ブライトとエイデンは呆れちゃってるよね?」


『そんな事はないっ!』


「え〜ん、2人とも大好き〜〜、ありがとう」



………………………………………さて。

エイデン卿とブライト卿が息ぴったりに合わせてくれたところで、これは何かと言いますと。


……………なんなんでしょうね?


ビリーに頼まれて姿を消す魔法を使い、3人でエイデン卿とブライト卿の様子を見に来たのですが、あっさり学院の中庭で見つけたは良いとして、2人は1人の女生徒に鼻を伸ばしてデレデレと今まさに青春真っ盛りといった様子です。


婚約者のいる高位貴族の子息が、です。


「スタイルが良くて、でも華奢で小柄で、出るとこは出ていて………」


ビリーが面白そうにそう呟くと、ワナワナと震える声でマーニーが後を続けた。


「潤んだ大きな瞳に、魅惑的な唇………」


そう言ってカッと目を見開くマーニーに、私は思わずビクッと体を揺らした。

ビリーはそんなマーニーに動じる事なく、実に楽しげにクックッと笑っている。


「本当に2人の言ってた通りの女性ね。

なにあの唇、油でも舐めたの?」


ワナワナと震えるマーニーを気にもしないで、ビリーがそう言ったので私は思わずプッと笑ってしまった。

確かに、上手いこと言うわね、ビリー。


私達が姿を消して見ている事など当然知らないエイデン卿とブライト卿は、なおもその女生徒にデレデレとしっぱなしです。


「エイデン〜〜、これ、本当にありがとう。

高いものでしょ?アメリアなんかに似合うかな〜?」


そう言ってその女生徒が自分の首元に両手を添える。

前世であれば、あざとい仕草と言われるその動きも、この世界では流石に初めて見ましたね。


「何を言うんだ、アメリア、よく似合っているよ。

その宝石は君の為に生まれてきたに違いない」


そう答えるエイデン卿に、女生徒はヤダァもうっと大袈裟にハシャギながら、さり気なくエイデン卿の腕に触れる。

それにますます鼻の下を伸ばすエイデン卿。


「アッ、アメリアッ!俺の贈ったイヤリングはどうだ?気に入ってくれたか?」


その2人の様子に慌てたように声を上げるブライト卿に、女生徒は片側の髪を色っぽく持ち上げ、大きな宝石のはめ込まれたイヤリングのついた耳を2人に見せつけた。


セミロングの髪からふいに覗いた片耳と首筋、それを最も効果的に色っぽく見せる女生徒の仕草に、エイデン卿とブライト卿は同時にゴクリと唾を飲み込む。


「もちろん、ブライトから貰ったんだもん、お気に入りで毎日つけてるよ」


そう言って艶かしい流し目を2人に送る女生徒………。



「あ〜あ、私、エイデン様から贈り物なんて貰ったことないんですけど」


笑いを通り越してついに呆れたようにそう言うビリーの隣で、目を真っ赤に血走らせてマーニーが自分の唇をギリッと噛んだ。


「……私もよ、ブライト様から贈り物なんて……」


いつもより低いマーニーの声と、先程からいつもの雰囲気とは違う、明らかに様子のおかしい彼女に目をパチクリさせていると、ビリーがコッソリと耳元で教えてくれた。


「マーニーのお父様は酷い女好きで、そのせいでお母様は心を病んでしまったの。

外の女性に湯水のように伯爵家の資金を使うマーニーのお父様は、当主不適合と判断されて、今は特例で独身の弟がシャルト伯爵家を継いで、マーニーを養子にしてるの。

そのうちマーニーと婚姻した相手か、マーニーが産んだ男子が後を継ぐ事になってるのよ」


初めて聞いたシャルト家の裏事情に、私は目を見開いて驚いた表情でビリーを見た。


「だからマーニーの婚約者は、ノーザンブル伯爵家の三男であるブライト様だって訳。

シャルト伯爵家の令嬢なら嫡男との婚約でもおかしくないんだけど、マーニーにはシャルト家の跡継ぎが必要だから」


なるほど、何故ブライト様なのか少し疑問に思っていたけど、そういう訳だったのね。

私は小声でビリーに話しかけた。


「それにしても、女癖の悪さで当主を降ろされるなんて、随分シャルト家は厳格なのね?」


私の疑問にビリーは少し肩を上げて答えた。


「それはもう、ガッチガチの厳格さよ。

シャルト家からしたら、マーニーのお父様が異端なのよ。

それでも長男だったから嫡男として育てられたけど、若い頃から遊び人だったから、その頃から弟に継がせた方が良いって話はあったんだって。

でもとうの本人にその意思が無かったし、嫡男以外を当主にってのはなかなか前例がないし」


ビリーの話に頷いたものの、それでもまだ私には疑問が残った。


「元当主だっていずれ婚姻するでしょ?

それなのに、爵位をマーニーの伴侶か子供に譲るの?

マーニーをどこかの嫡男に輿入れさせれば、将来の自分の子供に爵位を譲れるのに?」


私の単純な疑問に、ビリーは少し複雑な顔で、声を更に小さくした。


「マーニーの叔父上にはパートナーがいるから、一生誰とも婚姻しないと言ってたわ。

あっ、本人から聞いたから間違いないわよ。

叔父上のパートナーは同性なの。

もちろんこの事は、マーニー以外のシャルト家の人間は知らないわ。

だからシャルト家をマーニーのお父様の代わりに継ぐ条件として、いずれマーニーの伴侶か子供に譲る事を家門に認めさせたのよ。

家門の人間は、マーニーには有力貴族の嫡男に嫁いでもらう気でいたみたいだけど、その条件を飲まないと自分は継がないって、叔父上に言われちゃってね、仕方なくみたい」


ビリーの丁寧な説明に、やっと全ての得心がいった私は、ビリーに向かってニッコリと笑いかけた。


「なるほど、それでマーニーはあんな感じになっているのね?」


目を血走らせ唇をギリギリと噛み、悪鬼の如く表情でブライト卿を睨んでいるマーニーを、震える指で指差すと、ビリーに満面の笑みでご明察とばかりに親指を立てられてしまった……。


ビリーがブライト卿が誰に何をしているか、マーニーに見せつけたかったのはこういう事だったのね。


ブライト卿が他の女性にうつつを抜かしている生の現場を見れば、マーニーはブライト卿を絶対に許さない、という確信があったからなんだわ。


なにせ、父親が外で女遊びをしていたせいで母親は病み、家族が壊れ、叔父の養子になるしかなく、更に自分がシャルト家を何とかしなくてはいけなくなったのだもの。

マーニーにとって、婚約者や婚姻相手以外の女性に鼻の下を伸ばす男性は、明確な敵、なんだわ。


だからこそ、ビリーはこれをマーニーに見せたかったのね。

いつもちょっと呆れながらマーニーの話を聞いていたビリーだけど、その実はブライト卿にかなりご立腹だったようだわ。


………本当に、お気の毒なブライト卿。

よっぽどの事、例えば戦争による出兵や戦死、そんなものでもない限り、自分に後取りの座は回ってきやしないのに、それを黙ってマーニーを大事にしていれば、シャルト伯爵になれるって破格の縁談を大事に出来なかっただなんて。


貴方が今鼻の下を伸ばしているその令嬢は、貴方にイヤリングをねだる以外の何が出来るのかしら?

マーニーなら、貴方に爵位を与え、優しく慎み深い良い妻になりましたのにね。


まぁでも、全ては後の祭りですわ。

マーニーもシャルト伯爵の名も、もう二度と貴方の元には戻りませんから。


私でさえも震え上がらせる今のマーニーを貴方が知る事はないでしょうけど、知っていればもっと慎重に……いえ、他の女性になど何も出来なくなっていたでしょうに……。


モラハラ野郎にはお似合いの結末過ぎて、いっそ清々しいですわ、ブライト卿。




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